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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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158、ある魔術師の研究日誌




「なにこれ?」


 本棚の奥の奥に埋もれていた、埃塗れの古い手帳。

 棚からいつのものか分からない書類が出てくるのはそう珍しくないことだ。しかし手帳の表紙にべったりと付着した赤黒い血が俺の目を引いたのである。


『見たい?』

「え? う、うん」


 妙にもったいぶったような様子のスケルトンの言葉に、俺は静かにうなずく。

 するとスケルトンはその手帳を手に取り、パラパラと捲ってみせる。

 手帳に書かれた細かな文字を追っていくが、俺の頭ではそのうちの二割程度しか理解することができなかった。

 何かの研究ノートのようだが。


「で、結局なんなの?」


 文字を追うことに疲れてギブアップ宣言をする。

 するとスケルトンたちは互いに顔を見合わせ、紙にペンを走らせていく。


『このダンジョンに侵入してきた、ある男の手記だよ』




******




 今よりも少し前、まだダンジョンに我々スケルトンしかいなかった時の話。


 当時も一応はダンジョンをやってたんだけど、もっと簡素だったし知名度もイマイチ。

 なかなか思うように戦果を上げられず、我々の体はあちこち骨折だらけだった。

 だからある日やってきたその男の提案はとても魅力的に思えた。


「ま、待て! 骨ならやる、いくらでもある。だから……この洞窟の一角を貸してくれ」


 その男は魔術師であるらしかった。

 闘い慣れていないみたいで、剣を持って囲んだ我々に怯えたような視線を向けていた。

 冒険者じゃないことは一目でわかった。彼が背負ってるのは武器じゃなく棺桶だったから。


 なにをする気なのか、とりあえず尋ねてみた。

 そしたら。


「娘を助けたいんだ。そのための研究に、この場所を使わせて貰いたい」


 男は泣きそうな顔でそう言ったんだ。

 我々は文字通り血も涙もないアンデッドだけど、そういうのには弱いんだよね。

 思わず頷くと、彼は何度も頭を下げた。


「ありがとうございます、ありがとうございます……ほら、お前も挨拶しなさい」


 そう言って男は棺桶の蓋を開けた。

 覗き込んだ我々の眼窩に映ったのは、ほとんど原形を留めていないバラバラ死体。


 あ、イカれた男だ。

 我々はその瞬間から男の要求に頷いたことを後悔した。

 しかし彼は本気だったんだ。


 なんでも、事故で死んだ娘を復活させたいんだと。

 一体どんな死に方をしたのか。娘の体はバラバラになってしまっていたが、男はそれを丁寧に繋ぎ合わせていった。

 しかし足りないパーツも多いようだ。特に内臓はぐちゃぐちゃで、原型を留めていないものも多かった。


「できる限り拾い集めてきたんだけど、やっぱり限界があるね」


 そう言ってため息をつく男。

 その日の夜。ふらりといなくなったかと思うと、男は若い女の死体を持って戻ってきた。

 男は死体の腹から手際よく内臓を掻き出す。


「あの子にピッタリの健康な腸だ。丈夫な胃腸じゃないと一緒に食事もできないからね。あの子の作った料理が並ぶ食卓を囲み、共に生きる喜びを噛み締めたいんだ」


 男はそう言いながら、ぬるぬると光るハラワタを手に笑った。

 健康な内臓を持つ女の死体なんて、一体どこから仕入れたのか。

 気にならないではなかったが。


「ああ、約束通り骨は君らにあげるよ」


 この一言で我々はほかの全てのことがどうでもよくなった。


 それからというもの、娘に足りないパーツを求めて、男は死体を運んできた。

 眼球、皮膚、肝臓、爪。

 死体が一体あればすべて揃えられるはずだ。

 でも男は「娘に最高のパーツを揃えてあげたい」と言って、何度も死体を運んできては人形をカスタマイズするように娘を作り替えていった。

 そして、当然だけど死体からは骨がたくさんとれる。

 少女の細い骨とはいえ、当時の我々には貴重な資源だ。


 骨だけにとどまらず、男はさらに新聞、本、骨磨き用ペーパーやカルシウムクリームを持ってくるようになった。

 どれもダンジョンから出られない我々にとっては貴重な品だ。

 それらと引き換えに男が求めたのは我々の労働力。

 だが、我々は研究なんてやったことがない。

 男に指示されるがまま動いていたが、失敗も多かった。


『待って。それ麦茶じゃ?』

『マズイ! 止めろ!』


 仲間の一人が慌てたようにボトルを引き上げる。

 ビーカーに指定された薬品を注ぐよう指示されていたのだが、不注意な仲間の一人が誤って男が昼食と共に持ち込んだ麦茶を注いでしまったのだ。

 我々は慌ててビーカーを見る。

 ぷかぷかと脳の浮かんだ巨大なビーカー。ついさっきまでビーカーを満たす液は透明だったはずだが、麦茶のせいか液が茶色く変色してしまっていた。


『どうする?』

『うーん』

「もう洗浄が済んだみたいだね」


 離れた場所から飛んできた声に、我々はビクリと体を震わせる。

 筆談に使っていた紙を後ろ手に隠し、麦茶のボトルを蹴飛ばして何事もなかったかのように男のほうへ体を向けた。


「うん、入れてくれた洗浄液が効いたみたいだ。この茶色いのが脳の汚れだよ」


 違う、この茶色いのは麦茶だ。

