Ch2.8 魔族の正体(1)
――――――――
「――勇者様は、どうしてこの依頼をお受けになったのですか?」
道なき道を歩いていく道中、マロンがそんなことを聞いてきた。
「どうしてって……、うーん。まあ最初は成り行きかな?」
だって、ゲームだし。頼まれたから依頼を受けたとも言っても過言でもない。はい、というまで会話を終わらせてくれないイベントだってあるしね。
すぐに攻略を進めるためにも適当な気持ちで承諾した。
「最初は成り行き、ですか。……そうですよね。では途中から理由が変わったのですか?」
「……うん。そうだね。完全に僕の目標と方向性が一致したから、ね」
「……その目標というと?」
「……不純な動機だよ。女神を殴り飛ばしたいっていう目標」
それを聞いてマロンが目を見開いて驚いている。
「それは、さすが勇者様、というような目標ですね」
あんなにお強い、伝説上の生物に対してそんな目標を前々から掲げておられるとは、おみそれしました。
そんなことを言いながら、ペコリと頭を下げるマロン。
あれ? そこは胸を張るポーズではないんだ、とふと思った。
「私たちには、……いえ。私にはそんな目標は掲げられません」
「別に、ただ願うことは、……だれにだってできると思うよ。それに対する努力だって――」
「――不純な動機、とおっしゃいましたよね」
僕の言葉をさえぎるように、言葉を放つマロン。
……あれま。謙虚な姿勢をずっと見せてきたマロンにしてはめずらしい。
「では不純なモノ、もしくは間違ったことと知っていてなお、それを続けるのは、どうしてですか。それ以外に、道がないからですか」
顔を伏せ、たどたどしく言葉を紡ぐマロン。
「……別に道がない、というわけではないと思うよ。別にやめることはいつだってできるし、実際そうしようとも思った」
「……じゃあ、なんで――」
「僕が、やりたいと思ったから、かな。結果がどうなろうと、それに挑戦しなかったら、前に進めないと思ったから」
「……やりたいと思ったから、ですか」
「そう。やりたくないことはやらないし、やりたいことはやる。偉そうなことは言えないけど、それがシンプルで、正しい道なんじゃないのかなあ」
……受け売りだけどね。と最後に言葉を締める。
気づくとマロンはそれを聞いたのか、聞いていないのか、自分の考えに没頭し始めていた。
「……やりたいこと、かあ」
ボソッとマロンがかろうじて聞こえるような声でつぶやく。
――そんなこと、私には分からないなあ、なんて心の声が、聞こえた気がした。
――――――――――
それが正しいのか、間違っているのかわからずとも、やりたいことをやる。
目の前にその結果が広がっている。
現状、やってやったぜという達成感と、ちくりとしたなんともいえない感情が僕の心の中で渦巻いている。
やるしかなかったとも、他の方法もあったのではないかとも、先ほどから相反する考えが交互に僕の頭の中で巡り始めている。
その相反する問答が、僕とマロンのアンダインまでの道中での会話を思い起こさせた。
――一旦止まらぬ思考と感情はせき止め、まずは現状把握に戻ろう。
ブゥさんが変わらず真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
「……じゃあお前ら、オゥルとは無関係だってのか」
「……はい。見ず知らずの他人です」
「……。じゃあ女神ちゃんをぶん殴ったのは」
「――僕の個人的な恨み、です」
「おいおい。個人的な恨みって。女神ちゃんは、……あー。まあ色々と買ってるわな」
……なるほど。意外と長生きしてるんだな、とつぶやくブゥさん。緊迫した空気が少しづつ緩んでいっている……のか? ちらりとブゥさんのほうをうかがう。
「……なら聞くが、これで気は済んだのか」 しかし彼は銃をまだ掲げたまま。
刺すような視線を保ちながら僕に問いかけてくるブゥさん。
その問いに対して、僕は顔を伏せる。
「……。正直、まだわかりません」 僕自身、この結果に対して、自分の感情をまだ把握できていない。
僕にとってやりたかったことができたのはうれしい、と思うのだが、反面、尊敬していたブゥさんの信頼を失ってしまったのがなぜか心に響いている。……多分、彼は今厳しい顔をしているに違いない。
彼の僕への思いを踏みにじってしまったのではないかと、僕の心の中で悔やむ気持ちはどこから湧き出てきたのか。
彼を、ただの1ゲームのキャラとは、思えなくなってきてしまっているのだろうか。
ちらりと、視線を逃がすかのようにぐったりと倒れている女神へと向ける。――そうだ、アイツが悪い。
アイツがナッチョや……トッツォを。 そうだ、このまま、気が晴れるまでクソスライム女の顔や腹を……。いや全身|に! 傷跡を残せるように、殴り続けて――。
――、……いや。待て。……待ってくれ、僕よ。
……それだと、このままだと僕も、前回の女神のように、人を傷つけるのを楽しむような存在になってしまうんじゃ――。
「――アキヒト。そこで満足しておけ。
そこで止まるなら手打ちってことにしといてやる。……それにこれ以上はやめとけ。経験談だが、その修羅道は得るものが少ない割に、周りとそれ以上に自分を傷つけるはめになる。
……おまえさんのパートナーがオゥルを捕まえてくれたしな。まあ落としどころとしては悪くはないだろう」
そう言って銃を下ろし、再びやさしく澄んだ目で語りかけてくるブゥさん。
「――できるな?」
そう言って、この街で初めてあった時みたいに、ブゥさんはまた歩み寄ってくれようとしているのか。
「……………………………………はい」
長い沈黙の後、うなだれるようにうなずく僕。
彼が言ったことを、僕は信じることができるだろうか。
少なくとも、彼の気持ちは無下にしたくはない。……。
「――よくわからないけど、コイツ、どーするの」
強化した腕と長身を生かして、オゥルの首元をつかんで彼の体を高く掲げたケイがその場の空気を乱す。
オゥル氏は舌を口からだし、間抜け面で失神している様子だ。
……あんなにインテリな悪役面だったのに。もう見る影もない。忍びねえな。
「ねえ、どー、する、のー」
ケイちゃんあなたには心がないのか。そんなパペット人形みたいに、オゥル氏で下手な腹話術の練習をするんじゃないよ。
ブンブン、とオゥルの体を話すたび縦に揺らすケイ。
そうすると、はらりと、彼の衣服から何本かの髪の毛が空中へ舞った。
――瞬間、変だなと僕は思う。ピグモン族には誰も毛が生えていない。
街並みが暗い中、その髪の毛はネオンの光に反射するかのような薄い輝きを放っている。僕の黒い髪ではそうはいかないだろう。ケイの銀髪であろうか。――いや違う。
女神との戦闘で思考が加速している名残のせいか、流れるように空中を漂うそれがやけにゆっくり見えた。
そしてそれは、金髪が少しくすんだような淡い茶髪であった。




