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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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85、這い回る人面疽





 数体のスケルトンに囲まれている無機質な銀色の台。その上で不安そうな表情を浮かべる吸血鬼を見下ろしながら、俺は厳かに宣言をする。


「これより手術を開始する」


 この言葉を合図にスケルトンは小さなナイフを取り出し、手のひらの上でクルクル器用に回してみせる。そして彼は狙いを定め、吸血鬼の上腕へ銀のナイフを振り下ろした。良く手入れされたナイフの切っ先は抵抗なく吸血鬼の腕に沈み込み、彼の顔を苦痛に歪ませる。


「ぐっ……どうだ?」


 祈るような吸血鬼の言葉に、俺たちはゆっくりと首を横に振る。


「ダメ、外した。今度は一斉に行くよ」


 絶望と恐怖の色に染まる吸血鬼の返事を待たず、スケルトンたちは一斉にナイフを取り出し、容赦なく吸血鬼の体に振り下ろす。が、「それ」は次々に突き刺さる無数の刃を縫うようにして腕を上り、肩、胸、そして腹へと移動していく。


「ああもう、すばしっこいな!」


 スケルトンたちは舌打ちでもするように骨をイライラ鳴らしながら乱暴にナイフを引き抜いた。吸血鬼は悲鳴を噛み殺したような呻き声を上げ、額に脂汗を滲ませながら目を見開いて肩で息をしている。

 だがその声とは別に、俺たちを嘲笑うような酷いダミ声が不意に吸血鬼の腹部から上がった。


「ケケケ、まさか宿主ごと俺を攻撃するとはな。ちょっとだけ驚いたぜ、ちょっとだけな」

「うげ……喋れるんだ、こいつ」


 俺は吸血鬼の腹部を見下ろし、その恐ろしさに思わず身震いする。

 落ち窪んだ眼球のない目、針で開けたような穴が二つ並んだ鼻、切れ込みのような唇のない口――生理的嫌悪感を呼び起こす醜悪極まりない顔が、吸血鬼の腹の上からこちらを見上げている。人面疽、と言うヤツだろうか。その顔は吸血鬼の皮膚と一体化してしまっており、しかも今朝発見した時より一回り大きくなっているような気がする。


「お前、一体何なの? どうしてこの体にいるの?」


 恐る恐る意思の疎通を試みてみると、人面疽はまるでそれが当たり前であるかのように口を開いて滑らかに言葉を吐き出していく。


「ウケケ、俺の前の宿主をこの野朗が殺したんだ。命からがらの引っ越しは大変だったが、その甲斐あってこの体はなかなかに居心地が良いぜ」


 切れ込みのような口を持ち上げ、人面疽はニタニタと笑う。

 なるほど、寄生タイプの魔物と言ったところだろうか。恐らく吸血鬼の倒した冒険者から移ってしまったのだろう。

 まぁコイツの正体がなんであろうとやる事は変わらない。こんなのが同僚の体にいたら気色悪くてしかたがない。


「引っ越し早々悪いんだけど、この体から出てってもらうよ」

「ケケ、やってみろ。俺はコイツの細胞にいわば憑依してる状態だ。俺への攻撃は即ち宿主への攻撃。腕ならまだしも、ここは腹の上だぜ。ナイフなんてぶっ刺したらコイツは死――ギャアッ!?」


 人面疽は情けない悲鳴を上げながら腹に突き立てられたナイフをすんでのところでかわす。宿主の口からも短い悲鳴が上がったが、この際それは無視することとする。

 人面疽の顔にはもうあの腹の立つような笑みは浮かんでおらず、うっすらと汗を滲ませてすらいる。それが人面疽の物なのか、痛みに耐える宿主の流したものなのかは分からないが、まぁどちらのものでも構わない。


「な、なんなんだお前ら。コイツが死んでも良いってのかよ!?」

「大丈夫、死なないから」


 スケルトンは腹に刺さったナイフを引き抜き、再び人面疽に狙いを定める。だがそれを振り下ろすより早く、人面疽がその切れ込みのような口を開いた。


「ケケケ、そうか思い出したぜ。お前ら『あんでっど』ってヤツだろ。良く知らねぇが、殺しても死なないってことは知ってるぜ」


 人面疽は恐怖を押し殺すように口の端を持ち上げ、歪な笑みを浮かべてみせる。


「俺はコイツの細胞に憑依している――つまり、宿主コイツが不死身なら俺も不死身ってこった。仮にそのナイフで俺をブッ刺せたとしても、コイツの治癒能力によって俺自体も復活する!」

