57、冒険者パーティの姫襲来
「ここ段差あるよ。足元気を付けてね、姫」
「またゾンビ共が出てくるかもしれない……俺たちから離れるなよ、姫」
「歩くの早くない? 疲れたら言ってね、姫」
「あっ、姫もチョコ食べる?」
真剣な表情を浮かべ、周囲を警戒しながらもどこか浮かれた様子でダンジョンを進む冒険者一行。
守られる様な形でその中心にいるのは「姫」と呼ばれた一際異彩を放つ女冒険者だ。そこそこの年齢のようだが、フリルとリボンに彩られた淡いピンク色のワンピースを纏い、鈍器かと思うほど厚底のパンプスを履き、高いところで左右二つに結んだ髪にはこれまたピンク色のリボンが一つずつ付けられている。そしてその首からは紐のついた毛並みの良いウサギのぬいぐるみが掛けられていた。
「ふええ……暗くってちょっと怖い、かも」
姫は両手を頬に当て、怯えたような表情を浮かべて周囲に目を配った。
すると取り巻きの男たちは途端に心配の表情を浮かべ、姫を気遣う言葉を次々と口にする。
「大丈夫? 一端入口に戻ろうか」
「無理したらダメだからね」
「ううん、大丈夫だよ。皆の足手まといになりたくないし……それに一人だったらゼッタイゼッタイ無理だけど、みんなが守ってくれるから」
胸の前でギュッと手を握り、首を傾げてあざとい笑みを浮かべる姫。
取り巻きたちは合図したかのように一斉に顔を赤らめ、彼女の勇気と気遣いに賞賛の言葉を送った。
一方、俺はスケルトンと共に彼女たちの様子を通路の暗がりからこっそり窺っていた。
『なにあれ』
「あ、あれはパーティの姫……! あんな露骨なのは俺も初めて見たよ」
『姫?』
スケルトンはそう書かれた紙を持って首を傾げる。
冒険者には男が多く、数人の男性に一人の女性がぽつんと混じっているというパーティも少なくない。
紅一点の女冒険者というのは良くも悪くも目立つ存在だ。特別扱いを嫌がる女冒険者も多いが、中には女であることを積極的に利用する者もいる。
その最たる例が「姫」である。
「女の子に免疫のない冒険者たちに取り入って姫のように振る舞う女冒険者のことだよ。周りの男たちは姫に装備品を貢いだり、時には体を張ってモンスターから姫を守ったりして姫の寵愛を勝ち取ろうとする。ダンジョンで手に入れたお宝も優先的に姫へ流れるんだ」
『そこまでする価値ある?』
「価値観は人それぞれだから……さぁ、俺たちも攻撃に移ろうか。第一部隊は角で待ち伏せて正面攻撃、その後第二部隊が背面攻撃ね」
スケルトンたちに指示を出し襲撃の準備を整える。
正直、この時俺は戦いが早期に終結すると楽観視していた。
モンスターを楽に倒せるような強い冒険者のところには黙っていても女が寄ってくる。姫を囲うような冒険者は他の女には相手にされない弱い男と言うのが定説だ。
実際、目の前の彼らも貧弱な身体に微妙な装備品を身に着けた見るからに弱そうな風貌をしている。たくさんのスケルトンで叩けばすぐ全滅させられるだろう――そう思っていたのだが、彼らは思っていたよりずっとタフで、そして「彼女」は思っていたよりずっと有能だった。
「ライオネルは敵中央に風魔法、魔力は節約でねっ。フローレンスは打ち漏らした子をパコーンとやっちゃって。後ろからも来てるよ、エクター焼き払っちゃえ! ああブルーノ、そんなに前へ行かないで。私を側で守ってよ」
砂糖菓子のような甘ったるい声で繰り出される的確な指示と姫を盲信しているが故の捨て身ともとれるような取り巻きたちの攻撃によりスケルトンたちはみるみる骨の山と化していく。
冒険者たちの想定外の健闘に、俺たちは作戦の変更を余儀なくされた。
「あの姫お飾りじゃないのか……第五部隊、遠方から援護射撃。第四部隊は側面から第一部隊と合流、陣形を乱して姫を狙え!」
