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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第九章 夢のかけ橋編
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第二百五十三話 封印

「ゴボッ、ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ!」


俺の叫び声をかき消すかのように、リコが激しくせき込んでいる。


「リコ! リコ!」


「ハアッ! ハアッ! ハアッ!」


リコは俺に背を向けたまま激しく肩を上下させている。俺は思わず彼女の背中をさする。その時、俺の耳に聞き覚えのない声が聞こえる。


……サン。我ヲじゃまスル者ハ、ユルさん。……しメ。苦しメ……。


「誰じゃァコラぁ! 出てこい! ブッ殺したらぁ!」


「ご主人様!」


怒りで我を失い、思わず大声を上げたと同時に、誰かに背中から抱きしめられる。振り向くと、メイの顔がそこにあった。その顔を見た瞬間、俺は無意識に口を開いていた。


「リコが! リコを! リコを!」


「落ち着いてください! ご主人様、落ち着いてください!」


メイは、なおも俺を離さない。メイ、俺はいいからリコを……と言おうとした時、既にリコの傍にはマトカルが控えていた。彼女は俺の目を見て一度頷いた後、リコをやさしく抱えて部屋を出ていった。


「リコ、リコ、リコォォォォ」


「ご主人様、大丈夫です。大丈夫ですから」


俺はしばらくの間ベッドの上で号泣し、その間メイはずっと俺を抱きしめ続けた。



しばらくして落ち着いた俺は、メイに手を握られたまま、注意深く寝室を見回す。気配探知、魔力探知を最大限に高め、この部屋だけでなく屋敷の敷地全体にその範囲を広げていくが、怪しいものは一切引っかからない。


……おかしい。前回、自分の体が傷つけられた時は、眠っている最中、無意識に引っ掻いたのかと思っていたが、やはり違うようだ。しかし何故だ。確かに声は聞こえたのだ。何者かがこの屋敷に入り込んでいるのは確かだ。だが、この屋敷の敷地には結界が張ってある。家族に敵意を持つ者は何人たりと通すことはない。その俺の結界を破ったというのか? で、あればどうやってそれを破った? 俺は混乱する頭の中で、必死になって考える。


「ご主人様」


メイの声で再び我に返る。


「リコ様のところに、参りましょう」


メイの落ち着いた、そして優しい口調に、俺はただ、頷くしかなかった。


メイに先導されて、俺はマトカルの部屋に向かう。扉を開けると、リコがベッドに寝ており、マトカルはエリルを抱っこしてその傍に控えていた。


「先ほどまで苦しんでおられたが、今は落ち着いて眠っている」


その言葉を聞いてメイがリコの脈を取り、呼吸を調べるなどしている。エリルはマトカルに抱かれたままじっとしている。どうやら眠っているようだ。そして、メイがゆっくりと頷くと、マトカルはエリルを起こさないように、小さな声で口を開く。


「エリルを、傍に寝かせてやりたいが……」


メイが再び頷く。マトカルはベッドの毛布の端をちょっと持ち上げ、その隙間にエリルを寝かせた。彼女はベッドに入った瞬間に寝返りを打ち、リコにピタリとくっ付いた。


俺はエリルの頭を撫でながら、メイに話しかける。


「メイ……リコは?」


「呼吸も脈拍も安定しています。顔色もよく、特に問題はないと思います。突然大声を上げられて、一体どうされたのですか?」


「……夢を見たんだ。アリリアを抱っこしたら、化け物になっていて……。俺に噛みつこうとしたので、思わず右手でその首を絞めた。で、気が付いたら、リコの首を絞めていたんだ……」


