第百五十八話 新婚旅行?いや、仕事です!
メイに子供が生まれてからさらに一ヶ月が経ち、アガルタ国の雪もそろそろ溶け出してきた。
メイの子供の名前は、「アリリア」と名付けることにした。俺は俺で色々と考えていたのだが、いつの間にか女たちで相談がまとまっていて、リコからこの名前を提案されてきたのだ。
名前の響きがよかったのと、リコ以外の嫁やフェリス達もその名前がいいという全員一致の形で、名前が決まったのだった。
ひと月に二人の娘の父親になってしまった。娘たちを抱っこしながら、臭いからイヤ!と言われないようにしないと・・・などと下らないことを考える。リコもメイもお互いに子供を世話し合っているし、他の嫁たちも率先して子供の世話をしてくれる。本当にありがたい限りだ。
その一方で、俺はラマロン皇国のダイタス村のことが気になっていた。
12月に村長のジンビが訪れた時、俺は彼らに食料を支援してやった。その時は兵士たちに持てるだけの食糧を持たせて国境付近まで彼らを送り届けたのだが、あれだけではおそらく、食料が尽きかけているはずなのだ。食料が足りない場合であれば何か言ってくるだろうと思っていたが、何も言ってこない。
「ダイタス村は大丈夫だろうか」
「大丈夫ではないと思うが・・・。あそこは豊かな土地ではないからな」
俺はマトカルと二人で風呂に入りながら、ダイタス村のことを話していた。マトカルは風呂に入る時もあまり恥じらうことがない。コンシディーなどは、俺と一緒に入るには入るが、自分の体を見られるのが恥ずかしいらしく、いつも湯船に深く体を沈めてしまう。
マトカルはよくリコと風呂に入っており、どうやらリコの洗練された入浴作法を会得しつつあるようだ。ちなみに、エリルは風呂でもマトカルに抱かれると大人しくなる。風呂好きのリコは大助かりなのだ。
「それにしては、ジンビは何も言ってこないな」
「いや、言いに来たくても来られない状況にあるのかもしれないな。ダイタス村は山の中にある。アガルタの都の雪がまだ溶けていないところを見ると、ダイタス村があるバンザビ山はまだ雪深いだろう。その雪のために動けないのかもしれないな」
「なるほど・・・一度、様子を見に行った方がいいのかもしれないな」
「まさか、リノス様が行くのか?」
「う~ん、俺が行った方が安全だと思うんだよな」
「さすがに・・・一人はやめてくれ。それであれば、私も一緒に行こう」
「マトが行くと顔が知られているんじゃないのか?大丈夫か?」
「う~ん」
マトカルは天を仰ぐ。
「それにしても、こうして明るいところで見ると、マトの体は傷だらけだな」
歴戦の戦士といわれているだけあって、マトカルの胸、腹、肩、腕にはいくつかの刀傷や火傷の跡がついている。その上彼女は筋肉質だ。腹筋など見事に割れている。
「まあ、皇国軍人は基本的に、回復魔法を使わないからな」
大抵、軍における訓練や戦闘には回復魔法が使える魔術師が同行しているのだが、ラマロン軍の軍人たちは、命に係わる深手や病気でない限りは、出来るだけ自分で治療するのだという。マトカルもそれに倣って、傷を受けても薬草を使うなどして、自分で治療してきたのだそうだ。これは魔術師のMPはできるだけ温存するという戦略でもあるらしい。
「戦士にとって傷は勲章のようなものだからな。皇国軍で無傷の者はナメられるのだ。かと言って、傷跡を見せびらかすのも軽蔑される。下着や鎧の隙間からチラリとのぞくような傷が一番いい。しかし、背中の傷は最も唾棄すべきものとされている。そのために、私の背中には、一切傷はついていない」
彼女はクルリと背中を向ける。確かに、傷跡は全く見られない。
「これは、敵に背後を見せたことのない証なのだ」
「でもマト、このお尻にある赤いシミみたいなものは何だ?」
俺はマトカルの尻を指で突っつく。
「そ・・・それは・・・この間、リノス様が付けたのだ。し・・・尻を突くのは・・・やめて・・・くっ、くすぐったい・・・」
「マトのお尻は柔らかいんだなー」
そんなことをしていると、脱衣室からバタバタと音がする。そして、風呂場のドアが勢いよく開かれ、全裸のソレイユが入ってきた。
「ご主人様、私も一緒に入ります!」
そう言って彼女はさっさと体を洗い、風呂に入ってくる。
