157、アンデッドたちの賭博黙示録
目を細めたくなるほどギラギラ煌めく電飾。
耳を塞ぎたくなるほどけたたましいジャラジャラ音。
「よしッ、ジャックポット!!」
ひときわ大きなジャラジャラが鳴るとともに、聞き覚えのある声がフロア中心から上がる。
スロットマシンの陰を覗くと、我がダンジョンのボスが赤い目を電飾のようにギラギラさせ、見たことない程の笑顔を浮かべていた。
「随分楽しそうにしてるじゃん」
「……驚いた。君は恐ろしくカジノが似合わないな」
「うるさい! それより、なんなのこの騒ぎは?」
「移動式カジノだそうだ。カジノで遊ぶ以外の金は取らないと言うから、部屋を貸してやった」
「なーにが“貸してやった”だよ。すっかりハマってんじゃん」
「ハマる? 馬鹿言え、僕は今稼いでいるのだ」
吸血鬼はドヤ顔でそういうと、足元に積まれた箱を指さす。
確かに、それなりに勝っているようだ。箱にはギッチリとコインがつまっている。
「僕にはギャンブラーの才能があるかもしれん。長く生きているが、まさか自分にこんな天職があるとは」
「天職て……ビギナーズラックでしょ」
「いいえ、あなたにはとんでもない才能がございます!」
そう声を上げながら吸血鬼に近付く人影。
ぶかぶかマントに身を包み、顔をすっぽり覆う大きな仮面をかぶった黒ずくめの人だ。声で辛うじて男であろうことが分かるが、そのほかの情報は全く分からない。
「なにこの怪しい人」
「ワタクシ、当カジノの支配人でございます。吸血鬼さん、あなたは既にダンジョンボスとして素晴らしい仕事をされていらっしゃるようですが……プロのギャンブラーとしての才能もおありのようだ」
「くく……僕も自分の才能にゾッとしていたところだ」
「ええ、ええ! その才能をスロットにしか使わないのはもったいない。もしよろしければ、VIPゲームにチャレンジしませんか?」
「なんだそれは」
吸血鬼が尋ねると、緑色の卓が滑るようにして彼の前に現れた。
卓には赤と黒のマスが描かれており、端には丸い円盤が設置されている。
「これは……ルーレット?」
「ええ。最低掛け金はスロットの十倍ですが、その分勝った時のリターンは大きい。どうです、チャレンジしてみませんか」
「よし、挑戦してみよう」
「ええ? 大丈夫?」
尋ねると、吸血鬼はドヤ顔で答える。完全に調子に乗っている顔だ。
「もちろんだ。多少負けたとしても、スロットでの勝ちで十分相殺できるし。そうだな……とりあえず赤に最低掛け金をベットしよう」
「分かりました。では」
支配人はそう言ってルーレットを回し、ボールを投げ入れる。
ボールがクルクルと円盤の外側を回り、やがて勢いの衰えたそれは中心の窪みへコロリと落ちていく。
ボールが入ったのは、赤の13だ。
「よしッ! また僕の勝ちだ」
歓喜の声を上げる吸血鬼。
一方、支配人は感心したように低いうなり声を上げる。
「やはり思った通り、あなたにはギャンブルの才能がおありだ。さぁ、次は何に賭けます? ワタクシに、最強ギャンブラー伝説の幕開けを見せてください!」
「えー? まだやるの?」
吸血鬼は髪をかき上げ、薄笑いを浮かべながら支配人に言い放つ。
「先に謝っておこうか支配人。このカジノを壊滅させてしまったらすまない……黒の偶数に倍プッシュだッ!」
「ああ、素晴らしい。あなたの勝負運で、ワタクシをヒイヒイ言わせてください!」
*****
「ひいいっ……」
悲鳴とも嘆息ともとれない声を上げながら崩れ落ちる事になったのは、支配人ではなく吸血鬼。
壊滅したのはカジノではなく、吸血鬼の財布であった。
「ほら、言わんこっちゃない」
「……手持ちの金額が足りないようですねぇ。ダメですよぉ、自分が今いくら持っているのかくらいは管理して賭けてもらわないとぉ」
支配人は先ほどよりも明らかに低い声で吸血鬼にそう告げる。
吸血鬼は今にも泣きそうな顔で笑いながら、俺に赤い目を向けた。
「あー……すまないがレイス、ダンジョンの金を少し貸しておいてくれないか」
「申し訳ないけど吸血鬼、この金額はダンジョン中の金をかき集めても用意できないよ」
すると支配人は大きくため息をつき、呆れたように呟く。
「金がないなら仕方ありませんね」
「えっ、ほんとに?」
「ええ。金がないなら体で返してもらうまで! 152年、強制労働の刑!」
「ひゃ、ひゃくごじゅうにねん……?」
吸血鬼の白い顔が、みるみる真っ青になっていく。
