134.いつか感謝を伝えたい
【毎日更新】を課している訳ではないのですが、ストックが尽きる前に次の話が出来るので、なんとか続いています。ひとつの章を書き上げると頭の中が真っ白になるので、また章の切れ間に何日かお休みしますね。
魔道具ギルドに場所をうつした交渉には、カーター副団長を前面にだした。
カーター副団長は、職業体験がはじまって間もなくから料理をはじめたおかげで、『海猫亭』でも調理と商品説明をスムーズにこなしていた。
それに長年錬金術師団の実務をとりしきっていたため、もともと会議形式の時間がかかる交渉にもたけている。わたしよりずっと辛抱づよく、ねばりづよい交渉ができるはずだ。
「予算会議で少ない予算の増額を交渉するのにくらべれば、はるかに楽ですな」
そういって魔道具ギルドでビル・クリントと打ちあわせ、契約の交渉におもむくさまは、錬金術師団副団長の貫禄十分で。
そのうしろ姿は「お父さん……かっこいい!」とメレッタも大絶賛で、彼もちょっとうれしそうだった。
「じゃ、こっちはアイリの『見習い魔道具師』の登録をすませちゃおう」
アイリとメレッタとわたしの三人は、魔道具ギルドの一階のヒルダさんという相談係の職員のところにいく。
「魔道具ギルドではもともと、魔術学園に通えない地方の人のために、魔道具師養成のための通信教育をおこなっているんですよ」
ヒルダさんはわたしたちに椅子をすすめ、机の上にカリキュラムの冊子をならべた。
「魔道具ギルドに通える人なら、『見習い魔道具師』のための夜間講座もあって、これがアイリさんにはおすすめかしら。もちろん魔道具師の資格をとったあとも、スキルアップのための講座や講習会などもおこなっています」
渡されたカリキュラムの冊子を熱心にみるアイリを横目に、わたしはヒルダさんにたずねる。
「魔術学園に通わずに魔道具師になる人って、多いんですか?」
「ええ、制御に苦しむほどの強い魔力でなければ、『魔力制御』の魔道具を身につけて『魔力持ち』もふつうに生活できますからね。そういう人は『見習い魔道具師』として登録し、地元の魔道具師に弟子入りして、実地に修業しながら通信講座で知識をまなびます」
とくに魔力の強い子が『魔術学園』に通うことになるのも、放置した場合自分だけでなくまわりにおよぼす影響も大きいから……というのが理由のひとつらしい。
ヒルダさんの説明を聞いているうちに、アイリだけでなく、メレッタも『見習い魔道具師』の登録をすることになった。
「魔道具ギルドの図書室が利用できるって特典……オイシイです!それに無料講座も興味あるし!」
「特典……ってメレッタ……」
「お得情報にはよわいのよ!なんたって学生だし!」
ヒルダさんはにこにこと笑いながら、メレッタのぶんの書類も用意する。
「やる気のある魔道具師希望者は大歓迎ですよ。日常でつかう魔道具のちょっとした修理のしかたを覚えるだけでも、役にたちますしね」
「学生のうちに魔道具を販売したりもできるんですか?」
「もちろん。ただしその場合は、法律的なことを少し勉強していただく必要がありますね。それと未成年ですから、保証人のほかに後見人が必要です」
「そっかぁ、手続きはややこしそうですねぇ」
「メレッタはお金がほしいの?」
「うん、まぁさしあたっては、卒業旅行の費用かなぁ……私は卒業パーティのドレスなんていらないから、旅行費用の方を負担してほしいけど、お母さんが『ドレスは絶対つくる!』ってゆずらないの」
「それは……お母様も楽しみになさっているでしょうしね」
「ニーナに安く作れないか、聞いてみようか?」
「『ニーナ&ミーナの店』ですか⁉ムリですよ!魔道具になっているドレスなんて、ウチで買える値段じゃないです!」
「そうお?でもこれから行くし……」
「えっ?」
「いってなかったっけ?アイリの就職先……」
アイリは、『見習い魔道具師』として、できたばかりの『収納鞄』の工房で働くことになった。
工房の二階に寝泊まりするためのベッドのある小部屋がいくつかあり、そのうちのひとつをアイリが使わせてもらえることになっている。
ギルドでの手続きをおえ、ふたりを連れて、七番街にある新しくできた工房に転移した。
「うっわー!ネリス師団長、マジすごい!転移もびゅんびゅんできちゃうんですね!」
「外では、ネリィでいいよ。転移酔いしなかった?」
「それはだいじょうぶです!私もアイリも『魔力持ち』だし!魔術学園の行事で『転移マラソン』とかもやりますよ!」
『転移マラソン』……それは魔術学園の初年度でおこなう行事で、指定されたチェックポイントに転移すると、次のチェックポイントが指示されており、ひたすらゴールまで転移しつづけるものらしい。
