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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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47、過度のダンジョン周回はご遠慮ください





 ダンジョン最下層、宝物庫前のフロアにて一人の男が吸血鬼と対峙していた。

 彼は冒険者らしいガッチリした身体付きをした短髪の男で、背中には人が扱えるギリギリの大きさの大剣を背負っている。

 男はボスである吸血鬼を前にしているにも関わらず落ち着いた様子で背負った鞘から大剣を抜き、切っ先を吸血鬼に向ける。そして精悍な顔を真っ直ぐ吸血鬼に向け、良く通る低い声を上げた。


「ダンジョンの主、吸血鬼殿。貴殿の腕を見込んで是非手合せ願いたい。いざ尋常に――」


 そこまで言ったところで、男の口上は彼の顔めがけて飛んできた豪速石によって中断させられた。えげつない速度で投げられた石は男の頬をかすめて後ろの壁に当たり、音を立てて粉々に砕ける。


「見事な投石」


 突然の攻撃に怒るどころか褒め称えるように手を叩く男に、吸血鬼は憎々しげな視線を向ける。


「お前いい加減にしろ」

「なにがでしょう」


 きょとんとした表情を浮かべる男に、吸血鬼は溜りに溜まった鬱憤を晴らすかのごとく怒声を浴びせる。


「これで何回目だと思っているんだ、その台詞も聞き飽きた!」


 吸血鬼が怒るのも無理はない。むしろよくぞここまで我慢したものだ。

 この男が吸血鬼と対峙するのはこれで十数回目。どうやら彼の目的はダンジョンにある宝ではなく、アンデッドとの戦いそのものであるらしいのだ。宝箱には目もくれず吸血鬼に戦いを挑んでは殺し、吸血鬼の傷が癒える頃また戦いを挑みにやってくるというようなサイクルがもう三日も続いている。吸血鬼はもう三日も体に付いた血が乾く暇のない生活を送っているという訳だ。


「見ろっ、お前に付き合っていちいち変えていたらシャツがなくなるからもう着替えるのも諦めたぞ!」


 吸血鬼は自身の纏う真っ赤に染まったボロボロのシャツを示し、怒りに歪めた顔を男に向ける。

 自慢のマントやジャケット、ウェストコートはとっくに着用を断念したが、三日目にはとうとう替えのシャツの枚数も少なくなってきた。血に染まったシャツとスラックスのみを纏ったいつになく軽装の吸血鬼は、「吸血鬼」というよりは喧嘩に明け暮れる高校生のようだ。まぁ高校生と言うには少々老けているが。


 だが男は怒れる吸血鬼を馬鹿にするでも申し訳なさそうに謝るでもなく、ただ淡々と首を横に振った。


「私は相手がどんな格好をしていようとも構いません。お気になさらず」

「お前を気遣って言ってるんじゃない……!」


 吸血鬼はとうとう冒険者に立ち向かうことを放棄し、その場に座り込んで不貞腐れたようにそっぽを向いた。


「もう僕は戦わないぞ、非暴力不服従だ」

「なにを言ってるんです。あなたダンジョンボスでしょう」

「そうだ。そしてここはダンジョンであって使い勝手の良い無料道場じゃない」


 吸血鬼の言葉に男は少しの間考え込むように口を閉ざし、首を傾げながら言った。


「宝箱も取っていませんし、私なりに礼を尽くしたつもりなのですが」

「そんな事知るか。とにかく僕はもう貴様とは一戦もやらないからな。どうだ、無抵抗の僕を屠ったって仕方がないだろう」

「……なるほど、分かりました」


 男はそう言って吸血鬼の言葉に素直に頷く。

 が、彼のその行動は素直とは口が裂けても言えないものであった。


 男はその大剣を鞘に仕舞うどころか、あろうことかダンジョンの壁に向かって振り下ろしたのである。その大きな金属の塊と男の人間離れした筋力が合わさった一撃は極めて重く、壁は派手な音を立てて亀裂ができた。

 吸血鬼は男の突然の行動に理解が追いついていないらしく、口を半開きにして目を見開いている。かく言う俺もその突拍子もない行動に男の気が狂ったのかとさえ思ったが、彼は予想していたよりもずっと冷静に、そしてとんでもないことを言い放った。


