第七話 毒殺
愛花は慌てて部屋を飛び出すと三階の彼の部屋のドアノブを回す。しかし、鍵がかかっておりガチャガチャと虚しく音が鳴るだけだった。
「誰か! 誰か! 」
大声を上げる、すると田中が部屋から出て来た。
「どうかしたの? 」
「大変なんです! 太郎が! 」
「太郎? 北野さんね? 彼がどうかしたの? 」
「彼が……窓から……落ちて……」
「落ち着いて」
「落ち着いてなんていられません! 太郎が……海に落ちて……見間違いか確かめないと」
「北野さんが海から! ? 深田さん! 菅野さん! 出て来てちょうだい! 」
田中が声を上げながら交互に彼らの部屋のドアをノックすると
「なんだい? 」
「どうしたんでさあ? 」
二人がほとんど同じタイミングでそれぞれの部屋のドアを開き現れる。
「二人とも大変なの。北野さんが窓から海に落ちたみたいで」
「それを吉川さんが見たと? 」
「はい、落ちていく彼と目が合って」
「とにかく、扉を破ろう」
深田はそう言うと菅野と共に太郎の部屋に行き体当たりをする。四度目の体当たりでドアはミシミシと音を立てて壊れた。
「太郎! 」
愛花は慌てて部屋に入る。部屋に入る灯りがついていたが、彼の姿はなかった。急ぎベランダへと向かうもそこにも彼の姿はなく割れたカップと液体だけがあった。その様子を見て、そういえば、廊下に先程置いたお盆が無かったとぼんやりと考える。
「ダメだ、風呂場にもトイレにもいない」
「となるとこの状況で考えられるのは……」
田中が財布から十円玉を取り出すと液体に漬けるとみるみる銅貨は変色した。
「……毒殺ね」
「そんな……」
愛花は思わずその場に膝をつき涙を流した。
「気持ちはわかるけど、現場検証をしなければならないわ」
「そうだな」
「うーん、状況を見ると海を見ながらベランダでこの特製ドリンクを飲んでいたら毒にあたって苦しんだ後落下……てことぜしょうねえ。気の毒だが、海に落ちたとしてもこの高さ、まず助からねえし助かったとしても引き上げる手段がねえ」
「そのようですね、では、どうして青酸カリを飲んだのか。青酸カリは臭いもだが、味も一言で言えば『まずい』味になる。というのにどうして彼は飲んでしまったのか」
「そこは、古川さんの特製ドリンクでしょうね。彼、昨夜も飲まなくて味知らなかったから。青汁系統の健康に良いものだと勘違いしていたのでしょう」
三人の探偵がズバズバと言い当てる。愛花に反論の余地がなく、ただ、目の前に突きつけられた太郎死亡の事実だけが重くのしかかった。
「現場検証はこんなところか、それなら、古川さんと合流してとりあえず食堂へと移動しよう」
「私がどうかなさいましたか? 」
不意に愛花は背後から声をかけられ振り返るとそこには古川が立っていた。
「古川さん、どうしてここに」
愛花が問うと古川が答える。
「少々トラブルがございまして、皆様にお伝えしようとしたところ悲鳴が聞こえたものですから、ところでこれは……毒殺ですか」
古川が状況を見てそう言った直後、ベランダから戻って来た深田達と目が合った。
「丁度良かった。貴方に会おうとしていたのですよ、古川夫人は? 」
「既に眠っております」
「そうか……」
「起こしましょうか? 」
「良いんじゃない? 眠っていただいたままで。明るい話にはならないんだし」
「ですねえ」
満場一致で食堂へと移動すると古川が飲み物を入れてくれたが、直前の出来事を考え、誰も口をつけるものはいなかった。
「さて、今から話し合うのは皆のアリバイですが、この中で自室にいた。意外の証言が出来る方は」
深田の言葉に彼自身を含め誰も手をあげない。
「なるほど、弱りましたね。これでは何も推理ができない」
「そもそも毒ってのがねえ。料理も廊下にポツンと置いてありましたしその気になれば隙を見て誰にも……ああ、吉川さんは怪しまれるくらいで」
「そうね。吉川さん以外は三階に部屋があるわけだし、従業員である古川夫妻も違和感はない。部屋の外に出て何かを見たって人はいないの? 」
田中の提案に誰も手を挙げなかった。
「ということは、第三者が入って来て北野様の料理に毒を仕込むというのも簡単に出来てしまうわけですね」
古川の意見に反対するものもいない。
「ところで、古川さん。先程仰っていた少々のトラブルというのは」
「吉川様、それはですね……こうなると少々とはならないのですが、電話線が何者かに切断されていまして、現在外部との連絡が取れない状態なのです」
古川の言葉に皆が言葉を失う。確かに、殺人が起こる前ならともかく、殺人鬼がいると分かった以上、殺人鬼のいる島に閉じ込められ外部と連絡が取れないというのは大きな問題だった。結局、太郎の事件については何も分からないままその日はお開きとなった。




