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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
第六章 ネリアと人魚の王国

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185.海の底で思い出した事

PCの一部がエラーを起こしているのを、だましだまし使っています。

突然更新がストップしても気にしないでください。

 カイが叫ぶと同時に、人がきたほうとは反対の方角に向かって、オドゥも一緒になって走りはじめる。


「なんなの君、全然役にたたないじゃん!」


「勝手についてきたのはお前だろうが!」


 怒鳴りあいながら必死に逃げ、泡から飛びだし、人魚になって海を進む。これもまたカイは狭い岩の隙間をぬうように猛スピードで進んでいく。


 それを必死に追えば、こんどは別の窓からまたふたたび泡のなかに逃げこんだ。いつも地上では余裕の表情をみせるオドゥも、息を整えるのにしばらく時間がかかった。


「きっつぅ~!全力疾走のうえに、全力泳ぎとか……想像以上にハードだわ……」


 カイはそんなオドゥをみて、ニヤリと笑った。


「いざとなればお前を囮にして逃げようかと思ってたが、しっかりついてきたな。この辺は水圧も高いから、いきなり泳ぐのはキツかっただろう?」


「そりゃ、置いていかれたら死ぬじゃん……これ、いつになったらネリアにたどりつけるんだ?」


「あせんなって。血の臭いもしねぇし、ネリアは無事だ」


 ()()の基準が何かちがう気がするが、ひとまずカイについていくしかない。空気があるといっても、宮殿内は全体的に湿っぽくひんやりとしている。


「いやもう、はやく帰りたいよねぇ……」


 歩きながらぼやくオドゥに、カイがあきれたように眉をあげた。


「……お前、なんできたんだよ」


 オドゥはしれっといった。


「グレンが昔ここにきた時に、手にいれた素材に興味があってね」


「……ネリアが心配でやってきたんじゃないのか?」


「ネリアも気になるけれど、僕の目的はそっちだね。けどおたずね者と一緒なんて、僕もついてないよ」


 オドゥがなげくと、カイが聞きとがめた。


「俺はおたずね者じゃない……黙ってでてきただけだ。それに、ガキじゃねぇし、親の世話にもならずに働いて暮らしてんだ。どこに住もうと俺の自由だろうが」


「それならさぁ、『ひさしぶり〜』ってふつうに帰れば?」


 オドゥの投げやりな提案に、カイは息を吐いた。


「いまは無理だ。海王の機嫌が悪い」


「機嫌が悪いとかそんなんわかるの?」


「聞こえるだろ」


「何が?」


「あぁそっか、人間には無理か……海王が怒ると、王宮全体がビリビリと震えるんだ」


 もしかして、時折ビリビリと伝わる振動が、それなのだろうか。カイが近づくのをためらうぐらいなのだから、余程だろう。


「その機嫌が悪い原因って……」


 オドゥの予感は当たっていたようだ。カイはうなずいて顔をしかめた。


「ネリアだろうな」





 王宮の最下層なだけあって、わたしが閉じこめられた牢獄の壁は、ゴツゴツとした岩肌がむきだしになっていた。


(壁をこわして逃げるのもムリそう……それにこの岩肌、溶岩が海水に冷やされてできる枕状溶岩に似てる……まさか海底火山のすぐそばに、カナイニラウはあるの?)


 海に落ちる直前にユーリのエンツが飛んできたから、いまごろ彼はわたしを探しているかもしれない。わたしは牢の中に座って、ぼんやりと上を見上げた。


(結局ユーリに心配かけることになっちゃったなぁ……戻ったら謝り倒さなきゃ……)


 そうなにげなく考えて、ふと気づいた。戻ったら……?


 あ、わたし……『戻ろう』と思ってる?


 地上に……そしてあの場所に……グレンが用意したソラが待つ師団長室……中庭に枝を広げる、大きなコランテトラの木、その下で会話した人……。


 わたし、ちゃんと『戻ろう』と思えている。『帰りたい』とはちょっと違うけれど、それでも。


 わたしの頭の中に、錬金術師団のみんなの顔が浮かんだ。もうグレンひとりだけじゃない……地上にはわたしのことを知っていて、心配してくれる人たちがいる。


(うん、かならず戻る!)


 そう思っただけで、心がほわっと温かくなるような気がした。


(……にしても、いきなり牢に入れるってひどくない?レイクラさん、でてきて正解だよ!)


 カナイニラウを恋しがって、泣きながら波止場で歌っていたレイクラの顔がよぎった。


(彼女がカナイニラウに戻れるように……海王と話をしないと……あの様子だと大変そうだけれど)


 ここまできたのだ……やりたいことをやってやろうではないか!





