第百五十七話 新しい家族
寝不足の日々が続いている。昼飯を食った後に猛烈な睡魔に襲われることが度々だ。後から考えてみると、ある意味でこの時が一番アガルタ国にとって危機だったかもしれない。何といってもリコがおらず、俺自身もフラフラだったからだ。
当然、部下や都の人々の前ではそんな醜態は見せられない。人が訪ねてきた時などは根性でシャンとしていたのだが、普段は机に頬杖を突きながら、何か難しそうなことを考えるふりをして、居眠りをブッこいていたのだ。前世の頃、徹夜続きの現場であったために、自然に寝たふりをするのがうまくなった。その経験がこちらの世界でも活きている。
寝不足の原因は、言うまでもなくエリルだ。先代もかくやと思わせるほどの泣きっぷりである。これがまあ、うるさいのだ。夜中に起こされるので、リコは俺以上に寝不足になっている。
俺たち親が寝不足であっても、エリルはおっぱいをよく飲み、大声で泣き、そしてぐっすりと寝る。きっと豪快な女性になるのだろう。
娘が生まれてから、意外な発見もあった。何とリコの胸が大きくなったのだ。出産を経験すれば大抵そうなるらしいが、きちんと谷間ができている。ただ、乳の出がよいために、油断すると胸が母乳まみれになってしまう。リコもリコで苦労しているのだ。
一番大きな驚きが、何故かエリルがマトカルに懐くということだ。夜、どうしても泣き止まないときはマトカルに抱っこしてもらっている。どんなにご機嫌が悪くても、マトカルに抱っこされると、スヤスヤと寝てくれる。最近ではマトカルがリコと一緒に寝てくれているので、リコの寝不足は、ようやく軽減されつつある。
おっぱいを飲ませた後のゲップや、オムツを替えたり、風呂に入れたり、服を着替えさせたりする・・・。こういったことを家族みんなで、楽しみながら手伝ってくれている。当然、父親として俺も協力はしている。
二月が終わるその日は、休日だった。いつにも増して大泣きしているエリルをあやしながら皆で飯を食う。リコのおっぱいを飲んで満腹し、ようやくエリルが眠った頃に皆の食事が終わり、思い思いにまったりと時間を過ごしていたその時、ダイニングで声がする。
「メイ姉さま・・・?」
見ると、裏庭の離れに通じる扉の前でメイが立ち尽くしている。近づいてみると、メイの足元が濡れている。
「もしかして、メイ姉さまも粗相を・・・」
フェリスが思わず口を開く。
「バカ野郎!破水だ!ローニを!ローニを呼べ!急げ!」
俺は大声で指示を出し、メイに布を当てながら分娩室へ連れていく。ベッドに布を敷き詰め、ゆっくりメイをそこに寝かせる。
「ご主人様・・・大丈夫です。まだ予定日ではありませんから」
「いや、破水したら生まなきゃいけないだろう。ローニに見てもらおう」
「はい・・・」
俺はローニが来るまでメイの手を握り続けていた。
ローニが到着すると、すぐさま彼女はメイの手当てに当たった。当然俺は部屋の外に出されてしまい、その代わりにルアラとぺーリスがローニに呼ばれて部屋に入った。そして、しばらくするとローニが部屋から出てきた。
「ただいま確認しましたところ、破水でした。少し陣痛も始まっているようです。このまま出産していただきます」
「ローニ、まだ予定日の前だけれど、大丈夫だろうか?」
「大丈夫です。予定日まであと二週間くらいですから、問題ないと思います」
「そうか。任せたぞ。頼むな」
ローニはピンと背を伸ばし、ピョコンと頭を下げて、部屋に入っていった。
メイの出産は、とても安産だった。破水後、二時間で生まれたのだ。リコの前例もあることから、俺たちは出産が深夜に及ぶことを予想して、その万全の対策を練っていたところだった。そんな中、突然ローニが現れたので、俺たちは逆に何かヤバイことが起こったのかと緊張したのだ。
「な・・・ローニ・・・どうしたんだ?」
ローニは真面目な顔で背中をピンと伸ばし、ダイニングにいた俺たちの顔を見渡している。
「おい・・・ローニ?」
その声を聞いて、ローニの顔が崩れて笑顔になる。
「おめでとうございます。無事にお生まれになりました。かわいい女のお子様です。メイ様も問題ありません」
「「「「「やったー!!!!」」」」」
全員でハイタッチをして喜びを分かち合う。そんな中、エリルを抱いていたリコが俺の腕をツンツンと突く。
「リノス、メイのところに行ってやってくださいませ」
