113.錬金術師のススメ
予定していた投稿分2話分を直前に書き直して差し替え。
実はお蔵入りした話やこれから先使うかもしれないエピソードが、投稿分と同じぐらいの量溜まっています。
メレッタたちが工房にもどると、アイリは静かに作業の準備をしていた。
「アイリ……」
心配そうに話しかけるメレッタにむかい、アイリはほほえむ。
「いま素材をよりわけていたの。メレッタもやる?」
メレッタもアイリの隣に腰をおろし、フウゲツコウモリの羽を手にとった。風の属性に親和性がたかく、スピードアップの術式を刻むのにむいている素材だ。術式を刻みやすい硬さと厚さのものを選びだしていく。
しばらく二人ならんで黙々と作業をつづけ、やがてアイリがぽつりといった。
「メレッタのライガ……飛ぶといいわね」
「もちろん飛ぶわよ!問題は時間よね……もっと時間があればなぁ」
ライガの骨格になる素材をいくつか選び、きょうはその強度を試すことにしている。十日ほどしかない職業体験の期間はもう半分がすぎてしまった。
のこりの期間でとても完成形にたどりつくとは思えないが、自分たちは思ったよりやれている。
いつも反目しているレナードとカディアンが、協力しあっているのも大きいかもしれない。
それと、メレッタの存在も。
だれかが「ムリだ。できっこない!」といいだすと、決まってメレッタがこういうのだ。
「できないかどうかなんて、やってみなければわからないわ。だから、やってみましょう!」
グラコスが「どうやれば、ライガが飛ぶのかわからない……」と弱音をはいたら、メレッタはこういった。
「どうしたら飛ぶのか……じゃないの、ライガは『飛ぶ』のよ!だから、どうして『飛ばないのか』を考えて、その理由をつぶしていけばいいんだわ!」
ニックが口をとがらせた。
「じゃあメレッタ、君はライガが飛ぶしくみがわかっているのか?」
「私にも、さっぱりわからないわ」
「なんだよ、それ!むちゃくちゃじゃないか」
メレッタは小首をかしげて、自分の栗茶色をしたボブの髪にふれ、もてあそぶように毛先をいじった。その仕草はかわいらしいが、メレッタの口から次にどんな爆弾発言がでてくるか……だれにもわからない。
「……ネリス師団長にきけば、ライガの飛ぶしくみはわかるかもしれないわ……でも、私はききたくないの」
「はぁ⁉︎」
「だって、答えがわからないから、おもしろいんでしょう?さぁさぁ、難しいことばっかりいってないでやってみましょうよ!」
ニックがさけんだ。
「おまっ!だから危ないっていっているだろう!」
「なんといわれても、ライガの量産機の第一号はゆずらないわよ!とっとと組みたてましょうよ!」
メレッタは恐ろしい勢いでみなをせきたてる。ほんとうに職業体験のあいだにライガを飛ばせるとでも、思っているようだ。
たとえ、素材に術式を刻むのが失敗しても、「好きなことが思いっきりやれるって最高ね!」と、くったくなくわらう。失敗をおそれないというのは、なんて自由なんだろう。
レナードやカディアンはメレッタにふりまわされているが、それもまた意外な一面がみられて、アイリには新鮮だ。
「ふふっ、私……錬金術師団の職業体験に参加してよかったわ」
「うん、それは私もそう……お母さんが認めてくれたらなぁ……ライガの完成までみとどけたいわ」
課題のために、素材各種の値段を調べたアイリにとっては、ムダになった素材の総額を計算するだけでも青くなるのだが、それについて錬金術師団から文句をつけられたことはない。
それどころか、ダメになった素材はいつのまにか補充されているし、ほかにも必要なものがないか、ソラがたずねてくる。
研究したい者にとっては、理想的といってもいい環境だ。
