190.ぶつかり合う力
お待たせしました!
とっさに三重防壁が発動し、わたしを衝撃からまもる。カイやオドゥもそれぞれに防壁を展開していたけれど、水流の勢いに飲まれるのはどうしようもない。ヒレに魔力をこめないと、激流のなかで木の葉のようにたやすく押し流されそうになる。
「ぐっ……!あぁああああ!」
「リリエラ⁉」
水流に逆らいながら必死に叫び声のほうを見ると、鎖から解き放たれたはずのリリエラが、突然高く鋭い悲鳴をあげて苦しそうに顔をゆがませた。
「おのれ……おのれぇえええ!海王はどこだい⁉このままでは……すまさないよ!!」
「何⁉」
「言わんこっちゃない!魔力暴走だ!抑えこんでいた精霊の力が暴れてる!」
「きゃあああ!」
リリエラの体がみるみるふくれあがったかと思うと、大きな藍色のシャチのようにその姿を変え、牢獄のあちこちにぶち当たる。牢獄の壁が崩れ、支えを失った天井が落ち、ぽっかりと穴が開くと、リリエラはその穴から飛びだして猛スピードで上を目指しはじめた。
「リリエラ!」
オドゥがリリエラを見送って、あきらめたように首を横に振る。
「あの魔女、もう正気じゃない……止めるのは無理だ」
「そんな!そんなつもりじゃ……リリエラを止めなきゃ!」
「ネリア⁉」
防壁の魔法陣を輝かせ、ヒレに魔力をこめてあとを追うと、暴れ狂う力の塊となったリリエラが巻きおこす水流で、人魚たちは吹っ飛ばされ、王宮内はめちゃくちゃになっていく。まるで竜巻が突然発生したみたいだ。
これほどの力……二百年もその身に鎖をつけて抑えこんでいるのは、どれほど辛かっただろう。王宮の立派な柱が衝撃で折れ、そこに取りつけられた貝殻の灯りがいくつもはずれ、水の中をゆっくりと落ちていく。
そのなかを、ときどき魂を切り裂くような悲痛な叫び声を響かせながら、リリエラは王宮のあちらこちらに体当たりし、玉座のある広間に向かっていく。
魔力暴走を起こした時の苦しさを思いだすと、リリエラの苦しさがわたしにも伝わってくるような気がした。
死んだほうがましと思うほどの苦痛。ただひたすら静かな場所で、楽になりたかった。
『海王にはガツンとやってやりたいね。それとかなうなら、あの人が亡くなった場所で、ちゃんと弔ってやりたい』
そう言っていたリリエラは、苦しみながらも海王のもとへたどり着いたようだ。わたしたちがどうにか玉座のある広間にやってくると、すでに海王とリリエラの戦闘がはじまっていた。
海王がアダマンティンの鉾を振りかざし、リリエラはそれをよけつつ、体当たりを食らわせている。どちらの血かわからないが、海水が赤く染まり視界がにごった。
海王の怒りがカナイニラウの王宮全体を、ビリビリと震わせ、わたしは全身の毛が逆立った。
「二人をとめなきゃ!」
「待て!」
飛びだそうとしたわたしの体を、カイが強引に引き寄せてとめる。カイの腕を身をよじって逃れようとしたけれど、カイはますます腕の力を強くしてわたしの体を抱きしめただけだった。
「カイ!だけど、このままじゃ海王だって!」
暴れるわたしの耳元で、カイは怒鳴るように叫んだ。
「二人の戦いに巻きこまれたら、お前が危ないだろうが!海王はだいじょうぶだ!宮殿にいるあいつは『影』で、海王の本体じゃない!」
『影』?本体じゃないって……。
「影?じゃあ、わたしを牢獄に閉じこめたのは……」
「本体は、海の底で精霊と一緒に眠りについてる。いまナジたちが皆を避難させてる……リリエラの攻撃を影に集中させるんだ」
リリエラと海王は、遠くから見るかぎり互角だ。戦いの余波で、王宮の一角が崩れさり、ぽっかりと穴があくとそこには真っ青な空ではなく、真っ暗な深海がひろがった。
「カイ、わたしこんなおおごとになるなんて思わなくて!ごめんなさい!」
