第17話 再開と考察
12月26日(土曜日)午後4時――湊区
タイムリミットまで、2日と2時間。
幾度も味わった深い海底から水面へ浮上する独特の感覚。長い、長い夢を見ていたようだ。
上半身のみ起こすと、そこはホテルのベッドだった。
「起きたか」
懐かしい声に顔を上げると、美しい黒髪の女が視界に入る。
「久しぶり。そういえばいいのか?」
「やはり、道満の記憶、戻っておったか?」
寂しそうに呟くクロノの仕草に、胸元が締めつけられたように苦しくなる。思わず抱きしめてしまいたくなる衝動に駆られる。
しかし、これは、芦屋道満のときの記憶だ。俺、藤村秋人のものではない。
今の芦屋道満という人物の記憶が嘘だとは思わない。何せ、今、芦屋道満の記憶と藤村秋人の記憶が縦列でつながったような不思議な感覚なんだ。それを否定するつもりまではない。
だが、少なくともこの身体は藤村秋人だし、俺はこの34年間、藤村秋人としてこの身体で生きてきた。
確かに漫画や小説ではこのような場合魂が重要だとかいうんだろうが、俺はそうは思わない。この足先から頭のてっぺんまでの細胞一つ一つが、藤村秋人という人物の情報と記憶と経験の集合体。俺は母さんの子供で、爺ちゃんの孫だ。それは誰にも否定させやしない。
「まあな。そういうお前もか?」
「うむ。じゃが、妾はクロノ。それ以上でも以下でもない。第一、そなたの様な野獣と夫婦だったなど、断じて認めるわけにはいかぬしな」
「お前はそうだろうな」
いつものクロノの軽口で調子が戻ってきた。
「じゃあ、状況を教えろよ。璃夜はどうなった?」
あの球体の中にいたのは悪魔化されてはいたが璃夜だ。それは間違いない。
クロノは苦悶の表情を浮かべると、
「話すさ。それが本題じゃから」
重たい口を開く。
バアルに璃夜が悪魔化された上、娘リリスとして育てられたか。
あのミトラの心酔っぷりからいって、冷遇されていたような感じでもないな。多分、俺の藤村家の境遇よりはよほど大切に育てられたんじゃないかと思う。
「で、リリスの悪魔化が解かれ、璃夜と雨宮が融合した。そのうえで、雨宮が魔界と人間界とを繋ぐ門の人柱となった。そういうことか?」
「うむ、十朱達から聞いた事情を総合すると、そのようじゃ。【分霊魂】の効果が消失したといっておったらしいし、兄様か桜様が魂を分断し、悪魔どものゲート・ゲヘナの解放を阻止しようとしたのじゃろう。つまり――」
「雨宮と璃夜とは同一人物だと?」
「うむ、同化し、もう完全に同一と化しておる」
人柱にされることを防ぐために、魂を分断してやり過ごしたか。
清明は甘い。例え朝廷から命じられてもしやしないだろう。そんな無茶苦茶するのは、きっと、桜だろうな。あいつなら平気でその手の冷徹な手を打ってくる。そんな気がする。
「事情はわかった」
要するに俺が死ぬ前に、桜の奴が璃夜を二人に分離するが、その片方がバアルに攫われる。理由は不明だが、バアルに攫われた方の璃夜は悪魔化し、リリスとして魔界で育てられた。もう一人の璃夜は輪廻を経て雨宮梓となる。そして、今回、あのパンドラの効力により、その【分霊魂】の効果が消失し、雨宮梓として融合統一された。
「運営は、ゴレンジャーを絶望王が指定すると言ったんだな?」
「そういっておった」
やはりそうか。今回、璃夜であるリリスの降魔先に雨宮が選ばれたのは偶然ではあるまい。リリスの同一体が雨宮であることは絶望王とやらにかなり早い段階で特定されていたとみるべきだ。
第一、香坂秀樹があいつらのマリオネットになったことも今から考えれば、雨宮を上手く、儀式場まで誘導するための布石だったのだろう。そもそも、奴らがわざわざ香坂秀樹に接近し、雨宮の記憶を操作させるメリットに欠けるしな。
ただ、その事実を、久我を始めとする明星教の連中が明確に認識していたのかというと、それはまた別の話だ。
雨宮が【荒魂】を持っていることを知らなかったりすることを鑑みれば、絶望王は明星教の連中に必要最低限のことしか知らせることはできないと考えるべきだ。例えば、神託のような僅かな行為にも相当の制限があったと推測できる。
そして、俺は今回の絶望王の計画では、当初はイレギュラー。第一、芦屋道満の記憶では、俺の封印術が存在してもキーである璃夜がいればいずれ開いてしまう。つまり、奴らにとって俺を特定する意義に欠けるんだ。
パンドラとかいう悪質な箱に俺をリリスとともに入れたのは、俺に執着しているリリスにパンドラを起動させるための方便か。それとも、この戦争中で俺が芦屋道満だと気づいたのか。それとも他に理由があるのか……。
いやこれ以上考えても蛇足だな。種明かしは後回しだ。今は雨宮の保護が先決。
難しく考える必要はないさ。俺は藤村秋人であり、雨宮は阿良々木電子研究開発部のエース。そのゲート・ゲヘナとやらの人柱になっている同僚である雨宮を助け出す。それだけでいい。
「直ちに行動に移す。あいつらを集めるぞ」
俺はベッドから飛び起きるとクロノに近づこうとするが、
「う、うむ」
クロノはばね仕掛けのように椅子から立ち上がり、俺から十分な距離をとって軽く頷いた。そんな台所で偶然でくわしたゴキちゃんのようなリアクションとらんでも……。
まあ、今はクロノの奇行に構っている暇はないな。
「お前は雪乃とそのセバスという執事悪魔を呼んできてくれ。俺は十朱と銀二を連れてくる」
そう叫ぶと部屋を勢いよく飛び出した。
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