表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/8

第1話 「ヌルゲー乙」と書き込んだら、泥の中

令和8年2月12日投稿開始




深夜二時。


 俺のちっぽけな全能感は、二十四インチの液晶モニタの中で怪しく発光していた。

『>>1 イッチ(1)、相変わらず浅いなw』

『戦争は補給と根回しだろ。ゲーム脳乙』

 通知音が鳴り止まない。


 堀尾小太郎ほりおこたろう、二十五歳。職業、自宅警備員ニート

 俺は今、某巨大掲示板の「戦国シミュレーションゲーム」のスレで、史実厨たちを相手に孤軍奮闘していた。


 俺の主張はシンプルだ。「昔の奴らは効率が悪すぎる」。

 マップを見れば抜け道は一発だし、最短ルートで本陣を強襲すれば戦争なんて三日で終わる。そう書き込んだら、史実厨共から総叩きにあった。


『は? お前、山道歩いたことあんの?』

『現実は「疲労」も「空腹」もあるんだよ。お前みたいなモヤシは、戦場に着く前に野垂れ死ぬわ』

 カッとなった俺は、震える指でキーボードを叩きつけた。


『うるせーよ! リアルとか関係ねーよ! 要は「結果」だろ! 俺が戦国に行ったらな、現代の合理的思考で無双してやるよ! 信長も秀吉も、俺の効率プレイの前じゃ赤子同然だわ!』

 送信。論破完了。

 だが、即座にレスがついた。


『はいはい、ワロスワロス』

『じゃあ行ってこいよ。どうせ開始五秒で泣いて謝るに一票w』

 ふざけるな。

 俺が戦国に行ったら、天下統一なんてヌルゲーなんだよ。実際に歴史知らなくても、ゲームでは余裕で天下取ってるしな。


 そう思った、瞬間だった。

 バチッ。

 モニタがショートし、視界が白く染まった。




 目が覚めると、口の中がジャリジャリとする。

 俺は反射的に上体を起こし、盛大に嘔吐した。胃の中は空っぽで、酸っぱい胃液だけが喉を焼く。

「……げぇ、ッ、はぁ……なんだこれ」


 涙目で周囲を見渡す。

 六畳一間の俺の城がない。あるのは、鉛色の曇り空と、鬱蒼と茂る杉林。

 そして、鼻をへし折るような強烈な悪臭。


 足元を見る。そこには、矢が数本突き刺さった人間の死体が転がっていた。うつ伏せになった背中には、ハエが数匹たかっている。


「……なんか、撮影、か?」

 俺はぼんやりと考えた。


 ドッキリか? それとも大掛かりな映画のロケ現場に迷い込んだのか?

「すげえリアルだな……特殊メイクか?」

 俺は恐る恐る、その死体の肩に触れた。


 生温かい。まだ熱が残っている。

 指先についた血を見る。ドロリとしていて、鉄の臭いがする。

 そして何より、その死体の首筋には、虫が卵を産み付けていた。


 ――作り物じゃない。

 脳が理解を拒絶しようとして、失敗した。

 この圧倒的な「死」の質感。CGでもセットでもない。

 ここは、本物の戦場だ。本当に戦国時代に来ちまったのか。


「ひっ、……ぅ、わあああああああ!」

 俺は無様に尻餅をつき、後ずさった。

 掲示板の予言通りだ。開始五秒で腰が抜けた。

 スマホを探すが、ポケットには何もない。現代との繋がりは完全に断たれていた。


「――おい。そこで何をしている」

 背後から、押し殺したような低い声。

 心臓が跳ね上がる。


 恐る恐る振り返ると、そこには数人の男たちが立っていた。

 その中心に、一際小柄な男がいる。

 俺は一七六センチある。平均より少し高い身長だ。

 だが、その男は俺より頭三つ分は低い。一五〇センチにも満たないだろう。


 顔中が泥と煤で汚れ、目は異様にぎらついている。まるで猿だ。

 だが、その体格差など意味をなさないほど、男から放たれる殺気は濃密だった。

 手には、赤黒く変色した槍。


「おい、返事がねえな。落ち武者か? それとも追いはぎか?」

 猿男は俺のジャージ姿を不審げに見回した。


「見ねえ格好だが……図体ばかりやけにデカいが、中身は腑抜けか。……おい、やれ」

 猿男が短く命じた。部下が刀を抜く。

 殺される。事務的に処理される。

 俺はパニックになりながら叫んだ。


「ま、待って! 俺は怪しいもんじゃありません! ただの一般市民です!」

「イッパンシミン? どこの民だ。どこの村の、誰の家の者だ。答えられなきゃ間者とみなす」

 切っ先が喉元に突きつけられる。

 冷たい感触。

 名前。住所。それを言えば助かるのか?

