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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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159、死神襲撃




「……おかしいな」


 人気のない静かなダンジョン。

 時刻はもう昼を回ったところだ。にもかかわらず、ダンジョンにはまだ一人の冒険者も来ていない。


『雨でも降ってる?』

「朝見たときは晴れてたと思うんだけどなぁ……ちょっと見に行こうか」


 もしかしたら急に天気が崩れたのかもしれない。

 俺はスケルトンを連れて、ダンジョン入り口へと向かう。


 結論から言うと、雨は降っていた。

 それもただの雨じゃない。血の雨だ。


「貴様は今日、死ぬ!」


 煌めく白銀の鎧を纏った騎士。

 しかしその手に持っているのは剣ではなくバケツ。

 彼女はバケツに入った血液をぶちまけ、ダンジョンに足を踏み入れようとする冒険者たちを赤く染めていた。


「な、なんだよ一体……」

「うわっ、あいつデュラハンじゃね?」

「まずいよ、死神じゃん……今日は帰ろう!」


 冒険者たちは血でべったり濡れた髪を振り乱しながら逃げるように去っていく。

 冒険者が入ってこない理由が今分かった。犯人はコイツだ。


「何やってんだよ! 営業妨害はやめろ!」

「む?」


 こちらに視線を向ける騎士。

 金髪の髪を纏め上げた、碧眼の若い女騎士だ。

 その顔には確かに見覚えがあった。


「もしかして、合コンに来てた女騎士?」

「貴様はあの時の幽霊! くっ、私を殺しに来たのか」


 身構えるようにする女騎士。

 だがそう言った直後、彼女は全ての感情が抜け落ちたような顔をして呟く。


「あっ……私、もう死んでたんだった」

「それはもういいよ。で、なにしてんの?」

「私は祖国が滅亡した事にも自分が死んだことにも気づかなかった間抜けだ。だがな、それに気づいたからって私の思いは何も変わらない。なんとしても祖国に帰るのだ。そのために……祖国を復興させてみせる」


 真っ直ぐな目でどこか遠くを見つめる女騎士。

 だがその手に持っているのは血に塗れたバケツである。


「それは立派だし頑張れって思うけど、冒険者に血を浴びせることと国の復興には何の関係があるの?」

「国の復興にはなんといっても金が必要だ。だから就職した」

「しゅ……就職!? デュラハンが?」

「ああ。魂回収のお仕事だ。ひたすらに騎士道を突き進んできたものだから上手くいかないこともあるが、一生懸命にやっているぞ」

「……で、回収できたの? 魂」


 尋ねると、女騎士は視線を落として寂しげに笑う。


「いや……」

「そうだろうね! 本当だったらあの冒険者たちはダンジョンに入って死んでたはずなのに、あなたが余計なことするから!」

「なっ……魂回収の前に血を浴びせるのはデュラハンの伝統的な作法だ」

「そんなことしたら死の危険を回避しようとするに決まってるじゃん。魂を刈るのは自由だけど、本当に営業妨害はやめてよ」

「くっ……」


 唇を噛む女騎士。

 反論はしないものの、素直にうなずくこともしない。騎士っていうのは変なとこで頑固だ。


「っていうかあんな血、どこで手に入れたの?」

「ダンジョンの地下にあったのを拝借した」

「……それって」


 なんとなく嫌な予感がして呟いたその時。


「貴様かあああぁぁぁぁッ!」


 怒声と共に、空のボトルがすごい勢いで飛んでくる。俺の頭をすり抜け、女騎士の鎧に当たって砕けた。


「あーあ。怒らせた」


 ダンジョンの奥からズンズンこちらへ向かってくる吸血鬼。

 怒りに髪を逆立たせ、鋭い視線を女騎士に向けている。


「この血液泥棒め! 盗んだ分、貴様から搾り取ってやる!」

「くっ……良いだろう殺せ! あっ、もう死んでたんだった」

「もう良いよ、そのネタは」

「ナニナニ? ナニしてるの?」


 騒ぎを聞きつけたか、血の匂いを嗅ぎつけたか、ゾンビちゃんがペタペタとこちらへ走り寄ってくる。

 なんだかずいぶん大事になってきてしまった。


「もう頼むから帰ってよ。こんなとこで大騒ぎしてたんじゃ冒険者も寄り付かないし、いつまでたっても魂回収なんてできないよ?」

「……正直なところ私も早く帰りたい。だが、このままでは帰れないんだ。新人とはいえ、魂の一つも回収できていないのはまずいからな」

「自業自得でしょ、そんなの」

「だが私には挽回のチャンスがある……貴様だ」


 女騎士はドヤ顔で宣言しながら、こちらを指差す。

 ……俺を指してる?


