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第六十八幕 砂漠の舞姫との接触

「なぁ、こっち見ろよ」

すぐ真隣からかけられたその言葉に、私は避けるようにぷいっと横を向き窓から流れる景色を見た。

馬車から眺められるそれは、生憎と木々ばかりが繰り返されてまるで同じ風景。

そのため特別目を惹くようなものはなく、私の気を紛れさせてくれるほどの代物ではない。

いつも通りの気分ならば、自然豊かな我が祖国・ハイヤードを思い出して懐かしむだろう。

でも今の私は心がそちらを向いてはいないのだ。がんがんととある人に揺さぶられている。

それはリクのせいだ。

リクが無駄に甘ったるい空気を溢れ出させてしまっていたから。


「リクイヤード様」

牽制を込め彼の名を口にする。

だがそれも無駄な努力だったらしい。お構いなしとばかりに、「リノア」と艶を含み名前で私を呼ぶ。

体をなぞるように声が這り、ぞくっとする。それでも私は頭を左右に振り払い雑念を飛ばした。


――お仕事。お仕事。お仕事。


呪文のように何度も何度も頭の中で反復させるが、隣のリクがそれを許してはくれなかった。

べたべたと腰に手を回され、左手は彼の指が絡んでくる。

ついでとばかりにキス攻撃。しかもわざわざ音を立てて。

さすがにこれ以上はマズイっ!!


「ストップ! この格好見てよ! メイド服着ている時はお仕事中だから駄目って言っているでしょ!?」

すかさずそれをほどくと私はリクへと向き合い睨んだ。


只今私達はラッシュアド国に向かう馬車の中。

そのため私は持参してきたメイド服を着用し、すっかりメイドモード。

制服とは不思議なモノで、それを身に纏うことにより頭と体が切り替わる。


この度の突然のラッシュアド訪問。カシノの友人として訪れても良かったのだが、リクと一緒ではいろいろと不都合過ぎ。そのためリクに仕えるメイドとして向かう事にしたのが大きな理由だ。


だから今の私はギルアの一介のメイド。でもリクがそれを妨害する。

別々に座ろうにもなぜかわざわざ一緒の座席に。

そもそもメイドなので一緒の馬車に乗るには、気が引けたんだけども無理矢理押し込められた。


「別に構わないだろ。俺が許可する。それにメイドの仕事は仕えるご主人様のお世話。

だから疲れているご主人様を労り癒す仕事。これもメイドの仕事だろうが」

「それ違う気がする……ササラさん達がそんな事しているの見た事ないもん」

「そんな恐怖におののく事を俺が自らさせるわけないだろ。大体、メイド服がアリになったのは、

お前が着用しているという限定だ。個性の強いあいつらのイメージがあるため、イマイチプラスの方

に作用しなかったからな」

「はぁ!?」

「だから問題ない」

「私は問題あるんだけどっ!!」

なんだかいつもに増してリクの暴走が酷い気がするんだけど。

そもそもメイド服にアリもナシもないと思うわ。だってこれが私達の制服だし。


「お互い愛し合っているのならば、もうこれからは遠慮しない」

「遠慮してたの……?」

「してた」

人の部屋に夜中忍び混んで一緒に寝てるのに、あれで遠慮ってそれが外れるとどうなるわけっ!?


「しかも俺達は正式に婚姻している」

「あぁ、そういえばそうだね」

「なんだその淡泊な反応は」

いえ、だって実感がわかないというかなんというか。

最初の状況が自分の身を守るための婚姻関係でいわば偽装に近かったもんだし。


「しょうがないじゃん。理由が理由だし」

「まぁ、それはそうか。だがな、欲を言えば俺に対してもっと情熱的に――……あぁ、そうでもないか。

俺の事を追いかけてわざわざギルアから長旅をしてきたわけだしな」

所々強調されて言われ、私の顔から火が出るかと思った。

は、恥ずかしすぎる。本人の口から言われるのがこんなにも羞恥心に襲われるなんて……


「こっち見ないで」

顔を手で覆えば、「可愛いな」と米神にキスを落とされ何故か髪を梳かれるようにしで撫でられた。

甘い。甘すぎる。いや恋人同士にしてみればたいした事がないのかもしれないが、私にとっては慣れない甘さだ。

恋愛とは無関係の世界で生きてきたのに、こんな突然降ってわいたような状況。


――こ、こそばゆいっ!!


