198.世界は信じられないほど美しい
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「話?ここじゃダメなの?」
「ああ……」
カイは話があるといったわりに、目をそらしたままこちらを見ようとしない。
「わかった!ユーリ、ちょっとカイとライガででかけてくるね!」
「……変なことされたら、叩き落としていいですからね」
ユーリは作業する手をとめないまま、返事をした。
オドゥは眼鏡のブリッジに指をかけて、カイを後ろに乗せて飛びたったライガを、面白そうな顔で見送った。
「へぇ~そのまま見送るなんて、ユーリも大人になったねぇ」
「べつに……僕はもとから大人ですよ、面白くはないですが。オドゥこそ、ルルゥは使わないんですか?」
「んー?だって彼、その気になればネリアをさらっていけるでしょ?それをやらないってことは、ネリアの意思を尊重してるんだろうしさ。僕らは僕らでネリアが『逃げだしたい』って思わないように気をつけるしかないんじゃない?」
「……オドゥは最初からわかってたんですか?」
「いっただろう?カナイニラウで採れる素材が欲しかった……って。カイがそうだってのは知らなかったよ。だけどネリアが人魚のドレスを着て海にはいれば、何かおこるだろうとは期待していた。だってあの子は、隠しておくのが難しいからね」
そうだ……彼女を隠しておくのは難しい。たちよる者もいない、デーダス荒野でもなければむりだ。
「そうですね……オドゥ」
「ん?」
「あの条件を飲みます。ただし、手にいれるのに時間はかかるので、ひとつ協力してほしいことがあります」
オドゥが空からユーリに視線を移すと、ユーリは準備ができた花火をセットし終えたところだった。
「協力してほしいこと?」
「ええ。土の属性に特化した、魔力制御の魔道具をつくりたいんです」
「土の……?」
「ネリアだって陸と海とで、こじれかけた夫婦の間を取りもったんです。僕も自分の両親をなんとかしたい……父だけにまかせていては、解決しない気がします」
「リメラ王妃の土属性か……」
オドゥは目を細めた。リメラ王妃は、土属性がとくに強いというのは有名だ。感情の乱れで身のまわりの陶器がこわれるため、専属の魔術師が修復の魔法陣をかけつづけるほどだとか。
「そうです、母は感情的にならないように自分を抑えているつもりだろうけど、毎日のようにティーカップが割れるのってすごいプレッシャーなんですよ」
「でもそれ、僕に関係ないよね?」
「そのままの交換条件じゃ僕に不利ですからね。魔道具づくりに協力してくれたら、僕もオドゥのためにちゃんと『竜玉』を手にいれます」
本当はあの眼鏡のためなら、『竜玉』ひとつぐらいくれてやるつもりはある。けれど欲しそうにみせてはだめだ、興味はあるけれど、オドゥが協力しないならこっちもいらない……そうみせたかった。
オドゥは眼鏡のブリッジに手をかけ、しばらく考えこんでいる。
『お願い、オドゥ兄ちゃん』
「は?」
ユーリが自分の耳を疑って聞きかえすと、オドゥは顔をあげて人のよさそうな笑みを浮かべた。
「『お願い、オドゥ兄ちゃん』……ユーリがそういってくれたら、協力してもいいよ」
それを聞いたユーリは、真っ赤になってかみついた。
「何ですかそれ!新手のいやがらせですか!」
「ええ?僕ふだんからユーリのこと、弟みたいに可愛がっているのにぃ……」
「いうわけないだろっ!」
「じゃあ協力もなしで」
「……っ!」
本当にこいつはいけ好かない……。いつも飄々としてとらえどころがなく、気まぐれに見えるくせに、すべての行動は計算されている……。
いうはずがないと思っているのだろうが、ユーリがそれをいえば、オドゥは協力するってことだ。顔に血がのぼるが、必死になって言葉を絞りだした。
「……オドゥ兄ちゃん、お願い……」
そのとたん、オドゥの顔からすべての表情がすっと抜け落ちた。無言でユーリの顔をまじまじと見ている。
「ちょっと!なんですか、まさかいうとは思わなかった……とかなしですよ!」
オドゥは笑いだした。大爆笑だった。
「真っ赤になって目元潤ませて『お願い』って……ひぃ、あはっ、あはははは!ユーリってば可愛いよ!」
「畜生!へんなことさせて喜ぶな、変態!」
思わず言葉遣いが乱暴になったが、オドゥは目に涙までにじませて笑っている。
「あははは!いいよ協力するよ、可愛いユーリの『お願い』だもんね」
「ならいいんです!」
ふりむきもせずその場を立ち去ったユーリは、涙をにじませたオドゥの顔が、せつなげにゆがんだのには気づかなかった。
「この間は海のうえだったから、マウナカイアのうえを飛ぶね!空からの景色なんて見たことがないでしょう?海の色がこうやって見おろしても、本当にきれいだよね!」
「ああ、すげえな……風になるってこんな感じか」
「うん!気持ちいいよね!」
「ネリア、あのさ……」
きょうのカイはなんだか口数が少ない。何か言おうとしているけれど、言葉はでてこないようだ。
「なあに?」
「王都って……どんなとこだ?」
「王都?すごいよ!大きくてたくさんの立派な建物が建っていて、真ん中にまわりを堀にかこまれた王城があってね……大きな通り沿いにきれいな街並みがひろがっているの」
「帰るのは楽しみか?」
「うん!」
カイはわたしの胴にまわした腕にぎゅっと力を入れると、わたしにもたれた。カイの髪がわたしの首をくすぐる。
