第二百七十一話 取り調べ
「……ゼザ、落ち着くのだ。そなたはいつも、そそっかしくていかん」
ハーギは呆れた表情を浮かべたまま口を開く。ゼザはハッ、と申し訳なさそうに頭を下げている。てゆうか、コイツの場合はそそっかしいっていうレベルじゃない気がするのだが。
「さて、まずは、そなたを取り調べねばな。なぜ、ひー様を攫った?」
「いや、まず、なぜ人さらいが前提なのですか。さっきから言っていますが、俺は何もしていませんよ? 何を証拠にそんなことをおっしゃるのですか?」
「しらばっくれるな! そなたが我らに魔法を放って馬車を止め、その隙に牛男がひ―様を攫ったではないか!」
「それが俺だという証拠は?」
「その服! その髪型! そして何より、ひ―様ご自身が攫った男がそなたであると言っておられるのだ!」
「どういうこと?」
「そなたら二人して、ひ―様を布袋の中に入れたのであろう。そのときに、ひ―様は犯人の顔をご覧になったのだ。一人は牛男、そしてもう一人は、黒い服を着た人間の男であったという。それが、そなたで間違いないと言っておられるのだ。もう言い逃れは出来んぞ? 観念せよ」
ハーギはクイッと顎を上げて俺を睨む。そのとき、ゼザが一歩前に進み出て、口を開いた。
「本来ならばそなたなぞ、すぐに無礼打ちにするところなのだ。しかし、これはそなた一人の考えではあるまい。誰ぞに命じられたのであろう? 吐け。正直に申せば、命だけは助けて取らせるぞ? 吐け! まだ吐かんか! 強情な奴だ! ハーギ様、こやつ口を割るとは思えません! やはり殺しましょう!」
「ゼザ……」
ハーギはゆっくりと首を振りながら、呆れた表情でため息をついている。
……いや、まずは俺の話を聞かないかね? と、いうより、完全に俺を犯人と見なしているし、まずもって俺の話を聞く気はなさそうだ。
「そなたはどうやら魔法が使えるようだが、それは無駄というものだ。このシロンの空間魔法の中では、魔法は使えぬ。どうじゃ? 驚いたであろう?」
「え? マジですか? ちょっとごめんください?」
『チワン、チワン』
『どうされました、リノス様?』
『今、何か変わったことはあるか?』
『いいえ、何もありません。リノス様こそ、大丈夫ですか?』
『ああ、今のところ大丈夫だ。くれぐれも注意してくれな』
『畏まりました』
……全然問題ありませんやん。念話使えますやん。そんなことを思っていると、女の笑い声が部屋中に響き渡った。
「ホッホッホッホッホ! 一生懸命魔法を使おうとしておるのか? 無駄だと言ったであろうが。そなたはこれまでじゃ。ここからは出られぬ。諦めて素直に吐け。吐くのじゃ」
目を閉じて念話を飛ばしていたので、彼女たちには、俺が必死で抵抗しているように見えたらしい。
「そういえば、俺が倒した牛男がいたと思いますが、そいつはどうしました?」
「この後に及んでまだシラを切るか!? 牛男は別の場所に閉じ込めておるわ」
「すみません、その男に話は聞きましたか?」
「いいや、まだ聞いておらん」
「まずは、その男に話を聞いてみてもらえませんか? たぶん、俺が犯人じゃないことが分かると思うんですよ」
「ええい! 黙れ黙れ! そのようなこと、そなたが指図することではないわ!」
「ハーギ様、拷問にかけましょう! ギッタギッタのバコバコにしましょう。さすれば吐きます。シロン、やるのじゃ!」
「えっと……あの……」
いきなりゼザが割り込んできたので、シロンは戸惑いながらハーギとゼザを見比べている。
ハーギは俺の顔をじっと見つめながら、ゆっくりと落ち着いた声で話しかける。
「お主、本当に吐く気はないのだな? 吐かねば体に聞くことになるぞ?」
俺は彼女らがやり取りをしている間に、鑑定スキルを使って、三人の過去を覗いていた。
牛車に乗っていたのは、ハーギとシロンだった。そして、その車を警護していたのはゼザだ。まず、ゼザの記憶によると、牛車の右斜め前で大きな爆発が起こった。彼女は反射的に車に張り付き、主君を守ろうとした。一方で車の中では、大きな爆発音が聞こえた瞬間に、ハーギとシロンはその音のした方向に目を向けた。その瞬間、シロンは突き飛ばされてうつぶせに倒れ、気が付くとお姫様の姿はなかった。彼女らは、お姫様の絶叫にも似た助けを求める声で事態に気が付き、犯人たちを追いかけたのだった。唯一、ゼザは誘拐にいち早く気が付き、姫を攫う二人を追いかけていたが、見失ってしまったというわけだ。