「ユーティリス殿下も思っていたかたとちがったし、ネリス師団長もいいかたよね……ウワサってあてにならないものね。私、カディアンになにかあったらどうしよう、彼を守らなきゃって意気ごんでいたのに……そんな必要、なかったみたい」
「そうよね……錬金術師団っておもしろいわ。おひるごはんも毎回なにがでてくるのか、楽しみだし」
クスクスと笑うメレッタにつられて、アイリもほほえむ。薄紫の髪をハーフアップにして、紅の瞳をもつ美少女がほほえむと、花が咲いたようだ。レナードはもう、そしらぬふりはできず、アイリの笑顔に釘づけになった。
「初日のカレーはみなびっくりしてたわね。ネリス師団長は私からみてもとってもかわいくて……私、どこで間違っちゃったんだろう……」
「アイリ⁉︎」
とつぜんポロポロと泣きだしだアイリに、メレッタの手もとまる。たまらずレナードが乱入した。
「アイリが泣く必要なんかない!きみには俺がいる!」
メレッタがさけんだ。
「ちょっとまって、レナード!話をややこしくしないで!」
「おや?師団長もユーリもおらんのか……どれ、せっかくだからわしがひとつ話をしてやろう」
そこで強制的にウブルグの特別講義がいきなりはじまり、アイリの涙がひっこんだ。
話をおえて、ユーリとカディアンとわたしが工房にもどると、ウブルグが学生たちの相手をしていた。
「カタツムリの移動速度の遅さが、その地域的な特異性を生みだしたといえる。カタツムリの殻には『右巻き』と『左巻き』があり、それぞれ巻きかただけでなく、体の構造自体が左右反転になっている。……よって、逆巻き同士の個体では交尾ができないため、それが生物種が分化していくきっかけになるとおもわれる……」
うん……ウブルグおじさん……ブレないね。カタツムリの話がめずらしいのか、生徒たちもまじめに聞いている。
ウブルグ・ラビルの特別講義を聞き終わったメレッタが、瞳を輝かせてわたしに話しかけてきた。
「ネリス師団長すごいですね!ライガで空を飛ぶだけじゃなくて、ヘリックスで海中散歩まで!錬金術師団の開発するのりものってぶっとんでますね!」
え?あっれぇ?……そういうことになってたっけ?
そういえばマール川のほとりで、「サンゴ礁の海をカタツムリでお散歩できたらすてきだよね」っていったかも……。
「まぁね、不可能を可能にするのが錬金術師だからねっ」
とりあえずカッコイイことをいってごまかしたら、レナード・パロウが皮肉をいった。
「ライガはともかく……ヘリックスの研究はくだらないです……なんの役にたつんですか」
「レナードってば……邪魔されたからっておとなげなーい」
「うるさいなっ!俺はまだ学生だ!」
メレッタがあきれたようにいい、レナードはそれにもかみついた。
ちっちっち。わかってないなぁ、レナード・パロウ。わたしはビシッと三本の指をつきだした。
「あのねぇ、錬金術師の仕事は『サンケー』なの!」
「さんけー?」
指を一本づつ立てながら、ひとつひとつをゆっくりと声にだす。
「つまり、奇妙で、危険で、くだらないの!……わかった?」
「奇妙で危険でくだらない……」
レナードが銀縁眼鏡のつるを指で押し上げ、わたしの目をみてきた。まるで本気なのか?と問うているようだ。わたしがレナードの目をまっすぐみかえし、自信たっぷりに笑ってみせると、レナードがぎょっとしたような顔になる。
オドゥが「うわ、ネリア……それはヤバいよ……」とつぶやき、ユーリが「無自覚ってこわいですよね……」とため息をついたけどなんのことやら。
「そうよ!人の役にたちたいなら、医師か薬師か魔道具師にでもなることね!」
錬金術師の仕事なんて、『くだらない』とバカにされ揶揄されることも多い。なんの役にたつのかなんて、研究している当人にだってわかっていない。
それがわかっていて、なおかつやりたいことがあるのなら。
きみも錬金術師になりませんか?









