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二日酔いも悪くない?

ブログより転写です。

――やけにこんでるな。

扉を開ければすぐに空席が全くないということが見てとれた。


ここは城下町の酒場・眠り猫亭。

メイン通りに店をかまえているという立地条件の上に、城下町では一番大きい酒場のため、常に人で賑わっている。それでも大抵はいつも一人ぐらい余裕で座れていた。

だが生憎と席は空いていない。

今日は明日が休日ともあってか、テーブル席はおろか、カウンター席までしっかりと埋まってしまっている。


――仕方ない。違うばしょにするか。


酒場という場所には、旅人などさまざまな人種が集まってくる。

そして酒も入り気も大きくなった人は、口が軽くなっていく。


俺の目当てはその情報だ。

もちろん間者を放ち情報収集も行っているが、こうして直接その情報を収集するために時折酒場にやってきていた。


ギルアは大国だから、全てを把握することは不可能。

そのため領主に任せ報告を受けている。

だが重要な役割を担うその領主や役人の中には、不正を働き民の生活を守るどころか、悪化させている奴らもいるのが事実だ。

その話はそいつらにかき消され、俺の元までは届いてこないこともある。

だからこうして何かないか、些細な情報を集めているのだ。


――席がないなら仕方ない。城に戻るか。


以前なら女と遊んでいるところだが、シルクを好きだと自覚した今、その必要はない。

あれの代わりの女なんていないからな。


扉に手をかけ外に出ようとすると、肩をたたかれ止められてしまった。


――誰だ?


ゆっくりと振り返り、視界に入ったその人物を見て、思わず顔を顰めてしまう。

その女の顔を確認した事に、俺を激しい後悔が襲った。

なぜならこいつと会って、これから先一つも心踊るような展開がないということは確実だから。


「……ササラ」

「あら、やっぱりリクイヤード様でしたわ」

そこに立っていたのは、ササラだった。

胸元に胡桃ボタンが三つ着いたレモンイエロー色のワンピースに、白いストールを羽織っていて、

いつものメイド服とは違う印象を持つ。

一つに結っている腰まである髪も今日は下され、緩くウエーブを波打っていた。


「王子ともあろう身分の方がなぜここに? しかも、髪の色変えたり変装してまで。まさか、女漁りですの? 違いますわよね? リノアがおりますし」

「べつに何だっていいだろ。お前の方こそ、貴族令嬢のくせにここにいるじゃないか。お前の父上が見たら、卒倒もんだぞ?」

ササラは古くからギルアにある由緒あるギルアの貴族出身。

こいつもシルクと一緒で、訳あってメイドとして働いている。


「貴族って言っても名ばかり。うちが没落貴族な事はご存知じゃありませんか。家柄だけあっても腹は膨れませんわよ?――っていうか、そんなことはどうでもいいじゃないですか。それより、ご一緒に飲みません? 席空いてる場所無かったんですよね?」

「いや、いい。婚約者スウイ との時間を楽しめ」

「あら、いやですわ。私、スウイ様って言いました? スウイ様は貴族ですよ? こういうお店に来るわけないじゃありませんか。私が一緒に来ているのは……――」

ササラがゆっくりと店内に視線を移す。

その視線を追うと、一番右置くに視線を停止させた。


最悪だ……


そこには見知った顔の奴らが、4人ばかり座っている。

視線が会うと、そいつらは「ここですよ~」と言いいながら手をぶんぶん振ってアピールしてきた。

あいつら絶対、もう全員出来あがってるだろ。

見慣れたメイド達を見て、これから先の展開に俺は頭を抱えた。






「リノアのどういう所が好きですかぁ? 全部は無しですよー」

「俺に絡むな」

テーブルを挟んで前方に座っているミミは、葡萄酒片手に尋ねてきた。

呂律が回らないようなしゃべり方や、顔の赤みから結構酔いが回っているのがわかる。

他の周りの連中も似たような状態。

ただ、ササラはザルだから違うが。


「おっ、良いね~。どんどん聞いちゃおう」

「じゃあ、私も聞いちゃう~。リノアと結婚とか考えているのですかぁ?」

「ちょっ、結婚!! いいねぇ~、身分差の結婚。ロマンス小説みたいで萌えるわ」

何が楽しいんだが、酔っぱらったメイド達はケタケタと笑っている。

っうか、リノアの話で俺をいじるな!!


