第7話 鬼の軍事教練、その極意は「全力の隠れんぼ」
信長様による恐怖の面接から、三日が過ぎた。
俺は、まだ生きている。
だが、生きていることと、平穏であることはイコールではない。
「おい茂助! いい加減に起きろ! 今日からてめえは『組頭代行』だ!」
いつものように、猿顔の上司・木下藤吉郎の怒号で一日が始まった。
俺は煎餅布団の上で跳ね起きた。
「……く、組頭代行? 俺がですか?」
「そうだ。お館様も『使いこなせ』と仰った。つまり、てめえのその『鬼』としての胆力を、下の連中にも叩き込めってことだ」
藤吉郎は鼻をほじりながら、無茶苦茶なことを言った。
「近々、今川との大戦がある。今のままじゃ、うちの組の二十人は使い捨てのゴミ同然だ。……だが、てめえが鍛えれば、精鋭部隊に化けるかもしれん」
「いや、無理ですって。俺、剣術とか教えられませんし」
「ああん? 剣術なんざどうでもいい! てめえのその『しぶとさ』を教えろっつってんだ!」
藤吉郎は俺の背中を蹴り飛ばした。
「期限は一週間だ。それまでに、このひ弱な二十人を、一人前の戦士に育て上げろ。できなきゃ……分かってるな?」
「……いててて、せ、切腹ですか?」
「いや、最前線で『人間の盾』になってもらう」
どっちにしろ死ぬじゃないか。
俺は涙目で長屋を飛び出した。
外では、新品(中古)の槍を持った二十人の部下たちが、キラキラした目で俺を待っていた。
「茂助様! ご指導、よろしくお願いします!」
「俺たちも、茂助様のような『鬼』になりとうございます!」
弥七が代表して叫ぶ。
やめてくれ。そんな目で見ないでくれ。
俺が教えられることなんて、「いかにしてサボるか」と「いかにして逃げるか」しかないんだぞ。
……待てよ?
逆に言えば、それを教えれば、俺の生存率も上がるんじゃないか?
俺が一人で戦うのは無理だ。だが、こいつらを「俺を守る壁」に……いや、「全員で逃げるプロ集団」にすれば、生き残れるかもしれない。
「……よし」
俺は腹を括った。
現代社会で培った「リスクマネジメント(引き篭もり)」と「労働安全衛生(自宅警備)」の知識を総動員して、この過酷な戦国ライフを生き抜いてやる。
***
まずは装備の改良だ。
俺は部下たちの防具をチェックした。
酷いものだった。支給された「具足」は、薄い鉄板や革を紐でつなぎ合わせただけの粗悪品。しかもサイズが合っておらず、隙間だらけだ。
「こんな紙切れみたいな鎧で戦うのか? 死ぬ気か?」
「はあ……しかし、足軽なんてこんなもんでさぁ」
「ダメだ! 痛いのは嫌だろ! 全員、古布や藁を集めてこい!」
俺は命じた。
鎧の裏側、特に肩や腹などの隙間に、布で包んだ藁をたっぷりと詰め込ませる。
着てみると、モコモコして見た目は悪い。まるで冬場のダウンジャケットを着た雪だるまだ。
だが、棒で叩いてみると……。
ボフッ。
「……おお! 痛くねえ!」
衝撃が吸収されている。
現代の梱包材の理論だ。空気の層と繊維が衝撃を和らげる。
これなら、流れ弾や、軽い打撃くらいなら無効化できる。
できる……か?
「す、すげえ……!」
「痛くないぞ! これなら叩かれても平気だ!」
部下たちが驚愕している。俺はドヤ顔で言った。
「これは『緩衝材』という科学だ。痛みを減らせば、恐怖も減る」
「かんしょうざい……」
「まさか、鎧の隙間を埋めることで、敵の刃を無効化する『肉の鎧』を作り出すとは……」
「しかも、藁のおかげで冬でも暖かそうだ」
勝手に高尚な解釈をしてくれているが、要は「詰め物をしただけ」だ。
こうして木下組の二十人は、全員がモコモコと膨れ上がった、奇妙な集団へと変貌した。
次に、戦術訓練だ。
俺は河川敷の藪の中に彼らを連れて行った。
「いいか、お前ら。戦場で一番大事なことはなんだ?」
「敵の首を取ることです!」
「一番槍を入れることです!」
元気よく答える弥七たち。
俺は溜息をつき、彼らの頭を順番にスリッパ(草履)で叩いた。
「違う! 見つからないことだ!」
俺は力説した。
見つからなければ、攻撃されない。攻撃されなければ、死なない。
ニート時代(その時代しかない)、親戚やその子どもたちが来た時に自室に気配を消して潜んでいた俺の経験則だ。
この部屋なにー? この声に俺は負けない。
「敵を見たら、まずは隠れろ。戦うな。自分より強そうな奴がいたら、迷わず逃げろ」
「ええっ? 戦わないんですか? 武士の恥では……」
「恥で死ぬより、隠れて生き延びる方がマシだ! いいか、これから『穴掘り』を教える!」
俺は鍬を手に取った。
現代の軍隊でも基本中の基本、タコツボ作りだ。
地面に穴を掘り、そこに身を隠す。そして上から草を被る。
俺はサボりたい一心で、「いかに快適に、いかに見つからずに昼寝ができるか」を追求した穴掘り技術を彼らに叩き込んだ。
