215.市場のヴェリガン
更新数分前に書きあげるとか……ストック作りたいとは、思うのですが……。
わたしがライアスにもらった花瓶を収納鞄にしまうと工房主が目をまるくした。
「じゃあ分液ロートやクロマトカラムの試作品ができたら届けてください」
「かしこまりました……ですが複雑な形なのでお時間いただきますよ?」
「はいかまいません。よろしくお願いします!」
ガラス工房をでたあとライアスがたずねてくる、
「ネリィ、工房主に何を依頼したんだ?」
「ちょっと特殊な形のガラス器具だよ、それもひとつだけじゃなくて用途に合わせていろんな形や大きさのが必要なの」
「なんだか……楽しそうだな」
「うん、すっごく楽しみ!理科実験室をイチから作りあげるんだもん。新しいことってワクワクするよね!」
薬は自然のなかに隠れている。イチから合成するのもいいけれど、エクグラシアで薬草や素材を研究したら新発見があるかもしれない。
わたしからみたら世界のすべてが宝の山に見える。もちろんそれをみつけるための手間と努力は必要だけど。
最初は道具すら試作しながらになるだろう……人とモノが集まる王都シャングリラという恵まれた地の利を生かして、研究する環境をさらに充実させたい。
そう思ったらワクワクが止まらない……わたしは大きく腕をひろげてライアスをふりむいた。
「錬金術師の手から本当に人類の宝になるものを生みだすの。わたしだけじゃなくてみんなの力があれば、きっとそれができる!」
「ネリア……」
「ああ、そうだな」
ヌーメリアが灰色の目をまたたき、ライアスも目を細めてうなずいた。
知識は受け継がれていく……わたしがいなくなっても、わたしが生きた証はきっとエクグラシアの地に残される。
だからいまはこうやって知識を深めて仲間を増やしていこう。
竜王の守護のもと竜騎士や魔術師が国を守り、魔道具がひとびとの暮らしを支える世界……。
わたしにとってまったく新しい世界が目の前にひろがっているんだ、恐れるよりも怖がるよりも腕をひろげて全身でとびこんでいこう。
「ネリア……六番街の市場に寄っていきましょう。ヴェリガンのコールドプレスジュースのスタンドの様子を見にいきませんか?」
「そうだね!あ……けれど、ライアスはどうする?」
「俺も行こう。女性二人なのだから護衛ぐらいにはなるだろう?」
ライアスはまぶしい笑顔をみせるけれど、竜騎士団長以上にたのもしい護衛なんていない。
「じゃあひさしぶりに転移門で移動しようか」
人で混雑する市場にいきなり転移するのはさけて、わたしたちは七番街の転移門にむかう。
「歌うペチャニアって、花の季節が長いんだね……まだあちこちから歌声が聞こえる」
「そうだな、ちゃんと世話をすればだいたい夏のはじめから、秋の終わりまで咲いている。育てやすいんだ」
「音痴のペチャニアとかいるの?」
「ああ、咲きはじめの頃は、歌いなれなくて音をはずすこともある」
「へえ!」
話がはずむ二人のうしろをひっそりと歩きながら、ヌーメリアは考えた。
(このまま市場に着いたら、ヴェリガンと話しこむふりをして二人と別れよう)
「ねえヌーメリア」
「ひっ」
文字どおり、ぴょんと飛びあがったヌーメリアにわたしは目をまるくした。
「ごめん、ヌーメリア!もしかして考えごとしてた?」
「い……いえ、なんでもないですから……私のことはどうか気にしないで」
涙目で訴えてくるヌーメリアがますます気になる。
「え?でも、だいじょうぶ?もしかして具合がわるい?」
「悪くないです、悪くないですから」
(お願いです、二人で話してください。ネリアが私に注意をむけるほど、その背後にいる竜騎士団長の視線が気になってしかたないんです!)
