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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第二章 ヒーデータ帝国編
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第五十八話  縁談

俺は今、貴族の礼服を着用し、よくわからない勲章をぶら下げ、きらびやかな格好をして皇帝陛下の前に立っている。しかも、周囲にはヴァイラス殿下をはじめ、宰相閣下以下、帝国貴族が正装して居並んでいる。喉がカラカラに乾く。背中に冷たいものがしたたり落ちているのが分かる。


事の発端は、数日前にさかのぼる。






「リノス殿に、頼みがあるのだ」


「またですか?今度は何ですか?」


ここは宮城の応接室。俺の前には宰相閣下とヴァイラス殿下が座っている。二人とも眉間にしわを寄せていて、何やら切迫した雰囲気だ。


ヒート陛下の裁定により、リコレット皇女の罪は問われないことになった。もっとも彼女は今でも部屋に軟禁されている。皇帝暗殺に組した者たちの取り調べが終わるまでは、やはり部屋に軟禁されることになったのだ。


「頼み、の前に一つ確認しておきたいことがある。貴殿には妻がおありかな?」


おありもなにも、今のところ独身だ。


「ならば話は早い。どうだ、結婚なさらんか?」


「はあ?一体誰と?」


「リコレット様だ」


「冗談でしょう・・・」


まさかの展開に頭が真っ白になる。よりにもよってリコレットと結婚しろなどと。どこでどうなるとそんな展開になるんだ?


「私は一介の平民です。それどころか、元・奴隷でもあります。身分的に釣り合わないでしょう」


「その件に関してだが、幸か不幸か、貴殿にはリコレット様を娶る資格がないわけではないのだ」


「どういうことです?」


「貴殿は、バーサーム家の養子に迎えられる予定であった。それを執行すればよい」


「後見人には僕が立つ。ヒーデータ・シュア・ヴァイラスの名において、その養子縁組が執り行われたことを認める」


「そんな勝手なことを・・・」


「いや、貴族とはこういうものだ。幸い、バーサーム公からの養子縁組については書簡がある。もっとも、儂への個人的な相談ではあるのだが、バーサーム家の封蝋が押されているし、手紙もバーサーム家の紋章入りのものだ。公式の書簡として世に出しても、問題ない」


「そもそもジュカ王家は滅びてしまって今はない。従って、ジュカ王家に遠慮することもない。君がバーサーム家を復活させるんだ。亡き侯爵殿も喜ばれると思うよ?」


「いや、逆に怒られそうな気がします」


「まあ、爵位のことは儂の方でうまく運ぶ。貴殿は身一つで宮城きゅうじょう に来てくれればよい。リコレット様との婚儀はその後だ」


「いや、私は受けるとも何とも言ってませんが・・・」


「これは、新帝陛下の御心でもあるのだ」


「ええっ?」


「僕たちが兄上、いや、陛下にこの話をしたら、随分お喜びになられてね。リコレットの嫁ぎ先にこれほどの適任はおらん、と言っておられたよ」


「そんな無茶な」


「それとも、君には心に決めた人でもいるのかな?」


「いや、別にそれは・・・」


「いないのであれば是非、承諾してほしいのだ。実を言うと、帝国貴族の中でリコレット様を嫁に迎える家はどこにもないのだ。さりとて、このまま宮城に留まられても示しがつかん。他国に嫁に出すにしても既に御年23じゃ。どこぞの貴族や王族の後家であれば話はあろうが、帝国皇室の皇女が後家に行くでは・・・な」


「そこで、君に白羽の矢が立ったんだ。ジュカ王国は既にないも同然だけれど、バーサーム家と言えば、帝国にもその名を聞こえた名門家であり、ジュカ国の大宰相だ。帝国としても姉上にしても、これほどふさわしい相手はいないんだ」


「リコレット様がイヤなのであれば、屋敷の部屋に閉じ込めておけばよい。どうだ、今住んでいる館に、リコレット様が住まわれる屋敷を建てようではないか」


「このままだと姉上は、修道院に入って一生を送らなければならない。それは陛下が望まれていないんだ。君の傍なら、陛下の目も行き届くんだ」


「そんなことを言われても・・・」


「お話のところ恐れ入ります。新帝陛下が皆様をお呼びです」


三人そろって陛下の部屋に向かう。その間も二人から「是非!」と売り込みをかけられる。ここは陛下に直々にお断りの返事を入れよう。


「皆の者、大儀じゃ。まあ、座ってくれ」


陛下に促されて俺たちは席に着く。


「リノス殿、二人から話は聞いたかの?」


「はい、承りましたが、正直、気が進みません」


「まあ、妹のあの性格ではな。しかし余は、リコレットは皆の言うような強い女ではないと見ておる」


「どういうことですか?」


「あれは子供の頃から寂しがり屋での。なかなか一人では寝られぬ娘であった。一人にすると泣き出しての。おそらくあれは、一人になること、人に拒否されることを極端に嫌うのであろう。それが故に、人が離れていかぬように考え、振る舞っておるのだろう。余はそう見ておるのだ」


