第四十八話 藪をつついて蛇を出す
牢屋の中のセアリアスは、眠っているように見えた。
魔術師が強制的に眠らせているのだろう。セアリアスの傍でエクストラヒールをかけ続けている。
「あの囚人は、一体どうしたんですか?」
白々しく看守に聞いてみる。
「ああ、あれはさる高貴なお方でな。かなり以前から錯乱状態にあって、ああやって魔術師が一日中回復魔法をかけ続けているんだ」
エクストラヒール自体がかなり魔力を消耗するのだが、逆に「鬼切」で斬られても一日中エクストラヒールをかけ続ければ命はとりとめるということか。
「回復魔法をかけるのか?おいシェーラ」
「回復魔法くらいなら私がかけてやろう。感謝するのじゃ」
バカ猫王女がセアリアスの所に行こうとして看守に止められる。
「なぜじゃ!回復魔法を手伝うだけじゃ!何故に止められねばならんのじゃ!」
「そうだぞ!僕たちが慈悲を与えてやろうとしているんだ!何でそれをありがたく受けない!本当にバカばっかりだ」
看守と揉みあう二人。取りあえずブン殴るかと思ったその時、セアリアスが立ち上がった。
「ぬあぁぁぁぁぁぁ!!!!」
ローブ姿の魔術師の首を一気につかむ。そしてそのまま魔術師の首をヘシ折った。
「殿下!お静まり下さい!!」
慌てて看守がセアリアスの牢屋に近づく。
「ガアアアアアアー!!」
魔術師がカギをかけていなかったのか、セアリアスが牢屋から飛び出してきた。そして兵士の腰の剣を素早く抜き取り、兵士の胸に突き刺した。
「!!!!!」
声にならない声を出しつつ膝をついて倒れてゆく兵士。俺はセアリアスに向かって風魔法を放つ。その瞬間、セアリアスは風魔法を切り裂き、俺の風魔法を躱した。
「ヒャッハー!殿下!殺せー!殺してしまえー!」
よく見ると、セアリアスの隣の牢屋には、ビスト・ザイがいる。失った片手を牢に押し付け叫んでいる。こいつも完全に目がトンでいる。
「殺せー!ころっ、ガハッ」
セアリアスは何のためらいもなく鉄格子の隙間からザイの喉元に剣を突き立てた。糸の切れた操り人形のようにザイの体が倒れる。その騒ぎを聞きつけてきた他の兵士たちと揉みあいになるが、セアリアスは一瞬のうちに彼らを斬捨てる。
「やめろ貴様!勇者の前でそのような狼藉は許さないぞ!」
バカ王子がセアリアスに向かって叫ぶ。クルリと首だけをバカ王子に向けたセアリアスの目の色がおかしい。どす黒い目になっている。その瞬間、セアリアスが動いた。今までの動きとは全然違う速さで俺たちの所に向かってきた。ちょっと油断していた。
一瞬のうちにセアリアスはバカ王子に近づき、剣を振り下ろす。
「ウィリス様!」
女猫のアマリアがウィリスを庇って斬られた。
「あっ、ああああああ」
バカ王子たちは腰を抜かしている。辺り一面が血の海と化す。俺はこの殺人狂に向かってファイヤーボールを放つ。しかし、これもセアリアスは剣で切り裂く。LV3の火魔法をレジストしやがった。
「がぁぁぁぁぁ、はぁぁぁぁぁぁ、死ねぇ・・・死ねぇ・・・」
吐き出すようにうめき声を上げている。さっきからセアリアスの様子がおかしい。俺は鑑定スキルを使ってスキルを調べてみる。
ヒーデータ・シュア・セアリアス(悪魔・19歳) LV26
HP:101/208
MP:47/58
剣術 LV3
肉体強化 LV3
回避 LV2
行儀作法 LV1
呪い LV3
「呪い」レベルが上がっている。そのせいで悪魔と表示されている。全体的にスキルレベルが上がっている。
少々狭いが、俺はウインドカッターを放つ。しかし、セアリアスは剣でそれを躱す。そして、俺たちに背を向けて逃げ出した。
「バカ猫ども!お前らはここから動くな!」
俺はセアリアスの後を追う。
地下室から出ると、セアリアスが警護の兵士に囲まれ、兵士に向けて剣を振るっていた。俺はセアリアスを素早く結界に閉じ込めてその行動を奪う。そこに兵士たちが折り重なるようにセアリアスを押さえ、捕縛した。
兵士たちに引き立てられていくセアリアス。おそらく、ヤツは間もなく狂い死にするだろう。
