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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第七章 クリミアーナ教国編
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第百八十六話 公開質問会

クリミアーナ教国の首都、アフロディーテ。その中心部に建てられている大聖堂は、先ほどまでの喧騒が嘘であったかのような静寂に包まれていた。


大聖堂の中央、主神クリミアーナの肖像画が掲げられているすぐ下の壇上には、教皇以下枢機卿が並んでおり、その前には二つの机が向かい合わせで並べられていた。上手側にはクリミアーナ研究所所長のイマーニをはじめ、副所長のダリナー、研究員のグラリーナが静かに座っている。一方の机には、アガルタ王リノスの愛妾といわれる羊獣人、メイリアスと、兎獣人ポーセハイのチワンとローニが座っている。そして、その横には、ロール状にした紙を小脇に抱えて立っている一人の男がいた。それが、アガルタ国国王、バーサーム・ダーケ・リノス、その人であった。


リノスは会場に入るなリ、大聖堂の司教の一人に何やら耳打ちを始めた。最初は訝る表情を崩さなかった司教だが、最後は上司に確認を取りに行き、戸惑いながらもリノスに許可が出たことを伝えた。そして、会場に入ると、メイ以下の三名は着席し、リノスだけが立ち尽くしたのだ。


会場内は戸惑いとこれから何が起こるのかの期待感で、全員がリノスに視線を注いでいた。その静寂の中、二人の司教が小さな机を運び、ちょうど両者の真ん中にそれを置いた。壇上の教皇のすぐ下の位置に、机が置かれている。


設置が終わるとリノスはスタスタと歩いていき、その机に座る。紙とペンを机に並べ、それが終わると背筋を伸ばしてすました顔をする。しかし、会場内は静寂に包まれたままだ。リノスは再びキョロキョロと会場を見ながら、口を開く。


「どうぞ?始めてもらっていいですよ?」


「アガルタ王」


声を発したのは教皇だった。


「このようなところから失礼します。はじめてお目にかかります。クリミアーナ教国教皇を務めます、ジュヴァンセル・セインと申します。この度は遠路はるばるようこそおいで下さいました」


いつもの柔和な笑みを絶やさず、眼下のリノスを見下ろしている。リノスはスッと立ち上がり、教皇に一礼をする。


「教皇様、この度はこのような機会を設けていただき、ありがとうございました。感謝いたします」


教皇は満足そうな顔で頷く。


「聞けばアガルタ王はクリミアーナ様の御声をお聞きになられたとか・・・。もしかするとアガルタ王は、クリミアーナ様がお遣しになった使徒様かもしれませんね?」


相変わらず柔和な笑みで、優し気な眼差しを教皇はリノスに向けている。


「そのお話は今日のこの場とは関係ありませんね。時間も限られていますし、質問会を先に始めませんか?」


会場中が凍り付く。しかし、教皇は柔和な笑みを絶やさない。


「そうですね。アガルタ王の仰る通りですね。それでは、始めましょう。アガルタ王、そのようなところにおいでにならず、私の所においで下さい。シュノハート」


名前を呼ばれた枢機卿は立ち上がり、自分の席を空けようとする。


「ああ、いい、いいですよ、そのままで。そこだとやりにくいので」


リノスは手で制する。シュノハートは当惑した顔をして教皇を見ている。教皇はゆっくりと頷き、彼は再び自分の席に座った。


「それでは、始めてください」


教皇の声を聞いてイマーニが口を開く。


「クリミアーナ医学研究所所長のイマーニでございます。この度はこのような機会を設けていただきましたこと、大変にうれしく存じます。この会議が医学の発展につながるよう、お互い研鑽を積みたく思います。よろしくお願いいたします」


それを受けて、メイが立ち上がる。


「アガルタ国国王、リノスにお仕えいたします、メイリアスと申します。この度、クリミアーナ教国が発表された、キリスレイ、ガイッシャ、ルロワンスの病原が一部獣人たちの体液を媒介して感染するという発見、さらにはその特効薬として、羊獣人の胆汁が有効であるという説につきまして、どうしても腑に落ちない点がございます。そのために、この質問会を開催いただきました。感謝いたします」


よく通る、凛としたメイの声が会場内に響き渡る。メイは一礼をした後、言葉を続ける。


「まず、この医学書、サンクチュアリに発表されました説は、論理的には問題ないかと思います。しかし、具体的な内容が何一つ記載されていませんので、私は、この説を信じることができません。ぜひ、その点をご説明願います」


メイはそう言って着席する。それを受けて、グラリーナが口を開く。


「具体的に申しますと、特効薬につきましては、羊獣人の胆汁に、私が開発しました酸液をある一定の分量で加えますと・・・」


「いや、そういうことではないのですよ」


グラリーナの発言を遮ったのは、チワンだった。


「はじめてお目にかかります。ポーセハイ診療所の院長をしております、チワンでございます」


会場中が揺れる。「ポーセハイ?」「あの、ポーセハイか・・・」そんな囁き声があちこちから聞こえてくる。


「私どもがお尋ねしていますのは、一体どれだけの症例で実験したのか、そして、どれだけの回数の再現実験を実施されたのか、その数字をお教え願いたいのです」


「なるほど、わかりました」


クリミアーナ医学研究所所長のイマーニが口を開く。


「確かに、あなた方ポーセハイが以前お出しになった論文・・・。『蚊を媒介とした突発性高熱における治療法』、あの論文は、発表された段階で九十点の出来栄えでした。それに比べれば、私どもの論文は三十点です。まだまだ説明の必要があります。それは認めましょう。しかし、しかし、これは人族が数千年の間苦しんできた不治の病が治癒できる唯一の方法なのであります」


