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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第九章 夢のかけ橋編
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第二百五十五話 念霊慰撫

「ふう~」


メインティア王の部屋を出た直後、俺はため息を漏らしていた。その様子をシディーが不安そうな顔をして見ている。大丈夫ですかと心配する彼女に、俺は手で制しながら、ゆっくりと廊下を歩きながら口を開く。


「実は大上王に鑑定スキルを使った時にな、見えていたんだ。弟を殺せと命じていた場面が」


「え? どういうことですか?」


「うーん。二人で国のことで議論を交わしていてな。それで、弟の方が大上王の命令は聞かれないと言ったんだ。大上王はかなり悩んだが、結局、国のために弟を殺す決断をしたんだ」


「何という……兄弟なのに……」


「いや、王には多かれ少なかれ、そういう後ろ暗い部分はあるものだ。あの大上王はまだそういった部分は少ない方だ。むしろ、そうしなければ国が立ちいかない状態だったんだ。ただ、あの爺さんは一度決断したことはすぐに実行するからな。弟と腹を割って話し合うこともなく、いきなり殺してしまっている」


「それでしたら、あの念霊ねんりょうがメインティア王に憑りついていた理由がわかる気がします。おそらく、あの王様を堕落させて、最終的にフラディメ国を滅ぼすつもりだったのでしょう」


「なるほどな。しかし、あの念霊ねんりょうの憎しみは相当なものだ。あれを慰撫するのは、かなり難しそうだぞ?」


「はい。しかし、メインティア王は自信満々のご様子ですし、今回は、あの王様にお任せしてみれば……ツ」


シディーは両手でこめかみを押さえて、グリグリと揉み始めた。やはり何か考えを巡らせると頭痛がするらしい。


「シディー。大丈夫か?」


「はい……。すぐに収まると思います。あの……リノス様」


「何だい?」


「一度、ニザ公国に帰ろうと思うのですが、お許しいただけますでしょうか」


「どうした?」


「鹿神様にお目にかかってこようと思います」


「鹿神様に?」


「はい。この頭痛と吐き気のことを相談をしたいのです。これまで鹿神様のご加護のお陰で、ほとんど体調が悪くなることはなかったのですが、今回はかなり深刻に思えます。一度、鹿神様に……」


「そうだな。メイやローニとも相談して、早いうちに鹿神様の許に行くといい。俺も付いて行くよ」


「そんな……申し訳ないです」


「いや、いいんだ。それに、シディーは頑張り屋さんだから、辛いことやしんどいことは言わないだろう? 俺にできることがあれば何でもするから、遠慮なく言ってくれよ? シディーは大事な家族だ。鹿神様のお知恵を借りながら、体調が戻るようにやっていこう。あと、おひいさまのところにも相談に行ってもいいかもしれないな」


「ううう……リノス様……」


「泣くなシディー。さあ、帰ってメシにしよう」


そう言って俺たちは、屋敷に戻った。



そして、次の日の夕方、アガルタの執務室で仕事をしていると、思いがけない人物が訪ねてきた。


「いや、仕事中にすまないね」


「メインティア王!?  いきなり、どうしたのですか?」


「うん。叔父上の魂を慰める品が出来上がったんだ。叔父上が封印されている場所に連れて行ってもらえないだろうか」


「今から、ですか?」


「早いほうが良くないかい?」


訝る俺に、後ろに控えていたパターソンが申し訳なさそうに口を開く。


「恐れながら……。我が王におかれましては、昨夜以来、不眠不休で作業をしておられまして……。出来ますれば、すぐにでもキャバレット様の魂を慰撫して差し上げればと思いまして……」


「昨日から不休不眠? であれば、一旦休んで明日の朝でもよくなくないか?」


「いや……その……」


パターソンは言いにくそうな顔で俺から視線を逸らせる。その直後、メインティア王の、のほほんとした口調が耳に入った。


「実は明日は、ノレーンに替わる新しい女が本国からやってくるのだよ」


「なに? と……いうことは……?」


俺は目を見開いて驚く。まさか、明日、女が到着するので、それまでにこの問題を片づけておきたいと言い出すとは思わなかった。何とも自分勝手な話だ。


そんなことを考えていると、メインティア王が柔和な笑みのまま、俺に近づき、小声で話しかけてきた。


「そういうことにしておいてくれ。パターソンも父から口止めされているらしくてね。詳しいことは言えないみたいなんだ。しかし、パターソンは一刻も早く叔父上を慰撫しないといけないと言うんだ。彼の立場もわかってやってくれないか?」