「くっ……どうするレイス。ナイフじゃコイツは殺せないようだぞ」


 吸血鬼は肩で息をしながら縋るような視線をこちらへ向ける。

 スケルトンたちも構えていたナイフを下ろし、困ったようにゆらゆら骨を鳴らす。


『どうします先生』

「仕方ない、こちらも秘密兵器を出そう。準備はできてるかな?」


 俺の言葉にスケルトンは意気揚々と頷き、吸血鬼は怪訝そうな表情で首を傾げた。


「秘密兵器?」

「そう、我がダンジョンが誇る破壊神だよ」


 その時、台を囲む野次馬スケルトンたちが一斉に二手に別れ、台へと続く道を作った。秘密兵器はそこを悠々と歩き、台に横たわる吸血鬼を見下ろしてニンマリ笑う。


「ンフフー、私に任セロ」

「な……なんだ。お前が一体何をする気だ」


 人面疽治療の秘密兵器――ゾンビちゃんを見上げて、吸血鬼は不安げな表情を恐怖の色で上塗りしていく。

 吸血鬼の問い掛けを無視し、俺はゾンビちゃんを所定の位置へと誘導しつつ言った。


「じゃあゾンビちゃん、お願いします」

「ウム」


 ゾンビちゃんは大きく深呼吸をし、そして大きく腕を振り上げる。それに伴い、吸血鬼の顔がどんどん曇っていく。


「ま、待て待て! ちゃんと説明しろ、一体何をする気だ!」

「ヒイイッ」


 台の上で目を剥く吸血鬼。そして彼の腹部に浮かんだ醜い顔もまた、恐怖に頬を引き攣らせている。

 ゾンビちゃんは吸血鬼の腹部に向け、振り上げたツギハギだらけの拳を容赦なく振り下ろした。


「エイッ」

「ギャーッ!?」


 吸血鬼は身をよじらせ、既のところでゾンビちゃんの拳を避ける。狙いを外した彼女の拳は銀色の台にめり込み、いかにも頑丈そうな台に拳の形の大きなヘコみを作った。


「ひっ……な、何するんだ!? お前ら馬鹿だろ!」

「不死身の俺にそんな攻撃通用しないって言ってるだろ!? 話聞いてなかったのかよ!」


 宿主と寄生生物は声を揃えて俺たちに非難を浴びせる。今の彼らは寄生生物と宿主と言うより「運命共同体」といった様子だ。

 が、俺たちはなにも吸血鬼に危害を加えるためこんなことをしている訳じゃない。みんな吸血鬼を救うためにやっているのである。


「よく考えてよ吸血鬼、ソイツが本当のことを言ってるとは限らない。ナイフでチクチクやってたらキリがないし、ゾンビちゃんに一気に畳み掛けて貰って確実にソイツを叩かないと」

「畳み掛けるって……それじゃ、僕の体はどうなる!?」

「まぁミンチにはなるだろうけど、そんな事は大した問題じゃ」

「大した問題に決まってるだろう!? 君は本当にアホだな」


 吐き捨てるように言うと、吸血鬼は目を吊り上げて口の端から牙を剥きながら銀の台から降りてしまった。


「ええー、治療拒否ってこと?」

「当たり前だ!」

「ううん、これは想定外だなぁ」


 眉間に皺を寄せ、腕を組んでそっぽを向く吸血鬼を横目に俺たちは急きょ治療方針の変更会議を行う事となった。

 渾身の一撃を外し、不服そうに拳を撫でながらゾンビちゃんが首を傾げる。


「ドウするレイスー」

「兎にも角にも、一回アイツを攻撃してみないとね。避けられないよう点じゃなく面での攻撃が必要だと思うんだけど、なにかアイデアある? タコ殴り以外で」


 俺の問いかけにゾンビちゃんは目を輝かせ、スケルトンはザワザワと骨を鳴らす。


「ンー、皮膚をゼンブ剥グ!」

『高いとこから岩を落とす』

『温泉を沸かして釜茹で』

『いや、いっそ火炙りに』


 泉のごとく溢れ出る素晴らしいアイデアたちに、吸血鬼は身を震わせながら恐れと怯えと怒りのこもった目を見開く。その左腕に居座る人面疽も宿主と全く同じ表情でこちらを凝視していた。


