第8話 引きこもりの観察眼、城下のネズミを狩る
佐々隊との模擬戦に勝利してから数日。
俺たち木下組の二十人は、ちょっとした天狗になっていた。
全員が鎧の下に藁を詰め込み、モコモコした姿で練兵場を闊歩している。
「見ろよ、あの佐々隊を完封した木下組だ」
「あの膨らんだ鎧に秘密があるらしいぞ」
「南蛮渡来の『くっしょん』とやらで、矢も通さねえらしい」
周囲の足軽たちの噂話が、俺たちの自尊心をくすぐる。
部下の弥七なんて、「俺の体は鋼鉄です!」とか言いながら、わざと柱に体当たりして見せたりしている。
俺も内心まんざらでもなかった。
現代の梱包材理論、最強じゃん。これなら戦場でも痛くないし、死なないかも。
そんな浮かれた空気が支配する長屋に、一人の男が現れた。
地味な着物に、目立たない顔立ち。だが、その眼光だけがカミソリのように鋭い。
「……貴公が、木下組の茂助か」
男は低い声で言った。
隣にいた猿顔の上司・木下藤吉郎が、揉み手をしながら紹介した。
「おい茂助! 失礼のないようにしろ! こちらはお館様直属の目付、簗田政綱様だ!」
「はあ……どうも、堀尾茂助です」
俺は適当に頭を下げた。
簗田政綱?
誰だそれ。
俺の知っている戦国武将リスト(信長、秀吉、家康と……うーん、あと幸村くらいか?)には入っていない。
教科書にも載ってなかったし、ゲームでも、こんなモブキャラ見たことない気がする。
たぶん、織田家のその辺の中間管理職だろう。
そんな人が何の用だ?
簗田という男は、無言で俺たちの周りを歩き、部下たちの自慢の「モコモコ鎧」を観察した。
そして、弥七の胸元を指でグイと押し、ため息交じりに言った。
「ちなみに、この藁を鎧と身体の隙間にいれたやつは無駄だぞ。本物の刀と槍相手だと無意ぞ。動きにくくなるだけぞ」
場が凍りついた。
「え……?」
「藁の繊維など、研ぎ澄まされた刃の前では豆腐と同じ。打撃には多少効果があるかもしれんが、戦場で最も怖いのは『刺突』と『斬撃』だ。こんな重いものを詰め込んで動きを鈍らせれば、ただの的になるだけだぞ」
簗田は淡々と、しかし残酷な事実を告げた。
弥七が泣きそうな顔で俺を見る。
俺も冷や汗をかいた。
言われてみればその通りだ。ア〇ゾンから届いた段ボールの中に入ってたプチプチとかは、カッターナイフで簡単に切れる。鋭利な刀や槍の前では、気休めにもならない。
俺たちの「無敵の鎧」は、プロの目から見ればただの「着膨れ」だったのだ。
「す、すみません……撤去させます」
俺が項垂れると、簗田はニヤリと笑った。
「だが、先日の模擬戦で見せた『穴に潜る』動き……あれは見事だった」
「へ?」
「敵と接触せず、徹底して気配を消し、穴に潜ってやり過ごす。……武士としては情けないが、見方を変えれば『隠密』の極意だ」
簗田が俺の顔を覗き込んだ。
「単刀直入に言おう。貴公らのその『コソコソ隠れる力』、借りたい」
簗田が懐から数枚の手配書のようなものを取り出した。
「最近、清洲の城下に、今川の放った『素破』が入り込んでいるとの情報がある。……貴公らには、私と共に城下を見回り、そのネズミを炙り出してほしい」
すっぱ? スパイのことか?
俺は身構えたが、すぐに頭の中でCPU(セレ〇ン)を弾いた。
最前線に行くわけじゃなく、清須の城下町をブラブラするだけ?
しかも、怪しい奴を見つけるだけなら、戦わなくてもいい。
これって、実質「サボり」じゃね?