つまり、犯人の後姿をまともに見ていたのはゼザ一人であり、あとの二人は、辛うじて後姿を見ただけで、実際に犯人を見ていたわけではない。この三人がこれほど強硬に俺を犯人に仕立てようとしているのは、誰でもいいから犯人に仕立てて、この事件の幕引きをしようとしているのだろうか。だとすれば、俺はとんでもないコトに巻き込まれたことになる。
何が一番問題か。ゼザの記憶を見たところ、姫を攫った男の格好が、黒いローブ姿だったのだ。ちなみに、俺が着ているのは黒いシャツだ。色は同じでも、格好が全く違う。
「あの……犯人は本当に、俺が着ているこのシャツを着ていたんですかね? ローブとかじゃなくて?」
ハーギとシロンはゆっくりとゼザを見る。彼女は自信満々に口を開く。
「私が見た後姿は、黒い髪、黒い服だった。背格好も同じだ。この男に間違いない!」
……待て待て待て! お前の記憶の服と俺の服装は全くちゃうやんけ! 驚きのあまり絶句する俺に、ハーギは冷たい視線を俺に投げかけ、静かに口を開く。
「シロン、やれ」
「はい。……万物を司る神よ。我に力の一部を与えたまえ。全てのものを吹き飛ばす風よ、刃となれ。そして、彼の者を切り刻め……えいっ!」
小さな風の刃が俺に向かって飛んでくる。しかしそれは、俺の結界に見事にはじかれて消えてしまった。
「どうじゃ! シロンの風魔法の味は? 痛いであろうが? さあ、これ以上苦しみたくなければ、吐け! 吐くのじゃ!」
ゼザがドヤ顔で口を開いている。いや、弾かれているでしょうに。俺の体には全く傷がついていないでしょうに。大体その魔法、LV1ですよね? 俺が張っている結界はLV5なんですけど……。てゆうか、俺の結界が発動している段階で、この空間魔法完全にポンコツですよね?
「ええい! まだ吐く気にはならんか! シロン、遠慮はいらぬ。ヤツの体を切り刻め! 切り刻むのじゃ!」
ゼザが興奮したように命じている。もはやこれ以上、話し合いが通じる相手ではないと判断した俺は、彼女らの背後を指さして大声で叫ぶ。
「あれー? 誰だ!? あれはー?」
三人が一斉に後ろを振り返る。その瞬間、俺は転移結界を発動して、その場を離れた。
「……あれ? お帰りなさい」
「ただいま、リコ」
帰ってきたのは、帝都にある俺の屋敷だ。ダイニングではリコがイデアに授乳中で、その様子をエリルとアリリアが珍しそうに眺めていた。
「とうたーん」
「とうたーん」
俺を見つけると二人は両手を上げて俺のところにやってくる。二人を抱っこしてやるが、最近体重が増えたのか、めっきりと重たくなった。彼女たちも成長しているのだ。
「エリルー、アリリアー、二人とも重たくなったなぁ。とうたんはもうすぐ二人を抱っこできなくなるかもなー」
「いやー」
「抱っこー」
二人は俺の胸に顔をうずめてくる。なんて幸せな時間なのだろう。時が止まればいいのにと心から思ってしまう。そんな様子をリコは幸せそうな顔をして眺めていた。
「リコ、イデアはどうだ?」
「ええ。よく乳を飲みますわ。夜泣きもなくて、とてもいい子ですわ」
「そうか。この子は将来、大物になりそうだな」
「ええ、そうですわね」
そんな話をしていると、メイとマトカルが傍にやってきて、抱っこしている二人を引き取ってくれた。俺は二人に礼を言い、まだミーダイ国に居ると思われるチワンたちに念話を飛ばした。
『チワン、チワン』
『ああ、リノス様』
『取りあえず、帝都の屋敷に帰ってきた』
『おお、よくぞご無事で』
『俺を捕らえた女どもは、一体何者なんだ? 全く話が通じなかったから、逃げて来たよ』
『そうでしたか。心配していたのです。あ、こちらは大丈夫です。ドーキが魔力切れで倒れていますが、しばらくすれば目覚めるでしょう。彼の様子を見る者一人を置いて、我々も一旦帰ります』
『そうか。すまないな。また明日にでもドーキの所に行こうか。あ、何かヤバそうなことが起こるようだったら、すぐに逃げろと二人に言っておいてくれ』
『わかりました。問題ありません』
そして俺は再びリコの許に行きイデアの顔を覗き込んだ……。




