161.人魚のドレスが気になります
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「ええ?グレンが『傀儡師』だったとして、なぜわたしが興味を持たれるの?」
「サルジアでは、『呪術師』もそうだけど、基本的に師が口伝で自分の弟子に術を伝えるんだ。魔術みたいな体系的な学問じゃないし、魔術学園みたいな学校もないんだよ」
ということは……。
「グレンがもしも『傀儡師』だったら、わたしが『傀儡師』の術を受けついでいる……とみなされるってことね?うーん、それこそ違うと思うなぁ……そんなの教わってないもの」
「ほむ……皇帝を支えた『傀儡師』と『死霊使い』か……失われてよかった術じゃとおもうぞ?魂なき軍勢など、ドラゴンでもなければ対抗できんじゃろう」
「魂なき軍勢……」
なんだか、聞くだけで不気味だ。
「……地上はせまいのに、いろいろと物騒なんだな。海の中じゃそんな争いないのに」
だまって話を聞いていたカイが、水槽に揺蕩う色鮮やかなウミウシ達を眺めながらつぶやいた。
「海の生きものは、自分達の気にいった場所に住んで、食べたいものを食べる。だいじなのは環境が保たれることであって、ほかの生物が好む環境にまで、でしゃばりはしない」
同意するように、ポーリンもうなずく。
「そうだねえ……海の中には多様な環境があるからこそ、それぞれの環境に適した生命が存在する。環境がかわれば滅びる種もいるが、繁栄する種もいて、変化に適応する新たな種もうまれ……結果的に生物の多様性は保たれる」
「ポーリンの専門はウミウシ?」
「ああ。こいつらが殻もないのに巻貝の一種だなんて信じられるかい?なにか考えているようにも見えないのに、草食もいれば肉食もいる……好みがハッキリしているんだ。環境に合わせてこれだけ多様な進化を遂げているんだから、いくら眺めていても見飽きないさね」
ウブルグと話があいそうだ。専門分野はちがっても、研究所でうまくやってくれればいいな。
「ウミウシを飼育するのはむずかしいんでしょう?」
わたしは水槽を見ながらたずねた。
「むずかしいというか、こいつらがこのむ環境を用意してやる必要があるんだ。カイがそういうのは得意でね、研究所の水槽の世話は彼にまかせてる。この辺の生き物については、泳ぎが得意なカイのほうが詳しいよ」
「カイは泳ぎが得意なの?そういえば地元の人なんだっけ」
『人魚の末裔』といわれる一族だってさっき聞いたなぁ……と思いだしながら聞くと、カイは水槽をみつめたまま、ぶっきらぼうに答えた。
「俺は……海流に乗ってやってくる生物の研究をしているから」
ポーリンは研究所で暮らしているけれど、カイはマウナカイアビーチから通ってきており、研究所の休みの日は、ビーチで家族が経営する店の手伝いをしているらしい。
「ビーチで『人魚のドレス』を買うなら、カイの店に行っておやりよ。なかなかお洒落なものがそろっているよ」
「へぇ!カイのお店に、みんなで行ってもいい?」
そうたずねると、カイはめんどくさそうに答えた。
「……ビーチの外れのせまくて古い店だ。ドレスだって年とったばあさんがひとりで縫っているだけだし……」
あまり店にきて欲しくなさそうなカイのかわりに、ポーリンが説明してくれる。
「そのばあさんが、ドレス作りではいちばんのベテランでね。私も『人魚のドレス』の作りかたは知らないけれど、なんでも『人魚の鱗』を使うそうだ」
人魚の鱗?