「い、嫌だ! 助けてくれレイス!」
「助けてと言われても……」
もちろん我がダンジョンのボスが地下強制労働施設とかに連行されるのは困るし、自業自得とはいえ可哀想に思わないではない。
しかしこの透けた体で一体どうしろというのか。
「ええと、どうにかできませんかね支配人さん。ローン組ませてもらうとか」
「……良いでしょう」
「えっ、ローン良いの? ええと3千回払いくらいでお願いしたいんですけど」
「いえ、ローンはダメです。ですがお兄さんに仲間を助けるチャンスを与えて差し上げます。私は賭けが大好きだ。賭けるものが大きければ大きいほど、ギャンブルというのは楽しい」
「俺にもルーレットをしろってことね」
確かにルーレットなら、透けた体を持つ俺にもできる。
……そして俺は、カジノが結構好きだ。
本当はこの部屋に入った時からウズウズしていた。この体ではスロットを打つことすらできないから、正直吸血鬼が羨ましくて仕方なかったのだ。
「忘れてたギャンブラーの本能が疼いてきちまった……行くぜ!」
*****
「261年、強制労働の刑追加! 計413年!」
支配人の危機とした声がフロアに響き渡る。
そして後に続く、吸血鬼の絶望の叫び。
「なにやってんだあああぁぁぁぁぁッ! ギャンブル慣れしてたんじゃないのか!?」
「……ごめん吸血鬼。俺、昔カジノで大負けして身ぐるみ剥がされたのを機にギャンブル断ちしてたんだ。次こそは、と思ったんだけどダメだった」
「ふざけるな! というか、なんで僕の強制労働時間に君の負け分が加算されるんだ! 君も責任取って強制労働しろよ!」
「この体じゃ無理だよ」
「うう……ど、どうする、どうする! 強制労働なんてゴメンだ!」
吸血鬼は頭を抱え、ブルブルと体を震わせる。
確かに絶望的な状況だ。しかし、まだ手がないわけではない。
「……ギャンブルなんて結局は確率論だよ。緻密な計算の元にベットすれば、確実な勝利が待ってる」
「大負けした奴が何を偉そうに……」
「俺にそんな計算できないよ。でも、このダンジョンにはいるでしょ。計算高いアンデッドがさ」
俺の言葉に、吸血鬼は怪訝な表情を浮かべる。
「このダンジョンには君にしか見えていないアンデッドがいるのか?」
「違うよ! ゾンビちゃんだよ、ゾンビちゃん。ありったけの肉を与えれば、この危機を脱する方法が見つかるかも。まぁ、ダンジョンにある肉量でゾンビちゃんの知能をどれだけ上げられるかは分からないけど」
「……知能が上がったアイツの行動は予測できない。この危機に乗じてまたダンジョンを乗っ取ろうとする可能性も考えられる。大博打だな」
「負けが続いてたからね。きっと今度こそ勝てるよ」
「やめろ。それは負け続けるヤツのセリフだ」
*****
「フッ……私のチカラが必要にナッタようだな」
唇に付いた肉片を舐めとりながら、ゾンビちゃんは良く分からないがなんとなくカッコイイポーズを決める。
「キャラが変わってる……これはイケそうだね!」
「頼むぞ小娘。与えた肉の分、しっかり働け」
縋るように言う俺たちを眺めて、ゾンビちゃんはヤレヤレと首を振った。
「困ッタ男タチだね。デモ安心シナよ。このゲームには必勝法がアル」
「ゾンビさんッ!!!!」
なんという頼もしさ。
本当にどうにかしてくれそうだ。きっと彼女の頭の中では俺達には到底理解できない複雑な数式が展開されていることだろう。
「ふふ……良いですよ、ゾクゾクしてきました。さぁ、何に賭けます?」
「29に、ゼンブ」
「全部? ……というと?」
問い返す支配人に、ゾンビちゃんは悠々と答える。
「ゼンブはゼンブだよ。賭ケラレルだけ」
「くく……ふはははは! さすがはアンデッド、文字通り時間は無限にあるというわけですね。良いでしょう、あなたが勝てば借金はすべてチャラ。ワタクシのカジノ、財産、何もかも差し上げましょう。ですが外れたらその時は……世界が終わるその日まで、ワタクシの元で強制労働に就いていただきます!」
また大きな賭けに出たものだ。
吸血鬼は半狂乱になってゾンビちゃんの肩を揺らす。
「おい小娘ェ!! 大丈夫なのか? 大丈夫なのかッ!?」
「確率は三十八分の一。普通に考えれば分の悪い戦いだけど、きっと何か秘密があるんだよね? 29、29……ハッ、まさか……ニク……?」
「だからなんだ!!」
重圧に耐えられなくなったのか、吸血鬼は頭を抱えて崩れ落ちるようにうずくまる。