地下室に降り、バカ猫たちを保護する。さすがに牢屋に閉じ込めるわけにもいかず、こいつらの身柄は宮城に移されることになった。バカ王子を庇って斬られたアマリアは、既にこと切れていた。アルティメッドヒールで蘇生を試みたが、脳天から背中にかけて斬られており、脳の損傷が激しく、蘇生はならなかった。他の者も心臓を一突きにされているなどしていたため、蘇生させることができなかった。
俺はアマリアを抱きかかえてバカ猫たちが収容されている部屋に運んだ。
バカ猫たちはさすがに落ち込んでいた。俺がアマリアを抱えて部屋に入ると、バカ王女がアマリアに近づき
「アマリア!アマリア!目を覚ますのじゃ!!お願いだから目を覚ますのじゃ!!」
「誰か、アマリアを生き返らせる者はいないのか!ヒーデータ帝国だろ?蘇生ができる魔術師がいるんじゃないのか?おい!早く魔術師を呼んでおくれよ!」
バカ王子が懸命に懇願している。
「アマリアは脳天から斬られている。ここまで脳が損傷していては、蘇生は無理だ」
「お前なんかに何が分かる!見ろ!アマリアに傷はないじゃないか!嘘を言うな!」
「アマリアの傷は俺が魔法で塞いだ。あれだけ大きな傷があっては、アマリアがあまりにもかわいそうだ」
「誰か・・・誰か・・・アマリアを・・・アマリアを・・・」
バカ王子の声が涙声になっていく。その時、扉が開き、宰相閣下とリコレット皇女が部屋に入ってきた。
「一人の従者が犠牲になりましたか。あなた方王族に怪我がなくてよかった」
「フン、むしろあなた方が斬られればよかったのですわ。あなた方が勝手な思い込みで勝手な行動を起こし、あまつさえ他人を巻き込む。あなた方は王族という立場を利用して、単にあなた方の興味を満たそうとしただけに過ぎないのです。その結果、従者を失った。その涙は誰のために流しているの?本当にその従者のために流しているのかしら?あなた方のお遊びが続けられないのが、残念で泣いているのではなくて?」
容赦のないリコレット皇女の罵声が飛ぶ。宰相閣下は苦虫を噛み潰したような顔をしている。バカ王子とバカ王女は、涙をぬぐおうともせず、リコレット皇女を睨みつけている。
「さあ、出ていきなさい。本当はあなた方に生きる価値はないと思いますが、あなた方を斬れば、この城にも、この帝国の国土も汚れます。あなた方はこの国の疫病神です。一刻も早くヒーデータ帝国から出ていきなさい。亡くなったこの従者は、私たちの手で丁寧に葬ります。あなた方は、この者を弔う資格すらありません。リノス、とやら。すぐさまこの者どもを国境まで連れていってください」
俺は命じられるまま、無言でバカ猫どもを宮城の外に引き立てた。
用意された馬車はかなり小さいものだった。積まれている食料も、必要最小限のものだった。俺は馬車を引くため御者台に乗り、イリモを連れて帝都を出た。
馬車の中での三人は、一言もしゃべらなかった。まあ、馬車を引いていたイリモがとんでもないスピードで走っていたせいもあるのだが。気が付けば、辺りは夕暮れになっていた。とても美しい夕日が、地平線に沈もうとしている。空を見上げれば満天の星が出ている。もう少しで国境だ。
国境近くの川の前で俺は馬車を止めた。取りあえず三人に数日間は持つであろう結界を張ってやる。
「この川を渡って半日ほど行くと村がある。まずはそこに行け」
「僕たちはどうしたらいい?」
バカ王子が口を開く。
「いろいろな人に会え、そして話をしろ。色んな生き方がある。それを学べ。一人じゃ生きていけないことに気が付け。お前たちは国の民に養われていた。何もしなくてもな。しかし、本来はそうじゃない。人のために何かをしなければ、人は何もしてくれない。それを学べ。それが、生きるということだ」
バカ猫たちは黙って俯いている。
「腹へったろ?これをやるよ」
俺は無限収納に入っていたおはぎを彼らに手渡した。
「その味、よく覚えておけ」
そう言い残して、俺はイリモに跨り、家路に向かった。