「お、お前らなんて恐ろしいこと言うんだ! 正気とは思えないぞ!」

「お前たち仲間じゃないのか? 人間というのはなんて惨いことをするんだ……」


 まるで俺たちが極悪人であるかのような言い草だが、そんな事を言われるのはこちらとしても心外である。

 俺は治療に協力してくれているアンデッドを代表し、吸血鬼と寄生生物に向かって口を開いた。


「だから人間じゃないってば。俺たちだってもちろんこんなことしたくないよ。でも吸血鬼のために心を鬼にしてやってるんだ」

「ソウダソウダ」


 ゾンビちゃんも俺の言葉に大きく頷く。

 しかし俺らの言葉は吸血鬼の心には響かなかったようだ。彼はこちらをじっとり見つめ、口をへの字に曲げる。


「絶対嘘だ……少なくとも小娘はちょっとウキウキしてるだろう」

「シテナイよ」

「さぁさぁ、取り敢えず横になってよ。『治療』はこっちに任せて、吸血鬼は黙ってどーんと構えてれば良いから」


 再び台に乗せるべく、スケルトンたちは次々と吸血鬼に手を伸ばす。だが吸血鬼は彼らの白く細い手を振り払い、こちらをキッと睨みつけた。


「触るなッ! もうこんなのはたくさんだ!」


 吐き捨てるようにそう言うと、吸血鬼は立ち塞がるスケルトンたちを薙ぎ倒して風のように部屋から飛び出る。


「患者が逃げた、みんな追え!」


 俺が慌てて指示を出すと、スケルトンたちはハッとしたように骨を鳴らし、慌てて部屋を出るべく出入り口の扉へと走り出す。だが扉は狭く、そんなに一気に全員が部屋の外へは出られない。

 出入り口周辺は殺到したスケルトンで押し合いへし合いの大騒動となり、やがてその圧力でスケルトンの骨の体は崩れ、扉の前には大きな屍の山ができあがった。

 この騒動の間にダンジョン一足の速い吸血鬼が俺たちの追跡を撒いたことは言うまでもない。





***********





「どこ行ったんだ吸血鬼は……」


 散り散りとなったスケルトンたちがダンジョン内をウロウロ歩き回るのを見て、俺はため息を吐く。逃げ出した吸血鬼の探索を行っているものの、その姿は未だ発見できていない。

