第百四十三話 リコの遺言
リコを部屋のベッドに寝かせる。よほど痛かったのだろう。全身に汗がにじんでいた。
「ご主人様、リコ様は私が見ますから・・・」
メイがそっと俺の肩に手を置く。俺はメイにリコの着替えを頼み、部屋を後にする。
全員が黙ったままだ。重苦しい雰囲気がダイニングを包む。
「リコ殿はお疲れだったのでありますー。メイ殿は優秀な薬師でありますから、メイ殿に任せておけば、大丈夫でありますー」
ゴンの一言で、ちょっと救われた気がした。確かに、メイは薬師としては超一流だ。きっとリコを治してくれるに違いない。俺は全員に安心するように言い、ペーリスは大学へ、フェリスとルアラはアガルタへ向かわせる。そしてゴンは、クルムファルに向かってもらった。今日は週に一度の、リコがクルムファルに行く日だったのだ。
そして俺は、フェアリを伴ってリコが寝ている部屋に向かう。部屋に入ると、既にリコはメイの手で着替え終わっていて、眠っているところだった。
「メイ、すまないな」
「いいえ。大丈夫です。リコ様はこのところずっとお忙しかったですから・・・。お疲れが出たのです。ちょうどいい休息になります」
「メイにそういってもらえると安心だ。でも、メイも同じくらい忙しかっただろ?メイも倒れられては叶わんから、フェアリを連れてきた。何かあればフェアリに手伝ってもらってくれ。フェアリ、頼むぞ?」
「まかせてください!」
フェアリは羽をパタパタさせながら胸を張る。そんな俺をメイは仕事に行くよう促し、俺はアガルタに向かった。
正直、仕事は全く手に付かなかった。フェリスとルアラは、リコがいない分をカバーしてくれているようだ。彼女たちはむしろ、リコがいないことを忘れるかのように仕事に没頭している。そんな彼女たちを見るのは、俺自身としても心が痛かった。仕方なく俺は、フラフラと街に出かけた。
「あ、リノス様、これは・・・」
「リノス様・・・」
街ゆく人々が俺を見て頭を下げる。そんなことは無用だといつも言っているのだが、何故かみんな俺に頭を下げる。最初は王という肩書のためだろうと思っていたが、ラファイエンスに言わせると、それは違うのだという。
「権威というものは、人にどれだけ頭を下げてもらえるか、なのだ。どんなにボンクラなヤツでも、多くの人に頭を下げさせれば、自然と人は、あの人は偉いのだと思ってくれる。それが、権威だ」
確かに前世の頃、会社にいた社長の息子はアホだったが、妙に迫力があった。そういえば、毎朝朝礼で社員に頭を下げられていたな・・・。そんな下らない事を思い出しながら、俺は街を歩く。
どのくらい歩いただろうか。気が付けば北門まで歩いていた。俺は門の上に上がり、都の街並みを見渡す。
あちこちに足場が組まれ、建物が建設されている。粉塵や音が外に漏れないようにメイとゴンが共同で作ったシートを使うよう奨励しているので、シートに覆われた建物が目に付く。ふと俺は、その建物のシートが人間のかさぶたのように見えた。そうだ、傷ついた街もこうやって再生しようとしているのだ。きっとリコも、治るに違いない。痛みを感じるってことは、患部がそこだと体が教えてくれているのだ。そこを治せば、きっとリコは元気になるだろう。そう思うと、少し心が楽になった。
この日は早めに屋敷に帰った。リコの様子を見に部屋に入ると、予想外の光景が目に入った。
「痛い・・・痛い・・・」
腹を押さえて必死に痛みを我慢するリコ。その背中を一生懸命さすっているメイ。その上をフェアリがパタパタと飛び、何かの鱗粉を落としている。しばらくすると痛みが引いたのか、リコは再び力なくベッドに横たわった。
「リコ・・・」
俺は思わずリコの手を取って握りしめた。リコはうっすらと目を開けて小さく微笑み、力のない声で呟く。
「大丈夫・・・ですわ」
「数十分おきにお腹の痛みで起きられます。朝も一度、痛みで起きられたので痛み止めを作って飲ませましたら、しばらくゆっくり休まれていましたが・・・。薬が切れると、また・・・」
メイが申し訳なさそうに言う。