「矢の雨が降りそうだね。ブルーノ、傘をお願いしても良い? 向こうから新しい子たちが来るよ、ライオネル薙ぎ払って。エクター、三時の方向を凍結!」
俺達の手の内を見透かしているかのような姫の采配により新たに投入したスケルトン軍団も次々と打ち倒されていく。
「うっ……くそっ」
姫と騎士たちの連携プレイに全く歯が立たない。
ここが姫の手のひらの上だと錯覚してしまうほど俺たちの攻撃は姫の指示により容易く防がれてしまう。
兵力では決して劣っていない。
彼らの個々の力は冒険者の平均点を大きく下回っている。魔法は多少使えるらしいが、それだって人に誇れるようなレベルではない。
ではどこでこんなにも違いが出てしまったのか。
それは紛れもなく指揮官の能力差に起因するものである。
「なにが『怖い』だ、なにが『足手まといになりたくない』だ……なにが『姫』だッ!」
崩れ去っていくスケルトンたちを見ながら俺は頭を掻きむしる。
まず奇襲で陣形を崩しておけば。囮で気を引いてから襲撃しておけば。
いや、いくら後悔してももう遅い。今俺に出せる指示は一つだけだ。
俺は屈辱を噛み締めながら指揮を待つスケルトンたちに命じる。
「全員即時撤退!」
その言葉は俺と彼女の戦いにおける事実上の敗北宣言であった。
*********
「みんなっ、姫のこと守ってくれてありがと。すっっごくカッコ良かったよ」
姫は舌っ足らずの子供のような甘い声で取り巻きたちの健闘を褒め称える。
すると取り巻きの面々は顔を緩ませながらも勇ましく胸を張った。
「姫が応援してくれたお陰だよ」
「あんな奴ら、姫には指一本触れさせねぇから」
「姫、怪我はない? もし疲れたらすぐ言ってね」
「姫お腹空いたんじゃない? チョコ食べる?」
彼らの勝因が姫の的確な指示にあることは明白だ。彼女に相応しい称号は「姫」などではなく「有能な女指揮官」である。
それでもあくまで「か弱い姫君と姫を守る騎士団」の体を崩したくないらしく、四人の騎士は姫を守れたことに胸を張り、姫もそれを褒め称えている。
初見でもなかなかに異様な集団だったが、先ほどの戦いを見たあとだとより一層の不気味さを感じさせられる。
俺の隣で冒険者たちの様子を伺うゾンビちゃんも彼らの放つ独特の空気を感じ取ったらしい。
眉間にシワを寄せ、瞬きもせず彼らを見つめながらポツリと呟いた。
「ナニアレ?」
「あれは冒険者パーティの姫と取り巻き……もとい、女指揮官と騎士たちだよ」
俺は唇を噛んで悔しさを紛らわしながらワイワイ楽しそうにしている冒険者一行を見つめる。
確かに姫の指揮能力は凄まじい。正直言って完敗だった。
だが勝敗は必ずしも指揮官の能力だけで決まるわけじゃない。
「ゾンビちゃん、アイツら見た目よりやるから気を付けて」
「ウン、分カッタ。お腹ペコペコ」
「それは頼もしいね」
ゾンビちゃんは俺の言葉に軽く頷くと、フラリと通路を飛び出して真正面から冒険者一行に向き合った。
彼らはゾンビちゃんの姿を認めるや武器を構えて応戦態勢を整える。もちろん命令を下すのはパーティの中心に君臨し肉の壁に守られた絶対的権力者兼司令塔の「姫」である。
「ライオネル、エクターとの合体技また見たいな」
上目づかいで指示……もといおねだりする姫。
姫の「ワガママなお願い」に応じるように二人の男が前に出てゾンビちゃんに向き合った。
「姫が言うなら仕方ないね」
「凄いのぶちかましてやろうぜ」
二人はほぼ同時に呪文を唱え、スケルトンたちにも使用した炎と風の魔法を発動させる。
どちらも決して強力な技とは言えない難易度の低いものだが二つの魔法は互いに作用しあってその威力を増し、炎の渦となって爆音とともにゾンビちゃんを飲み込む。
「よしっ、決まった!」
「ふふ……呆気ないな」
