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結界師への転生  作者: 片岡直太郎
第三十四章 失敗からの創造編
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第千百二十七話 アガルタには負けないゾ!

ニザ公国における水処理システム完成の報は、すぐさま教都・アフロディーテにいるヴィエイユの許に届けられた。白で統一された教皇執務室で報告書に目を通しながら、彼女はその詳細を若い枢機卿から報告させていた。


彼女は、報告書を読みながら報告を聞くことができた。わからないこと、疑問に思うことは、その都度報告を止めさせて質問した。


「よくわかりました」


報告が終わるのと同時に、報告書を読み終わる。彼女はフッと息を吐くと、目の前に控えていた男に、ご苦労様でしたと言って下がらせ、自らは足を組んで天を仰いだ。


アガルタがニザ、フラディメと共同で水処理システムの開発を行っていたことはもちろん知っていた。彼女の予想では、それが確立されるのは十年はかかると考えていたが、まさかこんなに早く本番稼働まで持ってくるとは、彼女ですら予想もしていなかったことであった。


……やっぱり、あの大上王さまのお力あってのことかしら。


彼女の脳裏には、リボーン大上王の顔が浮かんでいた。鋭い目つきに加えて、顔中に広がるあばたが、その迫力に拍車をかけている。その目の奥からは鋭い光がさしており、がっちりと張った顎が意志の強さを感じさせる。何物にも臆せず、どんな圧力にも屈しないその強さを湛えた顔だ。こういう手合いは、理屈で納得させるほかはない。ある意味で、ヴィエイユにとっては、苦手の部類に入る人物だった。


一方で、彼はドワーフ王と技術協力を行ったと報告書には書かれてあった。このドワーフ王も一癖も二癖もある難物だ。己の技術力に絶対の自信を持っているのと同時に、現状に満足せずに、常に高みを目指している職人だ。こういう人物は頑固だ。理屈でどうなるものではない。技術で圧倒せねば、この男は御すことはできない。いわば、一から十まで理屈で固まっている大上王と、理屈云々は二の次で、確立された技術こそが至高と考えるドワーフ公王は、いわば水と油の関係だ。この二人がよく、一つのもめごとも起こさずに、水処理施設という技術を確立したものだと、彼女は腹の中で唸っていた。


この二人をつなげたのは何か。技術を確立させたいという思いだろうか。確かにそれも理由の一つにはなるだろうが、ヴィエイユには、さらに何か大きな事柄がこの二人の間に流れているのではないかと考えていた。それがなにか、までは、彼女の明晰な頭脳をもってしてもまだ、わかりかねていた。


正直言って、アガルタが確立したこの水処理システムは、ヴィエイユにとっても喉から手が出るほどに欲しい技術であった。まだ、表沙汰にはなってはいないが、鉱毒に関しての問題は、クリミアーナ教国はもちろんのこと、その属国に至るまでも、頭を悩ませる問題であった。今のところ、かつてのニザが行っていたように、いわゆる遊水地を作って、汚染された水は隔離されているが、それも未来永劫そのまま、というわけにはいかない。アフロディーテに集まる技術者が日夜、その対策を研究しているが、芳しい結果は見られてはいない。もしここで、アガルタの水処理施設の効果が実証されてしまうと、世界からは、クリミアーナ教国はアガルタの後塵を拝していると見られることにつながりかねない。ここは、何としても、アガルタを超える成果を出す必要があった。


彼女は机の上に置かれているベルをゆっくりと振る。チリリンときれいな音が響き渡る。その音が鳴りやむと同時に扉がノックされ、若い枢機卿が入室してきた。


「総合研究所のイタロフ所長を呼んでください」


彼女の言葉に枢機卿はスッと一礼し、足早に部屋を後にしていった。


◆ ◆ ◆


イタロフは部下数人を伴ってヴィエイユの前に現れた。人数の関係で、教皇の執務室では手狭と考えた彼女は、会議室に彼らを案内した。そこで彼女は、アガルタが水処理施設の技術を確立したことを告げた。全員の顔色がサッと変わる。アガルタがそうした技術の開発を行っていたことは知ってはいたものの、ヴィエイユと同様、その確率には十年はかかると考えていたために、そのあまりの速さに、全員が息をのんだのだった。


