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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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58、狼男の子羊狩り講座




「なんだか嫌な気配がする」


 吸血鬼がいたずらに不穏な台詞を口走ったため、俺はダンジョンの安全と平和を守るべくパトロールに駆り出されていた。

 だがダンジョンをいくら飛びまわっても特に変わった様子は見られなかったし、スケルトンに聞きまわっても不審な情報は得られない。とんだ無駄足だったと吸血鬼に文句を言うべく部屋へ戻ろうとした時、不意にゾンビちゃんの姿が目に入った。

 彼女は腰に縄を巻き、マラソンでもしているかのようなスピードでこちらへと走ってきている。


「ゾンビちゃんどうしたの?」


 ペタペタと足音を立てながら通路を走るゾンビちゃんに尋ねると、彼女はシュプレヒコールの様な威圧感のある声で叫ぶように言った。


「ウラギリモノに死を! ウラギリモノに死を!」

「裏切り者……?」


 言葉の意味が分からず首を傾げるが、彼女は足を止めるでも台詞の説明をするでもなく俺の透けた体をすり抜けて通路を走って行ってしまった。

 それにより彼女の背中に隠れて見えなかったものが俺の視界に飛び込んでくる。俺はゾンビちゃんの腰に巻きついたロープの先の、砂埃を立てながらこちらに近付いてくるソレに向かって声をかけた。


「……なにやってんの?」


 俺の言葉に反応し、野球部がトレーニングで使用するタイヤのようにロープで縛られ地面を引きずられている銀髪の男が砂埃で薄汚れた顔を上げた。その軽薄そうな顔には見覚えがある。


「あ、レイス君。申し訳ないんだけどちょっと助けてくれるかな」





***********






「嫌な気配がすると思ったらお前か。また変な女に追いかけられてるんじゃないだろうな」

「大丈夫だよ、ちゃんと撒いてきたから」


 狼男はヘラヘラ笑いながら体に巻かれた縄を器用に解いていく。

 ゾンビちゃんは俺の制止も聞かず狼男を引きずったまま走り続けたため、やむなくゾンビちゃんと狼男を繋ぐ縄を切ることで彼を救出したのである。

 ゾンビちゃんは縄が軽くなったことに気付かなかったらしく、短くなった縄をズルズル引きずりながらどこかへ走り去ってしまった。そのせいで彼女がどうして狼男を引きずるに至ったか不明なままだ。


「ゾンビちゃんがあんな凝った痛めつけ方するの初めてだよ。一体何したの?」


 狼男は俺の問いかけにケロリとした顔で答える。


「何にもしてないよ、ちょっと手を握っただけ」

「懲りないなぁ」

「お前相当嫌われてるな」


 女の子を口説かないと死ぬ病気でも患っているのか、狼男はダンジョンに来るたびゾンビちゃんにちょっかいを出しては物理的な返り討ちにあっている。

 そのアンデッドばりの回復力と図太い精神力で試行錯誤を繰り返しているようだが、正直言って狼男に勝機があるとは思えない。狼男が一流の狩人なのは分かるが、なにせ相手は食欲にほかのほぼ全ての欲を食い尽くされたゾンビなのだ。


「いくらなんでもゾンビちゃんは無理だと思うけど……」


 忠告の意味も込めて狼男にそう助言をするも、彼はダンジョン中を引きずり回されたことなど忘れてしまったようにヘラヘラ笑ってみせる。


「難しい獲物程狩りがいがあるんだよ。それに最近ゾンビちゃんと心を通わせられつつある気がするんだ」

「その自信どこから出てくるの?」

「ここまで来ると才能だな」


 吸血鬼は感心したような呆れたような表情で小さく息を吐く。

 確かに狼男はアンデッドにも匹敵するほどの回復力を持っている。だが完全な不死ではないし、おまけに彼の主な活動の場は瘴気の濃いダンジョンではなく人間たちの住む街だ。下手を打って殺される可能性だって絶対に無いとは言い切れない。