――酔っ払いに絡まれた事なんて何度もあるが、こんな達の悪い酔っ払いに絡まれたことなんて一度もないぞ。


「帰る!!ここは奢ってやるから、お前らだけで飲め」

こいつらにいじられまくる前にとっとと退散して、城に帰る。

なんか、どっと疲れが襲ってきてしまった。

もう帰って寝よう。


「えー。まだお酒残ってますよ」

「そうですよぉ~。今来たばかりじゃないですか」

「元々俺はお前らと飲みに来たんじゃないだろうが」

そもそもササラやこっちに来たミミ達に無理やり席に連れられてきて、仕方がなかっただけだ。

それに、これでは情報収集どころじゃない。

酔っ払い共が絡んできて、他の奴らの声を聞くのを邪魔してしまっている。


「とにかく、俺は帰る」

立ち上がると、銀貨を数枚取り出しテーブルの上に置いた。

これだけあれば足りるだろう。


「えっ?帰っちゃうんですかぁ? 本当にぃ~?」

「そうですわ。もう少し居た方がいいですわよぉ」

「なんだよ、その言い方」

口々にそんな事言われれば、帰るに帰れないじゃないか。


「もうすぐリノア達も来るんですぅ」

「……仕方ないから、もう少し居てやる」

「そう言うと思いましたぁ。でしたらほら、リクイヤード様もどんどん飲みましょうよぉ~」

しょうがない。

リノアが来るまでこいつらに付き合ってやるか。




――っ


ほんのわずか動いただけで、ガンっと殴られたように頭が痛む。

割れるんじゃないかってぐらいだ。あ~、二日酔いなんてかなり久々だ。


「…う…ぁ…」

ソファに寝ころびながら、うめき声を上げた。

さっきからそれ以外、出してない。


仕事あるのになぁ……

ほんのわずかに視線をずらせば、机の上にある書類と目が合う。

二日酔いになろうが、仕事は消えない。


結局、あれからシルクを待っている間に俺は酔いつぶれた。

矢のように飛んでくるシルクに関することにとても素面では耐えられなくて、飲みに飲みまくった結果がこのざまだ。


今度から酒はほどほどにする。

いや、いつも飲めばほどほどだが。


そもそもあいつらと飲んだのが悪かったんだよ。

もう絶対にあいつらとは酒は飲まない。

絡まれるのはごめんだ。

そう決心した時、執務室の扉を叩く音が室内に響いた。


「リク~?」

声と一緒に執務室の扉がまたノックされたが、それすらも頭に響く。

頼むから、静かにしてくれ……

返事の変わりにうめき声が出た。



「開けるよ?」

室中の俺が想像出来たのか、返事を待たずに勝手にその声の主が入って来た。

シルクは持ってきた銀のトレイをテーブルに置き、しゃがみ込むと俺の顔を覗きこんだ。


「大丈夫……じゃないよね」

そう言い苦笑いを浮かべたシルクは、持ってきたトレイの上にあったコップと何か包みを取ると「はい」と俺に差し出す。

差し出されたコップの中には透明な液体。

たぶん水だろう。

そして左手の平の上にのっているのは、おそらく二日酔いに効く薬。

俺は上半身を起こし、それを受け取るとすぐに薬を胃に流し込んだ。


「苦い」

「薬だもん。あのさ大きなお世話かもしれないけど、お酒弱いならあまり飲まない方がいいよ?」

「弱くない。お前がなかなか来なかっ――っ!!」

否定しようと大声を出してしまったせいで、また頭を殴られたような痛みに襲われた。

もうしばらく酒は絶対に飲まない……


「ほら」

「は?」

シルクはソファに座ると、自分の膝をポンポンと叩く。

なんだ?


「膝かしてあげるから、少し寝たら? 薬効いてくれば楽になれると思うし」

「お前な~」

「無い方が眠れる?」

「……いる」

別に膝枕なんかなくても眠れるが、そこは「いる」って言うに決まってるだろ。

シルクの膝枕だからな。


「じゃあ、どうぞ」

「しょうがないから、膝借りてやる」

「そこは素直にありがとうでいいんじゃない?」

「別に頼んでない」

「じゃあ、貸さないわよ?」

「……貸してくれ」

俺の言葉にシルクがクスクスと笑いを零すと、「どうぞ?御主人様」と言いながら、膝を再度ポンポンと叩く。

俺は言葉に甘え体をゆっくり傾けながら、リノアの両太ももに頭を乗せた。

少しごわごわとしたメイド服の感触の他に、弾力のあるやわらかい感触も感じる。


「薬早く効くといいね」

ゆっくりとリノアに頭を撫でられながら、俺は目を瞑った。

シルクの介抱があるなら、たまには二日酔いも悪くないかもしれない。






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