 そのとき、「くっくっく」と笑い声がすぐ近くで聞こえて、わたしは飛びあがった。


「ずいぶんと可愛らしい新入りがきたもんだねぇ。上から海王の怒りの振動が伝わってくるから、よっぽどのことをやらかした極悪人かと思ったのに」


 声はわたしの入っている牢の、真向いの牢から聞こえてきた。そこには身の丈よりも長い藍色の髪を床にとぐろを巻かせ、同じ色の瞳を持つ、絶世の美女が捕らえられていた。両手と首は鎖につながれ、拘束のされかたがわたしより半端ない。


(だれ?)


「あたしは『海の魔女』リリエラ。あんたは?」


(ネリア・ネリス)


 答えようとしたわたしの声は、やはり言葉にならない。リリエラが美しい眉をひそめた。


「あぁん?返事もできないのか……声がだせないのかい?」


 ぱくぱくと口を動かすと、藍色の双眸はしげしげとわたしの顔をながめた。


「ふぅん……あんた、さては人間だね。人間は声帯を震わせて声をだそうとするからねぇ……海のなかじゃ通じないのにさ」


 そう言ってくすくす笑う魔女は、どうやってしゃべっているのだろう。


「ふふふ……『声』を与える代償に、あたしと契約するかい?」


 そう言ってリリエラは青く光る魔法陣を展開したものの、魔法陣越しにわたしを透かしみて、不満そうな顔をした。


「あらでもあんた、精霊契約をすでにしちまってるんじゃ、上書きはできないねぇ……あたしに隷属させるのも楽しそうだったのに」


 それ、わたしは楽しくないと思う……。


「まぁいい、こちらの言うことは聞きとれているんだろう?人間にはそれすらできないのも多いからね。なら、しゃべろうとすればしゃべれるさ」


(どうやって?)


 首をかしげると、わたしの聞きたい意志は伝わったらしい。リリエラは長い人差し指で、自分の頭を指し示すようにトントンと叩いた。


「自分の声帯ではなく、相手の頭蓋骨を震わせるんだよ。言葉を伝えたい相手に、直接届けるんだ」


 なんですと⁉


 それなら、自分の言葉は伝えたい相手にのみ伝わる……まるで短距離の念話みたいだ。


 ということは、広間で聞こえた声は、わざと聞かせるようにしゃべっていた?なんだよ、全然居心地悪いじゃん。カイが人魚は争いを好まない……と言っていたけれど、人間と大差はないように感じた。


(あ~……)


 声をだそうと試みる。震わせるのは自分の声帯じゃなくて、相手の頭蓋骨……言葉を伝えたい相手に直接とどける……。目の前のリリエラに……。


(あ~……)


 なんどか試行錯誤するうちに、突然ピントが合うように、リリエラの頭蓋骨を震わせることに成功したらしい。


「あ~……」


 リリエラがビクッと身をすくめて、顔をしかめた。おぅ……ボリュームには気をつけよう。


「ほら、デカい声がでるじゃないか」


 同時にわたしも驚いていた……声を相手に直接届けるというこの感覚、はじめてじゃない……。わたし、前にもこんなふうに声をだしたことがある。あの時は無我夢中でというか、無意識にやっていたはずだ。


(わたし、まえにもこうやってグレンと話したことがある……)





『体表面が八割がた失われてる!それはじきに死ぬ!放っておくんだ!』


『……まだ間にあう!カナイニラウの海水をもとに錬成した液に漬け、傷ついた皮膚の修復をうながし、欠損した部位をおぎなえば……』


『やめろ、グレン!それは()()だ!必要なのは体だけだ!魂はいらない!せっかく異界から招喚した肉体なんだぞ!そいつを助けるな!』


 激しく言い争っている様子なのに、何を言っているかよくわからない……だけど次の言葉はわたしに聞かせるように発したのだろう、はっきりとわたしの脳に力強く、意味をもつ言葉として響いた。


『生きたい……と、この娘は言った。だからわしはこの娘を助けると決めた』


 そうだ、この声だ。


 この世界に堕ちてきた瀕死の状態で、この声が『生きたいか?』とたずねてきた。


 だからわたしは、『生きたい』と答えた。


 彼の問いかけに答えたから、今わたしはここにいる。


 けれど、わたしが彼の問いかけに答えたとき、そばにはもう一人、誰かがいた……。






 ふと気づくと、むかいの牢からリリエラが、こちらの様子をうかがっていた。


「どうしたのさ……深刻な顔をしてだまりこんで」


「なんでもない……すこし昔のことを思いだしただけ」


 わたしは頭をふって、考えごとを追いはらった。


「さてと、話せるようになったことだし、さっそく相談といこうじゃないか」


「相談?何の?」


「女ふたりが顔を寄せあうんだ……恋バナでもいいけどね」


 リリエラは艶然とほほえんだ。彼女が髪をかきあげると、ジャラジャラと鎖が動く。


「ここはもちろん、『脱獄』の相談に決まってるだろう?」

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