しかしすでにサイは……いや、ルーレットは回され、ボールは投げられた。
もはや俺らには祈ることしかできない
「頼む頼む頼む頼む頼むッ……!」
吸血鬼はテーブルに噛り付くようにして、転がる白いボールを見つめる。
ルーレットの外側を回っていたボールは少しずつ勢いが落ち、そして。
「あ、ああ……ああああ」
ボールが坂を転がり落ち、そしてルーレット中央のくぼみへとすっぽりハマる。
その窪みに刻まれた数字は29……ではなく。
「にじゅう、ご……?」
視界がぐにゃあっと歪む。
水を打ったように静まり返ったフロアに、男の高笑いが反響する。
「あはははッ! いや、惜しかったですね。まさか隣のポケットに入るとは。運命とは残酷だ」
「あ、あああ……そんな」
糸の切れた人形のように膝から崩れ落ちる吸血鬼。
だが、どういうわけかゾンビちゃんの目からは光が消えていない。
「違ウよ。私はそんなボールなんかニ賭ケテない。ルーレット、チョットやってみたカッタだけ」
「は?」
「私ハ自分ノ拳に賭けてる」
ゾンビちゃんはそう言い放つと、巨大なルーレット台を軽々ひっくり返した。
「イテッ」
どこからか、甲高い声が聞こえる。
ゾンビちゃんは素早く距離を詰め、支配人に殴りかかった。支配人は戦闘に不慣れなのか。ゾンビちゃんの拳を避けることができない。
ゾンビちゃんの鋭いストレートが、支配人に襲い掛かる。
しかしゾンビちゃんの攻撃は支配人にダメージを与えるには至らなかった。まるで風で膨らんだカーテンを殴ったように手ごたえがないのだ。
「ふう、何をするかと思えば。たまにいるんですよね、負けを認められずディーラーに暴力を振るう輩が」
「うわああああッ! なにやってんだ。必勝法だのなんだの言っていたが、結局殴っただけじゃないか。やっぱりダメだ、お終いだッ!」
やはりノーダメージだったらしい支配人の高笑いと、地面を転がりまわる吸血鬼の叫びがダンジョンに響き渡る。
なんだろう、この違和感。
さっき「イテッ」って言ったのは誰だ?
ゾンビちゃんの拳ではディーラーにダメージを与えられなかったのに。
「……怪しい」
俺は支配人のマントに突っ込み、その中を覗く。
「わぁっ!? な、なにするんです!?」
ゾンビちゃんが殴り掛かった時とは明らかに反応が違う。
支配人は動揺したような声を上げ、素早く飛びのく。
だが、マントの中を確認する時間は十分に取れた。
「……なにもなかった。中には誰もいなかった。あれはただの布だよ」
「どういう……ことだ?」
俺は急いで辺りを見回す。
なにか不審な動きをしているものは……。
「あれだ! 捕まえて!」
俺はそう叫んで、地面を転がるルーレットボールを指さした。
机をひっくり返した拍子に落ちて転がったのだろうが、その動きはあまりに緩徐。まるで俺たちの目を盗み、恐る恐る逃げているみたいだ。
転がり続けるボールを、ゾンビちゃんが素早く捕まえる。
「ンー?」
彼女はボールをクルクルと回して観察し、そしてそれを口に運ぶ。
「アーン」
「ちょちょちょ、ちょっと待って!」
「ワッ、喋ッタ!」
ゾンビちゃんが目を丸くし、口に入れかけていたボールを見つめる。
よくよく見ると、玉に小さな小さな顔が浮かび上がっていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい! 隣のポケットに落っこちた方が面白いと思っだんだよう!」
小さなボールの小さな口が開き、必死に謝罪の言葉を口にする。
「な、なんだアレ?」
「ミミック……の一種とか?」
ボールが叫んだのを皮切りに、辺りがザワザワとうるさくなる。
「ダメだっ、バレたぞ!」
「バカ! 動くなよ!」
「おしまいだぁ」
「ニゲロニゲロ」
カジノが、蠢いている。
スロットが、椅子が、テーブルが、金貨がぞろぞろと逃げていく。
「イタタタ……乱暴はヤメロよな!」
ルーレットテーブルが吐き捨てるようにそういうと、四本の足を動かし犬のように逃げてしまった。
支配人は布と仮面に別れ、それぞれふわふわと飛び去っていく。
「アーア、君とは良い仲間になれると思ったのに」
「この生活も、結構悪くないんだぜ?」
そう言い残し、「移動カジノ」はあっという間に撤収してしまった。
さっきまでカジノがあったとは思えないほど寂しい空間で、吸血鬼は茫然と呟く。
「仲間? ま、まさか強制労働って」
「……良かったね。金貨やスロットマシーンに変えられなくてさ」