 俺は必死に、正直に答えた。


「ほ、堀尾ほりおです! 堀尾小太郎!」

 猿男の眉がピクリと動いた。

「堀尾……? 名字持ちか。どこの堀尾だ? まさか岩倉じゃねーよな?」

 猿男は、背後で燃え盛る城――をチラリと見た。

 俺もつられてそっちを見る。

 岩倉? そうだ、俺の実家の住所は岩倉だ! ここで嘘をついて不審がられたら殺される。


「い、岩倉いわくらです! 岩倉の堀尾です!」

 その瞬間、猿男の目がカッと見開かれた。

本気マジかよ……岩倉城の重鎮、堀尾一族……その縁者か?」

「え?」

「とぼけるな! 名字を持ち、岩倉と認め、その体格に……その白い肌」

 猿男は俺の手首を掴み、まじまじと観察した。


くわも握ったことのねえ柔らかい手だ。百姓じゃあねえな。それにこの肉付きの良さ……ただの雑兵がこんなもん食って育つわけがねえ」

 親のカードで自由にウー〇ーしてる俺の栄養状態の良さが、ここでは「名家の育ち」に見えるらしい。

 俺は否定しようとしたが、口をつぐんだ。ここで「ただのニートです」と言えば殺される。


「へへっ、でかしたぞ! こいつは金脈だ!」

 猿男は下卑た笑い声を上げた。

「岩倉城は落ちたが、堀尾の一族を捕らえたとなれば、お館様へのいい手土産になる。……おい、連れて行け」

 猿男は俺の襟首を掴んで立たせると、ニヤリと笑って名乗った。


「運が良かったな、坊主。俺の名は木下藤吉郎。織田弾正守家に仕える者だ」

 キノシタトウキチロウ?

 誰だそれ。聞いたこともない。

 まあいい。有名な武将じゃなくてよかった。こんな雑魚キャラなら、隙を見て逃げ出せるかもしれない。


 そんなことより織田?

 もしかして織田信長に会えんのか?

 歴史を知らない俺でも知ってる、あの信長に会えるのとか、ワクテカがとまんねーよ。



 連行された先は、小高い丘の上だった。

 陣幕が張られ、その中央に一人の男が小さい椅子に座っていた。


 その男を見た瞬間、俺の全身が粟立った。

 鋭い眼光。

 そして、周囲を圧倒する衝撃的な威圧感。

 ――織田信長だ。


 歴史知識ほぼゼロの俺でも、こいつだけは分かった。

 教科書の肖像画なんてレベルじゃない。ゲームのラスボスよりも遥かに怖い。

 この「魔王」っぽいビジュアル。どう見ても織田信長だ。

 その隣には、ボロボロの鎧を着た初老の武将が、青い顔で土下座している。


「……猿。なんだ、その妙な格好の男は」

 信長が、俺をゴミを見るような目で見下ろした。

 藤吉郎が前に出る。


「へへっ、戦場をうろついていたのを捕らえました。殺そうかと思いましたが、こやつ、名を堀尾、住まいは岩倉だと申しておりまして」

 その言葉に、隣で平伏していた初老の武将が、バッと顔を上げた。


「なにっ!?」

「泰晴。貴様の一族か?」

 信長が面白そうに目を細める。

 初老の男は目を白黒させて俺を見た。 


「い、いえ、某の一族に、このような奇妙な着物を着た大男は……! 小僧、貴様、名を何と申す!」

「ほ、堀尾小太郎です……」

 俺がそう名乗った瞬間。

 泰晴の表情が、驚愕から、深い動揺へと変わった。


「小太郎……? まさか……」

 泰晴は、亡霊でも見るような目で俺を見上げた。

「……堀尾、小太郎。……確か、某の死んだ嫡男の幼名が、小太郎……でございました」


「えっ」

 俺は思わず声を上げた。なんだその偶然。出来すぎだろ。

 信長は、興味深そうに俺を見つめているようだ。

「ほう。お前の息子と言うのは、この戦が初陣にも関わらず一番首を上げたという……」

 信長の言葉に、泰晴は涙を浮かべて頷いた。

「はい……。武勇に優れ、将来を嘱望された自慢の息子でございました……」

 場が重くなった。


 すごい奴だったんじゃないか、この時代の小太郎。

 それに比べて俺はどうだ。ただのニートで、腰を抜かしているだけだ。

 俺は地面に額をこすりつけた。土下座だ。

 だが、落ち着かない。


 現代人の俺には土下座の習慣がない。敷いて言えば、コンビニで絡まれたヤンキーとかに土下座させられてきたから、俺は慣れているが、土下座を続けるのは首が痛い。

 何より目の前にいるのが「あの織田信長」だと思うと、好奇心が抑えきれない。

 俺はチラッ、チラッと、上目遣いに信長の顔を盗み見た。

 怖い。でも見たい。有名人だ。

 その時。

 信長の眼光が、俺の目とカチリと合った。


「……貴様」

 低い声が飛んできた。

「さっきから何を見ておる」

「ひっ!」

 俺は飛び上がった。バレた。

 殺気。物理的な圧力を伴って、首筋に刃物を当てられたような寒気が走る。


 藤吉郎が青ざめ、泰晴が震え上がった。

 やばい! 殺される!

