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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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59、走れ全裸男





 その男がダンジョンへ入ってきたとき、俺は自分の目を疑った。

 やけに肌色の部分が多いのだ。俺は目を擦り、もう一度その男の姿をジッと眺める。視界が男の肌色で埋め尽くされ、思わず顔を顰めた。

 男が纏っているのは雑巾にもならないようなボロボロのパンツ一枚のみ。あとは良く分からない「服だったもの」の残骸が体にくっついている程度だ。


 そのほぼ全裸の男が弾丸のごとき超スピードでダンジョンを走り抜けているのである。

 通路に置いてある宝箱には目もくれず、その太い腕と足で知能無きゾンビを、そしてスケルトンたちを蹴散らしながらダンジョンをずんずん進んでいく。その激しい動きにより今にも最後の砦であるパンツまではじけ飛んでしまいそうで、他人事ながらヒヤヒヤしてしまった。


 そして風のようにダンジョンを駆け抜けた彼は第一関門へぶち当たりとうとう足を止めた。

 ダンジョンの中ボス、ゾンビちゃんとエンカウントしたのである。

 うら若きゾンビ少女と全裸の男が互いに睨み合っている光景に色々な意味で不安を掻き立てられる。俺は心のざわつきに耐えられなくなり、ゾンビちゃんに素早く近付いて彼女にそっと耳打ちした。


「見ての通りヤバそうな奴だから……その、十分気を付けてね」

「ウン、分カッタ」


 本当に分かっているのかは定かじゃないが、ゾンビちゃんはそう言って大きく頷くとジリジリ全裸男に立ち向かっていく。

 すると、今まで一言も発さなかった全裸男がおもむろに口を開いた。その声は思いの外渋く、そして至って冷静である。


「女性に手を上げるのは忍びない。私はここを通り抜けたいだけなのだ。宝などいらない、君たちに恨みもない。どうか穏便にここを通してはくれないだろうか」


 男の意外な申し出に、ゾンビちゃんは手を差し出し天真爛漫な笑顔で答える。


「じゃあ通行料置イテイッテ」

「私には命の他にはなにもない。そのたった一つの命もこれから……」


 男はその厚い胸板に手を置き、何か思いつめたような表情を浮かべる。深い事情がありそうにも見えるが、全裸なのでイマイチ説得力や悲壮感に欠ける。

 だが彼が置いていけるようなものを持っていないのは確かだろう。彼が身に着けているのはパンツくらいのもの。パンツの中からたとえ金貨を出してきたとしても、そんなもの受けとりたくはない。

 ゾンビちゃんもそう思ったかは定かじゃないが、彼女はケロリとした顔で無慈悲に言い放った。


「命はドウデモ良イよ、ニクだけ置イテケ」


 交渉は決裂だ。

 ゾンビちゃんはその大きな目を見開き、舌なめずりをして筋肉の鎧を纏った男の体にツギハギだらけの蒼い手を伸ばす。

 男はそれをひょいと避け、ゾンビちゃんの肩を掴み足を引っ掛けて彼女を地面に転ばせた。


「乱暴はしたくない……御免」


 男はそう言い放つとそれ以上は何もせずゾンビちゃんに背を向ける。あくまで女性を傷付けないということだろうか。なんと紳士的な男だろう、全裸のくせに。

 だがゾンビちゃんもただ地面に転がって男が走り去るのを見ているばかりではない。


「待テ、ニク!」


 ゾンビちゃんはとっさに男に手を伸ばし、そして彼の唯一の衣類――パンツに手を掛けた。

 男はそれを知ってか知らずか弾かれたように走り出し、再び弾丸のようなスピードでダンジョンを走り抜ける。男の唯一の衣類は「ブチッ」という断末魔の悲鳴と共に引き裂かれ、ゾンビちゃんの手に落ちた。


 次の瞬間、男を覆うものは何一つなくなった。


「逃ゲタ! ズルイ!」


 ゾンビちゃんはしっとり湿った汚いパンツを握りしめ、手足を投げ出し悔しそうに声を上げる。

 ゾンビちゃんの足ではどれだけ近道をしても弾丸の様なスピードで駆け抜ける男に追いつくことはできないだろう。

 そうじゃなかったとしても、もうあまりあの男をゾンビちゃんの眼に映したくはない。今のヤツはまさしく走る猥褻物そのもの。もはやうら若き乙女や淑女が眼にして良いモノではなくなった。