転移陣を敷くのに時間がかかったり、座標がくるったりするととんでもないところに跳んで、ひとつ手前に戻ってやりなおしたりと、ドツボにはまると結構たいへんなんだそうだ。
「魔術学園って……パパロッチェンもそうだけど、変わったことするよねぇ」
「そもそも『魔力』自体、どう使うのかなんてわからない力ですから……いろいろな体験を通して自分の力を試している面はありますね」
「なるほど」
「いらっしゃーい!」
「待ってたわよ!ちょうど二階にベッドを運びこんだところよ」
ニーナとミーナは、わたしたちをにぎやかに出迎え、さっそく工房の二階に案内してくれた。
「昼食はここで食べるつもりで作ったから、ひろめの台所もついているわ!そのかわり昼は大勢でいりすることになるけど」
「工房の二階はもともとぜんぶ倉庫だったの。リフォームはしてあるけれど、冬は寒いかもしれないわ」
アイリが恐縮した。
「そんな……十分です。私こそ突然転がりこんでしまって……」
「ニーナが夢中になると、すぐ工房に泊まる癖があるから、台所やベッドのある部屋を二階に作ったんだけれど、それが役にたつとはね」
そういいながらミーナがドアを開け、なかに一歩入ったアイリは言葉をうしなった。
「これは……」
アイリは目をみはった。
みんなで食事もとれるように……と広めにとった部屋はアイリの大好きなもので埋めつくされていた。
壁にしつらえた棚には、いろとりどりの刺繍糸がずらりとならび、テーブルにはかきちらした沢山の図案。
本棚には、刺繍の図案や各種のデザインブック、さまざまな素材の布見本がおいてある。
「ごめんね、ごちゃごちゃしてるでしょ?このなかで暮らさなきゃならないんだものねぇ」
「……夢みたい」
「ん?」
「夢みたいです!すてき!私、ここで暮らせるんですか?ほんとうに⁉」
ニーナがにっこりと笑う。
「もちろんよ、あなた今日からうちの工房の『見習い魔道具師』ですもの!」
「すごいじゃない!よかったわね、アイリ!」
メレッタに声をかけられ、うれしそうにうなずいたアイリは大きな紅の瞳を潤ませ、わたしのほうを向いた。
「ああ、ネリィ!私、なんて感謝したらいいのか……!」
「感謝されるとこそばゆいんだけど……手配したのはユーリなんだ」
「あの方が⁉」
アイリはおどろいた。
「アイリの人生を狂わせてしまった……って彼は気にしていたから。うしなったものを戻すことはできないけれど、せめてこの先の人生……アイリが好きなものに触れていられるようにって」
「私が、好きなものに触れていられるように……」
そんなふうに考えていてくれたなんて。初めて彼にした贈りものは、結局だいなしになってしまった。弟のそばにいる自分に、いろいろ思うところもあっただろうに、彼は最後まで優しく親切だった。
彼が書斎にあらわれた時、どれだけ安心しただろう。彼の無事が、どれだけうれしかっただろう。抱きあげられたときに感じた体温は、ものすごく熱くて炎のようで……彼に触れたのは、ほんとうにあのときだけ。
いずれエクグラシアの国王になる、もう遠い存在になってしまった人。もしもカディアンより先にであっていたとしたら、もしかしたら自分は……。
「いつか……彼にちゃんとした刺繍を贈りたいです……この感謝の気持ちを伝えるために」
そういってアイリは、工房の窓からシャングリラの中心にそびえ立つ王城を見つめた。
前の職場で先輩に「仕事を周りにちゃんと振れるようになれ」「何もかも自分ひとりでしようとするな」とよく怒られました。「あなたが休んだ時や席を外した時に、誰もあなたの仕事が分からないのでは困る」とも。どんな状態なのか、何をしている所なのか他の者にも分かるようにしておけと…要は仕事の可視化ですね…その反省も踏まえて、ネリアにはある程度仕事が形になってきたら、人に振らせるようにしています。
実際の仕事をするのはネリアではなく、周りの人間です。そしてそれらは、仕事を振られた彼らの業績となっていきます。それでいいんです、だって師団長ですから。
【追記】
『王以外に頭をさげる必要がないのに腰が低すぎる』というご指摘をいただきました。
これはその通りでレオポルドなどは魔道具ギルドに来てもそういう態度をとります。
ネリアは魔道具ギルドを仕事上協力関係にある取引相手とらえています。仕事相手から文句がでれば当然気を使いますし、単純な上下関係ではないのです。
また魔石を動力源とした魔道具の普及は経済の発展に貢献しており、ネリアやユーリは魔道具師に対して憧れや敬意を抱いています。このあたりはおいおい出てきます。