 俺はパニックになり、頭の中で渦巻いていたことをそのまま口走ってしまった。

「い、いや、すみません!!! 信長様って、あの、天下統一した有名人だよなーって思って……」

 言ってから、俺は自分の記憶の曖昧さに気づいた。

 

 ……あれ?

 待てよ。天下統一したのって信長だっけ?

 秀吉だっけ?家康だっけ?

 やべえ、歴史の授業寝てたからわかんねえ。間違ってたらどうしよう。

 俺は慌てて、小声でボソッと付け加えた。

「……いや、してなかったか?どっちだっけ?」

 シーン、と場が静まり返った場で、思ったより聞こえてしまったようだ。


 藤吉郎が「ひっ」と息を呑み、泰晴が泡を吹いて倒れそうになった。

 しまった。

 本人の前で「お前成功すんの? 失敗すんの?」なんて言ってしまった。

 だが、次の瞬間。

 信長が、低く喉を鳴らした。


「……クックック」

 信長は、自分の掌をじっと見つめ、それから俺を見た。

 その目には、殺気ではなく、奇妙な熱が宿っていた。

「尾張という小さな国を、齢三十にしてやっと統一した……」

 信長は立ち上がり、ゆっくりと俺に歩み寄ってきた。

「このわしが、天下てんがを統一するだと?面白い」


 え、怒ってない?

「誰もがわしを『うつけ』と嘲笑い、誰もが『尾張の統一すら不可能』と囁いた。だが貴様は……この泥の中で震えながら、わしの『天下』を口にしたな」

 いや、うろ覚えだっただけです。

 

「気に入った!その図体も、そして未来を見透かすような不遜な物言いも。」

 いや、ただの無知です。

 ただのアホなだけです。


 信長は扇子で俺を指した。

「泰晴! こいつが今日からお前の嫡男だ!」

「……は?」

 俺と泰晴、そして後ろに控えていた藤吉郎の声が、見事にハモった。

「お、お館様!? 正気でございますか!?」


「不服か? 名は死んだ息子と同じ『小太郎』。わしの覇道を予言する奇妙な男だ。これ以上の適任はおらん」

「り、理由が雑すぎませんか!?」

「くどい! 俺が決めた。決定だ」

 信長は面倒くさそうに手を振った。

 なんだこいつ。サイコパスか。

 「名前が同じ」で「歴史を知らない発言を予言と勘違いした」から。ただそれだけの理由で、赤の他人の家族構成を改変しようとしている。


「泰晴、そいつが跡取りだ。 やらねば家を潰す。……おい猿!」

「は、はいっ!」

「こいつの教育係は貴様だ。この図体だけの予言者を、使える武士に仕立て上げろ」

 藤吉郎の顔が引きつった。

 俺を利用して点数を稼ごうとしたら、面倒な教育係を押し付けられた。そんな顔だ。

 ざまあみろ。

 だが、藤吉郎はすぐに媚びへつらう笑顔を作り、平伏した。


「しょ、承知いたしました! この藤吉郎、必ずやお役に立ててみせます!」

 そして、俺の方を向き、小声でドスを利かせた。

「……てめえ、余計なこと言いやがって。あとでたっぷりとしごいてやるから覚悟しろよ、木偶の坊」

 俺は天を仰いだ。


 衣食住は確保できたが、就職先は超ブラック企業、直属の上司はパワハラ気質の雑魚キャラ。

 さっき掲示板で「俺なら効率よく無双する」と書き込んだ自分を殴りたい。

 効率? 合理性?

 そんなもの、魔王の「思いつき」の前では何の役にも立たないじゃないか。

 

 今日は連続で5話投稿します。

 本日もお付き合いいただき、誠にありがとうございます。

 皆様の応援が、何よりの執筆の糧です。よろしければブックマークや評価で、応援していただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
おぉっ、ニートゲーマーが、まさかの戦国時代の世界へ!! しかも秀吉も知らない歴史無知なのに〜w でも、そのほうが功を奏することもあるかもしれないですよね♪
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