 俺は未だ拳を握り締め、怒りをあらわにするゾンビちゃんをやさしく諭す。


「とりあえずその汚いボロ布を捨てようね」






***********






 パンツを脱ぎ捨てても、男の弾丸のようなスピードは全く変わらない。むしろ体に巻き付いていた無駄な布を取り払ったおかげか、その速度はますます増しているようにすら思う。

 しかし何とは言わないが、ナニを揺らしながら走るその姿はとても見られたものではなかった。


 男はダンジョンを走り抜け、とうとうダンジョン最下層、宝物庫のフロアにまでたどり着いた。

 待ち受けていた吸血鬼は一糸纏わぬ姿の男を見るなり目を丸くする。


「な、なんで全裸なんだ」


 男は肩で息をしながらようやく立ち止まり、血走った目で吸血鬼を睨む。その風貌はまさに変質者のそれだ。道端、とくに夜道で遭遇したら大の男でも情けない悲鳴を上げながら逃げること請け合いである。


「私は急いでいるのだ。もはや風体なんかには構ってられぬ。友が待っているのだ、王の元へ行かなくてはならんのだ」

「王のとこに全裸で行って良いわけないだろ」

「とにかく私は急いでいる。もはや一刻の猶予もないのだ。どうかここを通して欲しい」


 吸血鬼のもっともな言葉を無視し、男はゾンビちゃんとエンカウントした時と同じく吸血鬼にそう頼み込む。

 だがダンジョンボスがそんな事を了承するはずもない。吸血鬼はその頼みを鼻で笑い、挑発するような視線を男に投げかける。


「なに舐めたことを言っているんだ変質者め。ちょうど良い、その肉襦袢も脱いでもっとスリムになったらどうだ? 手を貸してやるぞ。うちには肉を削ぐのが上手い奴がたくさんいる」


 やはり交渉は決裂だ。

 吸血鬼は男の前に立ち塞がり、牙を剥いた恐ろしい顔で笑う。

 男は吸血鬼をじっと見据え、低く唸るような声で言った。


「ならば仕方ない。だが容赦はしないぞ!」


 次の瞬間、男はその丸太のような太い腕を振り回して吸血鬼に襲いかかった。その筋骨隆々の見た目の通り、彼の攻撃は強烈そのものだ。防具や武器がないというハンデをまるで感じさせない……いや、むしろ何も身に着けていないからこそこのスピードと勢いが出るのかもしれない。

 分厚い鎧や大剣に頼る冒険者が多い昨今だが、もしかしたらこういう戦い方も悪くないのかもしれない……と思ったが視界の端でぶらつくアレが気になる。やはりパンツくらいは履いてほしいものだ。



 そんな事を考えているうちにどうやら勝負が決まったらしい。

 吸血鬼も視界の端でぶらつくアレに気を取られ、隙を見せてしまったようだ。男の太い腕が吸血鬼の頭を鷲掴みにし、凄い音を立ててその首をへし折ったのである。

 男は倒れ込んだ吸血鬼を見下ろし、静かに言い放つ。


「気の毒だが正義のためだ」


 男は吸血鬼に背を向け、微かに光の漏れるダンジョンの出口をジッと見据える。

 だが彼はふと何か思いついたような表情を浮かべて再び吸血鬼を見下ろした。


「追い剥ぎのようなことはしたくないが……やむを得ん」


 男はそう言って吸血鬼のマント――ではなく、シャツ――でもなく、首に巻かれた緋色のスカーフに手を伸ばし、それを腰に巻く。そしてまた弾かれたように走り出した。


「な、なんでスカーフなんだ……」


 吸血鬼は虚ろな目で嵐のように去っていく男の後ろ姿を見つめる。スカーフの布が足りていないらしく、その硬そうな白い尻が暗闇の中に浮かび上がって見えた。

 俺は少々考えた挙句、吸血鬼の呟きに答える。


「そういう趣味なんじゃないの?」


 世の中には色々な性癖があるものだ、という結論で俺たちは納得することにした。






 後日、あの全裸の男が刑場の中央、王と大衆の面前で泣きながら男性と抱擁を交わしたと風の噂に聞き、その意味の分からなさに俺たちはますます混乱することとなった。





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