「人間の体は……熱いな……」
「カイ?どうしたの?」
「なぁ、男は自分を好きな女じゃないと惚れられねぇんだ……臆病だからよ。だからあんたは俺が好きだろう?」
「う~ん……好きっていうか、グレンもきっとカイのこと好きだと思うよ。だって一緒にいると、なんだか安心できるもん」
「安心されても困るんだがな」
カイはため息をついた。
「お前いっそ俺に惚れちまえばいいのに。たっぷり甘やかしてやるのによ」
「ダメだよ……それじゃ本当に甘えてぐずぐずになっちゃうもん。わたしね、一度ちゃんと自分の足で立ってみたいんだ」
この大地で、ちゃんと自分自身の足で立ってみたい。
「そんなもんか……?お前はどんな男に惚れるんだろうな」
すこし身を起こして、カイはぽんぽんと軽くたたくようにわたしの頭をなでた。言葉遣いはぶっきらぼうだが、カイはおおらかで優しい人だ。
わたしはカイみたいに、こんな風におおらかに包みこむようには、人を愛せないかもしれない。
もしもだれかを好きになったら、きっと離れたくなくなる。その瞳を、ずっと見つめていたくなる。それがかなわないのなら、この世界に生きている意味さえなくなるぐらいに。
「もしも陸で生きるのがつらくなったら、俺のところへこいよ……十年ぐらいは待っててやるぜ?ふたりして世界中の海をめぐるんだ」
魅力的な誘いに、わたしは笑みを浮かべた。カイと一緒なら、晴天の日だって、嵐の日だって、きっと楽しいだろう。
「ふふっ、素敵だね……」
カイはわたしを抱く腕にもう一度力をこめると、すねたような声をだした。
「お前もグレンみたいに、陸にいっちまうんだな……あいつも、海は選ばなかった」
そうか、そうなるのか……カイから見たら、海こそが自分の世界で愛する場所なのに、グレンもわたしも去っていくようにみえるのか。でもそれさえも彼は許容しているように思えて、わたしはそれに甘えてだまっていた。
「あいつの、グレンの子どもにも会ってみたいな……あいつを人間の世界につなぎとめた女がいるとはなぁ。俺はずっと、あいつはひとりで生きてひとりで死ぬんだろう……そう思っていたのによ」
「わたしにもそう見えたよ。すべてを拒絶して、ひとりで生きているように見えた。でもそれは、彼が不器用だからで……一度にたくさんのことができないんだよ。そのときにやれることはひとつだけなの」
そのひとつさえ決めてしまったら、ほかのことは何もできない。ただ、脇目もふらずまっすぐ進むしかない。
「あいつは、ぼーっと海を眺めて何にも考えずに過ごすとか、できないやつだったもんなぁ」
「そういえばカイとグレンって、なんで友人になったの?」
そこが不思議だ。グレンは研究のこと以外なにも考えていないような人だったし、自由人のカイと共通点があるようにも思えない。
「え?だってあいつ、見ていると面白いし。あいつだされたもん何でもモグモグ食うんだ」
「モグモグ……」
「で、食事のことはまったく気に留めてない様子で、うわのそらでモグモグ口を動かすのによ……腹一杯になるとピタリと食べるのをやめるし、そのくせ好きなものはしっかり平らげてやがる。考える以外の機能は、ぜんぶ本能そのもので生きてるんだぜ」
「なんだかわかるような気がする……」
本人がおこなうのは、生きるのに必要な最低限のことだけで、あとはすべて錬金術に……自分の人生のほとんどすべてを、研究に捧げた人。
残した業績は素晴らしいけれど、自分のことはいつでも放りっぱなしだった。彼の人生は幸せといえたんだろうか。
「わたしね、ずっとこうやってだれかとグレンの話がしたかったの。マウナカイアで願いがかなうなんて……」
「お前の話を聞いてくれるやつは、陸にはいねぇのか?」
「いるよ……いるけど、わたしが話そうとしなかっただけ……」
いつか彼ともちゃんと、グレンの話がしたい。
自分のような人生を送って欲しくなくて、グレンは彼を手放したのかもしれない。
グレンは私に親切にしてくれたけれど、それはわたしが生きることすべてを、彼に頼りきりになるしかない、赤ん坊のような存在だったからだ。彼が手を尽くして面倒をみなければ、わたしはすぐに死んでいた。
彼がわたしを助けたのは、わたしが『生きたい』と願ったから。
マウナカイアの海に夕日が沈む。あちこちの家々から煮炊きの煙が上がり、大きな太陽が海と空を赤く染めるころ、東の空には二つの月が顔をだす。それをカイは無言で見つめていた。
人よりも精霊に近い感覚の持ち主だったというグレンの目には、この世界はどんなふうに見えていたんだろう……。
「ねえ、精霊たちから見たら、この世界はどんなふうに見えていると思う?」
「そんなの、決まっているじゃないか」
「決まっている?」
「ああ、世界は……」
信じられないほど美しい。
カイのささやきは空気を介さず、わたしの頭に直接届いた。
グレンの話をしたせいか、なんだか彼のことまで思いだしてしまった。ちょうど今の空の色もそんな感じだ。
「……そろそろ帰ろうよ」
「お前なぁ……そこは『まだ帰りたくない』っていうところだろうが」
「ええ?だってユーリも心配するし」
カイがいつもの調子でニヤリと笑った。
「もうすこし心配させてやろうぜ、あいつからかうと面白ぇし」
わざとか!こらぁ!わたしを巻きこむな!
ありがとうございました!









