第二百四十話 おもしろいはなし
「それでは、よろしくお願いする」
リボーン大上王は満面の笑みを浮かべ、両手で力強くリノスの手を握った。顔は笑っているが、やはり恐ろしい顔立ちだ。結局、メインティア王については、アガルタで預かることを承諾し、リノスはその恐怖心と面倒くさいという感情を隠すために、苦笑いを浮かべるしかなかった。
これに遡ること数時間、リノスは朝食を食べながらリコとマトカルにこの話を持ち出した。現役の王を預かるという、あまりに荒唐無稽な話に二人は絶句してしまい、リコなどは目を閉じて考え込んでしまったくらいだ。そして、二人の結論は、リノスにその判断を任せるというものだった。
彼はあまり気乗りのしないまま、メイを伴ってアガルタに転移した。隣のメイが正装し、リコの手で見事な化粧を施されて、いつも以上の美しさを湛えていたことが、せめてもの救いだった。
大上王とメインティア王の父子会談は、1分もしない間に終了したらしい。
「父上、私は、しばらくアガルタで学びます」
「うむ」
父子が交わした会話は、たったこれだけだった。
二人の意思を確認したリノスは、王を預かる上で、その名目を留学とすることにし、その上で、大上王に四つの条件を付けた。
・王の扱いについては、アガルタ国に一任する。
・王の警護に就いては万全を期すが、不慮の事故等で王の身が危険にさらされても、アガルタ国は責任を取らない。
・王の留学期間は1年間とする。
・王に何か問題がある場合は、アガルタ王の判断で留学期限は短縮することが出来る。
一見するとかなり無責任な内容ではあるが、大上王もメインティア王も、その点に関しては何も言うこともなく、この内容はアッサリと了承された。
その後、大上王は、大きな肩の荷を降ろしたかのように、にこやかにメイと談笑し、学会での発表を褒めちぎり、時間が許す限りメイに様々な質問をぶつけ、彼女も誠実にその質問に答えた。
「……ね? 私の言った通りだったでしょう?」
大上王の姿を見ながら、メインティア王は相変わらずにこやかな笑みを絶やさぬまま、リノスに話しかける。彼は呆れたような顔をしながら、王に向かって口を開く。
「前代未聞ですよ、こんなことは」
「ハハハ、大丈夫。アガルタ王に迷惑はかけないようにするよ。ね? パターソン」
王が振り返った先には、従者の一人である若い男が控えていた。彼は恭しく一礼をし、声を殺して、呟くようにリノスに話しかけた。
「誠に恐れながら、我が王の滞在費につきましては、我が国が全て負担致します。アガルタ王様にはなるべくご迷惑はかけぬよう、私共も取り組んでまいりますので、今後とも何卒よしなにお願い申し上げます」
「そんなことは当然だろうと思うかもしれないけど、父を知る者からすれば、破格のことなんだよ? 何せ父は質素・倹約が大好きだからね。無駄な金は一切使わない人が、私のために全ての経費を持つと言ったんだ。近いうちに天変地異でも起こるかもしれないね」
クックックと王は笑う。その横でパターソンは申し訳なさそうにリノスに頭を下げている。
「アガルタ王は、質素・倹約は大事だろうと思っているね? 隠さなくてもいい。顔にそう書いてある。でもね、経費を切り詰めて貯めた金を、父は何に使っていると思う? 確かに、学校を建て、民に教育を施したけれども、それはほんの一部だ。貯めた金の大半は武備と築城に使っているんだよ。お陰で、我がアリスン城は異様に立派になった」
王は遠い目をしながら、父の背中を見た。それにつられて、リノスも大上王に目を移す。彼は小柄な体全てを使ってメイに質問している。どうやら、その内容は作物の保存に関する事柄のようだった。
「あの……。アガルタ王様」
声のする方に目を向けると、パターソンが言いにくそうな顔をしながら、リノスの顔を覗き込んでいた。
「あの……大変申し上げにくいのですが……」
「何だい?」
「そろそろ、我が王がその……限界を迎えそうでして……」
「限界? ……ああ、そっちか」
リノスはメインティア王にゆっくり視線を移す。彼は全く表情を変えず、先ほどと同じように笑みを湛えたままだ。
「アガルタには、ヒーデータ帝国で有名な遊郭である、ミラヤの支店があるそうだね。色んな女がいるというじゃないか。ぜひ、私もそちらに行ってみたいね」
「その……。このままでは我が王は、アガルタにお仕えする女性に手を出しかねませんので……」
「おいおい、失礼だな、パターソン。私はそのくらいの分別はあるつもりだよ?」
「……それがお出来になるようでしたら、それに越したことはございません」
そんな主従の会話を、リノスは呆れた顔で見ている。そして、首を振りながら面倒くさそうに口を開いた。
「その件については、ちょっと考えましょう」
「あの……あともう一つございまして……」
「何だ、まだあるのか?」