「それならばもっと人に寄り添うと思いますが・・・」


「皇女という身分がそれをさせなかったのであろうな。そのために自分の弱みを見せられなかった。リコレットがあれだけ能弁なのも、もともとの頭の良さもあろうが、おそらく、己の才覚を見せることで、人が離れていかぬようにしておるのだろう」


「そんなものでしょうか」


「余にも言いおったあの、突拍子もない考え方は帝国内では誰も支持しておらん。しかし、貴殿はその考えを認めたというではないか。それはリコレットに取り入るために言うたのではあるまい?」


「そうですね。ある意味では正しいと思います。ただ、今の時代にはそぐわないと思いますが」


「あれはそういう意味では頭が良すぎる。あれではなかなか男は惚れぬわ。しかし貴殿は、その妹の考えを理解し、共感をしてくれた。貴殿ならばリコレットに寄り添えよう。余がこの二人の話に賛同したのは、そういう考えもあってのことじゃ」


何だかよく見ている皇帝だ。この皇帝はもしかしたら、人の見る目があるのかもしれない。


「無理を言っておるのは承知だ。しかしそれでも余は、リコレットを貴殿に嫁がせたいと思うのじゃ。一度考えてみてくれんか?」


「ハァ・・・。しかし、リコレット様が嫌がるのでは?」


「なるほどの。では、まずは、リコレットと話をしてみるがよい。リコレットと貴殿がどうしてもイヤというのであれば、その時は余も別の方策を考えようぞ」


否応なしに、俺はリコレット皇女の部屋に案内される。


部屋に入ると、薄暗かった。昼間なのにカーテンを閉め、敢えて薄暗くしているのだろう。


「貴方も大変ですわね」


「ええ、大変です」


「私との縁談を命じられたのでしょう?お断りになって結構ですのよ?」


「リコレット様はどう思われているのでしょう?」


「どうも何も、私は逃亡はおろか死ぬことすらできません。私は自由を奪われた籠の鳥です。命じられるままにするしかありませんわ」


「そうですね。今の貴女は籠の鳥でしょう。これからのことが見えないのは、不安だろうと思います。俺もそうでしたから。奴隷になった時、自分の自由が奪われたと思ったとき、本当に不安になりました。リコレット様の気持ちは、わかるつもりです」


「・・・」


リコレットは俯いたまま何も答えない。俺はさらに続ける。


「確かに今は籠の鳥ですが、貴方には選択権がありますよ?俺との縁談はさておき、貴方には生きることと死ぬことが選べます。舌をかみ切れば死ねますよ?カーテンで首をくくれば死ねますよ?逆に修道院ですか?それでも生きられますよ?貴女には選択権があるのですよ」


リコレットは真っすぐ俺を見ている。


「俺のご主人様やそのご家族は、生きたくても生きられませんでした。でも、貴方は違う。生きたければ生きられるのです。死ねば全てが終わります。しかし、生きていれば、どんな形でも生きていれば、何かが起こります。俺は奴隷でしたが、生きていてよかったと思います。俺が奴隷になった時に想像した未来とは全く違いますから。貴女も、生きてみてはいかがですか?誰にも理解されなかったかもしれませんが、貴方の考え方は、間違ってないと思います。ただ、時代が貴女に追いついていないだけで。誰かの助けになるという考え方は正しいと思います。その考え方ができれば、どんな世界でも生きていけるのではないでしょうか。そして、人は、貴女を助けてくれるのではないでしょうか。俺が言いたいのはそれだけです」


俺は一気に言い切って、席を立つ。


「失礼も顧みず、失礼を致しました。それでは」


足早に俺はリコレット皇女の部屋を後にした。そして、その足で陛下の部屋に向かう。部屋には陛下の他に先ほどの二人の姿もまだあった。


「リコレット様と話をしてきました」


「で、姉上は何と?」


「嫌なら断ってくれと。ですので、俺は自分の考えを申し上げてそのまま部屋を出ました。おそらく、リコレット様はこの縁談を受けないでしょう。陛下には、別の方策を考えられた方が、よろしいかと思います」


苦虫をかみつぶしたような顔をする宰相閣下とヴァイラス王子。陛下は薄笑いを浮かべながら俺を見ている。しばらくすると、侍従の一人が入ってきた。


「陛下、皇女様が・・・」


「かまわん。申せ。ああ、余に対して陛下は無用だ。まだ戴冠式を済ませておらぬからな」


「で、では、申し上げます。あの・・・」


「どうしたのだ?」


「リ、リコレット皇女様におかれましては、リノス殿との縁談を受ける、とのご伝言でございます」


・・・何でそうなるの??

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