 今は日が出ているため吸血鬼も外へは逃げられないが、もたもたしていれば日が沈んでしまう。


「俺もちょっと探してくるよ。みんなも引き続き捜索をお願いね」


 近くにいたスケルトンにそう言い残し、俺は天井をすり抜けて上へ上へと向かう。その度に俺の目に映るスケルトンの数が減っていくのが分かった。

 上のフロアに行くほど瘴気の濃度が薄くなるため、上へ進んで行きたがるスケルトンはあまりいない。外の世界に接するダンジョン入り口などもっての外だ。

 そのダンジョン入り口のすぐ脇の岩陰にて、俺は膝を抱えてうずくまる吸血鬼の姿を発見した。


「ううっ、なんでアイツらあんな残忍なマネができるんだ」

「ああ、酷い奴らだぜ。お前も苦労しているんだな……」


 嘆く吸血鬼とそれを慰める寄生生物。なんとも不思議な光景だ。どうやらこの短時間で寄生生物と宿主は心の距離まで近付けてしまったらしい。

 俺は二人の元へそっと近付き、彼らを見下ろしながら強い口調で声をかける。


「ダメだよ吸血鬼! ちゃんと治療しないと」


 俺の声にビクリと体を震わせ、吸血鬼は恐る恐るといった様子でこちらを見上げる。

 俺の姿を確認するなり吸血鬼は寄生生物の巣食う左腕を庇うようにこちらへ背を向け、険しい表情を俺に向ける。


「べ、別に治療しなくたって死にはしないさ。放っておいてくれ!」

「そんな子供みたいなこと言わないでよ。痛いのが嫌なのは分かるけど」


 宥めるようにそう言うも、吸血鬼は反抗期の子供のようにますます強情に首を振る。


「嫌だ! 仲間を平然と切り刻む化物アンデッドなんかよりヒダリーの方がよほど僕のことを分かってくれる!」

「自分だって化物のくせに、よく言うよ……ていうかヒダリーって?」


 まさかと思いつつ尋ねると、吸血鬼はやはり彼の左上腕に浮かび上がる醜い顔のできものを指差した。

 俺は色々な意味で呆れながら思わず額に手を当ててため息を吐く。


「なに名前付けてるんだよ、ネーミングも安直だし。だいたいそいつ移動するじゃん。お腹に来たら『ハラー』になるわけ? 右腕にきたらミ」

「うるさいうるさい! 良いから僕らを放っておいてくれ!」


 吸血鬼はそう言って顔を背けてしまった。これじゃあまるで俺が悪者、寄生生物が仲間みたいじゃないか。

 恐らく吸血鬼は治療の痛みと恐怖に耐えかねて寄生生物との迎合を選んだのだろう。

 当然のことながら寄生生物の方も治療を避けたいはずだ。奇しくも利害が一致した二人は宿主と寄生生物という枠を超えて手を組んでしまったのだろう。


 ま、そんな事俺たちには関係ないけど。


「おーいみんな、ここにいたぞー!」

「お、おいレイス!?」


 目を見開いて慌てたように声を上げる吸血鬼を見下ろし、俺はニッコリ笑う。


「一瞬で終わるから、さっさと治療しちゃおう。どうせ逃げられないって本当は分かってるでしょ?」

「クソッ、このスケスケ野朗め!」


 吸血鬼は悪態をつきながらこの場を離れようと走り出す。だが数メートルも進まないうちに吸血鬼の足は止まった。地下の階段からフラフラと現れる人影を見たからである。


「ミツケタ」


 十数体のスケルトンを従え現れたのは、どこで見つけたのか巨大なナタを手にしたゾンビちゃんである。

 彼女はナタを軽々振り回しながらニタニタと笑みを浮かべて吸血鬼へ近付いていく。


「治療ノ時間ダよー」

「くっ……」


 地下に続く階段からはゾロゾロとスケルトンたちが上って来ている。いくら吸血鬼と言えど、手負いでこの数は相手にできまい。

 吸血鬼はジリジリと後退りをしてゾンビちゃんと距離を取ろうとするが、彼の後ろにあるのは陽のあたる外の世界だ。彼に逃げ場所などもうどこにもない。

 もはや万事休す。このまま捕らえられひき肉にされると誰もが思ったその時。


「……ヒダリー、手へ移動しろ」

「え?」


 面食らったような表情を見せる人面疽を、吸血鬼は鬼気迫る顔で怒鳴りつける。


「良いから早く!」


 吸血鬼の指示に従い、人面疽は左手の甲に憑依先を移す。次の瞬間、吸血鬼は「手術」の際にスケルトンたちの使用していた銀のナイフを取り出し、自らの左腕を切りつけた。ゴロリ、と吸血鬼の手首から先が地面に転がる。


「な、なにを……?」


 困惑の表情が浮かんだ左手を拾い上げ、吸血鬼は自分の左手に向かって必死に声をかける。


「その状態でも多少は動けるだろう。今からお前を外に放り投げる。お前だけでも逃げろ!」

「なっ……寄生生物の俺を、そこまでして……?」


 人面疽の眼球のない目からジワリと汁が滲み出る。ブルブル体を震わせてそれを振り払い、人面疽はその切れ込みのような口の端を持ち上げた。


「ふ……人間というのは本当によく分からないものだ」

「お前にあえて良かったよ……達者でな」


 そう言って吸血鬼は大きく振りかぶり、太陽の光が降り注ぐ外の世界へと自分の左手を投げた。

 外に出てしまえばどう頑張っても俺たちには手が出せない……が、今回は俺たちが頑張って手を出す必要もなかった。

 人面疽の取り付いた左手は、元々吸血鬼の手なのだ。吸血鬼によってダンジョンの外に放り投げられた左手は、地面に着地するより早く陽の光によって灰と化してしまった。それは風に吹かれて手の形すら失い、サラサラとどこかへ飛んでいく。

 断末魔の悲鳴を上げる暇もなく消え失せた「ヒダリー」を見て、吸血鬼は腕を組み満足げに頷く。


「ふう、計画通りだ」

「ええっ、これって仕組んでやったことなの!?」


 呆然とする俺たちを前に、吸血鬼はアッサリと頷く。


「当然だろ。挽肉にされるのもゴメンだが、あんなのと永遠に一緒なんてもっとゴメンだ」

「そ、そりゃそうだろうけど」


 俺は痛みや恐怖で吸血鬼がおかしくなったのだとばかり思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。

 伊達に何百年も生きてはいない……といったところだろうか。俺は感心と少しの恐ろしさを胸に吸血鬼を見つめる。


「す、凄いけど老獪と言うかなんというか……」


 吸血鬼は先ほどまでの憔悴したような表情からは想像できない程の邪悪な笑みを浮かべる。


「ふははは、卑怯者とでも言いたいのかい? 君も言ったじゃないか、僕は化物アンデッドだぞ。ヤツはなにか勘違いをしていたようだがな」


 彼はそう言って人面疽の消えた外の世界に目を向ける。外見こそ醜いが、どうやらあの寄生生物の方がずっと人間らしい心を持っていたらしい。

 少しだけ、ほんの少しだけ、寄生生物が可哀想に思えた俺は、きっとアンデッドとしてはまだまだ未熟なのだろう。



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