「ああ、そうだな。行ってくるよ」
俺はローニに案内されて、メイのところに向かった。
メイによく似た、羊獣人の女の子だった。頭にかわいらしい羊の角が生えており、既に、頭にもきちんと羊の毛が生えていた。フニャァーフニャァーと泣いていて、鳴き声までもかわいらしい。
「メイ、やったな。ありがとう」
「・・・」
メイはうれしそうな顔をしたまま、涙を流していた。
「とても安産で、リコ姉さまの時と比べると、かなり楽でした」
ルアラが笑顔で教えてくれる。俺は子供を抱きながら彼女に笑顔を返す。
「この子はエリルに比べると・・・小さいか?」
「はい。出産が早かったために、ちょっと小さいですが、健康的には問題ありません。ただ、今後の経過は見させていただきたいと思います」
「ああ、そうしてくれ。ありがとうローニ。娘を二人とも世話になったな。これからもよろしく頼む」
「はい。メイ様が動かれるようになるまでは、全力で努めさせていただきます」
ローニはいつもの毅然とした態度を崩すことなく、とても頼もしい言葉を口にしてくれた。
「ご主人様・・・。この子の名前を決めていただけないでしょうか」
メイが笑顔で口を開く。
「そうだな。この子はきっと、かわいらしい子になるだろう。かわいい名前にしてやらないとな」
そう言いながら俺は、この子を鑑定してみる。すると、「教養LV1」が付いていた。
「きっとこの子は、メイに似て賢い子になるかもしれないな」
そう言いながら俺は赤ん坊を返した。メイはとっても嬉しそうな顔で、子供の顔を眺めていた。
その日の夕食は、当然ご馳走になった。さすがにメイにご馳走を食べさせるのはよろしくないとのことで、彼女にはリコとペーリスが付いていてくれることになった。リコがサンドイッチとおはぎを作って持って行き、その後ろをフェアリがパタパタと飛んで行った。
我が家のご馳走といえば肉だ。俺がキッチンに立ち、ドラゴンの肉と黄金鳥の肉を出して、カツとから揚げを作った。そして、クルムファルから届いたサーモンのような魚をマリネにしてサラダにし、そして、ニンニクの風味を持つレムリカという食材を使って、ガーリックライスを作った。自分で言うのも何だが、実にうまく作ることができて、大好評だった。
さらに、デザートは俺がペーリスとともにアイデアを温めてきたケーキを、腕によりをかけて作った。さすがにこれは食べられないだろうと思っていたが、女子は別腹を持っているようで、満腹ながらも完食してしまったのには驚くほかはなかった。特に、ローニは全く遠慮なくガンガン食べていた。冗談でダイエットは気にしないのかと聞いてみたが、彼女はダイエットに対しても、驚くほど豊富な知識を持っていた。
「暴飲暴食をしなければ、問題ありません。貴族の方など、絶食して痩せようとされる方がいますが、あれは本末転倒です。体質にもよりますが、太るということは、食生活が偏っているか、運動不足からくることが多いのです。あと、精神的に太る方もおいでになります」
なかなか興味深い話だ。そういえば前世のおふくろはいつもダイエットに失敗していたのを思い出した。もっともおふくろは還暦を過ぎたのを境に、ダイエットをやめてしまうという男前な方法を取るのだが。
「ダイエットは体に悪いよ。ストレスしか溜まんないんだから!」
今でもこの言葉は、俺の脳裏に焼き付いている。
「自分がダメだと思っていると、成功率は低くなります。太っていてダメだ。だから痩せなければならないと思っている方は痩せにくくなります。人はイヤなことを避けようとしますので、余計に食べてしまうのです。そうではなくて、今の自分を受け入れ、今のままでいいのだけれど、ちょっと良くなるように食べる量を控えてみよう、そう思えば無理して食べることもなくなりますし、自然と痩せていくのです。あ、からあげ、もうありませんか?あります?・・・すみません」
から揚げを食べながら語るローニはとても男前で、ルアラを筆頭に女子は彼女の話にクギ付けだった。そんな彼女たちを見て、俺は口を開く。
「みんな、そんなに太ってないぞ?むしろ、もう少しふっくらしてもいいと思うぞ?」
何故か女子全員の軽蔑しきった視線を浴びてしまった。その夜、ダイニングにいた女子たちが妙に俺に対してよそよそしい気がしたのだが、気のせいだと思い込むことにする。大丈夫、きっと、気のせいに違いない・・・。