「えっ、なに?」


 困惑しながら尋ねると、女騎士はどこからかいくつも付箋のついた分厚い冊子を取り出す。

 表紙に「はじめての死神マニュアル」と書かれたその冊子を開き、彼女は文字を目で追っていく。


「体を離れた魂が形と自我を保っているのは珍しい……らしいんだ。そういった魂ほど、我々にとっては価値が高い……らしい。つまり、貴様を連れて行けば特別ボーナス間違いなしというわけだ!」

「つ、連れて行くって……」


 彼女は死神、俺は幽霊。

 その言葉の意味に、背筋が凍る。


「誰の前で物を言っている?」


 唸るような低い声で言いながら、女騎士の前に立ちふさがる吸血鬼。

 ゾンビちゃんも女騎士をジッと見ながら静かに俺の側に立つ。


「み、みんな……」


 俺を守ってくれようというのか。

 誰かに守られるなんて、不思議な感覚だ。


「なぜ邪魔をする? 彼の魂は貴様らの朽ちかけた魂とは違う。貴様らにはこの薄暗い洞窟しかないのかもしれないが、彼は自分の手で未来を掴み取るポテンシャルがあるのに」

「未来……って?」


 幽霊に最も似合わない言葉に、思わず反応してしまう。

 すると女騎士はどことなく胡散臭い笑みを浮かべる。


「私と一緒に来てくれ。君をあの世へ連れて行く。君の魂なら、転生にも耐えうるはずだ」

「て、転生!?」

「何を驚いている。体を失った魂がどうなると思っていたのだ? そのまま泡のように弾けて消えるとでも?」


 女騎士は当然だろう、とばかりに言う。

 転生って、生まれ変われるってことだよな? そんなの真面目に考えたことなかったけど……

 もう一度、新しい人生を送れるのか?


「今までのおぞましい生活も、全部忘れられる。なかったことにできるんだ」

「なかったことに……? 忘れちゃうってこと?」

「ああ。元は冒険者だったんだろう? アンデッドに殺された上に人殺しの片棒を担がされて、さぞ辛かったろうな」


 女騎士の言うことは大体合ってる。

 俺は望んでこの体になったわけじゃないし、望んでここにいるわけではない。

 でも、なんだろうこの違和感は。


 辛かった……? 辛かったのかな?

 いや、大変なこともあったし目を覆いたくなるような惨劇もいっぱい見たけど。

 けど……


「レイス」


 たどたどしい声でハッと我に返る。

 ゾンビちゃんが不安そうな表情でこちらを見つめていた。


「行ッチャうの?」


 騒ぎを聞きつけて集まってきたのだろうか。

 数体だったスケルトンが、数えきれないほどに増えている。

 彼らはペンを持って何か言いたそうにしているが、紙は白いまま。何も言わずじっとこちらを見つめている。


 ……彼らを置いていけるのか?


「仲間を道連れにしようというのか? 本当の仲間なら、彼の新しい門出を祝ってあげるべきじゃないのか?」


 女騎士のもっともらしい言葉を、吸血鬼は鼻で笑う。


「そんな事するはずないだろう? ……奴がいないと困る」

「自分たちが困るから、彼をこのダンジョンに閉じ込めておくつもりか? 本当に自分勝手なヤツらだな」

「当然だ。僕らはアンデッド。人の生き血を啜り肉を食らう化物だ。だがそれはお前もだろう? ノルマ達成のため、レイスの魂を回収したいだけじゃないか。……転生がどうこうなんて話をしていたが、それだって怪しいものだ」