……とも言えないヌーメリアは、ただひたすら無事に市場につくことを祈った。
(市場に着いたら何でもいいからヴェリガンと話をしよう)
植物やジュースのレシピにアレクがおこなっている魔術の練習について、『緑の魔女』直伝の魔法薬の数々……いつのまにかヴェリガンと話す内容の種類が増えていた。
ヴェリガンが相手ならヌーメリアも話す内容に困ることがない。
彼はいつも話すことがとても苦手なヌーメリアの話を静かに聞いて、ボソボソと返事してくれる。
話を途中でさえぎられることも、すぐに結論をだして話を打ち切られることもない。
しかもしゃべる元気がないときは、隣にいて黙ったままでもだいじょうぶだ。彼の隣なら何か話さなくては……と気をつかう必要がない。
それは人と話す……というだけでも極度に緊張する彼女にとっては、とてもありがたいことだった。
(避難所がわりにしてごめんなさい!でもいまははやくヴェリガンに会いたいです!)
ヌーメリアは無意識に市場の人ごみで見慣れた紺色の髪をさがした。
「ヴェリガンのお店って市場の真ん中のほうだよね?うわぁ、屋台もいっぱいでいい匂いもするね!」
「そうだな……昼飯にもよさそうだ」
「せっかくだしヴェリガンのコールドプレスジュースも飲もうかな。ライアスも試して感想を教えてくれる?」
「錬金術師団の新事業のひとつか……それは楽しみだな」
そんなことを話しながら市場を歩いていくと、ヌーメリアが声をあげた。
「あのあたりにあるはずです……あら?」
ヴェリガンのコールドプレスジュースのスタンドがある青果店の店先がにぎわっている。
「ええー?うっそぉ、ヴェリガンさん独身なのぉ⁉」
ヌーメリアの足がピタリと止まった。店先でジュースのカップを持った数人の若い女性たちにヴェリガンが囲まれている。ヴェリガンはうつむきがちにボソボソと返事をしている。
「え……縁がなくて……その、植物バカとか……言われる」
「そんなの関係ないわよ!植物にくわしいって青果店には必要なスキルじゃない!じゃあ、あたしなんてどお?」
「へっ⁉」
ひとりが腰に手をあて豊かな胸を自慢するように胸を張ってウィンクすると、べつのひとりはなんとヴェリガンの腕に手をかけた。
「やだ、それならあたしにだってチャンスあるじゃない!ねぇヴェリガンさん、こんどデートしない?」
「デ……デエト⁉……ヒック!」
ヴェリガンがびっくりして、しゃっくりを始めた。それを見た女の子たちはさらにはしゃいだ。
「やだぁ、ヴェリガンさん顔真っ赤ーっ!」
「かわいいーっ!」
「……ヒック!」
信じられない光景を目にしたわたしが「ヴェリガンがモテてる……」とつぶやくと、ヌーメリアの静かな声がした。
「……ネリア、帰りましょう」
「え?でもまだ……」
ヌーメリアは頭をふるふるとふった。灰色の瞳には涙がたまっていていまにも泣きだしそうだ。
「帰りましょう!やっぱり私、具合悪いです!」
「えっ!あ、うん、やっぱそうだよね……ごめん、ライアスまたね」
「あっ、ああ……気をつけて」
師団長室の居住区に転移してもどると、ヌーメリアはちいさな声で「すみません……」と謝ってきた。
「ごめんなさい……ネリアと竜騎士団長のおでかけを邪魔して……」
「えっ?だいじょうぶだよ!ヌーメリアこそムリさせちゃってごめんね、ちゃんと休んでね」
「はい……」
ヌーメリアは全然だいじょうぶじゃなさそうな顔色で力なくほほえんだ。
ページ下部と目次下につけていた書影ですが、幅を350ピクセルで固定し、目次下のみにしました。
元画像が大きく、PCだとそのまま表示されたようです。
ご不便をおかけしました。









