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「これは……!?」


 ガヤガヤと人でごった返す城下町に消え入るように、響いたのは男女の声だった。

 屈強な男たちが木材を運び、ある者は土砂を掘り返し、ある者は食料を提供する中。

 鎧を纏った少年と純白のドレスを身にまとった少女はその光景にただ呆気に取られていた。


「あ、あれは……! シルフィーヌ様!?」


 そんな街の中で一人の青年が、それこそまさに亡霊でも見たかのような表情で彼女の姿を見た。

 と同時に、街中がどよめき始め、城下町の入り口にはわらわらと人が集まってくる。

 この国、ロレイスター帝国の皇女、シルフィーヌのもとに。


「魔物の姿が見えないようですが……」


 膝をつき、祈るような姿勢で身を低くする市民に掛けられた言葉。

 最も近くにいた青年が畏れながらも答えた。


「ご安心ください。魔王の脅威は既に去りました。三人の英雄が、この街を救ってくださったのです」


 それを聞いたシルフィーヌは言葉に詰まる。

 だがそれ以上に状況を飲み込めていないのは、隣りにいる少年、勇者ハルトだった。


「ま、待て。本当に、倒されたのか? あいつは不死身だ。仮にその三英雄とやらがどれだけ強かったところで、死ぬことはない。き、きっとどこかに潜んで……」


 説明を続けるハルト自身が混乱していく。

 魔王はそんなこそこそしたやり方をしない。

 不死身の力で何度でも蘇り、人類を絶望させるその時まで、決して手を休めることはない。


 今は魔物の影も気配もなく、人類は皆疲れこそ見えるものの活気がある。

 魔王の支配を表す暗雲もそこにはなく、ただ晴れ渡った空が市民を見守っているだけだった。


 魔王は滅んだ。

 喜ばしいことであるはずなのに、なぜか素直に喜べない二人。

 現実に理解が追いついていないことと、時間を無駄にしたその中身が、心に重くのしかかっている。


 シルフィーヌは市民の列に導かれるまま、場内へと入る。

 そこでは、亡くなった家臣たちの追悼が行われていた。


 ようやく人々の言葉を信用し、状況を飲み込むことができたシルフィーヌが、荒れ果てた謁見の間に積まれた花束の前で悲しみにくれる中、ハルトはいまだに呆然としていた。


「ありえないだろ……だったら俺は……なんのために……」


 ハルトにとって、魔王を倒すことこそが生きる目的だ。

 今までも、別世界でずっとそうやってきた。

 そしてようやく、この世界にきてラスボスとも呼べる存在に到達したというのに。


 確かに、ハルトは今まで何人もの人々を救ってきた。

 ただそれが、魔王が何者かによって倒されてしまったというたったひとつの出来事のせいで、無駄なことのようにすら思えてしまっている。


 失意に沈むハルト。

 そんな彼の鎧に、ザザッと砂嵐のようなものが走る。


「なっ……!?」


 同時に、ハルトは思い出す。


 魔王が倒された。

 ならば自分は、元の世界に戻されなければならない。

 そういう約束だった。

 彼を最初に勇者にした女神との。


 だが、魔王が倒されたというのにまだこの身はこの世界に留まっている。

 そして、ハルトが具現させた勇者の鎧に走った異常。

 これは紛れも無く、バグだ。


 ハルトがそう自覚した瞬間のことであった。


「うぐっ……うあぁぁああああああ!!」


 身を裂くような激痛と共に、武器から噴出する黒いオーラ。

 その魔力の波動は紛れも無く、魔王のものだ。


 その光景を見た周囲の人々は驚いた。

 何より、すでにその波動をその身に浴びていたシルフィーヌは、目を見開き、硬直したまま指一本動くことができなくなってた。


「ふざけるな……俺は……俺は……!」


 場内に響き渡る、怒りと恐怖が入り混じった叫び声。


 この日、ロレイスター帝国は二度目の災厄に包まれることとなった。




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