第五十九話 茶番劇
「えー」
「ええっ!?」
「ほうー」
「ええー」
「何とまあ」
屋敷に帰ってすぐに報告をした。リコレット皇女との結婚はどうあっても断りきれず、腹をくくるしかないと伝えたのだ。ペーリス、メイリアス、ジェネハ、イリモ、ゴン、それぞれ反応が違っているのが、他人ごとではあるが、ちょっと面白い。
「まずはリコレット皇女にこの館の秘密を、どこまで教えるかでありますなー」
「うーん、基本的にペーリスとイリモ、ジェネハは人間に見えるようにしてあるから、黙っているという選択もありだけどな」
「まあ、リコレット様の館を建てる時には、職人も来るでありましょうし、結界はしばらく解除しないのが良いでありましょうなー」
「様子を見て、それとなく話をしてみるよ。拒否されそうなら、その時は考えるよ」
「そしてまた明日、宮城に行かねばならないとは、忙しいでありますなー」
「明日は俺の襲爵を認める宴があるのだそうだ。そこで、俺と皇女の結婚発表だとさ」
「じゃあ、明日はお昼と夕食はいらないですね?」
「そうだな。本当はペーリスの食事の方が美味しいんだけどねー。ああ、おそらく夜も遅くなるだろうし、戸締りをして寝ておいてくれ。メイリアスも寝ておいてくれよ」
「畏まりました。ご主人様・・・」
メイリアスは何だか悲しそうだ。ペーリスはなるようになると思っているのか、割と普段通りだ。ちなみに、ジェネハは逆に祝福モード、イリモは皇族関係者には良い印象を持っていないので、何とも言えない反応だ。
次の日の朝、ペーリスの朝食を食べた後、皆に送り出されて宮城に向かう。到着するとすぐに別室に通されて、着替えをさせられる。帝国風の礼服に勲章を佩いていく。これが実に曲者で、何処に、何を、どの順番で付けていくのかが決まっている。それをしながら、簡単な打ち合わせ。予想以上の時間を取られてしまい、お陰で昼飯を食い損ねた。
準備が出来るとすぐさま部屋の外に連れ出され、迷路のような宮城内を歩かされる。そして、兵士が警護する扉の前まで案内されると、俺を待っていたかのように扉が開かれる。そこには着飾った多くの紳士淑女が居並んでいた。
俺は案内役に先導されながら、その中を進む。そして、玉座の前に立たされると、これも待っていたかのように、ヒート殿下、ヴァイラス殿下、そして宰相閣下を筆頭とした閣僚が姿を現した。皇帝陛下は崩御されているため、さすがに玉座は空席のままだ。
「バーサーム・ダーケ・リノス殿、ようこそ参られた」
宰相閣下が声を上げる。
「ははっ」
俺は軽く頭を下げる。
「この度は誠にお気の毒であった。貴殿がバーサーム家の養子となり、ゆくゆくは侯爵家を襲爵する身分であったにもかかわらず、ジュカ王国が崩壊するとは、悔やみの言葉もない。されど、長き旅を経て無事に帝国にたどり着き、あまつさえ、ジュカ王国にもたらされた災厄をつぶさに伝えた貴殿の功績は、我らの心を大きく打った。従って、バーサーム公がかねてから表明しておられた、候亡き後の貴殿の襲爵は、陛下の深い思し召しをもって、貴殿がバーサーム家の侯爵を襲爵することを認めることとする」
「ハハッ、ありがたきしあわせ」
「この後は、帝国内においてゆるりと過ごされよ」
「さて、余からバーサーム候に一つ、願いの儀がある。侯爵におかれては、我が妹リコレットを嫁がせたいと思うが、如何か」
周囲がざわつく。喉がカラカラに乾く。背中に冷たいものがしたたり落ちているのが分かる。俺は意を決して
「ありがたき思し召しでございます。謹んでお受けいたします」
おおーっと周囲の貴族から歓声が上がる。
「よくぞ申してくれた。我が帝国とジュカ王国は、長きにわたって交戦し、現在は停戦状態にある。先だっての大災害以来、王国内は混乱を極めて居るが、ジュカ王国との和睦は帝国の悲願とするところであった。この度、ジュカ王国家の中でも両輪と称される最も権威ある家に我が妹が嫁ぎ、誼を通じることができたのは、誠にめでたいことである。侯爵殿、病中の陛下に成り代わり、このヒーデータ・シュア・ヒート、心から礼を言うぞよ」
「新・バーサーム侯爵の帝国滞在に当たっては、このヒーデータ・シュア・ヴァイラスが後見となります。侯爵殿、何か不都合があれば、何なりと」