経験の無さから来るものなのだろうか。二人の冒険者は勝利を確信するのが早すぎた。
彼らの攻撃はゾンビちゃんの動きを止めるには圧倒的に火力が足りなかったのだ。立ち込める黒煙の中から飛び出してきたゾンビちゃんは自分の身体の火傷など気にするそぶりも見せず冒険者に襲いかかる。
油断していた冒険者の一人はゾンビちゃんの襲撃に対する反応が遅れ、彼女に腕を噛みつかれた。
「アアアーッ!?」
「馬鹿ッ、何やってんだ!」
「離せッ離せよぉ!」
ゾンビちゃんから逃れようとがむしゃらに腕を引っ張るが、普通の冒険者が彼女に力で叶うはずもない。ゾンビちゃんにガッチリ体を掴まれ、冒険者の体は文字通り削られていく。
「どけッ、俺がやる!」
仲間の一人が勇ましい言葉を吐きながら剣を携えてゾンビちゃんに斬りかかる。
だがゾンビちゃんは齧り付いた冒険者を持ち上げてくるりと体をひねり、冒険者の背中で斬撃を防いだ。
「あああああ痛ぁい!?」
肉を食べ進められ、背中に味方の剣を受けた冒険者は目をひん剥き悲痛な叫びを上げる。
「何やってんだよ!」
「ちゃんと狙え!」
「じゃあお前がやれよ!」
怒号と悲鳴が飛び交い、ダンジョンはまさに地獄絵図と化した。そうしているうちにもゾンビちゃんはどんどん肉を腹に収めていく。
そんな収集のつかないような混乱を治めたのもやはり姫の一言であった。
「落ち着いてみんなっ」
姫の鼻にかかった甘い一声で冒険者たちはハッとしたように口をつぐむ。
姫は胸の前で両手を組み、目を潤ませながら口を開いた。
「大丈夫、この前姫が教えたこと思い出して」
姫の言葉に冒険者たちは顔を見合わせ、明らかに動揺したような表情を浮かべる。
「えっ……で、でも」
「みんなっ、姫のこと信じて?」
可愛らしく首を傾げて上目遣いで冒険者を見上げる姫。
その姿に冒険者たちは生唾を飲み、そして何かを決心したような表情でそれぞれ武器を構えた。
「いくぞッ!」
冒険者たちは雄叫びを上げながらゾンビちゃんに立ち向かっていく。
そして彼らはなんの躊躇いもなく仲間の背中に剣を突き立て、貫通した刃でその向こうにいるゾンビちゃんの腹を串刺しにした。
「ムグッ」
死角から放たれた攻撃を受け、ゾンビちゃんは眉間にシワを寄せて苦しそうに声を漏らしたが、それでも冒険者の腕から口を離そうとしない。
すると彼らはゾンビちゃんの噛み付いた腕を斬り落とし、もはや虫の息となった仲間からゾンビちゃんを引き剥がした。
確かにゾンビちゃんから仲間を救うには腕を斬り落とす以外に方法がなかったのかもしれない。だが出血やダメージが大きく、彼の命は風前の灯だ。
だがここで姫が瀕死の冒険者に駆け寄ったことで状況は大きく変わった。
姫が手をかざして呪文を唱えるや、淡い光が冒険者を包み込み彼の傷をみるみるうちに治していったのだ。それは斬り落とされてゾンビちゃんに食べられた腕も例外ではなく、体中に付いた血や破れた衣服に目をつむれば今までのことが悪い夢だったかのように彼の体は元通りになった。
体に負った傷を治す回復魔法は冒険者に必須とも言えるほどポピュラーな魔法だが、これだけの怪我をものの数十秒で治すなど並大抵の技量ではできない。
「姫……ありがとう」
未だ怯えた表情を浮かべながらも全回復を果たした冒険者は地面に横たわったまま姫を見上げて礼を言う。
姫は冒険者の体を起こし、天使のような笑みと共に悪魔のような事を言った。
「腕が取れても足が取れても死にさえしなければ治してあげる。だから頑張ってねっ」
姫はそう言って先ほどまで死にかけていた冒険者を再び前線に送り出す。
見ると、ゾンビちゃんはまた違う冒険者の腕に齧り付いていた。他の冒険者たちはゾンビちゃんを取り囲み、「餌役」の仲間が巻き込まれるのも構わず攻撃を浴びせている。