「戦ってくれないならダンジョンを破壊します」

「な、なんでそうなる」

「これであなたにも戦う理由ができたでしょう」

「脅迫する気か脳筋野郎! 馬鹿な真似はやめろ!」


 吸血鬼の静止もむなしく、男は今にも壁に剣を振り下ろそうとしている。

 ただの人間が物理的にダンジョンを壊すだなんて、ハッタリもいいとこ……と思う一方、この男ならば本当にやりかねないかもと思わずにはいられない。

 彼は何度も何度も吸血鬼を戦闘不能に追いやり、時には素手で吸血鬼を屠ったのだ。技術もさることながら、そのパワー自体も並大抵のものではない。

 俺は潜んでいた天井から出て、素早く男の前に立ちはだかった。


「ダンジョンの破壊はルール違反だよ!」


 さすがの男も突然天井から現れた俺を見て少々驚いたらしい。言葉も発さずにしばし俺の透けた体を見つめ、ひとりごとのように呟いた。


幽霊(レイス)か……」


 男は不意に構えた剣を俺の体に振り上げた。だが剣が斬るのは風ばかりで、彼の手には当然肉を斬る感触も骨を断つ衝撃も伝わりはしない。


「む……霊体をも斬れる剣との触れ込みだったのですが」

「武器屋の親父に騙されたんじゃない? ほら、しがないレイスも斬れないようなガラクタは仕舞って仕舞って」


 さすがにダンジョンの中、それもボスである吸血鬼の前で剣を鞘に収めるといったことはしなかったものの、男は剣を下ろして改めて俺に向き合った。対話のテーブルにつく意志があるということだろうか。いや、今はそう信じる他ない。


「まずダンジョンの破壊はやめた方が良いよ。ヘタしたらダンジョン全体が崩れてみんな生き埋めだ。もちろん君もね」

「ではやはりお互いの為、吸血鬼殿には戦って頂くしかありませんね」


 男は涼しい顔でそう言ってのける。やはりそう簡単には引き下がってくれそうにない。


「この戦闘狂め、冒険者じゃなく傭兵にでもなった方が良いんじゃないか。たくさん人を殺せるぞ」


 吸血鬼は男に向かって憎々しげにそう言い放つ。やはり男は顔色一つ変えず冷静に吸血鬼の言葉を否定した。


「私は人を沢山殺したいのではありません。ただひたむきに己の強さを磨きたい、それだけです」

「ならなんでこんなにうちのダンジョンに固執するの? ダンジョンは他にもあるじゃん、上級ダンジョンを紹介しようか」


 俺の提案にもやはり男は首を振った。


「いいえ、ここよりも私の鍛錬に相応しいダンジョンはありません。私が極めたいのはあくまで対人戦闘能力。ドラゴン相手に勝っても仕方がない」

「なら人を相手にすれば良いだろう、僕は吸血鬼だぞ」

「それはそうですが、私がやりたいのは試合ではなく命を懸けた真剣勝負。人間を相手にそれをやることがどれほど難しいか。しかし人間ではない貴殿ならばそれができる! その上本気で息の根を止めてもすぐに復活し、吸血鬼特有の手品のような技も使用しない。目障りな三下に手間取らされることもなくまっすぐ貴殿ボスの元へ向かえる。ここ以上に鍛錬に相応しいダンジョンがあるとはどうしても思えないのです」

「な、なるほど……」


 この男をどこか他のダンジョンに押し付けるべく必死に条件に合うダンジョンを考えるが、そう都合の良いダンジョンがすぐ見つかるはずもない。人型のダンジョンボスというだけでもかなり絞られてしまう。人語を解する魔物は多いが、その姿は大抵の場合見るものを震え上がらせるような化物だ。

 なにか他に手はないか……そう考えていた時、不意に背後から吸血鬼の声が上がった。


「おい待て。真っ直ぐボスの元へ向かえるってどういう事だ。スケルトンは、小娘はどうした?」

「うっ」


 先ほどの男の言葉に余計な話が混ざっていたこと、そして吸血鬼がそれに気付いたことを察し、俺は体を強張らせた。

 男は吸血鬼にさらなる余計な事を喋る。


「初日は私を排除しようと向かってきましたが、今は私を見るなり避ける様に逃げていきますよ」

「……どういうことだレイス」


 吸血鬼は恐い顔を俺に向け、刺々しい視線で俺の透けた体を貫く。どうにもバツが悪くなって、思わず吸血鬼から目を逸らした。


「あ、そ、その……スケルトンたちの負傷が続いたせいで替えの骨が無くなってきちゃって……避難命令出しちゃった。ごめん」

「ふざけるな、コイツの相手を僕ばかりに押し付けていたのか! なんだかみんなやけに優しいから変だと思ったんだ。だがスケルトンはまだしも、小娘は僕と同じ条件だろう。なぜ奴じゃなく僕なんだ!」


 牙を剥いて息巻く吸血鬼に怯むこともせず、男は当然のように言い放つ。


「ゾンビとはいえ女性ですから。あまり乱暴な事はしたくないのでできるだけ避けるようにしています」

「戦闘狂のくせに紳士ぶるなよ……!」

「そう言わないでください。私も自分なりの矜持を持ってやっているのです」

「ふうん、矜持ね……」


 強引な行動や無茶な脅迫はあったが、彼の言葉遣いや所作は確かに紳士のそれである。戦えさえすれば他の誰にどう見られようと関係ない……といった感じではなさそうだ。

 俺は揺さぶりをかけるべく、男の周りをフワフワと漂って口を開いた。


「君さぁ、本当に鍛錬のためにこのダンジョンをぐるぐる周ってるの?」

「ええ、そうですが」

「でも何回戦っても君の勝ちだよね。正直、吸血鬼より君の方が格上だって自覚あるでしょ? 無い方がおかしいよね、こんだけ戦っててさ」

「あまりそういった意識はしていません。強さとは生き物、決まった形はなくその時その時で変化していくものです。安易に格付けなどしていたら足元をすくわれます」


 男はやはり顔色一つ変えず俺の言葉に冷静に反論していく。

 体の頑丈さは知っていたが、精神もそれなりに頑丈であるらしい。だが俺にできるのは精神攻撃のみ。彼の心を抉るべく、必死に頭を回転させる。


「本当はさぁ、鍛錬のためじゃなくてただ格下を屠って悦に浸りたいだけじゃないの? 命を懸けた真剣勝負をやりたいだなんて言ってるけど、君吸血鬼と戦ってて命の危険感じた? 君が本当に思っているのは『自分が傷を負わない範囲で相手の命を奪いたい』でしょ」

