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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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50、ダンジョンはパーティ会場じゃありません





 日が沈み、ダンジョンを囲む森がすっかり夜の闇に沈んだ頃。


 いつもはこの時間ともなればダンジョンの中にも外にも人の姿は無く、俺たちは静かな空気の中でのんびりと余暇を過ごすことができる。

 ところが、今日はどうもそんなのんびりした時間を過ごす余裕はないようだ。


「向こうは凄い騒ぎだよ!」


 異変に気付き、壁をすり抜けて冒険者用通路へ様子を見に行った俺は今までに見たことのないような凄まじい光景を目にした。

 ダンジョンを埋め尽くすばかりの人、人、人。派手な衣装に見を包んだ彼らはアンデッドダンジョンにいるとは思えないような乱痴気騒ぎを起こし、冒険者用通路はいまや繁華街も真っ青の狂騒に包まれている。

 騒ぎは壁をいくつも隔てた遊戯室にまで響き、カードゲームに興じていた俺たちの耳にまで届いた。


「宝箱はもうしまったのに、なんでこんなに人が来るんだよ」

「ああ、とうとううちにも来たか」


 吸血鬼はガックリと肩を落とし、持っていた手札をドサクサに紛れて捨て山に叩き付ける。勝利が目前まで迫っていた俺は吸血鬼の突然の棄権に思わず声を上げた。


「あっ、ズルい! 劣勢だからって勝負から逃げるのか!」


 吸血鬼は薄笑いを浮かべながらとぼけたように首を傾げ、捨て山のカードを手際良く纏めていく。そして物に触れない俺の代わりにカードの操作をしてくれていたスケルトンから手札を奪い、揃ったカードをケースへと戻した。


「逃げる? とんでもない、戦略的撤退だよ。こんな騒がしい状態じゃ本来の力を発揮できないからな」

「よく言うよ。負け越してるくせに」

「そう怒るな。今は遊んでいる場合じゃないだろう?」

「それはそうだけど……まぁ良いや。それで、あの人たちは一体なんなの?」

「数年前から変な祭りが流行っていてな」


 吸血鬼は急に真剣な表情を浮かべ、壁の向こうにいるであろう人間たちの集団をジッと睨んだ。


「魔物や伝説上の化け物やらの姿に扮して他人から食い物を強奪するという祭りだ。詳しいことは知らないが、どこか遠いところから来た冒険者が広めたらしい」


 吸血鬼の言葉と派手な衣装に身を包んだ人間たちの姿が重なり、俺は思わずアッと声を上げた。


「もしかしてハロウィン?」

「なんだ知ってるのか、なら話が早い。ヤツら、仮装して繁華街で馬鹿騒ぎをするだけじゃ飽き足らず集団でダンジョンになだれ込んで来るんだ。吸血鬼協会の連中も頭を抱えていたよ」

「ええっ、なんでまたダンジョンなんかに」

「人間というのは集団になるとしばしば正常な判断力を失うからな。度胸試しのつもりか、あるいはお化け屋敷にでも行くような気分なんじゃないか。うちにはハロウィンの定番、ゾンビもいるしな」


 吸血鬼はそう言ってウンザリしたように顔を顰める。

 その予想以上に理不尽でアホな理由に呆れ果て、俺は壁の向こうから聞こえてくる喚き声にイラつきを覚えながらため息を吐いた。


「迷惑な話だなぁ。でもそんな浮かれた状態でダンジョンなんかに入ったら返り討ちにされるんじゃ」

「まぁ中にはそういう事もあるだろうが……あれだけの人数だし、ダンジョンに来るからにはそれなりに武装もしているはずだ。下手に正面から戦えばこちらの損害も大きい。宝箱だけ回収して後は放っておくダンジョンも多いようだぞ」

「な、なるほど……」


 先ほど偵察へ行った時、冒険者らしき腕っぷしの強そうな人間を何人か見かけた。冒険者が何人いるかは分からないが、あの人数を相手にするのは確かに厳しいかもしれない。衣装は派手だが金目のものは持っていなさそうだし、仮に戦いに勝利したとしても得る物は少ない。


