第百六十九話 ガルビー占領とマトカルの気遣い
城塞都市ガルビー。ラマロン皇国皇都から北西に、馬で三時間の距離にある都市である。山の峰を切り取ったかのような台地の上に位置し、さらには、背後にラマロン海、北側にイルベジ川を備えた天然の要害を有する城塞都市である。
元々この都市は、ラマロン皇国が現在の皇都を建設する前に都が置かれた都市であった。数百年前、皇国を統一すべく初代皇帝がその人生の大半を過ごした街であり、皇国の人間にとっては、皇都と並ぶ、最も守るべき都市の一つである。
そのガルビーの城塞から、俺たちは遥か彼方に見えるラマロン皇国の皇都を見ていた。
「動きはなさそうだな」
ラファイエンスが貧乏ゆすりをしながら、苦々しげにつぶやいている。
「いや、将軍、皇国軍が全力でこの街に殺到したら間違いなく勝てませんよ?」
「そうですな。将軍が戦闘に出たい気持ちもわかりますが、我々はこの堅牢な城塞都市を落とせることを証明したのです。それだけで十分でしょう。もし大軍で攻めてきたら、その時は堂々と退却しましょう」
クノゲンが笑いながら将軍を窘めている。
実際、戦闘時間はほぼ、ゼロだったのだ。アガルタの都を解放した時と同様、フェアリードラゴンのサダキチたちに、上空から体をマヒさせる鱗粉を兵舎に撒いてもらい、俺たちは夜陰に乗じてそこに突撃した。そこには、300名ほどの兵士が詰めているだけで、全員がキレイに捕虜になった。
そして、門番や各主要施設を警護してる兵士たちも、残らず捕らえることに成功した。
そして、その中の二名を解放し、皇都に走らせた。皇都から軍勢が出てくれば、規模によっては戦ってもよいと思っていたが、皇都からは全く動きは見られない。動揺しているのか、それともアガルタに向けた軍勢を帰還させているのか、今はそれを見極めようとしていた。
その時、サダキチが目の前に現れた。
『どうした?』
『国境のラマロン軍が退却を始めました』
『そうか、ご苦労だった。サダキチ、一つ、仕事を頼まれてくれ』
そう言って俺は、懐から紙を出して、メモを書いていく。
『すまないが、これを都のマトカルに渡してくれ。見つからなければ、迎賓館にいる者に渡してくれれば伝わるはずだ』
『畏まりました』
そう言ってサダキチは、再び姿を消した。
「リノス殿、マトカルに何を・・・?ラブレターかな?」
ラファイエンスがニヒルな笑みを湛えている。俺は笑顔を返しながら、
「いえ、ガルビーの人々へのお土産を手配してもらおうと思いましてね」
老将軍は目を細めて、彼方の皇都を見ながら頷いている。
ガルビーの人々は、朝起きて街に出て見ると、目を丸くして驚いた。街の入り口や人が多く集まるところの十か所に、このような看板が立てられていたからだ。
『ガルビーの市民の皆様へ
おはようございます。お目覚めは如何でしょうか?よく眠れた人も眠れなかった人も、まずはこの看板を見て驚いていることでしょう。実は、昨夜のうちにこの街はアガルタ軍が占領しました。あ、市民の皆さんを傷つけることはしませんので、安心してください。しばらくご厄介になります。仲良くしてください。できるだけ早くお暇しようと思いますので、しばしお付き合いください。城門はしばらく閉じます。ごめんなさい。しばらくは、町から出ることも、入ることもできません。ご不便をおかけします。できるだけ食料不足にならないようにしますので、その点はご安心ください。
よろしくお願いします。
アガルタ国国王 バーサーム・ダーケ・リノス』
市民の間では様々な憶測が飛び交い、街は混乱状態になりかけたが、その時、どこからともなく兵士たちが現れた。漆黒の鎧に身を包んだ兵士に、市民は固唾を飲んで見守った。彼らは整列すると見事な行進を行って見せ、一糸乱れぬ統率の取れた動きを披露した。それは市民を魅了し、その間に、軍団の長と見られる男の指示によって、兵士たちは素早く城門などの各主要施設の警護に当たったのだ。
この動きで、アガルタ軍は市民の信頼を得た。
軍勢を配置すると同時に、リノス達は街を出歩いていた。そして、予想以上にこの街には兵糧がないことを知った。この街に駐留していた兵士の大半は、アガルタに向かっており、そのために備蓄してあった食料の大半が持ち去られていたのだった。そこでリノスは、国境付近のラマロン軍の動きを見ながら、食料を支援しようと考えたのだった。
