【欧州で始まった戦争①】
8月末に一旦終了したものの、無言のPVに推されて今日から1カ月ぶりに復活します!
また沢山の人が読みに来てくれると好いなって、期待を胸に頑張りますのでよろしくお願い申し上げますm(_ _"m)
1938年(昭和13年)8月15日、無事に日中友好条約が締結され、難題であった日中戦争を回避する目途が立った。
途中満州に寄ってから日本に戻ると、日本の平和とは真逆な国際情勢が遠いヨーロッパから届いた。
9月、ドイツのヒトラー政権は、チェコ国内の国境沿いにあるズデーテン地域に居る多数のドイツ系住民が迫害を受けているとして、この地域の割譲を迫り国境線に軍を集結させていた。
この動きに対してイギリスのチェンバレン首相は、戦争を回避するため調停に動き9月29日から30日にかけてイギリス、フランス、イタリアの国際連盟常任理事国首脳とドイツのヒトラーがミュンヘンで話し合い(ミュンヘン会談)チェコスロバキア政府にズデーテン地域の割譲を強要し、戦争を避けたかったチェコスロバキアはズデーテン全域をドイツへ明け渡すことが決まった。
「まるでウクライナに侵攻したロシアのプーチンに対する欧米の態度に似ているわね」
この新聞記事を読んでいた薫さんが言ったのは、私が知らない未来の話。
ソビエト社会主義共和国連邦崩壊後、特に西ヨーロッパに隣接する各共和国が東側の旧ソビエト体制から西側に寝返ったことを危惧したロシア政府は、各地に移住していたロシア人と自国の安全を守る目的でジョージアの東オセチア、ウクライナのドネツク州、ルハンスク州、クリミア自治共和国に傀儡国家を設立したうえで更に強硬に西側体制に動こうとしたウクライナに対して侵略戦争を仕掛けたときの欧米の対応に似ているらしい。
軍事行動はほんの少しでも行使してしまうと、収拾が困難とされる。
お互いの国にたくさんの死傷者や被害が出てしまうから、ちょっとした喧嘩で事を収めることは出来ないし、簡単に折れてしまえば内政も混乱する。
「柳生さんは?」
「今日も武蔵野よ」
第二次ノモンハン事件以降、柳生さんは武蔵野にある中島飛行機工場に通いつめ、新型の航空機用エンジンの制作に取り組んでいる。
たしかにあのノモンハンでの戦いでは、圧倒的な制空権を確保した後の空陸共同の作戦が功を奏し、大戦果を上げることに成功した。
2度にわたるソビエトによる満州への侵略を阻止し、日中友好条約も締結し、来年には朝鮮半島の統治も終了する。
今、日本は平和な国家になった。
未来の日本でも日本とアメリカは良好な関係を築き上げていると言うのに、それでも柳生さんは頑なにアメリカを警戒しているのは何故だろう?
彼が言う通りアメリカはソビエトに技術協力を行っていたし、敵の敵は味方だという発想も分かるが、今の平和主義に変わった日本にもまだ敵は居るのか?
「欧州は大変ね」
薫さんが他人事のようにに言った。
今の日本では、欧州で起きていることはみな他人事のよう。
前史ではこの9月30日に、国際連盟加盟国が対日経済制裁を開始して近代化の維持と発展に必要な資源を他国に頼る日本は窮地に追い込まれた。
俗に言うABCD包囲網(A=アメリカ、B=イギリス、C=中国、D=オランダ)で、当時の日本にとって石油の最大輸入国はアメリカで最盛期には石油総輸入量の65%以上をアメリカからの輸入に頼り、南方資源ルートとしてイギリスやオランダの植民地と中国から不足分を補っていた。
今現在、日本で石油の採れる場所は秋田と樺太、それに傀儡政権のある満州だけだ。
しかもそれらをかき集めた量は、アメリカからの輸入量に対して僅か1、2%に過ぎない。
戦争となれば平時より遥かに石油消費量は多くなるから、いくら南洋資源ルートを奪取したとしても、広大な太平洋上でアメリカ海軍と戦うことそのものが日本にとっては石油資源の枯渇を意味する。
日米開戦直前の1941(昭和16)年8月、総理大臣の直轄機関「総力戦研究所」が様々なシミュレーションの末に資源・輸送用船舶・工業生産力等が極端に減少していくことが分かり “日本必敗” との結論を当時の近衛文麿首相に提出したが彼はこの報告書を黙殺してしまい戦争を止める機会を失ってしまった。
だが今は、アメリカとの関係も特に問題なく、満州もノモンハン事件でソビエトからの侵略を受けたことで、共産党との戦いで忙しくなる中国政府から正式に借地としての統治が認められたため現在では特に問題になっていない。
更に来年1939年(昭和14年)の年末をもって、日本は正式に朝鮮半島の統治から手を引くことが決まり、日本の平和は揺るぎないものに思えた。
1938年10月08日(土曜日)、この日は中秋の名月。
市ヶ谷の大本営を昼に退けた私と薫さんは、高輪の松島屋で団子を買い、海の見える丘の上の公園で十五夜を見上げていた。
涼やかな風が通り抜けていく丘の上に、杵で餅をつく母ウサギの隣で喜ぶ子ウサギの様子が明るく映し出される空には、一点の曇りもない。
「平和って、この月のようなものなのね」
薫さんが月を見て呟く。
「それって?」
「お父さんの帰りを待ちながら、お母さんが夕食の用意をして、その横で子供がお父さんの帰りを待ちわびながら無邪気に遊ぶ……誰もが思い描く当たり前の家庭の風景」
薫さんが私の肩に頭を寄せる。
「ああ、その当たり前の風景を守るのが私たち大人の役目だね」
その言葉に、薫さんが私を見上げる。
真っ黒な純粋な瞳が、まるで月明かりに照らされた夜の泉のように艶やかに輝く。
「守って」
彼女の言葉に返事をする間もなく、夜の泉はみるみるうちに満ちて行き「守って」ともういちど同じ言葉を繰り返し、薫さんは返事をしようとする私の唇を彼女の熱いルージュで塞いだ。
私は薫さんの体を支えるように包み込み、彼女の言葉に応える。
芝浦埠頭から流れて来る澄んだ夜の空気に運ばれた汽笛の声が、私たち2人をはやし立てるように高音と低音の合唱を始め、薫さんは私という木の上で母親から優しく毛づくろいをしてもらっている子リスのように仰向けに丸くなっていた。