イマーニは一言一言に熱い思いを込めて話をしている。


「まあ、何と言ってもポーセハイは気軽に人体実験をしていると聞きます、発表段階で、それなりの実証結果が出せるのは頷けますよね」


そんな厭味ったらしいことを言っているのは、副所長のダリナーである。ダリナーは内心、このポーセハイが忌々しくてならなかった。クリミアーナ医学研究所は、世界に誇る名門。世界中から秀才を揃え、圧倒的な頭脳でこの世界の医学界をけん引してきたという自負がある。方や、若き研究者を、決して多いとは言えないコーチたちが丁寧に育てていくポーセハイ。その昔は、彼らが発表する論文は人族には適さない噴飯的なものも多かったが、ここ数年は、クリミアーナでも長年にわたって解明できなかった病を根絶に導くなどの実績を積み重ねつつある。この質問会は、クリミアーナとポーセハイの、医学界での覇権をかけた争いという側面があった。もっともその意識は、ダリナー達クリミアーナ側に強く、ポーセハイたちは彼らを歯牙にもかけていないのであるが。


そんな感情を押し殺しつつポーセハイを睨むダリナーに、ローニが口を開く。


「確かに、以前は人体実験を行っていたことは認めます。ただし、ここ数年の論文では、大ねずみを使っての実証実験がほとんどです。人体実験は、実施していません」


「人体実験の話はさておきまして、私たちから、皆様に三つの要請をさせていただきます」


メイがさわやかな弁舌を振るう。


「一つ、なぜ、一部の獣人たちの体液がキリスレイ、ガイッシャ、ルロワンスを発症させるのか。サンクチュアリにはその具体的な事例が記載されていません。その発症実験を、複数の、クリミアーナ教国以外の国で実施すること。敢えて言えば、例えば、オーガーなどは人体と非常によく似た体質を持っています。それを使ってもよいかとも思います」


大聖堂が騒めいている。しかし、教皇が手をかざすと一瞬で静寂に包まれる。


「・・・ありがとうございます。二つ目は、羊獣人の胆汁が特効薬になるとのことですが、それが完治する薬品であることを、一つ目にあげた発症実験の済んだ個体で、各国々で実証実験をすること」


メイは一つ息を入れる。


「そして三つめが、特効薬の開発方法を明らかにすること」


再び大聖堂が騒めく。メイに対して罵詈雑言の類も交じっている。主に発言しているのは、クリミアーナの医学研究所員のようだ。


「静粛に」


教皇の一言で再び大聖堂が静寂に包まれる。それを確認したメイは、ローニに目配せをして、頷く。


「我々の要請は、キリスレイ、ガイッシャ、ルロワンスの感染が、獣人たちの体液を媒介し、その特効薬が羊獣人の胆汁であるというクリミアーナ医学研究所の説を、ここに集まった世界各国の研究機関で再現実験を実施することです」


大聖堂がどよめきとざわめきが交錯する。そんな中、教皇はいつもの頬笑みを湛えた眼差しを崩さず、優しい、しかし、よく通る声で列席者を諭す。


「静粛に、静粛にしましょう。みなさん、アガルタ国の研究者の、アガルタ王妃のお話を、最後まで聞こうではありませんか」


どよめきとざわめきが徐々に収まっていく。


「ここに集まった研究者の国々で再現実験をすると言うのか!バカな!どれだけの時間がかかると思っているのだ!」


吐き捨てるように発言しているのは、副所長のダリナーだ。


「可能です」


ローニの声がダリナーの声をかき消す。彼女はスッと立ち上がり、ぴょこんと頭を下げる。


「我々ポーセハイは全員転移スキルを持っています。ポーセハイ全員で、皆さまをそれぞれの国へ転移させます。そして、二週間後、再びお迎えに上がりまして、ここに集合いただければいいのです。確か、病原菌は獣人の体液を媒介して、人族に発症するまで数日・・・だったですよね?特効薬の製造方法を教授いただければ、二週間もあれば十分再現実験は可能であると思います」


「いや、世界各国で再現実験をやる必要がないと言っているのだ」


ダリナーの発言に、すかさずメイが反論する。


「お待ちください、ダリナー副所長。もし、その特効薬が有効なものであった場合は、各国でその製造方法を会得することができ、これらの病が流行した時に、迅速な対応が可能になります。それとも、特効薬の製造方法はクリミアーナが独占して気に入らない国には渡さないとでも仰るのでしょうか。まさかそれは杞憂でありましょうが、これからの世界のことをお考えいただくと、私の要請を是非、お考えいただきたいのです」


メイの発言に、誰も異を唱える者はいなかった。


「要は、クリミアーナの説が、偶然でなかったという点を、我々は証明したいだけなのです」


ローニがさらに口を開く。ダリナーは苦虫を噛み潰したような顔をしている。


「しょ・・・所長!」


たまらずダリナーは隣のイマーニを見る。しかしイマーニは落ち着き払ったまま、静かに知性を湛えた目を、メイに向けていた・・・。

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