「この前の狩人の時もそうだけど、なんで命を危険にさらしてまで女の子に執着するの?」


 訪ねると、狼男は急にヘラヘラした笑みを引っ込め、真剣な表情を浮かべて言った。


「そりゃあレイス君、決まってるじゃないか。そこに女の子がいるからだよ」

「な、なんかカッコイイ……」

「騙されるなレイス、全然格好良くないぞ!」


 吸血鬼は腕を組み、苦い顔を狼男に向ける。


「全く、世の女達はどうしてこんなクズに引っかかってしまうんだろうな」

「顔だよ顔、どうせ世の中顔なんだ。黙ってても女の子寄ってくるでしょ?」


 世界というのは本当に不公平だ。

 俺はそんな言葉が口から出そうになるのを必死に抑える。そんな事を言って僻んでると思われるのも癪だ。

 だがそんなせせこましい考えを嘲笑うかのように、狼男はヘラヘラしながら首を振ってみせる。


「いやいや、そんなに簡単じゃないよ。吸血鬼君とか顔は良いけどあんまりモテないし」

「勝手なこと言うな、殺すぞ」

「ほら、そうやってすぐ殺すぞとか言うから吸血鬼君はダメなんだよ」

「誰か針と糸を持ってきてくれ、コイツの口縫い付ける」

「ごめんごめん、怒んないでよ。まぁ女の子の方から寄ってくる事もあるけど、寄ってくる子だけを相手にするなんてつまらないじゃん? やっぱり女の子は自分で狩ってこそだよ」


 流石は最強の狩人、言うことが違う。

 彼の行動力と狩猟本能に感心すると共に、その狩りの方法に興味が湧いてきた。いくら顔が良いとはいえ普通に生活しているだけでこんなに女の子にモテるはずはない。なにかとんでもないテクニックがあるのではないか。

 俺は努めて冷静を装い、さりげなさを強調しつつ狼男に尋ねる。


「興味本位で聞くんだけど、女の子にモテる秘訣ってあるの?」

「まぁ相手によって攻略法は色々違うけど、共通して言えるのは『女の子には優しく接する』ってことかな」

「……いや待て。何が優しくだ、笑わせるな」


 狼男の教科書通りともいえる言葉に納得しかけていた俺も吸血鬼の言葉でハッと我に返った。

 そうだ、この男はあくまで獰猛な狩人。いたいけな子羊を喰い物にする狼なのだ。


「そうだよ、飽きたらすぐ捨てるくせに!」

「捨てるだなんて心外だな、女の子は物じゃないんだよ」


 狼男はとぼけた顔で首を傾げ、俺たちの追及をのらりくらりとかわす。

 だが俺たちもそう簡単に逃すつもりはない。


「綺麗な言葉で誤魔化したって無駄だぞ」

「なんで女の子をとっかえひっかえするんだよ。それで何度も酷い目にあってるじゃん」


 酷い目に合っているのはなにも狼男だけではない。俺たちだって彼の女性トラブルに巻き込まれて何度も散々な目に合っているのだ。それくらい聞いてもバチは当たるまい。

 二人がかりできつめに問い詰めると、狼男は少々考えるようなそぶりを見せた後ゆっくりと口を開いた。


「んー、そうだな……例えばさ。すっごく美味しいステーキも毎日三食食べ続けると飽きるでしょ? 大して好きじゃなくてもたまにはサラダとか挟みたいし、おやつにケーキとかも食べたいじゃん? そんな感じ」

「クズだ」

「クズだね」


 俺たちは狼男の清々しいほどのクズっぷりに眉を顰めた。

 しかし当の本人は悪びれる様子もなくヘラヘラ笑みを浮かべている。


「そう責めないでよ。そうだ、特別に女の子にモテるアドバイスを授けよう。吸血鬼君は取り敢えずそのいかにも吸血鬼な服やめた方が良いよ。行き過ぎたオシャレは女の子に敬遠されるからね」