「……観光客がよろこびそうな話を盛ってるだけだ。人魚なんて……ただの伝説だ」
それだけ言って、カイは部屋をでていった。初日にわたしに「もしかして人魚じゃないか」と聞いてきた本人が、「ただの伝説だ」と言うのが不思議な気がして、わたしは彼の背中を見送った。
研究所の下の潮だまりでは、ヌーメリアがアレクやメレッタに、毒がある海の生き物について説明していた。海に入る前の予備知識として教えているようだ。
「海の生きものは、獲物を麻痺させて捕食するために神経毒を持つものがいるわ。ウミウシも毒を持っているの……綺麗でも手でふれないでね」
「どうやって毒を作るの?」
「ウミウシ自体が毒を作るのではなくて……毒を持ったクラゲを食べて、その毒を自分のものにするのよ。クラゲの毒は『刺胞』という入れものに入っていて……それごと自分の身体に取り込むの」
「あっ!ネリス師団長!」
メレッタがわたしに気づいて手を振り、わたしもみんなのそばに近づいていく。
「ヌーメリア、カイのお店で『人魚のドレス』が買えるんだって。今度みんなで行ってみない?」
「まぁ!どこに行こうか迷っていたけれど、カイのお店があるんですか」
「うん、カイのおばあさんが作っているみたい」
メレッタが目をかがやかせた。
「いいですね!マウナカイアビーチで『人魚のドレス』なんて……あこがれちゃう!」
「『人魚のドレス』って……水着とはちがうの?」
「そうですね……魔道具の一種です。見た目はあざやかなサマードレスのようですけど……水に入ると人魚になれるんです」
人魚になれる⁉︎
「わたしもヌーメリアも人魚になるってこと?アレクは?」
「男の子のは腰巻風ですけど、ちゃんとありますよ」
えっ、なにそれ!滅茶苦茶気になるじゃん!そばで日傘をさしてて椅子に座っていたアナ夫人が、のんびり提案する。
「そうねぇ……『人魚のドレス』は女の子たちだけで買いに行きましょうか。あんまり殿方に見せるものでもないでしょう?」
「それがいいですね。せまいお店らしいし」
わたしが同意すると、アレクが心配そうに聞いてきた。
「僕は?」
「アレクは一緒でいいよ、それじゃ今度、カイがお休みの日に行ってみようか」
「賛成!」
メレッタがうれしそうに手をたたいた。
「ねぇ、人魚ってほんとうにいるの?ドレスには『人魚の鱗』を使うって、さっきポーリンに聞いたんだけど」
「そう言われてますね……でも本物の『人魚』を見た人は実際にはいないと思いますよ。ドレスの作りかたが実際どうなのかは秘密らしいですし」
「あくまで『伝説』なんですよね!」
カイは「ばあさんがひとりで縫ってる」と言っていたから、ドレスの製法をなにか知っているのかな。
「そういえば、『人魚のドレス』にもロマンチックな伝説があるんですよ!」
メレッタがとっておきの情報を教えるようにささやいた。
「もともとは『人魚のドレス』って、人魚が人間の花嫁を迎えにくるときに、自分の鱗を縫いつけて用意した花嫁衣装なんですって!」
「花嫁衣裳……」
「人間と人魚の恋は、悲恋だったりハッピーエンドだったり、マウナカイアにはいろんな伝説があるらしいです」
「えっ、ホント?あとで教えて!」
ウミウシの話も人魚の恋も、どっちの話も興味深い!
研究所内に戻ると、カーター副団長がオドゥをどやしつけていた。
「オドゥ!その魔道具はお前が修理しろ!水槽の浄化をつかさどる術式が壊れている」
「はいはい、まったく人使いが荒いんだから……」
オドゥだけでなく、ヴェリガンやカディアンまで、カーター副団長の指揮のもと、魔道具の修理にかりだされ、せっせと作業していた。
「ほむ……これでわしの研究もラクになるし、助かるのぅ」
「悪いね!こんなに錬金術師がやってくるなんて、研究所創設以来はじめてだからね!ついあれこれ頼んじゃって!あははは」
ウブルグがヒゲをなでてうなずく横で、ポーリンが豪快に笑う。こわれて動かなくなっていた魔道具が修理され、彼女はご機嫌だ。
「かまわん。こわれた魔道具を見ると、ほうっておけない性分でな。カディアン、次はこれを直せ!」
カーター副団長が、職業意識に燃えている。王子様をアゴで使うとニーナにいわれたわたしだけど、副団長だって気にしちゃいない。カディアンも汗をかきながら、まじめにやっている。
「やぁ師団長!なんなら、ウブルグの他にも活きのいいのを、二人ぐらい置いていってくれてもかまわないよ、あはは」
「活きのいいの……」
ポーリンに言われておうむ返しにつぶやくと、顔を上げたオドゥと目が合った。
「ちょっとネリア、なんで僕を見るのさ」
「あ、ごめん」
べつに他意はない……。
ありがとうございました!