俺は、ガランとした食糧庫に一人で入り、そこにアガルタの都への転移結界を張る。まず俺は自分の執務室に転移し、そこからマトカルを探す。彼女はすぐに見つかった。
「リノス様!」
「おおマト。メモは見たか?」
「ああ、見た。これから食糧庫に向かうところだ」
「じゃあ、食糧庫の地下に空き部屋があっただろう?そこに運び込んでくれるか?」
「わかった」
俺はルアラに念話で食糧庫から物資をガルビーに転移させると伝える。ルアラは即答でOKを出してくれた。
アガルタの守備兵たちが、食料を地下に運び込む。そしてそれを俺はガルビーに転移させる。それを繰り返すこと数回。ガランとしていた食糧庫が、物資でいっぱいになった。
俺は外に出て、クノゲンに炊き出しをするように命じる。既に昼をとっくに過ぎていた。
相談の結果、夜はカレーを炊き出すことになった。皇都の動きはなく、国境付近のラマロン軍は絶賛撤退中とのことで、今日の襲撃はないだろうと予想して、俺もたまねぎのみじん切りを手伝った。
ガルビーの人々に、カレーは大好評だった。かなりの人数分を作ったのだが、ほぼ完食状態だった。そのカレーを食べながら、明日以降の短い打ち合わせをして、その日の業務を終えることが出来た。
兵舎の一室に俺の部屋が与えられ、ようやくそこでくつろぐことが出来た。この街の司令官が使っていた部屋のようで、応接室と執務室がある。ソレイユも炊き出しを手伝うなどしていたため疲労困憊のようで、応接室のソファーにもたれかかるなリ、眠ってしまった。
俺は一人、執務室に入り、そこの椅子に座って、ため息をつく。早く風呂に入りたいと考えていたところに、執務室の扉がノックされる。
「マトカルだ」
「うん?マト?どうした?入れ入れ」
部屋に入ってきたマトカルは何故かフルフェイスの兜を被っていた。俺の姿を見て、兜を脱ぐ。
「どうしたマト?その出で立ちは?」
「私の姿を皇国の人間に見られるのは、不味いだろう」
「ああ、確かに。マトの顔を知っている者もいるだろうからな。で、どうしてガルビーに?」
「ああ、リノス様のお相手をと思ってな」
「お相手?何の話だ?」
「いや、問題なければ帰ろうと思ったのだ。ソレイユ殿が務めていると思ったのだが、部屋を覗くと、ソレイユ殿はソファーで涎を垂らしながら寝ていた。あの様子ではリノス様のお相手は出来ないだろうと思ったので、来てみたのだ」
「ああ・・・そうか。それは・・・ありがとう」
「では・・・」
マトカルは身につけていた鎧を脱いでいく。そして、シャツを脱ぎ、下着も脱いで一糸まとわぬ裸になった。
「・・・マト?」
俺は目を見開いて固まる。
「・・・男は戦いの後は、女を求めるだろう?ソレイユ殿が眠ってしまっているので、私がお相手しようと・・・。あ、ソレイユ殿がいいのであれば起こすぞ?私と二人まとめてでもいい。どういう態勢がいいのだ?」
「マ・・・マト・・・。うん、大丈夫だ」
マトカルは、皇国軍にいた頃、戦闘が終わるたびにフルチン野郎とその一派は、女を求めていたそうだ。それを見ていたため、男=戦闘後、女を求めるというイメージが出来上がってしまい、俺も女を求めているだろうと気をきかせてくれたというわけだ。
俺もエロいことは嫌いではないが、女の方から明るい場所で開放的に求められてしまうのは、萎えてしまう。やはり、エロいことは暗いところで、恥じらいながらというのが、俺の好みなのだ。
「・・・というわけだ。でもマト、その気持ちはうれしいぞ。ありがとう」
そう言って俺はマトに軽くキスをした。
「ソレイユを起こして、屋敷に帰ろうか」
「な!?屋敷に帰るのか?」
「ああ、ここに転移結界を張って屋敷に帰る」
「・・・全く考えていなかった」
マトカルは悔しそうな顔をする。そして恥ずかしそうに服を着ていく。今日はリコと一緒に寝る日だ。リコを抱きしめながら、エリルと川の字になって寝るのだ。
「リ・・・リノス様」
「何だ、マト?」
「さっきのことは・・・リコ様にはナイショにしておいてくれ」
「そうだな」
俺は笑いながら、起こしても起きないソレイユを負ぶりながら、マトカルを連れて帝都の屋敷に帰った。




