エピローグII
お風呂はとんでもなく広かった。
家のお風呂というより、もはやちょっとした銭湯だ。六人どころが二十人くらい入れそう。
「極楽極楽にゃ」
「命の洗濯にゃ」
どこでそんな言葉覚えてきたのか、二匹はお湯に浸かりながら呟いた。
今回は人様の家のお風呂。
先に体を洗ってから、私も湯船に入る。
「はあぁぁ、気持ちいい……」
大きなお風呂はまた別の気持ちよさがある。この理由はなんなのだろう? 不思議だ。
私が入ると、二匹は私の横にやってきた。
ピタッとくっついて離れない。
「トア様お肌すべすべにゃ」
「でもおっぱいがナナとソラより無みぎゃ!?」
次の瞬間にはぷかぷかと湯船に浮かぶビィ。
「……馬鹿なヤツにゃ。でりかしーが無いにゃ。こういうのは幼児体型というにゃ! ひんにゅみぎゃ!?」
ビィと並んで湯船に浮かぶチィ。
「……気にしてたのか」
続いて入ってくるナナ。
「別に気にはしてないけど。人に言われるのはイラッとくるの」
「……それは気にしてるのでは……」
理屈で考えれば、私の方が動きやすいという利点がある。
が、それはそれこれはこれ。人間は理屈ではないのである。そして今の私は人間なのである。
続いて、唯一バスタオルを体に巻くソラがやってきた。
「無粋だな。とっちまえよそんなの」
「いいってば。無理強いする気は無いから。ソラ、気にしないでね」
「う、うん……」
みんなが入ったところで、それまで黙っていたスォーが入ってきた。私の横に。
私の臣下である以上、私の友人たちより先に湯に浸かるなど言語道断と、これまで待っていたのだ。
「スォー」
「……主様、流石にそれは……」
何をしろとも言ってないのに、スォーはいち早く察した。
「私に逆らうの?」
「……御意に」
観念したように、スォーが私のふとももの上に乗る。
「それでは第一回、魔法少女軍会議を始めましょう」
私の対面にいるナナとソラ。
抱えられて顔を赤くするスォーと、広い湯船に浮かぶ二匹。
そんなメンバーで、記念すべき第一回が始まった。
「それで、最初の議題は?」
「うん。まずはあらためて、二人の気持ちを確認したいと思ってて」
「……っていうと?」
「一昨日はギルドや他の人がいたから、無理して嘘言ってなかったかな、って。
あの時も言ったけど、戦いたくないなら、本当に戦わなくて良い。私のためとか、そんなことも考えなくていい。
普通の女の子になりたい、って気持ちがあるなら、私もそれを歓迎したいの」
「嘘なんか言ってない」
ナナの即答。
「うん、私も」
ソラが小さく頷く。
「昨日、私たち二人でも話したけどさ。
やっぱソラの言った通り、このまま見て見ぬ振りして生きるなんて無理だ」
「そうだよ。それに、トアちゃんのためを考えなくていい、って言われても、考えないわけない。私もナナも、トアちゃんには感謝してる。今は本当の意味で、大好きなんだもん」
真っ直ぐな二人の目。
「……ありがとう。でももし、戦いが嫌になったらいつでも言ってね」
「過保護だなトア。『私に付いてこい』くらい言って良いんだぜ?」
「言えないし、言いたくない。そう言われなければ付いて来れないなら、付いて来なくていい、って思ってる」
――戦いなんて、無いことに越したことはない。
平和を享受して生きる権利が、この子たちにはあるんだから。
「……なるほど。それじゃ、言われなくても付いていく。トアに恩を返すまで」
「だね。あと、私たちが納得できるまで」
「うん、それなら大歓迎よ」
そこでチィとビィを見る。
「はっ! 今あの世が見えたにゃ……」
「三途の川を渡るとこだったにゃ……」
「チィ、ビィ、二人の近くへ」
「はい!」
「ただいま!」
ざぶざぶとお湯をかき分けて、それぞれの所有者の隣に座る。
「それなら次の議題。妖玉の自爆を止めた時、一緒に二人の変化方法についても確認してきたの。
心臓から妖玉が無くなった今、もう胸に傷を付けたりしなくても大丈夫なのよ」
「へえ、じゃあどうすればいいの?」
「えっと確か、
『両者がおよそ20cm以内に存在する』
『妖力を交換する』
『妖力が交換された地点からおよそ10cm以内に両妖玉が存在する』
『変化の文言を唱える』
の四つが条件だったはず。
スォー、合ってる?」