「なに! 私が嘘をついていると?」

「なら嘘偽りなく答えろ。レイスが転生したとして、人間に転生できる可能性はどれくらいだ?」

「……え、それはどういう?」


 言葉の意味が分からず、思わず尋ねる。

 すると吸血鬼はニヤリと笑った。


「この世界で生きる生物は人間だけか? 違うだろう? 虫、動物、魔獣、魚類、植物にも魂がある。その数は人間なんかよりよほど多い。もう一度聞くぞ、レイスが転生して人間になれる確率はどれくらいだ?」

「……察しがいいな。それなりに長く生きているだけのことはある」


 女騎士は吸血鬼の言葉に反論しようとしない。

 ……と、いうことは?


「えっ、嫌なんだけど……虫になるの嫌なんだけど! 虫やだ!」

「大丈夫だ! 虫の生活だってそんなに悪くないから! 多分」

「絶対嫌だ、幽霊のほうが全然マシだよ! もう帰って!」

「……仕方ない」


 女騎士は低い声で呟くと、どこからか巨大な鎌を取り出し、構えた。


「乱暴なことはしたくなかったが、これも祖国のため……貴様の魂刈り取ってくれる!」

「ひえっ!?」


 地面を蹴り、風を切り裂くように向かってくる。

 デュラハンとして覚醒したという事か、合コンの時と動きが全く違う!

 幽霊のごとく吸血鬼をすり抜け、ゾンビちゃんをすり抜け、瞬く間に鈍く光る刃が迫る。

 ダメだ、避けられない!


「うわあああぁぁぁぁッ! ……あれ?」

「……あれ?」


 俺は首をかしげる。女騎士も首をかしげる。

 ……痛くない。どこも切れていない。

 魂を刈り取るための武器であろう死神の鎌が、俺の体をすり抜けた?


「へえええええ? あ、あれー? おかしいな……なんで?」


 女騎士は再び分厚い冊子を取り出し、ペラペラとページをめくる。

 だが「カンタン☆魂の刈り方 ~大鎌編~」と書かれたその冊子には求めていた答えが書いていなかったようだ。

 彼女は一通りページをめくり終えた後、困ったように笑いながらこちらに視線を向けた。


「……貴様はちょっと、私の手には余るな」

「え……え?」

「なんか面倒くさそうだから、見なかったことにする! もし他のデュラハンが来ても、私のことは喋るなよ。じゃあな!」


 女騎士は投げやりにそう言うと、鎌をしまい、にこやかに手を振る。

 彼女はそのまま、溶けるように消えてしまった。


「……な、なんだったんだよ」


 突如訪れた危機、そして突如取り戻した平穏。

 正直、まだ整理がついていないが。


「残念だったなレイス。新しい肉体を得ることができなくて」


 腕を組み、ニヤニヤと笑う吸血鬼。

 返事に少し困ったが、俺は笑みを浮かべて余裕ぶることにした。


「仕方ないね。このダンジョンは俺がいないとダメだから」

「大丈夫だよ。もしレイスが生マレ変ワッテも、私が探シ出シテまた食ベルから」


 ゾンビちゃんもこちらをジッと見つめながら言う。

 ……冗談かと思ったが、目がマジだ。


「あ、ありがとうね……」


 いつの間にか、ダンジョン中のスケルトンたちも集まってきたようだ。

 多分、一番後ろにいるスケルトンは何が起きたのか分かってもいないだろう。


「みんなもう大丈夫だから、仕事に戻って良いよ!」


 そう声を上げると、スケルトンたちは緩慢な動きで持ち場に戻っていく。


 俺だってうかうかしてられない。たまっている仕事があるのだ。

 ……まぁでも、急ぐ必要はないか。この体は眠る必要もないから徹夜だって余裕だ。そうじゃなくても、時間は腐るほどある。


 俺のアンデッド生活は、まだまだ続きそうだから。




「うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?」を読んでくださってありがとうございました!

これにて物語はひとまず完結となりますが、アンデッドたちの生活はこれからも続いていきます。

これまでのような定期的な更新はなくなりますが、またふらっとアンデッドたちの生活をお届けするかもしれません。

その時はまた、温かい目で見守ってください!

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