「余計なお世話だ」

「レイス君に必要なのは積極的な行動かな。レイス君奥手そうだからなぁ。『いい人』とか『優しい人』で終わっちゃいそうだよね」

「うぐっ…なんでそう的確に人の心をえぐってくるかな」

「当たってるでしょ?」

「ノ、ノーコメント……」


 誰も求めていないのに突然始まった狼男の「恋愛アドバイス講座」に困惑しつつも、それなりに的を得ているっぽい「アドバイス」に興味をひかれずにはいられない。


「ちなみになんだけど、女の子をデートに誘うときとかどうしてる?」


 俺はたいして興味の無いフリをしながら努めてさりげなく狼男にそう尋ねるが、吸血鬼は俺の質問に呆れたように首を振った。


「なに幽霊が恋愛相談してるんだ。しかもそいつ一番手本にしたらダメな奴だぞ」

「何言ってんの、俺ほど女の子の扱いを熟知してる男もそうはいないよ。迷える子羊、何でも質問してくれたまえよ」


 狼男はそう言って自信満々に胸を張って見せる。

 だが狼男の中でみなぎる自信も、俺の頭の中から湧き出る質問も「彼女」の乱入によりどこかへ吹っ飛んで行ってしまった。


「ウラギリモノに死を! スケコマシに死を!」


 スケルトンから奪ったのだろうか。その小さな手に余るような大剣を持ったゾンビちゃんがスケルトンたちの制止を振り切って部屋へと入ってきたのだ。

 彼女は狼男を引きずり回していた時と同じく良く分からない台詞をシュプレヒコールよろしく叫んでいる。


「裏切り者? お前小娘に一体なにしたんだ?」


 狼男は吸血鬼の問いかけに首を振りながら、素早い動きで吸血鬼の背中にその体を隠す。


「だから言ったじゃん、手握っただけだって!」

「いくなんでも手を握っただけでこんなに怒らないでしょ。なんかこう、もの凄くいやらしく握ったの?」

「どんな握り方なのそれ、逆に教えてほしいよ」

「いや待て。ヤツの顔を見ろ!」


 吸血鬼の一声で俺たちはゾンビちゃんの顔を恐る恐るみやる。さぞ怒り狂った恐ろしい表情をしているだろうという俺たちの予想は見事裏切られた。


「な、なにあの無気力な顔」

「なんだか分かんないけど、凄く『義務感』を感じるね」


 その過激な言動とは対照的に、彼女の顔からは一切のエネルギーを感じられなかった。今にも「上司に言われて仕方なくやってるだけです」と言い出しそうな勢いである。

 そして表情以外にも一つ、さっきは気付かなかったゾンビちゃんの変化に気が付いた。


「ねぇそれ……ちょっと失礼」


 俺はゾンビちゃんに素早く近付き、彼女の首筋に付いた見慣れぬ紋様を眺める。

 生で見るのは初めてだが、その細かい幾何学模様の紋様には心当たりがあった。俺は後ろを振り返って吸血鬼の背中に隠れる狼男に尋ねる。


「ねぇ、つい最近魔法を使う人とトラブルにならなかった? 例えば、魔女とか」

「えっ、なんで分かるの?」


 狼男は目を丸くし、俺にそう聞き返す。

 俺はゾンビちゃんの首筋に浮かんだ「呪いの紋様」を指差し言った。


「ゾンビちゃん、魔女の呪いがかかっちゃってるよ」

「呪い? なんで小娘に呪いがかかるんだ」


 吸血鬼はそう言って怪訝な表情を浮かべる。

 確かにゾンビちゃんに呪いをかけるなんでお門違いもいいとこだ。彼女に呪いがかかったのは全て狼男の節操の無さが原因である。


「これ感染型の呪いだよ。狼男に一回かかったあと、ゾンビちゃんに移って呪いが発動したんだ。ゾンビちゃんの手握ったって言ってたよね、感染と発動の条件はそれだよ」


 恐らくこの呪いをかけた魔女は自分を裏切った男と自分から男を奪った女に復讐するためこんな複雑な呪いをかけたのだろう。

 だが彼女は本当の意味で狼男を理解していなかった。彼はなんの躊躇いもなく、息をするように、そして無差別に女の手を握るのだ。


「お前さっき女の扱いは熟知してると言っていたな。ほら、上手く扱ってみろ」


 吸血鬼は意地の悪い笑みを浮かべて背中に隠れた狼男を強引に引きずり出す。


「ひええ、意地悪言わないで助けてよ! レイス君、それどうやったら解けるの?」


 狼男の要望に応えるべく、俺は再び紋様に目を向ける。


「ちょっと待ってねー、ええと……これ目的を果たすと解けるタイプだ」

「目的って?」


 狼男は冷や汗を額に浮かべながら微かに震える声でそう尋ねる。

 それに答えるようなゾンビちゃんのシュプレヒコールがダンジョンに響く。


「ウラギリモノに死を! スケコマシに死を!」

「……まぁ、本当に死ななくても人間が死ぬような攻撃を受ければ解けるんじゃないかな。多分」


 狼男は頭が取れそうな勢いで首を振り、一歩二歩とゾンビちゃんから後退りをする。


「嫌だよそんなの! なにか他に方法はないの!?」

「自業自得だろ、往生際が悪いぞ」


 吸血鬼は背後から狼男を羽交い締めにし、剣を構えるゾンビちゃんの前に狼男を差し出す。


「殺れ、小娘」


 次の瞬間、狼男の断末魔の叫びがダンジョンに響き渡った。





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