「ま、ゾンビとでも遊ばせておけば良いさ」


 吸血鬼がため息混じりに言ったその言葉で、俺は部屋に彼女の姿がないことに気が付いた。


「あれ、そういえばゾンビちゃんどこ行った?」

「さっきまでその辺にいただろう」

「……まさか」


 嫌な予感が頭をよぎり、俺は慌てて遊戯室を飛び出す。

 ゾンビちゃんの姿は遊戯室のそばの通路ですぐに発見することができた。彼女は地面に座り込み、手と口から血を滴らせながら死体を貪っている。その死体はいかにも「吸血鬼」っぽい赤い裏地のマントや派手なシャツを身に纏っており、すぐ脇には黒いシルクハットが落ちていた。


「ど、どうしたのそれ」


 ゾンビちゃんは俺の言葉に顔を上げ、口に付いた血を手で拭いながら答える。


冒険者用通路(アッチ)で仕留めて、コッソリ持ッテきた」


 吸血鬼は腰に手を当て、呆れたように首を振った。


「また思い切った事を……」

「大丈夫だったの!? 袋叩きにされなかった?」


 俺はゾンビちゃんの周りを飛び回って彼女の怪我の有無を確かめる。

 その体は返り血を浴びて真っ赤に染まっているため判別がつきにくいが、どうやら彼女自身の体に切り傷や骨折などはないようだ。

 ゾンビちゃんは死体からもぎ取った肉片を手に、得意げな表情を浮かべて胸を張る。


「ダイジョウブ。ダレにもナニもされなかったよ」

「そうか、仮装した偽物の化け物に紛れて本物に気付かなかったんだな」


 吸血鬼はそう言って合点がいったように頷くが、俺はどうにも納得がいかずに首を傾げた。


「街中ならまだしもアンデッドダンジョンにいるのに。気付かないかなぁ普通」

「当たり前みたいな顔で堂々としていれば案外バレないものだぞ」

「今ならミンナ油断してるカラ、スグ仕留めラレルよ」


 ゾンビちゃんの言葉に吸血鬼の赤い眼がキラリと輝く。彼は壁の向こうの騒音にかき消されそうな声で呟いた。


「ほう……僕も行こうかな」

「ええっ、手出ししない方が良いってさっき言ったばっかりじゃん」

「全面戦争は避けるべきだが、だからと言って指をくわえて見ているのも悔しいじゃないか」

「まぁ確かに……」


 吸血鬼は死体の側に転がっていた安っぽいシルクハットを拾い上げて軽く砂埃を落とし、頭に乗せてしたり顔を浮かべる。


「ダンジョンは人の眼には暗すぎるし、死角も多い。祭りに浮かれて気の緩んだ人間など簡単に仕留められるさ」

「私もコレ食ベタラまた行くー」


 ゾンビちゃんはそう言いながら肉片を口に押し込んでいく。もう死体は半分ほど骨になっており、彼女が再び新しい肉の調達に繰り出すのにそう時間はかからないだろう。

 みんな行くとなると、なんだか妙に壁の向こうの馬鹿騒ぎが羨ましくなってきた。


「……俺も行こうかな」





**********





「おー、凄い騒ぎ」


 ダンジョンの通路には当然のことながら出店も出ていないし、派手な飾り付けもされていない。だが派手な衣装に身を包んだたくさんの人間たちが馬鹿騒ぎをする光景はまさに「お祭り」である。こんなに賑やかな声を聞くのは久しぶりだ。


「おわっ、すげぇクオリティ。それどうなってんの? 魔法?」


 吸血鬼と共に人混みの中を縫うように歩いていると、白いシーツを被った古典的な「幽霊」がすれ違いざまに二つの穴から覗かせた目を見開いて言った。

 俺はその足のある「幽霊」に薄笑いを向ける。


「まぁね」


 目を見張るようなクオリティの高い仮装をした人間も多く見受けられるが、流石に半透明の体をしているのは俺だけだ。そして俺の「仮装」に対する賞賛の声はあれど、俺の正体を訝しむような素振りを見せる者はいない。

