Ch2.8 魔族の正体(3)
「――これは、……潮時ですね」 屋根の上で一部始終を見ていた影が1つ。
即座に脱出し、引き返すべきだと思い、足を街の外へと向ける。
このままでは居場所が割れるのも時間の問題だ。
「――」
しかしなぜか足が進まない。進めたくない。
一筋の光がとつぜん彼女の頬を流れ、地面に落ちた。
これは……。なんだろう。自然と首が横に倒れる。
ポタポタと、それらはなぜか止まらない。
………………こんなこと、始めての経験だ。
…………。ポタポタと地面に光が弾かれる。
……。きれいだなあ、と心が落ち着く。
どうして、なんだろう。
最後のしずくを頬から拭って、その|ネオンに照らされた光を見つめる。
――ああそうか。
正直口だけだろうと高をくくっていた。しかし私に似たそのちっぽけな少年が、不可能をやり遂げたのをこの目で見てしまったから、か。
少し逡巡し、ハァ、と小さくため息をこぼす。踵を返し、ことの観察に戻ろうとする体を見て、一人失笑が口から漏れでる。軋む屋根の音に気をつけながら元の位置に戻るにつれて、屋根の影が再び彼女の体を覆っていく。
「……フフ。私はなにがしたいのでしょうね、勇者さま」
くすむ金髪を微細に震わせ、闇に表情を隠していきながら、マロンはそうつぶやいた。
「……さて」
元の隠れていた位置にはもう着いた。再び、闇と完全に同化しようじゃないか。
これでもうだれにも、簡単には見つかるまい。
……ギシリ、……ギシリ。
そして不意に響くは私の足が足元をきしませる音。
あれ? 歩みが、止まらない。
闇に身を隠れていた体を引きずり出すように、一歩一歩、屋根のふちへと歩みだしていく。ふちに近づくにつれ、私の姿はネオンの光に照らされていく。
「……ああそうか。私の、ねがいごとは――」
足はもう、光り輝く都市へと躍り出る一歩手前だ。
しかし、心は変化を恐れている。闇はいまだ私のこころのほとんどを覆ったままだ。
でも、なんだかなぁ。
……今なら決心できる気がする。
そして私は、足にいっそう力を入れた。
――――――――――
「――そういえば、そこのオマエ。……そのへんぴな槍はどこで手に入れたのじゃ」
「……これこそ、そのエルフたちから渡されたものだよ。一族に代々伝わる伝説の槍だって――」
「――馬鹿げたことを抜かす。エルフに代々伝わる槍、じゃとぉ? クハハ! 盗人猛々しいとはこのことか! フフフハハ。
――それはゴブリンの槍じゃろうに」
――それは、言われてみればそうだ。なぜエルフたちがゴブリンの槍を持っている。
……盗人、と今言ったか。では彼女たちの正体は――。
「……ふむ。ではこうしよう。そのエルフたちとやらを捕らえて、こちらまで連れてこい。そうしたら、ワシへの攻撃を不問にしよう」
思考が途端に止まる。あれれ~? おかしいなー。……バレてるじゃん。
「――おっと。女神ちゃん。……そこに伸びてるオゥルがやったっていう可能性がまだ――」
「たわけ、ブゥ。そこの小物がそんなことできるわけなかろう。記憶は多少飛んでいるが、ワシにはまだこの目があることを、キサマこそ忘れるな。
……こんな小僧の攻撃を食らうとは、いやはや、なまったか。全く、ゲームのしすぎにも気をつけねばな」
そう言って首を左右に倒し、身体の具合を確かめる女神。それを見たブゥさんが目を見張る。
「……心配するほど引きこもりゲーマーだった女神ちゃんから、そんな殊勝な言葉がでるとは。……坊主。なにやともあれよくやったぞ」
グッとこちらに拳を向けるブゥさん。……おいおい。もうそれ半ば白状してくれちゃってんじゃん。
……しかし、やはり意外だ。女神は僕が攻撃したとわかってもなお、攻撃的な対応を僕に取らなかった。
人は変わる、というか周りに感化されるとはこのことだろうか。
……なんか悔しいな。彼女には、ずっと悪役のままでいてほしかった。
しかしそれは僕の勝手な願いなのだろう。
「しかし我に手傷を負わせる、とはな。それこそ我が弟子以来かもしれんぞ。……それに自動迎撃魔法も……どうやってかいくぐったのじゃ?」
「……。いや僕もよく分からず。絶対に当たったと思ったけど、なぜか当たってない位置にいて――」
「――ふーむ。もしや似たような戦法も使われたか。まあワシ絶賛弱体化しとるしのお。……少し鍛えなおすか。ブゥ、いくらか付き合え」
「おうとも女神ちゃん。それはもう喜んで。ただ少し後でもいいか? 俺もこいつらを手伝いたいんだよ」
「……しゃーないのお。では目的地まで送ってやる。あんまり待たされたくないからの。――ほれ、この大陸のどこらへんじゃ」
……やっぱそういう魔法持ちか。あの移動速度はいかれてたしなあ。……便利でいいねえ。
――あ。でも。
「いや僕らも、正確な位置までは……」 さすがに分からない。エルフの居住区の場所など、案内なしではさすがにたどり着けない。
あれ? ていうかやっぱり今回のクリア目標、どうやって達成するんだ? 結局エルフの願い事を達成するのは難しいままじゃ――。
ストン、と唐突に着地音が響く。
「――私の同胞が住む場所を、お伝えします。……おこがましいとは百も承知ですが」
顔を伏せ、表情を隠したまま現れたのは、なんと目下一番の容疑者、マロンであったのだった。