「ソレイユはいつも俺がマトと入っていると乱入してくるなー」
「たまたまです。本当はシディーの時もご一緒したいのですけど、シディーが嫌がりますでしょ?」
「まあ、確かに」
一度、コンシディーと一緒に入っている時にソレイユに乱入された時があったが、その直後に彼女は風呂から飛び出すようにしてあがってしまった。その後、部屋で恥ずかしいと泣かれて、宥めるのに苦労したのだ。
「まあ、その体を見せつけられては、シディー殿は居づらいだろう」
マトカルが呆れたように言う。
「そうかしら?でも、マトは嫌がりませんわね?」
「私は剣が使える体であればいいのだ。しかし、シディー殿は自分の体に引け目を感じている。ソレイユ殿やメイ様のように豊満な胸があるわけでなし、リコ様のように絹のような肌を持っているわけでなし、どうしても自分の体を卑下してしまうのだろう」
「あーら、そんなことありませんのに。ねえ、ご主人様?」
「まあ、シディーはその奥ゆかしさが魅力だな」
「リノス様もこう仰っている。あまり、シディー殿を挑発するべきではない」
「わかりましたわ・・・。それにしても、リコ様のお肌・・・私も一度見てみたいものです。マトが羨ましいわ」
「確かに、リコ様の肌はキレイだ。シミ一つない。しかし、リコ様もシディー殿と同じくあまり肌を見せるのを好まれない。私も遠慮したいのだが、リコ様がどうしてもと仰るので、仕方なくお仕えしているのだ。悪く思わないでくれ」
「いいえ、そんな・・・」
マトカルが見事な会話の運びでソレイユを黙らせてしまった。
「ところで、ご主人様とマトは何を話してらしたのです?」
「ああ、ダイタス村のことだ」
俺はマトカルと話していたことをソレイユに伝える。
「まあ、それでしたら、私をお連れ下さい!」
ソレイユの顔がぱぁぁぁっと明るくなる。
「皇国の森は、私はよく知っております。それに、今では神龍様の加護もいただいています。邪悪な魔物などは寄せ付けませんし、きっとご主人様のお役に立ってみせますわ!」
「うーん、そうだな・・・」
「いや、リノス様。ソレイユ殿であればいい戦力になる。皇国の土地勘があるのは大きいぞ」
「さすがはマトですわ!」
ソレイユは大喜びだ。
「うーん。考えさせてくれ・・・。ちょっと風呂からあがろうか。のぼせそうだ」
結局俺は、マトカルの助言を受け入れて、ソレイユを伴ってダイタス村に行くことにしたのだった。
村に向かうにあたって、ラファイエンスたちから斥候を出すべきだという意見が出されたため、一旦、フェアリードラゴンのサダキチにひとっ走りしてもらった。その結果、かなり深い雪に閉ざされているらしいという報告があった。
そこで俺は、食料を持っていくと書いた手紙をサダキチに持たせ、村長のジンビの家に持って行かせた。家の前に手紙を落とし、トントンとドアをノックしたあと上空に移動し、ちゃんと中年の男が手紙を拾うところを確認して、サダキチは帰ってきた。完璧な仕事ぶりである。
そして俺はソレイユと共にイリモに跨り、ダイタス村に向かった。本来は、帝国軍とラマロン軍が睨み合った時に拵えた転移結界を使いたかったのだが、雪深い中に埋もれてしまって、転移できなかった。何とも惜しい限りだ。
それで今回は仕方がなく、イリモの協力を仰ぐ形になった。ちなみに、ソレイユも飛べるのは飛べるのだが、イリモの速さほどではないため、俺と一緒に乗ってもらう形になった。
「わぁ~白馬に乗った王子様とこうやって旅に出る・・・夢だったんです!」
ソレイユはとても楽しそうだ。一応、敵地に乗り込むので油断は禁物だと釘を刺しておいたのだが、彼女の頭の中は、華やかな新婚旅行に酔いしれていた。
「ソレイユ、キョロキョロするなよ!」
「わかっています。ご主人様の体・・・あったかい。・・・幸せ」
「ソレイユ、俺もイリモもダイタス村の位置を知らないんだ。お前が教えてくれなきゃいけないんだぞ?」
「大丈夫です。・・・見えました。あれがバンザビ山です。そしてそこを越えるとすぐに・・・見えました!ダイタス村です!」
眼下に、雪の中にポッカリと穴が開いているように見える部分がある。それが、俺たちが目指すダイタス村だった。