「はい、その通りでございます。補足すると、妖力の交換量は不問とのことでした」
「妖力の交換ってどうするんだ?」
「体液を交換することよ。あの時、私が二人にキスしたでしょう? あれがそう。二人は血を交換してたけど、血じゃなくても良いの」
「……あれか」
思い出したのか、ナナが自分の唇に触れた。
ソラも心なしか頬が赤くなる。
「話逸れるけど、あの時はごめんね。キスって言ったけど、人工呼吸みたいなものだから。ノーカウントで」
「ノーカウント……」
「……ちなみに二人とも、これまで経験あったりする? ああいや、言いたくなかったら良いんだけど」
「あるわけないだろ」
ナナは恥ずかしそうにそう答えた。
「……うん。だから、実質、あれがファーストキスみたいなもの」
ソラが上目遣いでこちらを見る。
「いやいや、カウントしないでって。忘れて」
「……そんなの、無理」
なぜか、少しいじけたようなソラ。
「忘れられるわけない。……トアちゃんの苦しそうな顔も、血の味も、そんなことさせることになった、自分の愚かさも。
全部ひっくるめて忘れちゃいけないし、忘れたくもない。
あれが私の、ファーストキス」
……うーん、こういうとき強情そうだな、ソラ。
「バカ。そんなので記憶に残っても、トアが嬉しいわけないだろ」
ナナが軽くソラの頭を小突いた。
「痛っ! なにすんのよ!」
「私は違うからな、トア。普通に気持ちよかったし。一所懸命なトア、可愛かったし」
「ちょ、バッ……!」
カッと顔に血が上ったのが分かった。
「あはは、その顔サイコー!」
「……コイツ……」
よくもまあ、満面の笑みでそんなこと言えるわね……
「あー、いやまあ、なにはともあれ、私も流石に、あれ忘れるのは無理だわ。
全部ひっくるめて、本当にありがとう」
「……私たちで良ければ、これからもよろしくお願いします……。なんて、言う資格も無いけど……」
「そんなことないよ。友達なんだから。こちらこそよろしくね」
「……うんっ!」
「……また泣く。私の涙、取らないでくんない?」
「知らないよ、出ちゃうんだもん……止めらんないよ……」
「ごめん、嫌なこと思い出させちゃったね」
「ううん、だいじょぶ……。お話続けて……」
目元を拭いながらソラが言う。
「つまり、二人が妖玉もしくはチィビィを接触させながらキスし合うことで、変化できる、っていうことよ!」
一瞬で表情が豹変する二人。
ソラの涙も綺麗に止まったみたい。
「き、キス……? ナナと……?」
二人が顔を見合わせる。
「できるでしょ?」
「い、いや無理無理!」
「むしろなんでそんな当たり前みたいに言えるんだよ!」
「二人すごく仲いいし、相思相愛だし、なんならすでにしててもおかしくないって思ってたんだけど……」
「ただの双子だバカヤロウ! 何が悲しくて自分とほぼおんなじ顔とキスしなきゃいけねーんだ!」
「そうだよ! トアちゃんとならともかく、ナナとなんて絶対イヤ!」
耳まで真っ赤にして言う二人。
――二人とも素直になれば良いのに。
「えー、二人がキスして変身するシーン見たいのにー」
「「絶対ヤダ!」」
仲良くハモる二人。流石双子。
叫んだ後、はあはあ、と肩で息をする二人。
「……血でもいいんでしょ? だったらお互い指先ちょっと切って、合わせれば良いじゃない」
「そうだな、それで行こう!」
「それが、自爆を止めた時の影響で、血じゃ変身できなくなっちゃったのよ」
「……そうなのかスォー?」
「そうよね? スォー」
「え、あ、そ、それは……」
目を泳がせ、お風呂の中なのに冷や汗を流し始めるスォー。
「ちょっと! スォーちゃんに嘘言わせようとしないで!」
「スォー! こんなご主人様から離れた方が良いぞ!」
「い、いえ、……申し訳ありません、主様、咄嗟に嘘が言えず……」
「……しょうがないわ。私もごめんね」
なでなで。
「良い雰囲気にしてんじゃねえよ!」
「……あー、熱くなりすぎてのぼせそう……」
こうして、今後ずっと二人をキスで変身させようという目論見は、スォーが予想以上に嘘が下手だったお陰で頓挫してしまったのだった。
――いいと思うんだけどなあ、キスして変身するの可愛くて。
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