「その……。ずっと色街に通い詰めると言うのは警備上、ご迷惑になろうかと思います。できれば、本国から王の身の回りの世話をする女を呼び寄せるのが一番と思うのですが……。大上王様はまずお許しにはならないかと思います。そこで、アガルタ王様にお知恵を拝借できないかと……」
申し訳ございませんとパターソンはペコペコと頭を下げている。リノスは天井を見上げてため息をつき、しばらく考えていたが、やがて、遠い目をしながら口を開いた。
「炊事洗濯掃除、身の回りの世話をする女性が必要でしょう。その方を本国から呼び寄せたらどうですか? もし、本国にそんな気の利く女がいないのであれば、アガルタで雇ってもよいと俺が言っていたと、大上王に言えばいい」
「なるほど! ……アガルタ王様のおすすめを断れば、我が国には気の利く女はいないと言っているのも同然です。と、なれば……。わかりました。大上王様に申し上げてみます! ありがとうございます! ありがとうございます!」
「ああ、もう、そんなペコペコ頭を下げなくてもいい」
「そちらで、何をコソコソ話をしておるのだ!」
リノスがパターソンに話をしていると、突然、大上王の大声が響き渡った。彼は大股でリノスの傍まで寄って来たかと思うと、その両手を強く握りしめた。
「愚息のこと、何卒よしなに。それにしてもアガルタ王は、よい奥方をお持ちじゃ。このリボーン、うらやましいですぞ! 是非、メイリアス王妃と共に、一度、我が国にお越し下され。そうじゃ、いつの日か、あの学会をわが国で開いて下され。そして、我が国の若い者たちに、その素晴らしい知識を伝えてやって下され」
大上王は痛いくらいの力でリノスの手を握りしめ、力を抜くことなくメインティア王とその従者たちに目を向ける。
「そなたらも、よく学べ」
彼はゆっくりとリノスに視線を移す。
「それでは、よろしくお願いする」
そう言って大上王は再び大股で歩き、部屋を出ていった。扉の近くにいたメイの傍を通り過ぎる時、彼はメイに向かって一礼をし、メイも彼ににこやかな笑みを向けたのだった。
その後をパターソンが素早く追いかけていく。その姿を見送ったメインティア王は、ゆっくりとソファーに腰を下ろし、再びリノスに話しかけた。
「さて、パターソンは父を説得できるかな? 彼が戻ってくるまで、しばらく時間がかかるだろうね。ちょうどいい、アガルタ王と話がしたいと思っていたところだったんだ。何か、面白い話をしてくれないかい?」
「面白い話ぃ?」
「うん、是非、聞いてみたいんだ」
王は目をキラキラさせてリノスの目を見つめている。
「もし、私が面白いと思う話をしてくれたら、アガルタ王、あなたの命令を一つ、何でも聞こう」
「何でも?」
「ああ、何でも。私が出来る範囲のことなら、何でも聞こう。それこそ、命を絶てと言われれば、命を絶ってもいい」
リノスはじっと王の目を見た。そして、ゆっくりと息を吐きながら口を開く。
「要は、面白いと思わせればいいんだな? ……よし」
彼は目を閉じてちょっと考えるそぶりをし、キッと目を開いて、話を始めた。
「むか~し、むか~し、ある所に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんは山に柴刈りに行き、おばあさんは川に洗濯にいきました。おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から大きなモモが、どんぶらこ~どんぶらこ~と流れてきました。おばあさんはそれを持って帰りました。おじいさんは家に帰ってビックリ。おお! 大きなモモじゃ! おじいさん、川で拾ったんですよ。バアさん、早速食べよう。おばあさんが包丁でモモを切ると、中にはなんとかわいらしい男の子が入っていました。おじいさんとおばあさんはその子に桃太郎と名付けて、大切に育てたのでした。……長いので一部中略ね。桃太郎が道を歩いていると、白い犬がやって来ました。桃太郎さん、桃太郎さん、お腰につけたキビ団子、一つ私に下さい。桃太郎はその犬を見て言いました。ほう、お前はずいぶん白い犬だな。真っ白じゃないか。シッポまで真っ白だ。シッポまで真っ白……。尾も白い。……尾も、白い話。……どうだ! おもしろいはなしだ!」
「うふ、あは、ウフフフフフフフフ」
メイが笑いをこらえている。メインティア王はじっとリノスの話を聞いていたが、やがて懐から紙の束を取り出した。そして、それが合図であるかのように、従者の一人が王に近づいてペンを渡す。彼は、カリカリと手元の紙に何やら書き始めた。
「おじいさんとおばあさん……。柴刈り……。包丁……桃太郎……っと。白い犬……。尾も白い……。おもしろいはなし……っと」
彼はうんうんと頷きながらそのメモを見る。そして、再びリノスの顔を見て口を開く。
「その途中の、中略ってところ、もう少し詳しく聞かせてもらえるかな?」
あまりに意外な返答に、リノスは思わず声を上げた。
「その話、他所行ってするんじゃねぇぞ!」
堪え切れなかったように、メイの爆笑が、部屋の中に響き渡った……。




