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魔術師の杖【コミカライズ】【小説9巻&短編集】  作者: 粉雪@『魔術師の杖』11月1日コミカライズ開始!
第四章 職業体験とサルジアの陰謀

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113.錬金術師のススメ

予定していた投稿分2話分を直前に書き直して差し替え。

実はお蔵入りした話やこれから先使うかもしれないエピソードが、投稿分と同じぐらいの量溜まっています。

 メレッタたちが工房にもどると、アイリは静かに作業の準備をしていた。


「アイリ……」


 心配そうに話しかけるメレッタにむかい、アイリはほほえむ。


「いま素材をよりわけていたの。メレッタもやる?」


 メレッタもアイリの隣に腰をおろし、フウゲツコウモリの羽を手にとった。風の属性に親和性がたかく、スピードアップの術式を刻むのにむいている素材だ。術式を刻みやすい硬さと厚さのものを選びだしていく。


 しばらく二人ならんで黙々と作業をつづけ、やがてアイリがぽつりといった。


「メレッタのライガ……飛ぶといいわね」


「もちろん飛ぶわよ!問題は時間よね……もっと時間があればなぁ」


 ライガの骨格になる素材をいくつか選び、きょうはその強度を試すことにしている。十日ほどしかない職業体験の期間はもう半分がすぎてしまった。


 のこりの期間でとても完成形にたどりつくとは思えないが、自分たちは思ったよりやれている。


 いつも反目しているレナードとカディアンが、協力しあっているのも大きいかもしれない。


 それと、メレッタの存在も。


 だれかが「ムリだ。できっこない!」といいだすと、決まってメレッタがこういうのだ。


「できないかどうかなんて、やってみなければわからないわ。だから、やってみましょう!」


 グラコスが「どうやれば、ライガが飛ぶのかわからない……」と弱音をはいたら、メレッタはこういった。


「どうしたら飛ぶのか……じゃないの、ライガは『飛ぶ』のよ!だから、どうして『飛ばないのか』を考えて、その理由をつぶしていけばいいんだわ!」


 ニックが口をとがらせた。


「じゃあメレッタ、君はライガが飛ぶしくみがわかっているのか?」


「私にも、さっぱりわからないわ」


「なんだよ、それ!むちゃくちゃじゃないか」


 メレッタは小首をかしげて、自分の栗茶色をしたボブの髪にふれ、もてあそぶように毛先をいじった。その仕草はかわいらしいが、メレッタの口から次にどんな爆弾発言がでてくるか……だれにもわからない。


「……ネリス師団長にきけば、ライガの飛ぶしくみはわかるかもしれないわ……でも、私はききたくないの」


「はぁ⁉︎」


「だって、答えがわからないから、おもしろいんでしょう?さぁさぁ、難しいことばっかりいってないでやってみましょうよ!」


 ニックがさけんだ。


「おまっ!だから危ないっていっているだろう!」


「なんといわれても、ライガの量産機の第一号はゆずらないわよ!とっとと組みたてましょうよ!」


 メレッタは恐ろしい勢いでみなをせきたてる。ほんとうに職業体験のあいだにライガを飛ばせるとでも、思っているようだ。


 たとえ、素材に術式を刻むのが失敗しても、「好きなことが思いっきりやれるって最高ね!」と、くったくなくわらう。失敗をおそれないというのは、なんて自由なんだろう。


 レナードやカディアンはメレッタにふりまわされているが、それもまた意外な一面がみられて、アイリには新鮮だ。


「ふふっ、私……錬金術師団の職業体験に参加してよかったわ」


「うん、それは私もそう……お母さんが認めてくれたらなぁ……ライガの完成までみとどけたいわ」


 課題のために、素材各種の値段を調べたアイリにとっては、ムダになった素材の総額を計算するだけでも青くなるのだが、それについて錬金術師団から文句をつけられたことはない。


 それどころか、ダメになった素材はいつのまにか補充されているし、ほかにも必要なものがないか、ソラがたずねてくる。


 研究したい者にとっては、理想的といってもいい環境だ。


「ユーティリス殿下も思っていたかたとちがったし、ネリス師団長もいいかたよね……ウワサってあてにならないものね。私、カディアンになにかあったらどうしよう、彼を守らなきゃって意気ごんでいたのに……そんな必要、なかったみたい」