部下の一人は、誤報ではないかという者もいたが、教皇・ヴィエイユの涼やかな眼に、すぐに口をつぐんだ。彼女は何も言わずに、そこに居並んだ者たち一人一人に視線を向け、これから先、どうしてくのかを決めるように暗に促した。


アガルタに人をやって、その技術を学ぼうというのが技術者たちの意見が大勢を占めていた。だが、中には、アガルタごときに教えを乞うのはごめんだという意見もあり、それは、言葉には出さないものの、クリミアーナの技術者が心の中で抱えている思いだった。それをするならば、教皇・ヴィエイユがアガルタ王リノスに要請を行うことになる。それは世間から見ると、クリミアーナがアガルタに膝を屈したと見られてもおかしくない行為であった。


ただ、アガルタに教えを請わずに技術を確立することは、できなくはないが、相当の時間がかかることは目に見えていた。


「力づくで奪う、という手法も選択肢に入れてもよろしいのではないでしょうか」


この中で最も若い研究者であるヘルデルキが口を開いた。彼は、力づくでその技術をアガルタから奪うという、かなり過激な意見を展開した。


「アガルタの軍事力が強大なものであることは、お前も知っているだろう。そのような荒唐無稽な話を、教皇聖下の前でするものではない」


所長のイタロフは、そう言ってヘルデルキをたしなめた。だが彼はさらに言葉をつづけた。


「何もアガルタと正面切って戦うべきとは思いません」


「どういうことだ」


「戦いを多方面に展開させるのです。そうなれば、アガルタは軍を分散させざるを得なくなります。アガルタ軍の主力が各地に散ったのを見計らって、アガルタの都に攻撃を仕掛けるのです。攻撃、と申しましても、兵力でもって蹂躙するというわけではありません。精鋭部隊を派遣して、アガルタの技術を強奪するのです。世界各地に広大な領土を有し、さらには、多くの属国を従える我らクリミアーナは、それが可能であると信じます。アガルタは強くなりすぎました。ここは、これ以上アガルタを調子づかせないためにも、かの国に痛烈な一打を与える必要があると愚考します」


「ホッ、オホホホホホ」


堪えていたものを爆発させたかのようなヴィエイユの笑い声が響き渡る。彼女は嬉しそうでもあり、あきれているようにも見えた。その場にいた者たちは、彼女の様子に戸惑いの色を浮かべた。


「ヘルデルキ、さん」


「ははっ」


「私は、そうした意見は嫌いではありません。しかしながら、そのご意見はすでに議論を尽くした結果、不採用の結論が出ています」


「教皇聖下……。私には、それが不可能であるとは、到底思えぬのです」


「そのご意見はもっともです。私がその作戦を採用しなかったのは、アガルタには、アガルタ王が複数いるからです」


「はっ……?」


「アガルタ軍が精強であることはご存じのとおりです。ただ、その強さは兵の強さとはまた違います。あの国には、王の命令を待たずして、独断で作戦などを決断できる将が数名います。すなわち、アガルタ王妃であるマトカル、司令官のクノゲン、ホルムの三人です。この三人はほぼ、アガルタ王と同じ統率能力を持っています。従って、我々が多方面に軍を展開したとしても、あの国は十分に対応することが可能なのです。あの国を侮ってはいけません」


「た……大変失礼しました」


「だからと言って、わが国がアガルタの前に膝を折るということではありません。侮らず、時期を待つのです。待つのも、立派な戦略です」


そう言ってヴィエイユは笑顔を見せた。その瞳の奥には、鋭い光が宿っていた……。

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ただ、仲良くすればいいと思うよ
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