「深く掘れ! 肩まで隠れるくらいだ! そして草を被せろ! 息を殺せ!」
「は、はい!」
こうして、木下組の訓練は「穴を掘ってじっとしている」という、地味極まりないものになった。
端から見れば、河川敷で集団で土木工事をしているようにしか見えない。
だが、彼らは真剣だった。「茂助様の教えを守れば死なない」という事実が、彼らの生存本能に火をつけたのだ。
***
そして、一週間後。
藤吉郎による「成果確認」の日がやってきた。
相手は、同じく清洲城の守備隊である「佐々(さっさ)隊」の下級兵士たち二十名。
佐々様といえば、織田家でも指折りの武闘派だ。その部下たちも、血気盛んな荒くれ者ばかり。
「おいおい、なんだありゃあ」
対戦相手の佐々隊の足軽たちが、俺たちを見て爆笑した。
「相撲取りの集団か?」
「太った狸が並んでるぞ!」
無理もない。俺たち木下組は、鎧の下に詰め込みすぎた藁のせいで、全員が丸々と太って見えた。
俺は恥ずかしさで穴があったら入りたかった(物理的に)。
「ルールは簡単だ! 相手の背中に着けた風船(紙袋)を叩き割った方の勝ち! 模擬戦、はじめ!」
藤吉郎の合図と共に、佐々隊が雄叫びを上げて突っ込んできた。
「逃げろォォォ!」
俺は即座に号令をかけた。
戦うな。逃げろ。そして隠れろ。
俺の指令を受け、木下組の二十人は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「ははは! 逃げたぞ腰抜けどもめ!」
「追え追え! 袋叩きにしてやる!」
佐々隊が追いかけてくる。
俺たちは事前に穴を掘っておいた藪へと逃げ込んだ。
「どこへ行った!?」
「くそっ、草が深くて見えねえ!」
佐々隊が藪の中で立ち往生する。
しめしめ。
俺たちは、藪の中に掘っておいた無数の「タコツボ」の中に身を潜めていた。
頭上を敵が通り過ぎていく。草履の音がすぐ耳元で聞こえる。
心臓がバクバクする。
怖い。見つかったらボコボコにされる。
俺は穴の中で小さくなり、必死に気配を消した。
(これは、親戚の子どもが部屋のドアを開けた時の「寝たふり」と同じ要領だ……!)
十分が経過し、二十分が経過した。
佐々隊は炎天下の中、重い装備で藪の中を歩き回り、ヘトヘトになっていた。
「おい、どこにもいねえぞ……」
「あいつら、消えたのか?」
「くそっ、暑い……」
敵の集中力が切れた、その瞬間だった。
弥七が、俺に目で合図を送ってきた。
――今です、茂助様。敵は背中を見せています。
俺はコクりと頷いた。
弥七が音もなく穴から這い出した。
他の部下たちも、モグラのように地面から顔を出した。
「……え?」
佐々隊の兵士が振り返った時、そこにはモコモコの集団が立っていた。
「わあッ!」
「うわあああ! 地面から人が!?」
パァン! パァン!
乾いた音が響く。
驚いて腰を抜かした佐々隊の背後の紙袋を、弥七たちが次々と叩き割っていった。
一方的な展開だった。戦いではない。ただの「背後からのイタズラ」だ。
「しょ、勝負ありィ!!」
審判役の武士が、信じられないという顔で宣言した。
「勝者、木下組!」
ウオオオオ!
歓声が上がる。佐々隊の兵士たちは「あいつら、忍びか?」「気配がまったくなかった」と青ざめている。
藤吉郎が飛んできた。
「すげえ! すげえぞ茂助! あの佐々隊を、一度も剣を交えずに完封しやがった!」
「はあ……まあ、隠れてただけなんで……」
「隠れる? 馬鹿言え! これは高度な『埋伏戦術』だ! お前、やっぱり天才か?」
違います。ただの引きこもりです。
だが、部下たちは俺を取り囲み、涙を流して感謝した。
「茂助様のおっしゃる通りでした!」
「戦わずして勝つ! これが『鬼』の兵法!」
「俺たち、一生ついていきます!」
俺は胴上げされた。重い体が宙に舞う。
高い。怖い。落とさないでくれ。
俺の保身のための工夫が、彼らを「ゲリラ戦のプロ」に変えてしまった。
だが、これでいいのか?
こんな「コソコソ隠れる」だけの集団が、本番の戦争で役に立つわけが……。
その時。
歓喜に沸く河川敷の片隅で、一人の男がじっとこちらを見ているのに気づいた。
地味な着物を着た、目立たない男。
だが、その眼光だけが異様に鋭く、俺の背筋を冷たく撫でた。
「……なるほど。面白い」
男はボソリと呟くと、音もなく姿を消した。
俺はその視線に、ただならぬ予感を覚えた。
――あ、なんか嫌なフラグが立った気がする。
俺の予感は正しかった。
この「隠れる技術」こそが、ある男の目に留まり、俺たちをさらなる危険な任務へと引きずり込む切符となってしまったのだ。
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