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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
第七章 ネリアとお城の舞踏会

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220.医務室からの帰り道(ネリア→ヴェリガン視点)

 そのとき医務室にエンツが響き、温厚そうなララロア医師の顔にさっと緊張が走った。


「ララロア医師、こちらカレンデュラの魔術師団!二名そちらに転移します。一名受け入れの用意を!」


「わかりました、すぐに決着点に向かいます!」


 ララロア医師の返事にかぶせるように、あわてたような声でさらにエンツが届いた。


「いえっ、医務室に直接……師団長が……っ!」


 医務室の床に術式の文字列が走り、イスに座っていたヴェリガンがはねとばされた。


「んわっ!」


 ヴェリガンを床に転がした文字列はまたたくまにひとつの魔法陣を形作り、そこに二つの人影が出現したとたん魔力の圧でビリビリとガラスが震える。


 グリンデルフィアレンを燃やしたときにも感じた魔力の波動……これだけの魔力をもった存在がただの人間だなんて信じられない……そう思えるほどの強大な力……。


「レオポルド……!」


 魔法陣の中心には黒いローブをきた魔術師が二人……厳しい顔をした長身のレオポルドともうひとり、まだ幼い顔立ちの魔術師の女性が彼に支えられるようにして立っていた。


「あぁあああ!」


 魔術師の女性のほうは髪をふり乱して涙を流し、叫び声をあげて今にも崩れおちそうだ。


「新人が無茶をした。数頭のレビガルに襲われパニックを起こした」


「彼女レビガルははじめて?それはキツいな、ともかくこちらへ!」


 ララロア医師が医務室に続くベッドのある個室のドアを開け放つと、すぐに医療スタッフが忙しく動きはじめ魔術師の女性はベッドに寝かされる。


「私は現場に戻る。あとを頼む」


 忙しく魔法陣を展開しはじめたララロア医師をそのままに、医務室に戻ってきた彼は一瞬だけ黄昏色の瞳でチラリとわたしをみたが何もいわずそのまま転移していった。





 これ以上ここにいても邪魔になるだけだ。ララロア医師には忙しい仕事の合間をぬって協力してもらうことになる。彼がたずさわる仕事のパターンにも慣れておかなきゃ。


「ヴェリガン……わたしたちも帰ろう。あとでマリス女史に必要なポーションがあるか聞いてみよう」


「うん……」


 医務室をでて新鮮な空気を胸いっぱいに吸うとなんとなくホッとする。研究棟に転移してもよかったのだけれど、すこし歩いて気分を変えようと王城の中庭を通って帰ることにした。


 噴水を中心に水路が張りめぐらされた中庭を歩くと、せせらぎの水音が涼やかで耳に心地いい。


「よっ……と」


 わたしは噴水のへりに飛びのり、ヴェリガンの歩調に合わせてバランスをとりながら歩く。


 だってわたしちっさいんだもの、どうしたってヴェリガンと目線が合わなくて話しづらいんだよ!


「あのねヴェリガン、いきなりだったけど今日はついてきてくれてありがとう。なんかいろいろびっくりしたね、ララロア医師があんな人だとは思わなかった……ヌーメリアを連れてこなくてよかったよ」


「そだね……彼……スゴいね」


 ヴェリガンはトボトボと歩きながらボソボソとちいさな声でいった。水路のあいだに整備された小径に落ちるヴェリガンの影はひょろりと長くのび、季節が秋と感じさせる。


「うん、スゴい人だと思うよ。テキパキしてて話好きで……仕事のデキる頼れるお医者さんって感じだよね。ヌーメリアと合うかどうかはわからないけど」


「…………」


 最近のヌーメリアは甥のアレクがらみだと頑張るけれど、彼女自身はこちらが一歩一歩手をひいて少しずつひっぱりだすような感じだ。


 ララロア医師みたいな積極的な人となら彼女も自分の殻からでられるんだろうか……ヴェリガンの足がコツンと小石をけり、跳ねとんだ小石がコロコロと転がった。


「あのさ……ヴェリガンにはヴェリガンのペースがあるんだから、あわてなくていいからね」


「えっ?」


 ヴェリガンが顔をあげるとわたしのすぐ前に深い紺色の瞳がある。


「市場にジュースのスタンドをだしたのだって、じゅうぶんスゴいことなんだから。ララロア医師のペースに巻きこまれないようにね」


「うん……」


「こんどのことね……ほんというと成果はあまり気にしてないの。ヌーメリアが〝毒の魔女〟と呼ばれることを誇りに思えるようになったら……って思ったの」


「そ、か……」


「ヌーメリアの知識はぜったい役に立つし人を助けることができる。ヴェリガンも協力してね!」


「うん……」


「ありがとう、ヴェリガンだってベテランの錬金術師だもん、頼りにしてるからね!」


「あり……がと」


 ちいさな声だけどポツポツと返事をするヴェリガンに、もうひとつ頼みごとをした。


「あと……ララロア医師をみはっといてね。ヌーメリアが幸せになるなら邪魔したくはないけれど……彼女はまだ人に慣れてないから、おかしなことにならないよう気にかけてあげてほしいの」


「ネリアがそう……いうなら」


 返事をするヴェリガンの横顔に、光の加減かさっと朱が走ったようにみえた。そのまましばらく並んで歩きながら、わたしはふと心に浮かんだことを口にした。


「でもそうかぁ、時間って過ぎさっていくんだね」


「えっ?」


 わたしのつぶやきが聞きとれなかったのか、ヴェリガンが聞きかえす。


「いつまでもみんな同じではいられない。ヌーメリアだってアレクが入学するまでは居住区にいると思っていたけれど……それより早くでていっちゃうかもしれないよね」


「…………」


「時が過ぎさるとき、わたしはこの世界に何を残せるかな……」


「ネリア?」


 ヴェリガンがこちらを振り向いたけれど、わたしはまっすぐ前を向いたまま言葉をつづける。


「カタチのあるものでなくてもいいの。エラくなっちゃって銅像とか建てられるのは勘弁してほしい。けれどわたしの仕事がだれかの幸せにつながればうれしいな。ねぇ、ヴェリガンはだれを幸せにしたい?」


「僕……は、」


 横をむくとヴェリガンの瞳があって、その紺色がかすかにゆらいだ。





 研究棟に帰る……それは、ヌーメリアに会えるということだ……しかも今日は話す内容がたくさんある。ヴェリガンはそのことにホッとしていた。


「ねぇ、ヴェリガンはだれを幸せにしたい?」


 軽い足どりで隣を歩いていたネリアが、ふいに僕の目をのぞきこんでたずねてきた。


「僕……は、」


 僕が幸せにしたいと思うのは……灰色の髪を持ちいつもうつむいていたおとなしい女性。そしてそのそばにいる青い髪の男の子。


 心の声はすぐにそう答えるのに僕の口が動くことはなくて。


 僕が何も答えずだまっていると、答えは期待していなかったのかふたたび正面をむいたネリアの明るい声が耳を打った。仮面自体は無表情なのにふわふわした赤茶の髪が風に踊り、彼女の笑顔が見えるようだ。


「幸せにしたい……そう思える人がいるっていいよね。それだけで世界を愛していられる」


「そう、だね……」


 きみがいるというただそれだけで。


 僕は世界を愛していられる。


 ヴェリガンの気持ちに呼応するかのように、中庭に植えられた植物たちが風もないのにザワリと騒いだ。

ヴェリガンは……どうするのかな?

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