125.メレッタとアイリ(メレッタ視点)
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王都上空が騒がしいな~と思いながら、メレッタが晩御飯の片づけを手伝っていたら、父のクオードがあわてたように台所におりてきた。
「いま師団長から『エンツ』で、アイリ・ヒルシュタッフをしばらく預かってほしいというのだが……」
「えっ?アイリを?」
「ヒルシュタッフ宰相のお嬢さん?急だわね……」
そのまま父が何回か『エンツ』でやりとりをしてまもなく、カーター邸のまえに、ネリス師団長のライガが降りたった。相変わらずかっこいい!……ではなく。
「アイリ⁉その髪どうしたの⁉」
「……自分で切ったの」
アイリの長くきれいなラベンダー色の髪は、さっぱりとショートカットになっている。いきなり切られて重力をうしなった毛先が、あちこちの方向にはねていた。力なくほほえむアイリの紅の瞳は、心なしかうるんでいるようだ。
「まぁまぁ!はやく中におはいりになって!ちょっとあなた!アイリさんの荷物をはこんで!」
荷物というほどの荷物もなかったが、クオードがすっとんできて、アイリの鞄をメレッタの部屋へはこんでいった。ネリス師団長が事情の説明を、かんたんに夫人のアナ・カーターにする。
どうやら、ヒルシュタッフ宰相が更迭されるほどの騒ぎがおきたらしく、屋敷も押収され捜索の対象になるので、ネリス師団長がアイリを保護したらしい。
さきほどの『エンツ』は、同級生のよしみでしばらくアイリの身柄を預かってもらえないか?というものだった。居住区で預かるよりも、魔術学園にかよう同級生の保護者のほうが信用もある……からだそうだ。
「……というわけで、おちつくまでアイリをお願いします。日中は私の仕事を手伝ってもらうようにするし、とにかくひとりにならないように」
「ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」
宰相の一人娘にふかぶかと頭を下げられ、カーター夫人はあわあわと手をふった。
「だいじょうぶですわ!急だったのでおどろいただけで……こんなおしとやかなお嬢さんなら、メレッタにも見習ってほしいわ」
母親のため息まじりの当てつけに、心のなかで耳栓をしながら、メレッタはアイリを自分の部屋に案内した。
食事は?とアイリに聞いたらいらない……というので、メレッタは温かいミルクティを淹れたポットとビスケットもいっしょに運ぶ。
メレッタの部屋はかわいらしいピンクの花模様の壁紙に、白い家具がおかれ、ハート型のクッションや窓にかかるレースのカーテンにいたるまで、女の子らしさ満載の部屋だった。アイリが目をみひらいて部屋をみまわす。
「メレッタの部屋、かわいいのね……もっと本がいっぱいの部屋かと」
「私じゃなくて母の趣味!寮から休みで家にもどってくるたびに、部屋のかわいさが増していてこわいわ……この一角が私のお気にいりのスペース。なんとかここだけは守っているの!」
メレッタが指さした本棚のある一角は、小机に定規やルーペといった文房具のほか、いろいろな魔道具が積まれ、たしかにメレッタらしいスペースだった。
「メレッタもごめんね……こんな急に」
「うん……びっくりした!でも不謹慎だけどちょっと楽しいよ!こういうのパジャマパーティみたいだもの!」
メレッタがビスケットをつまむ横で、アイリはミルクティが入ったカップを両手でかかえる。温かいお茶がじんわりとお腹のなかにひろがり、緊張がほどけていくようだ。アイリは自分のなかで決心したことを口にだす。
「私ね……魔術学園は辞めるつもり……」
「えっ⁉卒業まであと半年なのよ?学費は払いこまれているわけだし、お父さんが大変なことになったからといって、アイリが辞めなくてもいいじゃない!」
おどろいたメレッタが、ビスケットを口から飛ばしそうな勢いでいうのを、アイリはうつむいたまま受けとめた。
「そうなんだけど、私のわがままなんだけど……カディアンのそばにいたくないの」
「カディアンの……」