 元々人に近い見た目をしている吸血鬼などはこの中では没個性的に見えるほどだ。


「やはり誰も気付かないな」


 吸血鬼は辺りを見回してにやりと笑う。今宵ダンジョンを埋め尽くしているのは警戒心ゼロの半分酔っ払ったような若者ばかりだ。普段ならなかなかダンジョンにやって来ない、柔らかそうな白い肌の若い娘も掃いて捨てるほどいる。


「これは素晴らしい、より取り見取り喰い放題じゃないか」


 吸血鬼はその赤い眼を光らせながら、にぎやかな大きい通路を避け、人の疎らな曲がりくねった細い迷路へと姿を消した。

 たった一人で人間たちの集団の中にいるのは少々心細くもあったが、吸血鬼に付いていっても仕方がない。俺は吸血鬼の背中を見送った後、人間たちの渾身の仮装を見物して周った。

 仮装のクオリティはまさにピンキリだ。舞台衣装のような豪華な服から手作り感溢れるチープな衣装、そして日用品を巧みに使用したアイデアの勝利とも言える衣装まで揃っていて、いくら見ても飽きはこない。

 クオリティも様々なら仮装の種類も様々だ。本物と見紛うようなエルフやオークやゴブリンから露出度の高い衣装に身を包んだ美しいサキュバス、定番の魔女やゾンビ、狼男まで――


「ん? 狼男?」


 見覚えのある顔にハッとして声を上げると、彼はこちらに視線を向けてにこやかに手を上げた。


「やぁレイス君、勝手にお邪魔してるよ」


 狼男も他の若者たちと同様に仮装をしてダンジョンへやって来たらしい。血のベッタリついた生成り色のボロいTシャツを纏い、狼や犬を彷彿とさせる獣耳が付いた毛皮のフードを被っている。