「私は純粋に――」

「とんでもないサディストだよね、変態だよ変態」


 男に反論の隙も与えず早口でそう捲し立てる。

 これで怒れば、もしくは狼狽えてくれればまだ望みはある。

 しかし男は顔色一つ変えず、眉の一つも動かさず、彼を罵ったこちらが恥ずかしくなるような堂々とした態度でゆっくりと首を振った。


「レイス殿、私の心を揺さぶろうとしているのは分かりました。ですが無駄ですよ」

「うっ」


 俺の目論見まで読んだ上でのこの表情。

 駄目だ、彼に勝てるビジョンが全く浮かばない。今までの精神攻撃がカウンターのごとく自分に帰ってくる。

 狼狽えてはダメだと必死に薄ら笑いを浮かべるが、頬が引き攣るのが自分でも分かる。どうしたら良い、どうしたらこの男に勝てるんだ……


「アッ、マダいたのかヘンタイ!」


 重苦しい沈黙を破ったのは、上のフロアから降りてきたゾンビちゃんであった。

 彼女は男を睨みつけ、躊躇うことなく近付いていく。


「オマエのせいでイツマデたってもニク食ベラレない! サッサとカエレ!」


 男との戦いで疲労が溜まり、他の冒険者相手の戦績も芳しくない。直接男と戦っていないゾンビちゃんも、肉が食べられないという理由で男にあまり良い感情は抱いていないらしい。ただでさえ肉を食べられなくて不機嫌なのに、その元凶が目の前にいるとなればそりゃあ怒らずにはいられないだろう。 


「こっちのメイワクも考えてよ!」

「うっ……」

「ん?」


 ゾンビちゃんに詰め寄られ、今まで表情を変えてこなかった男の顔色が微かに変わった。しかも今まで吸血鬼に果敢に挑み、何度も戦闘不能にしてきたあの男が小柄なゾンビちゃん相手に僅かだが腰が引けている。確かにゾンビちゃんも吸血鬼と渡り合えるほどに強い……が、この男ならゾンビちゃんを問題なく倒すことができるはず。

 俺はゾンビちゃんの怒声をBGMに少々思案し、一つの結論に辿り着いた。


「あっ……もしかして女の子苦手?」


 男の石のごとく動かなかった表情がその言葉でみるみる歪み、挙句茹でダコのような色に変わった。

 吸血鬼は今までの鬱憤を晴らすかのごとく男を指差し大笑いをする。


「貴様中学生か! これは良いザマだな。よし小娘、もっと言え」

「このトーヘンボク! デクノボウ! ボクネンジン! ええとソレカラ……」

「異常性癖者」

「イジョーセーヘキシャ!」

「ちょっと吸血鬼、ゾンビちゃんに変なこと吹き込むなよ」

「だが見ろ、効果は抜群だぞ」


 吸血鬼はそう言って嫌な笑みを浮かべる。

 男は今や熱湯を浴びた鬼のような姿になってしまっている。さらに追い打ちをかけようとゾンビちゃんが口を開きかけたところで、とうとう男は剣を鞘に戻した。


「おっ、とうとう逃げ帰るのか?」

「逃げるのではありません、新たな戦場に行くのです。あまりいつまでも居座っては迷惑でしょうから」


 吸血鬼のからかいを多分に含んだ言葉を、男は極めて冷静に否定する。だがその声は注意しないと分からないほど微かではあるが、確かに震えていた。


「そうだな、貴様は花街にでも行ってその致命的な弱点を克服した方が良いぞ!」


 男が出ていくと宣言しているにも関わらず、なおも吸血鬼は憎まれ口を叩くのをやめない。今までの復讐だとでも言わんばかりの勢いだ。

 男は相変わらず冷静を装っていたが、腹の中は違ったらしい。出口に向かう途中、すれ違いざまに吸血鬼の腹に重い拳をぶち込んだ。


「うっ……」


 恐らく加減はしたのだろうが、それでも吸血鬼を黙らせるには十分な威力だったようだ。

 しかし裏を返せば拳で黙らせる他に方法がなかったということ。舌戦での暴力行為は敗北宣言に等しい。


「……ゾンビちゃん、あとで肉あげるよ」

「ホント? ヤッター!」


 俺はこの戦いでの最大の功績者を讃え、去っていく茹でダコのような敗者の背中を見送った。





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