「頭ではわかっているの。カディアンと自分の『縁』はもう切れたんだ……って。でもこのまま彼の近くにいて、彼が卒業パーティでだれかをエスコートするのを見ることになるのは……耐えられない」
うつむいたアイリにかける言葉がみつからなくて、しばらく無言でアイリを見つめていたメレッタだったが、やがて腕を組むとこういった。
「……けれどアイリがいなくなったら、あのボンクラどうしようもないわよ?アイリあっての『殿下』だったのに!」
どんなに『好き』でも相手を幸せにできるわけじゃない。カディアンのことが『好きでしかたなかった』自分より、彼を『好きでもなんでもない』メレッタのほうがよっぽど、まわりの状況もカディアン自身のことも理解している。
なんて子どもじみた想いだったのだろう。『好き』をぶつけるしかできないなんて、そんなの『愛』とは呼べない。
「うん……メレッタ、カディアンのことを頼んでいいかしら?」
「えぇ?まぁしかたないわね……いちおう気にかけとくわ」
「ふふっ、メレッタなら安心ね」
「おうよ、まかせなさい!あんなやつ竜騎士団にほうりこんだら、てきとうなところで外国のお姫様に売りとばしちゃえばいいのよ!アイリの目にはいらないような遠い異国にしてやるわ!」
「メレッタなら……本当にやりそうっ!」
アイリは泣き顔をくしゃくしゃにしながら、笑った。いままで泣くときですら、うつくしくみえるか品位をそこないはしないかと、気にしたものだ。もっとも人前で泣くことなどほとんどなかったが。
アイリは、はじめて声をあげて顔をグシャグシャにして泣いた。メレッタまでいっしょになって、抱きあってわんわんと大泣きだった。だって二人はまだ子どもで、ほかになにもできなかったのだから。
未来が断たれた悔しさも、恋を失った悲しさも、ただ受けとめるだけでなにもできない。
できるのは、声をあげて泣くことだけだった。
だからアイリは、力をふりしぼって、声をあげて泣いた。
泣いて泣いて、涙がつきるまで泣いたら。
そうしたら、あとは笑って生きていこう。
だからもっと、流せるかぎりの涙をぜんぶ、いまここで流してしまおう。
『メローネの秘法』をつかった翌朝、ねぼけまなこのメレッタとアイリが台所におりていくと、父のクオードが、グリドルでフレンチトーストを焼く横でさらにベーコンも焼き、そのうえ手際よくサラダまで作っていた。
クオードはレベルアップした!
『食生活のバランス』をかくとくした!
これでスープもつくれれば、夫人から〇がもらえる日も近い。がんばれクオード!
「まぁまぁ!いつもねぼうするメレッタが時間どおりにおきるなんて!アイリのおかげね!」
ウポポの散歩からもどったアナが、機嫌よく声をかけてきて、家族といってもいろいろな形があるのだと、いまさらながらアイリは思った。
父に一日の報告をするときにほめてもらいたくて、アイリは毎日必死にがんばっていた。メレッタとクオードはろくに会話していないが、仲が悪そうにもみえない。そして、ずっと自然だ。
「どうしたの、アイリ?」
「すてきなご家族だな……とおもって」
「そうお?ネリス師団長になる前のお父さんなんて、ひどかったわよ?存在感激薄で!」
「激薄……」
クオードがショックをうけているが、父の影はほんとうに薄く、アナもいつもイライラしていて、母娘ふたりだけの朝食は、殺風景であまり味わえるものではなかった……とメレッタは思う。
父が朝食をつくる……それだけで母の気持ちにこんなにもゆとりがうまれるのか……と、メレッタはおどろいてもいた。
(ネリス師団長って、ほんとうに不思議な人だわ……)
メレッタが食後のお茶を飲みながらそんなことを考えていると、ネリアがアイリを迎えにきた。手には謎の布きれをもって。
「アイリ!『海猫亭』でグリドルの製品テストを手伝ってもらうわ!カーター副団長も!」
ネリアが手にもつ謎の布きれは、『はっぴ』というものらしい……。
アナの名前をもう忘れていて、人物紹介を参照しに行きました……。
そして『メローネの秘法』は、どんなに泣いても翌朝には目元スッキリ…の、学園生の女子に口伝で伝わる魔法です。ヌーメリアがネリアに教えた事もあります。