「大丈夫、私も痛みを和らげる粉を作れるからー」
フェアリが念話を送ってくる。俺はメイの隣に座る。
「リコのこの痛み、いつからだ?」
「・・・一昨日くらいから、お腹の痛みは訴えられていました」
「そうか」
「単なる食あたりかと思っていたのですが・・・。まさかここまで痛みを訴えられるとは・・・」
「俺のかけた回復魔法でも治癒していない、ということだな。メイ、こういう症状の病気に心当りはないか?」
「・・・」
「どうした?」
「一つ・・・あります。ガイッシャ、という病です」
「何だ、それは?」
「体の筋肉が固まる病です。まず腹筋から固まっていくために、最初は激しい腹痛を感じます。その後、少しずつ体の筋肉が硬直していくために、全身に激しい痛みを感じます。そして最後は心臓が硬直して死に至ります」
「・・・それを治癒する方法は?」
「・・・残念ながら」
俺はいても立ってもいられず、部屋の外に出た。まさかリコがそんな病気であるはずがない。リコが死ぬはずはない。必死で自分にそう言い聞かせた。リコがいない未来・・・そんなものは考えられない。そんなことを考えながら裏庭に出ると、おひいさまの祠が目に入った。俺は何かに縋りつきたい一心で、その転移結界に乗った。
「おお、久しく会わなんだが、元気にしておるかぇ?」
俺は挨拶もそこそこに、おひいさまにリコのことを話す。
「ふぅむ。それは難儀なことじゃ。妾もガイッシャという病は聞いたことがあるが、治癒したことはない。もしかすると、サンディーユが知っておるやもしれぬな」
おひいさまに呼び出されて、サンディーユがやってくる。
「・・・ううむ。話を聞く限りでは、ガイッシャという病に症状はよく似ておる。某も、治癒の方法というのは・・・存ぜぬ」
「おお、リノス様、なんとおいたわしや」
侍女の千枝と左枝がさめざめと泣いている。おひいさまもサンディーユも、古い文献を当たれば何かの手がかりをつかめるかもしれないということで、取りあえずは調べてもらうことになった。
屋敷に帰るとゴンがいた。先ほどメイから聞いた話と、おひいさまの所に行った話をする。ゴンも、その病気の可能性を疑っていたそうだ。そんな話をしていると、メイがフェアリを抱っこしながら、ダイニングに入ってきた。
「ご主人様・・・。リコ様が、呼んでおられます」
「ああ、わかった。すぐに行く」
俺はダイニングを出て、離れの部屋に向かう。
部屋に入ると、リコが落ち着いた顔でベッドに横になっていた。
「・・・お見苦しい姿を、お目にかけましたわ」
俺はリコのもとに行き、その手を握り締める。
「きっと疲れたんだよ、リコ。しばらくゆっくり休んでくれ」
リコは小さく笑い、ゆっくりと首を振る。
「疲れではなく、私の命が、もうすぐ尽きるのです」
「バカなことを言うな!!」
自分でも驚くほどの大声を出していた。しかし、リコは一切表情を崩さない。
「・・・お腹がちぎれるかと思いました。このような激しい痛みは、初めてです。それが治らずにひどくなっていくなど・・・。どう考えても、普通ではありませんわ」
「・・・」
俺は返す言葉が見つからず、じっと下を向いてしまう。
「・・・リノス」
「なんだい、リコ?」
「お願いが、あるのです。聞いていただけまして?」
「ああ、いいよ」
「これは、私の遺言です。必ず、お聞き届けくださいませ」
「バカ野郎、遺言だなんて・・・。縁起でもないこと言うな!」
俺はリコの手を握りながら、涙を流していた。そんな俺にリコは優しい微笑みを投げかける。
「リノス、あなたにお願いしたいのは、新しく妻を娶ってもらいたいのです」
「なにもこんな時に、そんな話を・・・」
「いいえ。こんな時だからこそ、なのです。よく聞いて、リノス。私が死ねば、リノスの妻はメイ一人になりますわ。そうなればメイはこれまでの研究が出来なくなります。メイを貴族の習慣に縛るのは、あまりにも可哀想ですわ。ですから、新しい妻を娶ってほしいのです」
「・・・リコ、そんなことを考えなくてもいい。娶るって、誰をだ?」
