第五十六幕 君に会えるならプライドなんて
今回ちょっと長めかもしれないです^^;
誰にでも秘密の一つや二つはある。
その件に関して私も一緒。
みんなにハイヤードの姫という身分を隠してメイドをしているから。
だからメルさんが何者なのかを必要以上に問い詰める資格はないわ。
でも彼女の言葉がずっと気にかかって私に絡まっていて気になってしょうがない。
『私が誰かリノアには知られたくないな。もしリノアがそれを知る時が来るとしたら、
それは貴女の身に危険が及ぶ時だから――』
おそらくその言葉の意味はそのままだろう。
私の身に何か起これば、必然的にメルさんの正体がわかるということ。
なぜそうなってしまうのかその理由は定かではない。
だってあの後メルさんは、ただ苦笑いを浮かべ誤魔化されてしまったから。
あれはこれ以上詮索するなと言う線引きなのかなって思う。
「――……ほんとメルさんって、一体何者かしら?」
ふわふわのタオルの端を合わせながら誰に言うでもなくそう呟く。
あいにくと自分の周りには人っ子一人いないため、その答えが返ってくる事はないのはわかっている。
おそらく人が居たとしてもメルさんの事を知っている人は居ないって思う。
だってここは元老院のメイド室なのだから。
私はつい二週間前からメイド長の命により、ここでメイドとしてお世話になっているの。
急用のため里帰りをする人の代理としてで、期間は一ヶ月間。
ここに来てからは生活のスペースがこちらになってしまっているため、
私は城側には全く行ってないからリク達とも全然会っていない。
元老院は城とは独立した建物で、貴族の政治的施設なの。
だからこちらとあちらではメイドとしては接点がゼロに近いから、全然情報も入ってこないのよね。
……まぁ、こっちが心配するまでもなくリク達なら元気でやってると思うけど。
なんかメイドのみんな、リクと仲良いし。
メイド室は何処も似たりよったりで、家具は違えど大体同じ。
落ち着いたベージュ色の壁には白いレースのカフェカーテンがかけられた棚が二つずつ左右の壁に配置されてあり、それから中央には大きな十人は座れるぐらいの丸テーブル、それからシフトが書かれた黒板と時計が壁にかけられてある。
唯一違うのは、茶葉の種類ぐらいかな。
ここの茶葉は多く、常に五十種類以上は置かれているの。
見た事もない茶葉なんかも置かれているだけじゃなく、出す人によって好みもあるためそれを覚えるのが大変なのよね。
それでも、メイド生活は楽しい。
アスラ伯爵様達――お爺ちゃん達は優しいし、一緒に働いているメイドの人達は良い人だし言う事ない。
ただ、ここはゴシップ情報が全くないのが不思議。
元老院だから空気が違うのかしら?
城ではどこぞのお貴族様の恋愛事情とか結構聞くんだけど……
「さて」
テーブルの上にタオルの段が数個できたため、そろそろ棚に収納しなければという時に扉をノックする音が耳に届いた。
誰だろうと思いながらも、すぐに返事をし入室を促す返事をした。
すると扉が数センチずつ遠慮がちに開けられていくが、それが何かにせき止められているかのように途中で止まってしまう。
わずかに出来た隙間からは、小麦色の長い髪の女性が見えた。
顔は俯いているため見えないけど、かなり背丈の高い人だっていうのはわかる。
メイドさん……?
ちらりと見える服はくるぶし丈の水色のパフスリーブタイプの半袖ワンピースに、袖と襟元がフリル状になっているブラウスの重ね着、それからその上に真っ白いエプロンという私と同じ格好。
ただ、彼女はヘッドドレスと襟元にリボンを付けてない。
ヘッドドレスは共通だけど、リボンがつけてないのが引っかかる。
ここ元老院では、自分の主の貴族ランクによりメイドのリボンの色が変わるの。
だからリボンをつけてないということは絶対にあり得ない。
「あの~。何か?」
ドアノブに手をかけ手前に引くと彼女の全身像がゆっくりとやっと見えてくる。
顔は相変わらず俯いているため見る事が出来ないけど、身長は私よりも遙かに高いみたい。
――……あれ?なんか、どっかで見た事あるような無いような。
あれかしら?初めてあった人なのにどっかで見た事あるわーって感じのやつ?