「……」


メイもマトカルも何と返事をしていいのかがわからないという顔をしている。俺はその様子を見ながら、言葉を続ける。


「で、必死でリコの名前を叫んでいた時に声が聞こえたんだ。許さないだの、苦しめだの……。そうだ、その前の日も……」


「おーう、久しぶりなのらー」


「し……神龍様?」


突然部屋に真っ白な子供が現れる。一体なぜ神龍様が? と皆がキョトンとなる。


「あの……シディーに言われて、お呼びしました」


部屋の扉の前でソレイユが申し訳なさそうな顔つきで立っていた。


「なぜシディーがソレイユに神龍様を呼び出させるんだ?」


「知りませんわ。何か大声がしたので、部屋を出ようとしたら、扉の前にシディーがいたのです。すぐに神龍様を呼び出すようにと言われたのです」


「何だそりゃ? で、シディーはどこに行ったんだ?」


「知りませんわ。一階に降りて……ひゃっ!」


ソレイユが飛び跳ねるようにして部屋の中に入ってきた。そして、その後から幽鬼のような雰囲気を纏ったシディーが入ってきた。


「シディー……?」


よく見ると左手に鞘に入った短剣が握られている。これはおそらくいつも携帯している護身用の短剣だろう。そして、右手には小さな壺を持っていた。


「シディー……何を持っているんだ? その壺は……?」


「ガライアの粉です」


「ガライア?」


「ご主人様、オリハルコンを削った時に出た粉塵に、ミスリルを削った粉塵を混ぜたものです」


メイが小声で説明してくれる。そんな俺たちをぼーっとした表情で眺めていたシディーは、抑揚のない声で口を開いた。


「……神龍様もおいでですね。ソレイユ、ありがとう。では、神龍様、リノス様、お力をお貸しください」


そう言ってシディーはゆっくりと廊下を歩きだした。


慌てて俺たちは彼女の後ろを追う。シディーはゆっくりと俺の寝室に入っていった。


部屋に入ると、シディーは部屋の壁をじっと睨んでいた。そして、その状態のまま、相変わらず抑揚のない声で俺たちに声をかける。


「神龍様、こちらにお越しください」


「お、おーう」


「リノス様は、こちらに」


彼女の指示に従って、俺たちは移動する。そして、神龍様と俺がシディーの左右を固めるような態勢が出来上がった。


「おーう、なんら? これは?」


神龍様が首をかしげている。俺には全く見えないが、神龍様はシディーと同じく壁を凝視している。


「恐れ入りますが、これが見えるようにしていただけませんでしょうか?」


「うん? おーう、これは念霊ねんりょうらな? うーん。どーれ」


神龍様が顎とクイッと上げる。すると、壁の前に、シミのようなものが浮き上がってくるのが見えた。


「リノス様。このシミに結界を張ってください。一切の空気も通さない強力なものお願いします」


「おっ、おお」


シディーに言われる通り、俺はその壁に向けて強力な結界を張る。空気の粒子すらも通さない結界だ。その様子を見ながらシディーは、左手に持った短剣を小脇に抱え、右手に持った壷の中から銀色の粉末を取り出して、何やら呪文のようなものを唱えながら、そのシミの部分にパラパラと振りかけた。


「うわっ! なんじゃこりゃ!」


思わず声が漏れた。何と、結界の中に四角い顔で、顎のしゃくれた壮年の男の姿が現れたのだ。その周囲を、先ほど振りかけた粉が雲のように浮いている。


「だっ、誰だ、お前は……?」


「……」


結界内に浮かびあがった男は、目を閉じたまま立ち尽くしている。


「うーん、惜しいのら。もう一息であったのらー」


神龍様がノホホンとした口調で口を開いている。


「し……神龍様、惜しいとはどういうことでしょうか?」


「この者の正体は、精霊になる一歩前の姿ら」


神龍さまによると、高位のスキルを持つ者が死んだとき、その肉体は滅びても、魔力や念などがこの世に残ることがあるのだという。そうしたものを念霊ねんりょうと呼ぶのだそうだ。


「惜しいのらー。善なる心を持っておれば精霊に昇華できたのらがな。この者は憎しみが残っておる、いや、純粋な憎しみらな。そのために、精霊にはなれなかったのらー。しかし、珍しいのらー。邪な念霊ねんりょうはすぐに滅びるものなのらがな。……うん? しかも、こやつは?」


神龍様は、まじまじと結界に閉じ込められた男を見ている。


「ええ、思念を操ることができます」


口を開いたのはシディーだった。


「珍しい事例です。邪な念霊ねんりょうですが、そのあまりの憎しみの強さで、この世に残り続けたのでしょうね。しかも、半分精霊化して、人に思念を向けて操ることができるようになっています。かなり厄介な相手です」


淡々とシディーは語る。その様子を神龍様は満足そうに眺めながら頷いている。


「我も、初めて見たのらー。珍しいものを見たのらー」


「シディー?」


「リノス様、この念霊ねんりょうは、魔力探知と気配探知には反応しません。それに、リノス様の結界では、この存在を防ぐことは出来ません。言ってみれば、人の念の塊ですので、実体がないのです」


「じゃあ、どうするんだ? このまま……」


「封じ込めます」


「何?」


シディーは短剣を鞘から抜き、その刀身を念霊ねんりょうに向けて、何かの呪文を唱え始めた。


「ガッ……おノれ……わレは……ゆるサぬ……ユル……」


目を閉じていた男が、いきなり目をカッと明けて、何やら抵抗している。しかし、その姿は少しずつ薄くなっていく。ふと見ると、シディーの短剣が紫色に輝いている。彼女はその刀身に、先ほどの壺から粉を振りかけていく。


「神龍様、お力をいただけませんか?」


「おーう。封じ込めるのらな?」


神龍様が紫色の刀をじっと見ると、そこがみるみる白い光に変わっていった。シディーはゆっくりとその刀身を俺に向ける。


「リノス様、先ほどの強力な結界を、この刀身に張ってください」


「あ、ああ」


俺は言われるがままに先ほどの結界を張る。すると眩しいくらいに発光していた刀身から光が失われ、それを確認したシディーは、ゆっくりとその刀を鞘に納めた。


「ありがとうございます。無事にこの短剣に封じ込めました」


「どういうことだ、シディー?」


「この短剣には鹿神様の加護が付与されています。そこに神龍様のお力と、リノス様のお力。そして、及ばずながら私の力を付与して念霊ねんりょうを封じ込めました。その力を発揮しようとすればするほど、強力な結界が張られますので、もう、思念で人を操ることは出来なくなりました」


「一体、何者だったんだ? こいつは?」


「メインティア王に関係があるみたいですね」


「メインティア王?」


「はい。元々この念霊ねんりょうはメインティア王に憑りついていました。あまりにも邪悪な気配と殺気を放っていましたので、調伏しようとしましたが、思った以上に強力でしたので失敗してしまいました。でも、もう大丈夫です」


「何であのバカ殿に? まさか……水子の霊か何かか!?」


「いいえ。そんな生易しいものではありません。これはかなり……かなり……」


「シディー、どうした?」


「かなりの憎しみが……ウエェェェェェェ~」


シディーは再び胃の中のものを吐き出し、寝室の床を派手に汚した。

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