王の表情はいつもと変わらないが、纏っている雰囲気が少し違っている。まさか、念霊ねんりょうからの支配が解けて、本性が現れ始めているのだろうか。もしかしたらコイツは、有能な男なのかもしれない。そう直感した俺は、王にその慰撫を任せてみることにした。


「……わかりました。ちょっと待っていてください。ここではなんですから、部屋に戻って待っていてください」


「わかった。いつもすまないね」


メインティア王はにこやかな笑みを湛えたまま、パターソンたちを伴って部屋を後にした。


俺はすぐさま屋敷に転移し、シディーの部屋に向かう。ちょうど彼女は自分の部屋でベッドに寝たまま、メイとローニと話をしていた。俺は部屋に入るのをためらったが、構いませんというシディーの言葉に促されるような形で、彼女たちにこれまでの顛末を話す。


「シディー。すまないが、念霊ねんりょうを封印してある短剣を、アガルタまで運んでもらえないだろうか? メインティア王が慰撫できるものを作ったので、試したいんだそうだ」


「わかりました。メイちゃん、ローニさん、またあとで話を聞かせてください」


そう言ってシディーはベッドを降りて、部屋を出ていく。そして、向かった先は、屋敷の応接室だった。ここにその短剣が収められているのだ。基本的に来客がない限りは、この部屋は使われることはない。今のところは、物騒なものを保管するのにはうってつけの場所だ。さらに、俺たちが住んでいる建物から離れているという点も、この部屋を選んだ理由の一つだ。


俺は、念には念を入れてこの部屋全体に結界を張っていた。それを解除して、俺たちは部屋に入る。念霊ねんりょうが封印されている短剣は、テーブルの真ん中に無造作に置かれていた。そして、シディーは何のためらいもなくそれを掴み、自分の懐に入れた。それを確認した俺は、その場からアガルタの迎賓館に転移した。



「おおっ! 早かったね!」


部屋に入るなり、メインティア王は、うれしそうな顔をして俺たちに近寄ってきた。


「叔父上が封印されている短剣はどれかな?」


「こちらです」


シディーは懐から短剣を取り出して、王に渡す。彼はそれをまじまじと見て、再び俺たちに視線を向け、口を開く。


「中をあらためても?」


コクリとシディーが頷く。彼はゆっくりと短剣を鞘から引き抜いた。


「見たところ何の変哲もない短剣だが……。アガルタ王と王妃様が言うのだ、間違いはないだろう。……よし」


彼は抜きはらった短剣をテーブルの上に置き、スタスタと部屋の奥に歩いて行くメインティア王。しばらくして、彼は自分の背丈ほどもある大きな額縁を抱えて戻ってきた。


「私の力作だ。我ながら、最高傑作だと思うよ」


そう言って彼は額縁をクルリと回転させた。


……まるで、今にも動き出すのではないかと思われるような、見事な人物画がそこにあった。微笑みを湛えながらまっすぐにこちらを見ている気品のある夫人と、その隣には、これまた賢そうな顔だちをした少年が描かれている。おそらくこれが、キャバレットの妻と、その子供なのだろう。


あまりの絵の見事さに、しばし我を忘れて見入っていると、テーブルの短剣が小刻みに震えていることに気づいた。俺はとっさに結界を張ろうとしたが、その時、シディーが俺の右手を掴んで、その動きを止めに入った。


「シディー」


「リノス様、ご覧ください」


シディーの視線の先を追うと、何とそこには、封印したはずの、あの四角い顔の男が浮かび上がっていた。そして、その周囲にシディーが封印の時に使った粉が、らせん状に浮かび上がり、まるで念霊ねんりょうを閉じ込めているかのように纏わりついている。


「……てぇあ。……ミーティア。……グレゴーン。ミーティア、ミーティア……」


「リノス様……。あの念霊ねんりょうに鑑定スキルは使えませんか?」


シディーの言葉に我に返った俺は、コイツに鑑定スキルを発動させてみる。しかし、いつもはスムーズに映像が脳裏に浮かび上がってくるのだが、今回はなぜか、断片的な映像しか浮かび上がってこない。俺は意識を集中し、さらに魔力を込め、この念霊ねんりょうに魔力を纏わりつかせるようにして、あらためて鑑定スキルを発動させてみた。そして、ようやくこの男の過去を見ることができた。


……それは、とても悲しい過去だった。

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