「そうよね……錬金術師団っておもしろいわ。おひるごはんも毎回なにがでてくるのか、楽しみだし」


 クスクスと笑うメレッタにつられて、アイリもほほえむ。薄紫の髪をハーフアップにして、紅の瞳をもつ美少女がほほえむと、花が咲いたようだ。レナードはもう、そしらぬふりはできず、アイリの笑顔に釘づけになった。


「初日のカレーはみなびっくりしてたわね。ネリス師団長は私からみてもとってもかわいくて……私、どこで間違っちゃったんだろう……」


「アイリ⁉︎」


 とつぜんポロポロと泣きだしだアイリに、メレッタの手もとまる。たまらずレナードが乱入した。


「アイリが泣く必要なんかない!きみには俺がいる!」


 メレッタがさけんだ。


「ちょっとまって、レナード!話をややこしくしないで!」


「おや?師団長もユーリもおらんのか……どれ、せっかくだからわしがひとつ話をしてやろう」


 そこで強制的にウブルグの特別講義がいきなりはじまり、アイリの涙がひっこんだ。






 話をおえて、ユーリとカディアンとわたしが工房にもどると、ウブルグが学生たちの相手をしていた。


「カタツムリの移動速度の遅さが、その地域的な特異性を生みだしたといえる。カタツムリの殻には『右巻き』と『左巻き』があり、それぞれ巻きかただけでなく、体の構造自体が左右反転になっている。……よって、逆巻き同士の個体では交尾ができないため、それが生物種が分化していくきっかけになるとおもわれる……」


 うん……ウブルグおじさん……ブレないね。カタツムリの話がめずらしいのか、生徒たちもまじめに聞いている。


 ウブルグ・ラビルの特別講義を聞き終わったメレッタが、瞳を輝かせてわたしに話しかけてきた。


「ネリス師団長すごいですね!ライガで空を飛ぶだけじゃなくて、ヘリックスで海中散歩まで!錬金術師団の開発するのりものってぶっとんでますね!」


 え?あっれぇ?……そういうことになってたっけ?


 そういえばマール川のほとりで、「サンゴ礁の海をカタツムリでお散歩できたらすてきだよね」っていったかも……。


「まぁね、不可能を可能にするのが錬金術師だからねっ」


 とりあえずカッコイイことをいってごまかしたら、レナード・パロウが皮肉をいった。


「ライガはともかく……ヘリックスの研究はくだらないです……なんの役にたつんですか」


「レナードってば……邪魔されたからっておとなげなーい」


「うるさいなっ!俺はまだ学生だ!」


 メレッタがあきれたようにいい、レナードはそれにもかみついた。


 ちっちっち。わかってないなぁ、レナード・パロウ。わたしはビシッと三本の指をつきだした。


「あのねぇ、錬金術師の仕事は『サンケー』なの!」


「さんけー?」


 指を一本づつ立てながら、ひとつひとつをゆっくりと声にだす。


「つまり、()妙で、()険で、()だらないの!……わかった?」


「奇妙で危険でくだらない……」


 レナードが銀縁眼鏡のつるを指で押し上げ、わたしの目をみてきた。まるで本気なのか?と問うているようだ。わたしがレナードの目をまっすぐみかえし、自信たっぷりに笑ってみせると、レナードがぎょっとしたような顔になる。


 オドゥが「うわ、ネリア……それはヤバいよ……」とつぶやき、ユーリが「無自覚ってこわいですよね……」とため息をついたけどなんのことやら。


「そうよ!人の役にたちたいなら、医師か薬師か魔道具師にでもなることね!」


 錬金術師の仕事なんて、『くだらない』とバカにされ揶揄されることも多い。なんの役にたつのかなんて、研究している当人にだってわかっていない。


 それがわかっていて、なおかつやりたいことがあるのなら。


 きみも錬金術師になりませんか?

カディアンの本音はとりあえず、ユーリとネリアの胸の内に。

【錬金術師のローブを着たネリア】

挿絵(By みてみん)

作者手描きにコピック彩色。

(キャラクターデザイン:よろづ先生)

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― 新着の感想 ―
ネリアの言葉、マジで核心を突いてるなぁ...「誰かのために」じゃなく「自分がやりたいから」の方が、そりゃ原動力として強いわw
[良い点] 「無駄な仕事」を抱えておける社会は強い
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