「なぁ。このまま時間止まるといいな」

「どうしたの? 急に」

突然そんな事を言われてしまい、私は戸惑った。


「お前と二人きりなんてあまり時間が取れないだろ? こんなにゆっくり時間が取れるなんて滅多にないぞ」

「そうだね」

「――ということだ。この時間を有意義に使用しない手はない」

「え」

私の緩んだ顔が途中で止まった。


なんだろ……変な汗が……


「リノア」

「な、なんで近づいてくるのっ!?」

ずいずいっとリクが更に距離を詰め私の頬に手を伸ばしかけた瞬間、ついさきほどまで感じていた振動がぴたりとやんだ。


「あれ?」

「何事だ……?」

二人して顔を見合わせたら、扉の外から「リクイヤード様」と従者の声がかかった。

リクはその声を聞き窓を開け、従者を見下ろす。


「どうした?」

「ここから先にはどうやら進めないみたいようです。なにやら大量の花束を抱え馬に乗っていた男が、

その花束を地面に落とし、花がバラバラに散らばったそうで……その数があまりにも多く広範囲だったようでして道を塞ぐ形になってまして……」

「はぁ? どんな状況だ。それ」

リクは窓から身を乗り出し、前方を眺めた。


「ちょっと危ないってば!!」

止まっているとはいえ、危険な事には変わりない。

すかさず止めるために身をリクの方へ乗り出すと、「またあいつか……」という呟きが耳に届いた。




「ゼンダ王子?」

地面に散らばっている花を数人の人達がしゃがみ込み手中に一本一本収めている。

その中に私は見知った顔をした男がいたため彼を呼んだ。

すると彼は顔を上げ、眉を顰めた。


「なんだ、お前らか」

「なんだじゃないだろうが。街道を止めておいて」

どうやら道を塞いだのはゼンダ王子だったらしい。

足止めをくらった人達が、親切にも花を拾い集めるのを手伝ってくれているみたい。

それをゼンダ王子の愛馬がなんとも言えない顔をして見守っている。


「しかし、結構大きな花束だったのね」

まだ途中だけど花が絨毯のように広がり、見る分には綺麗だ。


「当り前だろ。カシノに求婚しに行くんだから」

「うん。それはロイから聞いたよ。ねぇ、城の馬車は使用中で使えなかったの?」

さすがにこの数じゃ乗馬しながらは至難の業だっただろう。

ゼンダ王子が用意した花束は、おそらく両手にギリギリで抱えられるぐらいの大きさだと思う。

それで乗馬なんて無謀すぎる。

馬よりは、馬車の方が向いている気がするんだけど……


「だから求婚しに行くってさっき言っただろ。ほんと、リノアはわかってないな。

王子の求婚と言ったら、白馬に乗ってだろうが」

「そんなのお前が勝手に妄想していただけだろ。大体そこまでシチュエーションにこだわるならば、ラッシュアド国で買えばいよかっただろうが」

「――あ」

今気付きましたというゼンダ王子の表情にリクが深いため息を吐き出す。


「私も手伝うよ」

屈みこむと、落ちている花を集めるのを手伝い始める。

花自体は踏まれたりしていなく、少しだけぐったりしているのが不幸中の幸いだわ。

この分だと水に入れれば元気になると思う。


「リノア、放っておけ。行くぞ」

「でも結構時間かかると思うし」

顔を上げた時、屈みこんだリクの後ろに人の影が差した。


「――すっげー。おい、リオナ。あれ見てみろよ。花の絨毯だぜ」

「アルフ。貴方煩いわよ。そんなに騒がなくても見えているわ」

それは男女一組。

男はさして珍しくも無い旅装束姿でとなりの女性に、こちらを指さして説明している。

それを女性がうっとおしいのか、彼から目線を外し聞いていた。


あの人……砂漠の民だわ……

女性はフードをかぶり日傘をさしている。

その隙間からは空色の髪が覗いているんだけど、彼女の瞳が魅力的なラベンダー色をしていたのだ。


砂漠の民っていうのは、砂漠の国・アルカスで生活をする者達。

それらは多くの部族から成り立っているの。

彼らは大半がアルカスで生活をしてるが、時々町中でも見かける。

それは砂漠特有の品々を売る外商の他に、踊り子として。

砂漠の民は歌と踊りが上手。そのため、王族の祝い事にも呼ばれるぐらいだ。


これからラッシュアドに行くのかしら?

私も一度舞姫の踊りを見てみたいのよね……

そんな風に思いながら彼らを見ていたら、ばっちりと視線が交わってしまった。

彼らはみるみると表情を強張らせていく。


「――ナゼアナタサマガ?」

片言の呟きが今度は私に表情を強張らせた。




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