「……引き受けましょう。俺たち木下組の『観察眼』、お役に立ててみせます」
俺はニヒルに笑った(つもり)。
藤吉郎が「頼んだぞ! これで手柄を立てれば大出世だ!」と叫んでいるが、俺の目的は出世じゃない。城下町でのウィンドウショッピングだ。
***
その日の午後。
俺と簗田様、そして弥七は、町人風の着物に着替えて、清洲の城下町を歩いていた。
活気がある。
尾張の中心だけあって、人と物が溢れている。
「いいか、茂助。素破というのは風景に溶け込む。普通に見ていては分からん」
簗田が低い声で言った。
俺はキョロキョロと周りを見渡した。
スパイ探し? そんな高度なこと、俺にできるわけがない。
だが、俺には現代人特有の、ある「病気」があった。
――人の視線が怖い。
ニート時代、たまに外出した時、俺は常に「周りの人が俺を見て笑ってるんじゃないか」「俺の歩き方は変じゃないか」と過剰に気にしていた。
いわゆる、自意識過剰だ。
だからこそ、「他人の視線」や「挙動」に対して、異常なほど敏感になっていた。
「……あ」
俺は一人の男に目を留めた。
一見、ただの行商人だ。荷物を背負い、汗を拭いている。
だが、違和感があった。
(……あいつ、俺と同じ匂いがする)
俺のニート・センサーが反応した。
あの男、一見忙しそうにしているが、目が泳いでいる。
周囲に「俺は怪しくないですよ」「一生懸命働いてますよ」とアピールするような、過剰な演技臭さがある。
あれは、俺が親戚の集まりで「就職活動してます」と嘘をついていた時の空気と同じだ!
「……簗田様、あの行商人」
「ん? ただの薬売りではないか?」
「いえ、見てください。あいつ、さっきから同じ場所をグルグル回ってます。それに、荷物が軽すぎる。……中身、空っぽですよ」
俺は小声で指摘した。
重い荷物を背負っているフリをしているが、肩の筋肉が張っていない。俺もよく、空の鞄を持って職業安定所に行くフリをして、ネカフェに行ってたから分かる。あれは嘘の匂いだ。
「……ほう」
簗田様の目が鋭くなった。
「確かめてみるか」
俺は嫌な予感がしながら、その男の近くを通り過ぎる……。
ドンっ!
「!?え!?」
簗田わざと足を滑らせて、俺にぶつかり、俺はその勢いでドミノのように、怪しい男にぶつかった。
男が転び、背負っていた葛籠が地面に落ちた。
ガラン、ゴロン。
軽い音がして、蓋が開く。
中から出てきたのは、薬ではなく、紙と筆、そして清洲城の周辺地図だった。
「なっ……!?」
男の顔色が変わり、懐から短刀を抜いた。
「バレたか! 死ねェ!」
うわあ! 本物だ!
俺は腰を抜かして尻餅をついた。
男が俺に飛びかかってくる。
殺される!
ビュッ!
風を切る音がして、男の手から短刀が弾き飛ばされた。
簗田様だ。
いつの間にか投石で男の武器を弾き、次の瞬間には男の背後に回って腕をねじ上げ、地面に押さえつけていた。
「……確保だ」
速すぎる。プロだ。
俺は涙目でへたり込んでいた。
「も、茂助様! ご無事ですか!」
弥七が駆け寄ってくる。
周囲の町人たちがざわついている。
簗田は、捕らえた男を部下に引き渡すと、俺の前に来て手を差し伸べた。
「……見事だ、茂助」
「へ?」
「普通なら見落とすような些細な違和感……『荷物の重さ』と『視線の泳ぎ』を見抜くとは。……貴公、ただの力自慢ではないな。人の心理を読む『観察眼』を持っておる」
いや、ただの「同族嫌悪」みたいなもんです。
働いてない奴が働いてるフリをしてるのが、直感で分かっただけです。
「それに、あの『転び』……相手に隙を作らせるための計算された動きか。恐れ入った」
いや、あんたがぶつかってきたんだろう。
何言ってんだこいつ。
「この男は今川の草に間違いない。……これで清洲の守りは一つ固まった。大手柄だぞ」
簗田は満足げに頷いた。
俺は引きつった笑みを浮かべた。
手柄?
そんなものはいらない。
俺はただ、平和にウィンドウショッピングをしたかっただけなのに、なんでナイフを持った暴漢に襲われなきゃならないんだ。
***
夕方。
俺たちは長屋に戻った。
藤吉郎は「やったな! 透破を捕まえるとは!」と大喜びだが、俺はぐったりしていた。
だが、この一件で、俺と簗田の間には奇妙なパイプができてしまったらしい。
別れ際、簗田はボソリと言った。
「貴公の眼力、気に入った。……これからも、私の『目』として働いてもらうかもしれん」
嫌です。
全力で拒否したい。
だが、俺の意志とは関係なく、俺の「ニート・スキル」は、戦国の諜報戦において有用な「才能」として登録されてしまったようだ。
俺は空を見上げた。
今日はいい天気だ。
まだ雨は降らない。
とりあえず明日は、長屋で一日中ゴロゴロして、今日の心の傷を癒やそう。
そう固く心に誓う俺だったが、戦国の世がそれを許してくれるはずもなかった。
本日もお付き合いいただき、誠にありがとうございます。
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