「……狼男が狼男の仮装?」

「惜しい! 正しくは狼男のコスプレをした人間のコスプレ」

「ややこしいなぁ。で、なんでそんな格好してるの?」

「そりゃあもちろん祭りだからだよ。祭りは良いよね。みんな浮かれてて色々と緩んじゃってるから狩りが楽なんだ。その上、今宵は満月だし」


 狼男はその月に似た瞳を怪しく輝かせ、口元には薄笑いを浮かべながら、ここに化け物がいるとも知らず呑気に騒いでいる人間達を見回す。


「本当に良い夜だよ」


 満月の出ている夜だからだろうか。狼男の外見はいつもと同じく普通の人間とほとんど変わらないのに、微かに殺気にも似た不穏な空気を放っている。

 狼男というのは満月の晩に正体を現し、狼のように人を襲ってその肉を食らうと聞いたことがある。彼のシャツにベッタリ付いた赤い物はどうやら血糊ではないらしい。


「みんなはどう? 祭りを楽しんでる?」


 狼男はいつもの人の良さそうな表情を浮かべ、俺にそう尋ねた。

 俺は少々考えた後、正直に頷く。


「最初はうるさいし迷惑だと思ったけど、参加してみると案外悪くないね。まぁ吸血鬼やゾンビちゃんは違う意味で祭りを楽しんでるけど……」

「本当だ、あっちはあっちで祭をエンジョイしてるみたい」


 そう言って狼男が指差した細い通路の先にゾンビちゃんの姿があった。

 彼女はその小柄な体で3体もの死体を担ぎ、絶妙なバランスを保ちながらこちらへと顔を向けた。


「力持ちだねゾンビちゃん」


 狼男がそう言って手を振ると、ゾンビちゃんは露骨に嫌そうな表情を浮かべて口をへの字に曲げる。


「ウゲッ、オオカミまでイル……」

「あんまり調子に乗って食べ過ぎたらダメだよ。派手な事はしないようにね」


 俺がそう忠告すると、ゾンビちゃんはキョロキョロと辺りを見回しながら不服そうに口を尖らせた。


「分カッテルよ、もうコレで最後にスルもん」

「えっ、それだけで? どうしたのゾンビちゃん、具合でも悪い?」


 彼女の無尽蔵の食欲をたった数体の死体で満足させられるはずもない。腹でも痛いのかと心配になってそう尋ねるが、ゾンビちゃんは静かに首を振った。


「なんかヘンなヤツがイッパイいるんだもん。さっきはタコを見たよ、足イッパイでキモチワルイ」


 ゾンビちゃんはそう言ってブルリと体を震わせ、さっさと関係者用通路へと走り去ってしまった。

 小さくなっていくゾンビちゃんの背中を見送りながら俺は首を傾げる。


「タコってなんだろ」

「そういう仮装の人がいたんじゃない? 女の子は料理の見た目にもうるさいからね。気持ち悪い化け物の仮装した人間じゃ食欲わかないんでしょ」


 狼男はなんでもないようにそう言うが、俺はどうにも納得がいかず腕を組んで小さく唸った。


「うーん、ゾンビちゃんが見た目なんて気にするかなぁ……」


 ゾンビちゃんの様子がどうにも気になり、彼女を追いかけようかとすら考えたその時。

 喧騒に掻き消されてしまいそうな短い悲鳴が聞こえてきて、俺たちは咄嗟に顔を見合わせる。一瞬しか聞こえなかったがその声には確かに聞き覚えがあった。


「今の、吸血鬼君の声?」

「……血を吸おうとして返り討ちにされたかな」


 俺たちは先ほど吸血鬼が消えていった毛細血管のように伸びる細い通路へと足を踏み入れ、吸血鬼の姿を探す。一人地面に横たわる吸血鬼を発見するのにそう時間はかからなかった。人間達のざわめきをどこか遠くに感じながら、俺はうつ伏せになった吸血鬼に声をかける。


「おーい、大丈夫?」

「吸血鬼君起き……うっ」


 しゃがみ込んで吸血鬼の肩に手を置いた狼男は悲鳴にも似た声を上げて顔を強張らせた。


「どうしたの?」

「あれ……」


 狼男はそう言って迷路のさらに奥へと続く通路を指差す。地面に付いた異様な跡に気付いたとき、俺は背筋に何か冷たいものを感じて息をのんだ。


「な、なにあれ」


 自然と顔が強張っていくのを感じる。俺たちは声を出すのも忘れ、ジッと吸血鬼を倒した犯人のものらしき「足跡」を見つめる。だがそれはおよそ人間の足跡とは思えないようなシロモノであった。例えるなら数十匹の大蛇の群れが地面を這ったような跡。それが通路を延々と続いているのである。

 狼男は恐る恐るといった手付きでうつ伏せの吸血鬼を仰向けにひっくり返す。まず恐怖と苦痛に歪んだ吸血鬼の顔が目に飛び込み、それから彼の首をぐるりと一周するようについた赤黒いアザに気が付いた。いや、どうやらアザがついているのは首だけじゃないらしい。狼男が吸血鬼の袖を捲ると、腕にも何かに締め付けられたような赤黒いアザが浮かんでいた。

 俺は吸血鬼の首に付いたアザと地面に付いた「足跡」とを見比べ、ブルリと体を震わせる。


「い、一体どうやったらこんな殺し方ができるんだよ!」

「うーん、蛇の群れに襲われたか、あるいはタコみたいに足の多いヤツに絞め殺されたか……」

「タコ……そういえばゾンビちゃんもそんなこと言ってたよね?」


 狼男は苦笑いを浮かべ、どんちゃん騒ぎを続ける人間たちの方に視線を向ける。


「人間に紛れてヤバいのも入りこんじゃってるみたいだね」

「ヤ、ヤバイのって……」

「人のフリして紛れてる化け物は俺らだけじゃないってことだよ」


 俺は狼男の言葉に背筋を凍らせた。

 今、このダンジョンは化け物にしか見えないようなクオリティの高い仮装を身に纏った人間達が跋扈し、俺やゾンビちゃんが紛れていても騒ぎが起こらないような状況だ。どんな「ヤバイ奴」が紛れていても不思議ではない。

 あの時すれ違ったエルフやオークは本当に仮装だったのだろうか。サキュバスの頭から生えた角、妙に生々しかったような。


「こんな賑やかな夜だ、騒ぎたいのは人間だけじゃないさ」


 狼男はそう言って、眼の中に浮かんだ満月を怪しく光らせた。




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