「ありがたきしあわせにごさいます」
「幸いここには、帝国の主な者たちが集まっている。皆で祝福をしようぞ!リコレットを呼べ!」
しばらくすると、美しく着飾ったリコレット皇女が入室してくる。純白のドレスを纏い、息をのむような美しさだ。
「リコレットでございます。以後末永く、よろしくお願い申し上げます」
見事な所作で俺に挨拶をする。さすが、第一皇女というのはダテではない。そこに宰相閣下が口を開く。
「お二人の婚儀を祝い、陛下よりバーサーム公には、帝国名誉侯爵の爵位を授けるとの仰せである」
「ははっ、ありがたきしあわせにございます」
「皆の者、余からもこの二人のこと、よしなに頼むぞ!」
そこにいた全員が首を垂れる。そして歓談の宴が始まるが、俺とリコレットはそのまま二人並んでその場を後にした。
「全く何なんだ?あの茶番劇は。冷や汗が止まりませんでしたよ」
「仕方ありませんわ。これでも私は第一皇女。その結婚なのですから、貴族たちへのお目見えは避けて通れませんわ」
「面倒くさいなー」
「貴方様も名誉侯爵とはいえ、帝国貴族の一員となったのですから、これからますますこうした行事は多くなりますわ」
「・・・何か失敗したかな?」
「それは、私との結婚という意味でしょうか?」
「いや、そうではありません。今まで割と気ままに生きて来られたから、これからはそうした自由は利かなくなるのかなと思いましてね」
「皇帝陛下主催の行事にだけ顔を出せばよいのです。そのような機会はそう多くはありません。貴族になったとはいえ、別に領地を持っているわけでもなく、ましてや私の伴侶ですから、あまり他の貴族からの招待は少ないかと思いますわよ?」
「そう願いたいですね」
「それに・・・お父上はみまかられました。この一年間は皇族は喪に服するので、皇帝陛下主催の行事はほぼ、ありませんわ。おそらく一年後の、兄上の戴冠式までは」
「それにしても、よく俺との結婚を承諾されましたね。断わられるものとばかり思っていました」
「貴方が私にそう決意させたのではありませんか」
「俺が?」
「生きていればいいことがある、そう申されたではありませんか。ならば生きようと思ったのです。生きていて面白いことが起こりそうな選択肢を考えれば、自ずと答えは出ますわ」
「元・奴隷の俺ですよ?」
「クルムファル先生は・・・。お亡くなりになってしまわれましたが、先生の教えは間違っていないと思います。人は人によってその身分を決められるべきではありません。人の自由な意志によって、その身分を手に入れるべきなのです。私は貴方が奴隷であった、という事柄は、貴方を拒否する材料にはなりませんわ。自分の意志で奴隷になったのではないのでしょう?」
「それはそうですが・・・」
「それに、クルムファル先生と私の考え方に即座に賛同したのは、貴方くらいのものです。それに、時代が私に追いついてない、などと仰る方は、面白いと思ったのです」
「そんなもんですかね?」
「むしろ、貴方様が大変ですわよ?これまでのことは全ての貴族が知っています。ただでさえ、皇帝陛下の政治に意見し、邪魔をし、あまつさえ、家臣が陛下に反逆を起こした、ハネっ返りの、行き遅れの姫を娶るのです。貴族たちからは好奇の目で見られるでしょう。でもそれは、貴方様が私との結婚を承諾されたのです。それは、覚悟なさってくださいませ」
「人から好奇の目で見られることは慣れていますし、ハネっ返りの姫君のお守りは、むしろ得意ですよ」
「・・・フフフ、頼もしいのですね。本当に私より年若い方なのかしら?・・・ふつつかものですが、これからもよろしくお願い申しますわ、旦那様」
「リノス、でいいですよ。リコレット様」
「貴方様、リノスは私の夫となる人です。リコレットとお呼びください」
「じゃあ、よろしくね、リコレット」
「それにしても、兄上たちとグレモント宰相の手腕は見事でございましたね。あんな茶番劇を、わずか数日で作り上げるのですから」
「全くだ。俺たちはこの会話が茶番劇にならないように、気を付けないといけないな」
ウフフ、ハハハと俺たちは窓に映る昼下がりの宮城の庭を見ながら、笑いあったのだった。