 だが何も知らない男は、にこやかにビーカーの中の脳を眺めている。


「……ん? なんかいつもより静かだね君たち。なんかあった?」


 とっくに腐り落ちたはずの心臓が飛び上がるような感覚に体を震わせる。

 ただでさえイカれた男だ。

 ビーカーに麦茶を注いだなんてバレたら、一体何をされるか。


『脳を洗浄なんてして良いのかなぁ、と思って』


 なんとか誤魔化すため、思ってもいない疑問を紙に書きなぐって男に見せる。

 しかし適当に書いたその言葉が男の気に障ったらしい。男は少々ムッとした表情で、ぶっきらぼうに口を開いた。


「人間の脳というのは複雑だ。それ故、余計な情報もたくさん含んでる。そういうのは消してあげた方が良いんだよ」


 男はそういうと、娘の脳が入ったビーカーを持ち上げた。


「それじゃあ始めよう。蘇生術を!」



 継ぎ目だらけではあったが、体は綺麗に修復できていた。

 とはいえ、あれだけバラバラになっていた死体がもう一度動くなんて本当に可能なのか疑ってもいたんだ。骨は丈夫で単純だけど、肉は腐りやすくて柔くて繊細だからね。


 でも男はやってみせた。

 脳を頭蓋に戻し、長時間にわたる我々には理解できないほど複雑な処置を施した結果、娘は再びその目を開いたのである。


「おはよう、愛しい娘。私だよ。お父さんだ」


 男は娘の顔をのぞき込み、興奮気味にそう呼びかけた。

 すると娘はゆっくりとその目を男に向け、そしてしばらくの沈黙の後口を開いた。


「ダレ?」


 娘の短い言葉に、男はみるみる顔を蒼くする。

 我々の頭によぎったのは、もちろん麦茶の一件だ。


『まだ意識が朦朧としてるのかも!』

『混乱してるだけだよきっと』

『いったん様子を見よう』


 我々は次々紙にペンを走らせ、男を宥めようとした。

 でも、男の目に我々の言葉など映ってはいなかったんだ。


「……ここまでしたのに。君はまた、そんなことを言うのか」


 男は感情の抜け落ちたような声で呟く。


「失敗だ。やり直しだ。もう一度」


 そう言うと男は死体を解体するのに使っていた剣を抜き、あれほど大事にしていた娘に斬りかかった。


「もう一度、もう一度バラして組み直さないと。脳に私の事を刻み付けないと。私は君の創造主で、父で、そして夫なんだから」


 我々は彼を止めるどころか、その場から動くことすらできなかった。

 ただの人間のはずなのに、その時のヤツの顔は我々アンデッドが可愛く見えるほど醜く恐ろしく歪んでいたよ。


 でも、娘はやられっぱなしじゃなかった。

 何度か斬撃を受け、ボロボロになりながらも娘はツギハギだらけの腕を上げて男に抵抗してみせたんだ。

 娘は振り下ろされた剣を受け止め、それをへし曲げた。


「思イ出シタよ。ヒト殺シ」


 娘はたどたどしい口調で、しかし冷静にそう言いながらニタリと笑う。


「あ」


 男の腕が娘に引かれる。前のめりに倒れこむ。

 娘は男の横っ腹に噛みついた。いや、噛みついただけじゃない。食ったのだ。

 小柄な少女が、悲鳴を上げて身をよじる大人の男をガッチリと抑え込み、口周りを血まみれにしながら肉を貪っていく。

 悲鳴は激しい呼吸音に変わり、やがてそれすらなくなって、ダンジョンには娘の咀嚼音だけが響き渡っていた。そして瞬く間に男を平らげると、咀嚼音すら聞こえなくなった。


 静寂に包まれたダンジョンにはいくつかの魔法具と男の骨、そして食欲旺盛な娘だけが残ったのだった。




*****




『で、保護者を食べてしまったその娘は今もこのダンジョンを彷徨っているんだ』

「怖い話風にしなくていいから! それゾンビちゃんの話でしょ? ……その男、本当にゾンビちゃんの父親だったの?」

『違うんじゃないかな。言われてみれば全然似てなかったし』

「じゃあ全然知らない女の子を殺して自分の娘にしようとしたってこと? とんだサイコ野郎だね」

『でも、その男が唯一の保護者だったんだ。生前の記憶はハッキリしないっていうし、そもそもダンジョンから出られないみたいだし。だから我々で保護することにした』

『麦茶の責任もあるしね』

「麦茶は結果的にファインプレーだったと思うけど。でもゾンビちゃん本人はどう思ってるのかなぁ」

「呼ンダ?」


 突然背後から飛んでくる声。

 視線を向けると、廊下から資料室を覗くゾンビちゃんと目が合う。


「うわっ!? い、いつから」

「イマ。私の名前が聞コエタから」


 どうしたものか。ゾンビちゃんにとっては、あまり思い出したくない記憶かもしれない。

 しかし好奇心には逆らえず、俺は慎重に言葉を選びながらゾンビちゃんに尋ねた。


「ねぇゾンビちゃん。今の生活どう?」

「急にナニ?」

「えっと、職場環境の調査だよ」


 怪訝な顔のゾンビちゃんを納得させるべく、俺は適当な話をでっちあげる。

 するとゾンビちゃんは腕を組み、少々考えるようなそぶりを見せてから口を開いた。


「吸血鬼宛の荷物、廊下に積ムのヤメテ」

「あ、ガチな苦情だね……分かった、伝えとくよ」

「デモ、ほかニは不満ナイよ。ニク食べラレルし。暗イし。寂シクないし。モットモット、ニクが食べレレば最高」


 そう言って笑うゾンビちゃん。


「なら良かった」


 つられて俺も笑う。

 生前の記憶があいまいだからこそのセリフなのかもしれない。

 それでもゾンビちゃんがそう言ってくれて、俺はこっそり安心したのだった。




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