こじつけ
「いきなり何を言い出すんだクラウス。正直者のヴィオラに隠密などできるわけないだろう……」
さすがのベルンハルト様もクラウス様のお話についていけないようだ。
「いえ、この娘、我々をずっと欺いていたのです」
「違います、欺いてなどおりません! 私の部屋にいつのまにか何かの文書の切れ端が……」
「無駄口を叩くな、発言を許可した覚えはない!」
クラウス様は依然として高圧的で、私を睨みつけている。そして、近くにいた侍従にそっと何かを耳打ちすると、侍従は急いで部屋の外へ出ていった。
「待ってくれ、状況がわからない」
私たちの攻防をベルンハルト様は穏やかな声で制する。
「クラウス、大切な女性が目の前でその様に責め立てられるのを見ていては、さすがに私も黙ってはいられないぞ。まずは落ち着いて、何があったのか説明してくれるか?」
ベルンハルト様の声を聞いて、クラウス様はようやく私の手を離してくださった。ずっと握られていた手首は、指の跡がくっきりと赤くなっており、急に戻った血流で指先がじんじんと痺れている。どんな怖いことを言っているときも、いつも穏やかな様相を崩さないクラウス様がしたとは思えない狼藉は、余計に恐ろしく感じる。
私の手首を見て悲しそうな表情をするベルンハルト様に気づいたのか、クラウス様は正気に戻ったように姿勢を正し、丁寧に一礼した。
「あまりのことに我を失ってしまいました、申し訳ありません。実は、先ほど部屋から来たヴィオラと遭遇したのですが、何か隠すようなそぶりをしたため、念のため確認すると、これを持っておりました」
クラウス様が先ほどの紙を広げて渡すと、ベルンハルト様の顔が少し曇る。
「これは……先日ホーネッカー宮中伯から届いた文書ではないか。重要な機密が含まれるゆえ、私の部屋で保管していたはずだが……」
「はい。彼女はこれをもって『ヴォルフ様に相談がある』と言っていました。使用人を統括しているのは執事である私、本当に相談ごとがあるなら、まずは私かズザンナさんに連絡するはずです」
「しかし、それだけでヴィオラが隠密だとは言えないだろう。話が飛躍しすぎていないか?」
「私も信じたくはありません。しかし、今回のことだけを見て判断したわけではなく、以前から気になっていた点と点が線でつながった、ということです」
「つまり、前からヴィオラを疑っていたのか?」
「さようでございます」
「そんな、クラウス様、さっきは……」
「ヴィオラ、今は私がベルンハルト様の質問に答えている時間です。口を挟むのはやめなさい」
言いかけた言葉を飲み込む。そう、さっきは信頼していた自分がおろかだとおっしゃっていた。実際、ほんの数週間前にお話したときには、私のことを信頼しているからと、ご自分の首が飛ぶかもしれないという重要なお話を共有されたというのに。
「きっかけは先日、ベルンハルト様とヴィオラが街に出かけた時のことです。途中、ヴィオラの旧友を名乗る女性との接触があったと聞きました」
「フィーニのことか」
「はい。彼女はもともとここの領民で、ヴィオラが幼いころに引っ越し、またここに戻ってきたのだというお話です。しかし、騎士も侍従も皆彼女のことを『見たことがないほどの美女』と形容しました。そこまでの美人であれば、多かれ少なかれ噂があっておかしくないと思いますが、街で一番と名高い娼婦は濃茶髪にヘーゼルの瞳と言います。気になって調べてみたところ、街の庶民の男たちの間では、先日の大道芸で前に出てきた女性が『見たことがないほどの美女』だったという話でもちきりだとか。昔のことはわかりませんが、少なくとも現在ここに住んでいる人物ではないと思われます」
「まだ話が繋がらないぞ。他に何か疑うところがあるのか?」
「はい。ヴィオラは以前も、父親の訃報が入ったといって、街へ出るための休みを取ったことがあります。結局誤報だったとのことで、5日休む予定だったところを1日で帰ってきましたが、そのことが気になって調べたところ、彼女の家として申告されていた家は現在貸家になっています。父親はトリストラントという名前だそうですが、同じ名前の人物は確かにギルドに登録されているものの、同一人物だという確証はありません」
私は顔を伏せてクラウス様のお話を聞きながら、これは明らかな悪意だと確信した。さすがに「物は言いよう」にも限度があるというか、話がこじつけすぎる。何があったかはわからないが、やはりクラウス様は私を無実の罪で陥れるおつもりだ。
「確かに一つ一つの疑いはこじつけに近いものかもしれません。でも、そもそも最初からおかしいのです。名もなき商人、しかも異邦人の娘でありながら、この土地の言葉を巧みに操り、教養や礼儀も貴族と変わらない。そして何より、聡明で誇り高きイェーガー方伯のご子息を二人ともたぶらかすなんて真似が、たった15歳の少女にできるでしょうか?」
「そんな、たぶらかしてなどおりません! 私はただ心からお仕えしているだけです!」
あまりの侮辱に思わず叫んでしまった私を、クラウス様は冷たい目で見つめる。
「ほら、自分の嫌疑について語られるのをしおらしげに聞いておきながら、こうやって要所要所で感情的に揺さぶりをかけるのです。だからこそ、私たちも彼女の言葉を本心だと思ってしまう……しかし、ベルンハルト様もご自覚があるのではないですか? 愛人という、普通は近くで愛でるだけの装飾品に近いはずの存在に、今ご自分がどれだけ入れ込んでいらっしゃるか」
「な、何を言うかクラウス……」
「ベルンハルト様はもともと高潔で公正なお方だと私は知っております。しかし、いつの間にか、一介のメイドにすぎない彼女を誰よりも信頼できる部下のように扱っていらっしゃいます。結果的に、彼女に問われるまま多くのことをお話になっていたのではありませんか? きっとヨハン様もそうでいらしたのでしょうね。これが訓練を積んだ結果でなくて何でしょうか」
ベルンハルト様は愕然とした顔で、クラウス様と私を交互に眺めた。私は必死で首を横に振るが、その表情に変化は見られない。
「そんな彼女が、ベルンハルト様がお持ちのはずの重要な公的文書を持って部屋から出てきたところを捕まえたのです。彼女の仕事には一切関係ない、必要としないはずのものです……まさか与えたとはおっしゃいませんよね?ベルンハルト様、どうか公正なご判断を」
クラウス様に促され、ベルンハルト様は諦めたように、公正か、とつぶやくと大きく溜息をついた。
「公正な判断というなら、ここで私が処遇を決めることはできない。先ほどの文書は軍事機密にもかかわるものだ。家の内に収まる問題ではないので、父上に相談しろ」
そして、私に近づくと、そっと頬を撫でながら弱々しく微笑まれた。
「ヴィオラ、私はまだ君が私たちを騙したと思っているわけではない。父上は本当に無罪ならそれを証明させてくださる方だ。これがクラウスの勘違いで、君が元気に戻ってくることを信じているよ」
連載を始めて約2か月、15万字を越えました!
今後とも塔メイをよろしくお願いいたします!