必死に謝ると、カイは怒るでもなく、ポンポンと落ちつかせるようにわたしの頭をなでた。
「海王とリリエラの戦いは、精霊の力のぶつかりあいだ。ただで済まねぇのはわかってたさ、気にすんな。あの様子じゃ、牢にずっと閉じこめておくのも無理だったろうからな」
「でもっ!」
「ったく……落ちつけよ。あんたは巻きこまれただけだ。こっちこそすまなかったな」
荒れ狂う水流に巻きこまれないよう物陰に身をひそめると、カイはわたしを腕のなかに抱いたまま話しはじめる。
「俺の父親の海王は……グレンとおなじく『先祖返り』なんだ。人間よりも精霊にちかい……それもあって人間の花嫁をむかえたんだが、マウナカイアが人であふれかえるようになって、自分の力が人間におよぼす影響を恐れた海王は、陸とは距離をおくときめた」
人魚たちが、海に身をひそめたのは、王都からの人たちがマウナカイアにあふれたせいだけじゃなかった。けれどそれがレイクラを追いつめた……。
「だがレイクラがでていったあと、海王は嘆きのあまり魔力暴走を起こし、いまのリリエラのように人魚の体が保てなくなった……それで影を置いたまま、カナイニラウを守護する『海の精霊』のもとで海王は眠りについている。だからレイクラを迎えにいけないんだ」
「魔力暴走で体を保てなくなるの?」
驚いたわたしに、カイは『先祖返り』の体は精霊にちかいと教えてくれた。精霊はもともと肉体を持たないため、魔力に合わせてその器を自由に変貌させるらしい。大きすぎる魔力に合わせて、身体を作り変えるのだという。だけどその変容は、いままでの生活が送れなくなるということでもある。
「それが、俺がレイクラを迎えにいった理由だ。海王を目覚めさせるためには、レイクラが必要なんだ。まぁ、とめられるのはわかっていたから、俺もだまってカナイニラウをでたんだけどな」
戦闘をみまもりながら、カイがつぶやいた。
「影はちゃんと海王としての力は使えるが、思考が単純で融通がきかない……そろそろやべぇな」
カイにいわれてそちらを見れば、腕に噛みつかれた海王の影が叫び声をあげて、鉾を取り落とした。
「影じゃ抑えきるのは無理か……いいか、転移陣の鍵をお前に預ける。オドゥと一緒に転移陣から逃げろ。この光の方角だ」
カイがわたしの首に、自分が身につけていた巻貝の首飾りをかけると、そこに口づけを落とした。首飾りの魔法陣が起動し、眩いばかりの輝きを放つと、光が収束し海中の一点を照らしだす。あとから追いついたオドゥにむかって、カイはわたしを押しだした。
「オドゥ!ネリアを頼んだ!」
「ああ、まかせて」
「カイはどうするの⁉」
身を離したカイにむかって叫ぶと、カイはわたしにむかって不敵な笑みを浮かべた。
「リリエラを押さえるに決まってんだろ!ひさしぶりに暴れてやる」
「だけど!」
「いけよ!レイクラを連れてきてくれ。海の底で眠る海王を目覚めさせるために!」
そういうなり身をひるがえして、カイはリリエラにむかっていった。
「そらよっ!」
カイは影が取り落とした巨大な鉾を拾いあげると、そのままリリエラの背後から突き刺した。リリエラが痛みに絶叫をあげるものの、すかさず反撃し、三つ巴の戦いがはじまった。
影とリリエラの巨躯にくらべれば小さなカイの体は、水流に翻弄されているようだ。それでも身体能力をいかして機敏に動き回り、リリエラの体力を削っていく。
カイはわたしに「逃げろ」といった。けれど、この事態を引きおこしたのは、リリエラの鎖を解いたわたしだ。どうしよう、どうすればいい?動こうとしないわたしの横で、オドゥがつぶやいた。
「すごいね。あれが精霊の力か……」
ありがとうございました!