「……正気かよ」
そこからは血で血を洗う泥沼の戦いであった。
ゾンビちゃんに体を差し出し肉を食わせて動きを止め、それを囲んで仲間ごとぶっ叩く。この作戦は意外な効果も発揮した。大量の肉を食べさせ続けることでゾンビちゃんの力がほんの少しずつだが弱くなってきたのだ。
身体に蓄積したダメージも相まって徐々に劣勢になっていくゾンビちゃん。
骨を断たせて肉を切るような戦いだ。普通ならありえないような戦法だが、姫の超回復魔法がそれを可能にした。
だがその戦い方はあまりに凄惨で、思わず目を逸らしたくなるほどだ。
「これじゃどっちがアンデッドだか」
小さなダメージが積もり積もって、ゾンビちゃんの体はとうとう限界を迎えたようだった。頸部に受けた斬撃を最後に、ゾンビちゃんは地面へ崩れ落ちた。
だが大量の肉にありつくことができたからだろうか。倒れる寸前の彼女の表情はどこか満足げであった。
***********
「みんなっ、姫のこと守ってくれてありがと。もう怪我は大丈夫? 痛かったでしょ?」
姫を除いた全員が血の海を泳いできたのかと思うほど血塗れだったが、姫の奇跡とも言えるような回復魔法によってその体には傷一つない。
とはいえ普通なら死ぬような攻撃を幾度もくらったのだ。その苦痛も相当なものだっただろう。彼らの顔は決して晴れやかなものとはいえない。
それでも彼らはこんな悲惨な戦い方をするよう命じた姫に気丈な笑みを見せる。
「こんなの、姫のためならどうってことないぜ」
「そうそう。かすり傷みたいなもん」
「それより姫は大丈夫だったの? 怖かったよね、側にいてやれなくてゴメン……」
「姫チョコ食べなよチョコ!」
あんな凄惨な戦いをさせておいてケロリとしている姫も、その事に文句のひとつも言わず従う騎士たちもみんな異常だ。彼らは姫のことを神かなにかと勘違いしているのではなかろうか。
通路の影から冒険者たちの様子を伺う吸血鬼も血塗れで笑う冒険者と砂埃すらついていないドレスを纏った姫に眉を顰める。
「なんだあの狂った集団は」
「あれは冒険者パーティの姫と取り巻き、もとい女指揮官と騎士たち……兼神の手を持つカルト教団教祖と狂信者たちだよ。っていうか吸血鬼こんなとこ来てて大丈夫なの」
冒険者一行はダンジョン最深層に続く階段のすぐ側にまで来ている。本当ならダンジョンボスである吸血鬼がこんな通路にいて良い時間ではない。
だが吸血鬼は大して慌てる様子もなく呑気に冒険者の様子を眺めている。
「スケルトンたちから凄い冒険者が来てるって聞いてな、気になって見に来た。しかしあんなのに負けるとは……君たちもまだまだ未熟だな」
「なにを偉そうに。あの惨劇を見てないからそんな事が言えるんだよ」
「回復魔法のことか。確かに厄介ではあるが、僕ならもっとうまくやれる。まぁ見ていろ」
冒険者たちは最深層の宝物庫に続く階段にまで迫っていた。吸血鬼は階段を降りていく冒険者たちを見ながら唇の端を持ち上げる。
「さて、そろそろ戻るか。ヤツらを派手に出迎えてやらなくてはな」
フロアに続く長い一本道を勇ましく行進する冒険者一行。
ゴールが目前に迫り、冒険者たちの足取りも自然と軽くなっている。
「姫、とうとう最深層だよ」
「宝を手に入れたらみんなでパーティーしないとな」
「なら姫の新しいドレスも買わないと。姫に似合うとびきり可愛いやつにしようね」
「楽しみだなぁ。あ、そうだ姫チョコ――」
ブツン、と音がして冒険者の首が宙を舞った。姫に差し出したチョコレートが手から溢れ落ち、その後を追うように首のない体が地面に崩れ落ちる。
「あ……れ……?」
「フローレンス?」
突然のことに冒険者たちは声も出せないようだった。
