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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
第五章 ネリアと二人の師団長

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152.遠征前夜

よろしくお願いします!

「はっはっは、すまん。遠征前夜だというのにカップルにはなしかけるなど、無粋なまねをしてしまったな。われわれも食事にむかうとしよう」


 アルバーン公爵は鷹揚に笑い、夫人をエスコートすると軽く会釈をし、店内にむかう。サリナ・アルバーンはレオポルドの腕に手をかけ、彼をみあげて甘えるように微笑んだ。


「遠征に出発してしまったら、またしばらく会えなくなるんですもの……きょうはたっぷり甘えたいわ」


「……いこう」


 レオポルドもサリナをエスコートしてわたしの横をとおりすぎる。彼は最初ににらみつけた以外は、こちらには一瞥もくれず、最後までわたしを無視した。


 そのときのわたしは、ライアスの上着をはおり彼にエスコートされている自分が、レオポルドの目にどう映っているか……なんてことまでは考えもしなかった。







 テーブルについたサリナは、ため息をついた。


「ほんとうに素敵なかたでしたわ、華奢で可憐でかわいらしくて……まるでそこに妖精がたたずんでいるかのよう……もっとおはなしたかったのに」


 アルバーン公爵は、それをたしなめる。


「しかたあるまい。竜騎士団長が出征前夜に食事をともにするなど、()()()()()にちがいなかろう……それこそ野暮というものだ」


 遠征前はみなそれぞれ家族や恋人とすごす。それを口実に公爵一家も、しぶるレオポルドを食事にひっぱりだしたのだ。


「ネリィさん……とおっしゃったかしら、わたくしにも覚えのないかたですわね」


 公爵夫人はその顔のひろさでは定評がある。その彼女もネリィの顔はしらなかった。


「だったらわたくしとおなじくデビュー前のかたかもしれませんわね……夜会でお会いできるかしら?ねぇ、レオ兄様?」


「……」


 レオポルドは心ここにあらず……といった風情で、けわしい表情のまま無言だった。


 さきほどみかけた娘の姿が、頭から離れない。自分にはみせたこともないような頼りなげな風情で美しく装い、ライアスの上着にくるまれ、大事そうにまもられていた……。


「もぅ、レオ兄様!またお仕事のことを考えてらっしゃるの?」


 サリナの文句にレオポルドはようやく、意識を食事の席にもどした。


「すまない……なんの話だ?」


「さきほどライアス様が連れてらしたかわいらしい女性の話よ!レオ兄様だってあのかたにみとれてらしたじゃないの」


 レオポルドは眉をひそめた。


「みとれてなど……」


「あら、彼女をみて息をのんでいらしたじゃない……すぐ隣にいたんですもの、わたくし分かっていてよ?」


 サリナはかわいらしく口をとがらせる。


「……ライアスにおどろいただけだ」


 レオポルドはふいっと顔をそむけた。


「でも竜騎士団長がお相手をみつけたのなら、うちもそろそろ……ねぇレオポルド、サリナのデビューにあわせて婚約の発表をしたいと考えているのだけど」


 公爵夫人の提案に、レオポルドはため息をついた。


「……それは、先代の公爵が決めたことです。祖父も亡くなったいま、守る必要もないでしょう」


 そのまま、自分のいとこにも顔をむける。


「サリナ、世の中には男など数多くいる。お前はデビューしたらきちんと世界をみて人と触れあい、自分に一番ふさわしいとおもう相手を選べ」


 サリナはこまったように首をかしげた。


「デビューは楽しみですけれど……レオ兄様ほどのかたがいるとは思えませんわ」


「まったくだ。エクグラシアの魔術師団長をつとめるお前を、私は誇らしくおもっておる。それに公爵家を継がないというお前のかわりに、サリナが女公爵として領地経営をおこない、お前をささえると言っているのだぞ」


「……」


「サリナ、あなたもそろそろ『レオ兄様』は卒業しないと……それではいつまで経っても、レオポルドにこどもあつかいされてしまってよ?」


 公爵夫人にたしなめられ、サリナもこどものことからの呼びかたの癖を、顔をしかめて言いなおそうとする。


「そうですわね、では……レオ……ポルド?……いいにくいわ」


『レオポルド』


 ふいに、赤茶の髪に黄緑色の瞳をもつ娘が、自分をよぶ声が脳裏によみがえり、レオポルドは身をこわばらせた。







 アルバーン公爵一家がとおりすぎたあと、『結着点』はすぐに使えるようになったので、わたしたちは『研究棟』の前の広場に転移した。


「さっきの人たち……」


 ライアスが説明してくれた。


「レオポルドの叔父一家だ。あいつが継がなかったから、叔父のニルス・アルバーンがアルバーン公爵家を継ぎ、娘のサリナ・アルバーンは学園を卒業後は、次期女公爵として領地経営をまなんでいると聞いたことがある」