んー。どこであったのかわからないわ。
もしかしたら、ただ建物内ですれ違っただけかもしれないわね。
「何かこちらに御用が?」
彼女に近づこうと足を一歩進めると、大きく体をびくつかせたかと思うとなぜか彼女は一歩下がってしまった。
その時のふわりと彼女の髪が揺れ、耳元の水色のピアスが視界へと飛び込んでくる。
それは私がリクにお土産としてあげたもので、リクがずっとつけているやつにそっくり。
決して高価なものじゃないけど、ただそれがリクを思いだしてしまい、つい「リク」と呟いてしまった。
「は?」
意外な事にその女性はその名前に反応したらしく顔をばっと上げたんだけど、私は彼女の顔を見て
目がこれ以上空かないんじゃないかってぐらい大きく見開いてしまう。
大きな空色の瞳はカールされたまつ毛でよってより強調され、唇は彼女の瞳に合うように青みがかったピンクの口紅とキラキラと輝くグロスにより色付けされている。
そしてシフォン菓子のような肌に桃のように色づいた頬は触れると柔らかなそうな印象。
それは世界一と言っても過言でない美少女だって思う。
――ただし、どっかの誰かさんの面影を残しているが。
*
*
*
私が元老院で借りているお部屋は、ゲストルームの一つ。
一週間里帰りをする人の代わりなので、正式な部屋ではなくここになったそう。
ベッドはあっちのメイド室で使っていた物に倍の大きさだし、すっごく柔らかめ。
しかもなんと天蓋付きなんだ~。
床は赤い絨毯でその上に棚やソファなどの家具はいろいろ配置されている。
照明はシャンデリア。左壁側には暖炉もあるの。
一人部屋のうえに部屋も広々と上等なため、メイドの身分なのにいいのかな?
と思ったため辞退したんだけど、部屋がここしか空いてないんだって。
なのでありがたく使わせて頂いている。
だって、こんな部屋なかなか使うことないもの。
「ねぇ、リク。なんでそんな格好しているの?」
私はベッドに腰を落としている金色の髪の女性に問いかけた。
彼女はこちらをゆっくりと見ると、ばつが悪そうに顔を歪めて私から目を背けてしまう。
あの後このままだと他の人に見られると思い、私は自分の部屋へと連れてきた。
もちろん、お爺ちゃんや他のメイドさんには許可を貰っている。
お仕事中だったから、早めの休憩時間を頂いたの。
――しかし、なんでリクがこんな格好しているのかしら?
メイクもしてどっからどう見ても女性にしか見えないわ。
元々中性的だったし整った顔立ちだから余計似合うのかも。
あとは、メイクをしてくれた人の技術力。
リクの薄めの唇が全然違うもん。ふっくらとしているし。
すごく綺麗すぎたので「ここに来るとき男の人に声かけられたでしょ?」って聞いたら、
「煩い」って怒鳴られたのでおそらく声駆けられたんだろうね。
相手もまさか一国の王子が女装してその上メイドの格好をしているなんて思いもしないだろうし。
「趣味?」
「んなわけあるか!!」
私の言葉にリクはウィッグを取ると、床へと叩きつけるようにぶん投げた。
「お前のせいだろ!!お前が元老院でメイドなんてやるから!!断れよ!!」
「はぁ?」
「あの爺さん供、俺を一ヶ月間元老院の建物内に立ち入禁止にしやがったんだ。
いいか?それはつまり一ヶ月間お前と会うなという事だぞ?
たしかに爺さん達がブチ切れている花壇の件は俺の管理不足だった。
だから甘んじて受けようと思ったが、出来なかった。いつもお前の姿を探してしまう」
「あー。私だとこき使えるもんねー」
「人聞きの悪い事言うな。俺がいつお前の事こき使ったんだよ」
リクは私の言葉に眉をしかめながら、こちらを見つめている。
私はその視線を受け、口を開く。
「いつもこき使ってるじゃん。私違う仕事しているのにお茶出せって。メイド室に控えの
メイドさんいるのにさ~」
「それはお前に会いたいからだろ。だから今回もこうしてこんな格好までしてお前の顔を見に来たんだろうが」
「別にメイドじゃなくても良かったじゃんか。ここの建物に入るには、許可書を提出すればいいんだし。
バーズ様に通行書なんか作成して貰って、使用人にでも変装すれば入れると思うし」
私の言葉にリクは目をひんむいて頭を抱えながら叫んだ。
「言われてみればそうじゃないか!!あいつら絶対ノリでメイドにしたな!!」と。