凍りついたように静かなフロアに吸血鬼のいやらしい高笑いが響く。
「僕はチョコなんかよりもっと良い物を貰おう」
吸血鬼はそう言うと牙を剥き出しにして挑発的に笑い、手にベッタリと付いた血をこれ見よがしに舐め取った。
そして呆然とする冒険者たちを見下ろしてすっとぼけたように言う。
「どうした、自慢の回復魔法で治してやらないのか」
ちぎれた腕も抉れた腹もたちどころに治してしまった姫の回復魔法だが、それは冒険者が生きていたからこそ。死んでしまえば奇跡のような回復魔法も役に立たない。
吸血鬼も姫も冒険者もその事はよく分かっているはずだ。
「さて、次に血をくれるのは誰だ?」
吸血鬼は牙を剥いて笑い、冒険者へ挑発的に手招きしてみせる。
仲間の死を目の当たりにして流石の冒険者たちもおよび腰だ。武器を構えてはいるものの、吸血鬼に向かっていこうとする者はいない。
睨み合ったまま凍り付くような沈黙が続くこと数秒。
時間が止まったフロアへ、不意に人口甘味料のような不自然に甘い声が響いた。
「あの人……なんかカッコイイ、かも」
姫は潤んだ瞳をあろうことか吸血鬼に向け、夢見る少女のような表情で呟く。
姫のその発言にフロアはまた別の意味で凍り付いた。
吸血鬼が女の子の目を引くような顔をしているのは認めるが、仲間の死体を前にして仇に目を奪われるなど許されることではない。ましてや、それを堂々と口に出すなんて。
「サイコパスかよあの女……」
まさに百年の恋も覚めるような発言だ。姫の取り巻きたちもさぞ怒り、失望し、泣き喚くことだろう。
そんな俺の考えはいとも容易く裏切られた。
「アイツ……姫に色目使ったぞ!」
殺気立つ騎士団の面々。だかその殺気が向けられた先にいたのは姫ではなく吸血鬼であった。
彼らは武器を構えて吸血鬼ににじり寄る。癇癪を起こした子供のように涙目になっている者すらいた。
「怨敵だ、殺せ!」
「八つ裂きにしてやる!」
「姫は渡さないぞ!」
その狂信者っぷりに、先ほどまで余裕の笑みを浮かべていた吸血鬼も頬を引き攣らせてしまっている。
「言いがかりも甚だしいぞ。僕がその女に何をしたって言うんだ」
「黙れッ! その顔二度と見れないようにしてやる」
先程の疲れや怯えはどこへやら。冒険者たちは勇ましい雄叫びを上げながら吸血鬼へと突っ込んでいく。
だがゾンビちゃんに使ったような手法はもう通用しない。吸血鬼は冒険者のタックルをヒラリとかわし、一人一人確実に致命傷を与える。
吸血鬼にとって、彼らの命を奪うのはそう難しいことではなかった。
「ひ……め、逃げ……」
とうとう最後の一人が倒れ、残すは姫ただ一人となった。
吸血鬼は積み重なった屍の山の上で姫にニッコリと微笑みかける。
「ボディガードはみんな死んだぞ、お前はどうする?」
姫の顔からはすでに笑みが消えていた。
ショックで言葉も出ないのか、それとも恐怖で口が動かないのか。姫は無表情のまま口を閉ざして吸血鬼を見つめている。
「チェックメイトだ」
吸血鬼はそんな決め台詞を吐いて姫に襲いかかる。
だが、姫も呆然と立ち尽くしているばかりではなかった。姫がその手を上げて勢い良く振り下ろすと、たっぷりのフリルで飾られた袖から数本のナイフが飛び出し吸血鬼の体に突き刺さる。
「隠し武器か、悪足掻きを」
想定外の攻撃に吸血鬼も多少動揺したらしい。吐き捨てるようにそう言うと吸血鬼は体に刺さったナイフを抜き、憎らしげにそれを姫へ投げ付ける。
だが姫は顔の前にまで迫ったナイフを軽々と避け、その重い衣装からは想像つかないようなスピードで吸血鬼との間合いを詰めた。
それと同時に姫は首から下げたウサギの頭を引き千切り、綿の詰まった体の中からダガーを取り出す。そして踊るような華麗な動きでそれを振るった。
「うわっ、速い!」