「そうなんだ……サリナさんて、彼の……レオポルドの許婚なんだっけ?」


「あいつとその話をしたことはないが……そのようだな」


 ライアスは軽くうなずく。


「そっか……きれいな人だったね。二人ならぶとまるで絵みたい」


 レオポルドの横にならんで遜色ない美形なんて、ライアスぐらいだろう……とおもっていたけれど、蜂蜜色の豪奢な金髪をもつ美しい令嬢は、もっと彼の横にふさわしい……そうおもえた。


 ライアスが優しくわたしをみおろすので、わたしはそれ以上言葉をつづけることができなくなった。こんなとき、なんて言えばいいんだろう……そうだ、きょうのお礼いわなきゃ……。


「ライアス、きょうはほんとうにありがとう。これ……」


 上着をかえすために脱ごうとすると、ライアスは「もっていてくれ」と、わたしをとめた。


「これは竜騎士たちが出征するときの『ゲン担ぎ』なんだ」


「ゲン担ぎ?」


「そう、遠征に出かけているあいだ、自分のかわりに守ってくれるように……と願いをこめて出征前夜に一緒にすごした相手に、自分の上着を着せるんだ」


「わたしを守る……」


「ああ。それに戻ってきたときに上着をかえしてもらうから、きみに会いにいく口実になるだろう?遠征からかならず無事に戻る……という『ゲン担ぎ』なんだ」


 ライアスは少し身をかがめ、わたしの耳元で低い声でささやいた。


「それと、俺の留守中……きみの部屋においてもらうことで、少しでもきみの目にとまり、俺のことを思いだしてもらえたら……という願望もこもっている」


「ライアス……」


 間近でみる彼の青い瞳は、どこまでも吸いこまれそうで、わたしはつかのま見入ってしまった。肩を包む上着からほのかにライアスの体温と残り香がただよう。これを部屋におくというのは……それってなんだか……。


「遠征先からときどき『エンツ』を送ってもいいかな?きみのことをもっと知りたいし、俺のことも知ってもらいたい」


 そういう彼の青い瞳は真剣そのもので、わたしはそれにうなずいた。


 ライアスは、そっとわたしの額に口づけを落とすと、優しく安心させるように微笑んだ。


「おやすみ」


「おやすみなさい」


 転移していったライアスを見送っても、しばらくわたしはその場を動けなかった。







 ライアスは素敵な人だ。わたしのことも大切にあつかってくれる。かっこよくて優しくてとても強くて、女の子ならだれだって憧れるだろう。


 だれかを好きになるぐらいなら、だいじょうぶだと思う。でも……だれかとつきあったり結婚したり……相手の人生にも関わることに、わたしは飛びこんでいける?


 わたしがこの世界に存在するためには、『生きたい』と願いつづけなければならない。でもこのさきもずっと、そう思っていられるかなんて自分にもわからない。


『死にたい』という言葉は、つらいときの免罪符のようで。今後、自分がどんな状況におちいっても、わたしは『生きたい』と願っていられる?


 わたしはだれかを、好きになってもいい?


 わたしはだれかを、愛してもいい?


 その問いに答えをくれるかもしれないグレンは、もういない。


 グレンに会いたい……そう思いそうになって、アルバーン家の霊廟にひき寄せられたことを思いだす。ダメだ、わたし……無意識にグレンを頼るのは、やめなくちゃ……もう戻ろう。


 ようやく研究棟の建物にはいろうとしたとき、わたしはそこにいないはずの人影をみつけて驚いた。どうしてここに?だって彼はさっき……。




 レイバートで食事をしているはずの、レオポルドがそこにいた。

ライアス、頑張りました。頑張ったと思います。(キリッ)

これ以上頑張ると『師団長室でモーニングコーヒーを』という事態になりそうなので勘弁して下さい。

オドゥの釘がしっかり効いています。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ネリアへの気持ちと態度が無自覚に出ているレオポルド・・・(^-^; [気になる点] レオポルド、誰にも頭を下げなくていいからって理由で師団長になったのに、何故叔父叔母&従姉妹には強くでれ…
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