「まずは、ニザ公国のコンシディー様ですわ」
「コンシディー様?」
「リノスが国王になる時に、陛下・・・兄上に勧められたのです」
「・・・あの時か!」
「コンシディー様を娶れば、ニザ、ヒーデータ、アガルタはより強固に連携できます。ドワーフ王もそれを望んでおられるそうです。それに、コンシディー様はメイとよく話が合います。メイの陰になり、日なたになって支えてくれると思いますわ」
俺は絶句して言葉が出ない。俺の知らない所でそんな話があったとは・・・。呆然とする俺に、リコはさらに言葉を続ける。
「そして、サイリュースのソレイユ様です」
「ソレイユ?」
「ええ。あの方は精霊を使役する能力に長けたお方。メイが精霊を使役していますが、これまで通り使役し続けられるとは限りません。精霊の使役になれたソレイユ様なら、メイの良い相談相手になりますわ」
そこまで言うとリコは天井を向いて大きく息を吸い込み、ゆっくりと息を吐き出す。そして、再び俺を見る。
「そして最後に、マトカルですわ」
「マトカル?」
「彼女はラマロン皇国の皇女です。その血筋を取り込めば、ラマロンへの大きな牽制となります。それに、もし、彼女との間に子供が生まれたら・・・」
「子供が生まれたら、何だ?」
「王女が生まれたら、兄上の子供であるアローズの妻にしてくださいませ」
「何?」
「本来ならば兄上は、私とリノスの子供を嫁にしたいと思っていたのです。しかし、私はこの体。それに私が死ねば、リノスとヒーデータを繋ぐものが無くなります。ですから、マトカルは是非娶ってくださいませ。そして子を為してくださいませ。マトカルとの子供であれば、血筋的には問題なく帝国に輿入れできるでしょう」
「リコ、何もそこまで!」
「国とはそういうものですわ。リノス・・・あなたと結婚してたった数年でしたけれども、本当に幸せでした。本来ならば私は逆賊として命を奪われていたのです。しかし、こんなに幸せな日々を送ることが出来た・・・大満足です」
俺はリコの手を握りしめたまま、泣くしかなかった。
「ごめんなさい、リノス。私は、至らぬ妻でした。でも、生まれ変わったら、もう一度、もう一度、私と夫婦になってくださいませ。今度はもっとかわいらしい女性で生まれてきますから」
「やめろリコ、そんなこと言わないでくれ!」
「話せる時に言っておきませんと・・・もうすぐ話もでき・・・ううう・・・痛い・・・痛い・・・」
「リコ!リコ!」
慌てて俺は治癒魔法をかける。リコは再び、ぐったりとベッドに横たわった。その時、部屋の扉がノックされ、メイの声がする。
「ご主人様、ポーセハイのローニ様がお見えです」
取るものも取りあえず俺はダイニングに向かう。ローニと名乗るポーセハイは、まだ若いが、優秀そうな女性の黒ウサギだった。
「チワンさんからの命令で参りました、ローニと申します。リコレット様がご病気と伺いましたが・・・」
「チワン?・・・そうか、ゴンから聞いたんだな。さすがに手回しが早いな。ローニとか言ったな?そうなんだ。腹に強い痛みがあってな。頼む、治してやってくれ。せめて、痛みだけでも取ってやってくれ!」
俺は黒ウサギに必死で懇願する。彼女は取りあえずメイの案内で、リコの部屋に向かっていった。しばらくすると、メイがダイニングに戻ってきた。
「・・・ご主人様。リコ様から書簡を三通預かりました。ニザのドワーフ王と、サイリュースのヴィヴァル族長、そして・・・マトカルさん宛です。リコ様はすぐに届けるようにと仰いましたが・・・」
「・・・ああ、そうしてやってくれ」
メイは無言で転移結界のある裏庭に向かっていった。
その後、ローニが戻ってくるまでの時間がとても長く感じた。実際、小一時間くらいかかっただろうか。そして、ようやく彼女はダイニングに戻ってきた。
「どうだ、リコは?」
ローニは背筋をピンと伸ばし、一礼をする。
「これは、治るものではありません。私たちで治癒というのは・・・できかねます」
・・・目の前が、真っ暗になった。