その目にも止まらぬナイフ捌きに俺は思わず壁の中で声を漏らす。
吸血鬼の動体視力を持ってしてもその不規則な攻撃を完全に見切ることは難しいらしい。
捌ききれず何回か攻撃をくらったところで吸血鬼は一旦間合いを取るべく後ろへ飛び退く。だが姫はそれを追いかけるようにして吸血鬼に飛びかかり、強烈な回し蹴りを放つ。
咄嗟のガードにより頭への直撃は免れたが、蹴りをモロに受けた吸血鬼の腕は鈍い音を立てて砕けた。
「なっ……鉄靴!?」
ピンク色に塗装された厚底のパンプスはどうやら本物の鈍器であるらしい。涼しい顔をしてダンジョンを歩いてきたその足に一体何キロの負荷がかかっていたのか……考えただけで恐ろしい。
だが姫の攻撃はまだまだ終わらない。
フリルとリボンに包まれた装飾過多のスカートを持ち上げてピョンと跳ねると、中からボロボロ銀色に光るナイフが落ちてきた。姫は地面に刺さったナイフを素早く拾い上げ、数メートル先へ吹っ飛ばされた吸血鬼に投げ付ける。姫の投げた大量のナイフは銀のカーテンのように広がって吸血鬼を包み込んだ。
地面に刺さったナイフが少なくなると今度はスカートに付いたおびただしい数のリボンのうち、いくつかをスカートから抜き取った。その先端には針が付いており、ちょうど巨大なマチ針のような形になっている。
姫はそれを次々と吸血鬼へ投げつける。すでに何本ものナイフが刺さり腕を負傷している吸血鬼の動きは鈍く、ほとんどすべてのリボンが吸血鬼の身体に突き刺さった。だがスカートにはまだまだたっぷりリボンが付いている。
「つ、強い」
姫の鬼神の如き活躍に声を上げずにはいられなかった。
肉塊と化し地面に転がっている取り巻きの男たちなんか足下にも及ばない。
俺はスケルトンたちの指揮にも失敗したがそれ以上に彼女自身の強さを見誤ってしまっていたらしい。
少女趣味のドレスを纏ってはいるが、彼女が「少女」と言える年齢をとうに過ぎていることは明白だ。そして手慣れたものとでも言わんばかりの男たちの扱い――彼女の姫歴が長いことも確かだろう。
実際に彼らの戦いぶりを見て良く分かったが、「姫」というのは俺が考えていたよりずっと大変なポジションだ。
姫を守るはずの取り巻き達は力も経験もろくに無いような男ばかり、全滅の危険は常に付きまとっていたはず。そんな環境で長年「姫」をやるには色々な面で相当の実力がなければ不可能だろう。
そして目の前で鬼神のごとき活躍を見せる彼女こそまさしく貧弱な取り巻きに囲まれ幾度もの修羅場をくぐり抜け、何人もの人の死を目の当たりにし、いくつもの冒険者パーティを渡り歩いた歴戦の姫。
姫歴が長くなるほどに取り巻きたちから貢がれた装備品の数も増え、不甲斐ない取り巻きの尻拭いのため彼女自身の戦闘能力やスキルも上がっていく。
こうして彼女はいつの間にか不必要なまでの強さを手に入れたのではないだろうか。
「……まぁ、今更分析したとこでどうにもならないんだけど」
見ると、姫のスカートに付いていたおびただしい数のリボンはまるで最初から存在していなかったかのように綺麗になくなっていた。スカートから消えたリボンは吸血鬼を壁に磔にするのに使われている。大量の針で留められた吸血鬼の体はまるで作りかけの蝶の標本の様だ。
血に塗れ動かなくなった吸血鬼を横目に姫は宝物を回収し、そして地面に倒れる仲間たちを一瞥した。だが彼女はかつて仲間だった死体をどうにかするわけでもなく、足早にダンジョンを去っていく。
彼女はきっとまた新しい居場所を探し出し、姫として君臨するのだろう。
そして自分の強さを隠し、自分の足下にも及ばない男を褒め称えながら冒険に出掛けるのだ。
彼女が目指しているのは最強の女戦士でも無敵の冒険者でもなく、男に守られるか弱い姫なのだから。




