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対米戦、準備せよ!  作者: 湖灯
★中国大陸★

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【盧溝橋要塞②】

みなさま、おはようございます(^▽^)/


今朝のイラストはタイトルには関係ないのですが、航空戦艦『日向』(架空)です。

日向は1942年(昭和17年)5月5日、演習中に5番砲塔で爆発事故が発生しました。

呉に戻った日向は、直ぐに5番砲塔を撤去し、そこに機銃をつけ電探を装着し27日には工事を終了しています。

そしてミッドウェイ海戦で空母4隻を失った1年後の1943年5月に空母改装が決まり同年11月18日には、僅か後部1/4程度の着艦の出来ない甲板の航空戦艦として新たな戦場への向かうことになりました。

今回の架空では、「まだ戦艦を手放したくない‼」と言う海軍の要求に応えつつ、5番砲塔が爆発した1942年より空母化を進めた状態で進めてみました。

航空戦艦『日向』は、速力が遅く、飛行甲板も短いので、主に艦隊護衛用の戦闘機を搭載する空母として運用されます。


執筆の励みになりますので、ブクマ&高評価をいただければ幸いです(⋈◍>◡<◍)。✧♡

それでは今日も体調管理に気をつけて、元気に笑顔で、いってらっしゃい(^▽^)/

挿絵(By みてみん)


 柳生さんに相談したところ、36センチ砲の射程は35㎞もあるので都市攻撃などに使用する目的がない限り射程が長過ぎて使い物にならないばかりか、陸上で使うには反動が大き過ぎて地盤が持たないらしい。


 反動を逃がすためには列車砲という手もあるが、これはこれで製作する手間に運用する手間、砲を発射するために人手が掛かり過ぎる。


 どうせすぐに航空機の時代になるのだから、35㎞という長大な射程は捨てて実用性に重きを置くことになり曲射砲として使用することにした。

 曲射砲であれば全長16mもある長い砲身は必要ないので短く切り落として少しでも軽くすることで運搬を楽にすることが出来る。


 これを持って満州要塞の実現化に向けての草案をまとめ、まず海軍軍令部に赴き陸軍寄りの嶋田繁太郎中将に草案を見せると彼は大いに気に入ってくれ自ら進んで軍令部総長で皇族の伏見宮博恭王の許可を取りつけてくれ、その足で陸軍参謀本部に行き総長の杉山元大将に掛け合ってくれた。


 これは嶋田が海軍の中でも、陸軍と協調する意識が強い人間であることを知っていた私の経験が功を奏した。

 かくして戦艦『扶桑』と『山城』の主砲24門と15cm単装砲32門は、海軍から陸軍に譲渡されて満州に向かう事となった。



 盧溝橋要塞については、大本営からも案を出すこととなり、古い格式のある城塞に向けて柳生さんに設計を依頼することにした。


 柳生さんは戦艦『扶桑』と『山城』の空母への改装の図面を作っていたにもかかわらず、私が依頼した自動車運搬船の案にも快く乗ってくれた。

 たしかに自動車運搬船と言っても、緊急時には1カ月程度の工事で空母への改装が終了する構造を持つ。

 しかし今度は、本物の“要塞”という兵器。


「やっと戦争らしくなってきたな」と柳生さんは張り切っていた。


 柳生さんには要塞を造るにあたって、近代戦争に耐えうるものの他に、もうひとつ重要なことをお願いした。

 それは工事期間をできるだけ短くするということ。


 特に盧溝橋の正面を塞ぐ形で建設される楼閣は、敵に邪魔をする隙を与えないスピードが不可欠になる。

 何故なら、その部分の工事に時間が掛かれば、敵は難癖をつけて壊しにかかり、逆に盧溝橋事件自体を早めてしまう恐れがあるから。


「時間を短縮する必要は俺も認めるが、いったい何週間くらいで楼閣の工事を終わらせればいいんだ?」


 柳生さんの質問に私は1日だと答えた。


「いっ、一日⁉ そんな短期間で……」

「豊臣秀吉は、一夜で石垣山城を造ったではないですか」

「……なるほど、そういうことか」


 石垣山城は豊臣秀吉が天下統一を果たすきっかけとなった城で、当時対峙していた北条氏の軍勢はその事に驚き戦意を失ったとされている。

 だが彼らが見たものは、細い木に紙を貼り合わせたハリボテで、本当の城はそのハリボテの裏に隠れて80日間の工期で完成している。


 もちろんたかが出城とは言え、80日で1つの城を完成させるのも見事だが、1日で城が作られたように見せかけて敵を動揺させた手法はあまりにも鮮やかで、彼はその30年前にも美濃の斎藤家との戦いで墨俣に短期間で城を築き、その後の立身出世の足掛かりを作ったと言われている(墨俣の一夜城)


 とにかく盧溝橋事件の裏には関東軍の暴走よりも、蒋介石の国民党軍と日本軍を戦わせて双方の戦力を削ぐと言うソビエトと中国共産党の思惑があったのは確かで、工期が長引けば敵に考える時間的猶予を与えてしまうことは間違いない。


 敵を混乱させるために是が非でも、この城郭要塞は早急に出現する必要がある。

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