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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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154、肉食獣集いし合コン



「絶ッッ対に嫌だ!」


 毒沼温泉のすぐそばに設置された食事処。

 大勢の客で席が埋まり、スケルトンたちが慌ただしく走り回っている事も多い。

 しかし今日はあいにくの悪天候のせいか客の姿はなく、静かなフロアに吸血鬼の声だけが響き渡っている。

 それを窘めるように聞き覚えのある、軽薄な男の声が続く。


「そんなこと言わずにさぁ。俺たち友達でしょ?」

「ふざけるな。よくもそんなことが言えたな! 僕はお前にされたことを忘れていないぞ」

「……何の騒ぎ?」


 声をかけると、言い合っていた吸血鬼と狼男が一斉にこちらを向いて口を開く。


「聞いてよ、吸血鬼君が冷たいんだ」

「聞いてくれ、こいつがまた寝ぼけたことを言い始めたんだ」


 吸血鬼が冷たいのも、狼男が寝ぼけたことを言うのもいつもの事だ。


「で、具体的にどうしたの?」

「合コンだよ、合コン!」

「……ご、合コン?」


 あまりに予想外な狼男の言葉。

 薄暗いダンジョンに最も似合わない言葉の一つであろう。


「こいつ、事もあろうに僕を合コンに誘ってきたんだ。自分が過去に何をやらかしたのかも忘れてな」


 吸血鬼はそう言って苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 昔、狼男に無理やり参加させられた合コンにヴァンパイアハンターの女性がいたせいで酷い目にあったらしい。

 あのような表情をしたくなる気持ちも分からないではない。


「頼むよ、この通り! 相手の娘には吸血鬼がいるって言っちゃってるんだ。吸血鬼君が参加してくれなかったら、きっと殺される」

「ほう。合コンで女が言う『得意料理』くらいどうでも良い情報だな」


 冷たく突き放す吸血鬼。

 しかし狼男はニヤリと笑う。


「自分や仲間の命を粗末にしちゃダメだよ。アンデッドとはいえ、体を引き裂かれたら痛いでしょ?」

「……待て。どうして僕らが殺されるんだ。殺されるのはお前だろう」

「あはは。なんで殺されることが分かってて、俺がここに留まるって思うの?」

「また逃げるのか! お前はいつもいつも――」

「あっ、こっちこっち!」


 狼男が突然手を振りながら声を上げる。

 恐る恐る振り返ると、手を振り返しながらこちらへやってくる「女性」の姿が見えた。


「ごめんなさいね。お待たせしちゃったかしら?」


 澄んだ綺麗な声。白く細い腕を振りながら、八本の脚をシャカシャカ動かしこちらへ駆けてくる。

 上半身は女性、下半身は蜘蛛。その特異な姿には覚えがある。


「あ、あれ……まさか、アラクネ?」


 直接見るのは初めてだし、もちろん戦ったことはない。

 だが、それなりに経験のある冒険者ならばアラクネの恐ろしさは耳にしたことがあるはずだ。俊敏さと凄まじい腕力を併せ持ち、口から吐く糸による遠距離攻撃もできるオールラウンダー。

 もし彼女に暴れられたら俺たちも無事ではすむまい。


 一体、どうしてこの男は毎度毎度ヤバい女をダンジョンに連れてくるのか!

 俺は狼男を睨むが、彼は目の前の女の子に夢中だ。


「待ってたよアラクネちゃん! ……で、それは?」

「うふふ、お土産よ」


 アラクネはそう言って、抱えていた白い繭のようなものを下ろす。


「んー! んー!」


 繭がくぐもった呻き声を上げながらもぞもぞと動く。

 俺は吸血鬼と引き攣った顔を見合わせた。


「こ、これは……?」

「活きが良いでしょう? さっき捕ったばっかりなのよ。これで一品作れるわ」

「あー……アラクネちゃん、俺が連れてきてって言ったのは合コンメンバーなんだけど……」

「あら、そうだった?」


 アラクネはなんでもないようにそう言うと、蜘蛛の脚で繭の端をすーっと切り裂く。

 中から出てきたのは、碧眼の若い女性だった。金髪の髪を後ろで纏め、白銀の鎧の首元が繭から覗いている。

 女騎士、というヤツか。


「なんだここは! 貴様ら、私をどうする気だ!」

「ちゃんと女の子連れてきてくれたんだね」

「あら、良かった。巣の近くにいたのを適当に連れてきただけだけど。にしても男子メンバー多くない?」


 アラクネは首を傾げながら、狼男、吸血鬼、そして俺を順に指さしていく。

 ……もしかして俺も合コンメンバーにカウントされてる?


「いや、俺は――」

「一人増えたんだ! い、色々あってな」


 吸血鬼が必死の形相で声を上げ、俺の言葉をかき消す。吸血鬼め、俺を巻き込む気か!


「構わないけど、それだと数が合わないわね」

「それなら大丈夫。俺にいい案があるよ」


 狼男はそう言ってヘラリと笑った。






*******






「ニク食ベレルって聞イテ来ました。イッパイ食べます」


 まっさらなテーブルの向こう側で、ゾンビちゃんがそう言って舌なめずりをする。狼男のどんな口車に乗せられたかはだいたい想像が付く。

 この会が合コンということすら、彼女は知らないに違いない。


「あら、小さくて可愛らしいゾンビね。腕なんてこんなに細くって、小腹がすいた時のスナックにちょうど良さそう」


 妙な誉め言葉と共にアラクネがゾンビちゃんのツギハギだらけの腕を撫でる。

 ゾンビちゃんは珍しく怯えたような表情を浮かべながら、アラクネの下半身を見つめる。


「アッ……脚イッパイ……」


 そういえば、脚いっぱいあるもの嫌いだって言ってたっけ。


 そうじゃなくても、アラクネに怯える気持ちは分からないではない。

 俺も冒険者のころだったら、そのシルエットを見ただけで逃げ出していただろう。

 とはいえ彼女、よく見るとかなりの美人である。

 紫がかった豊かな黒髪。涼しげな目元。それが8つもあるのだ。見つめられると凍えそうになる。


「じゃあ次、アラクネちゃん自己紹介お願い!」


 狼男が促すと、アラクネは微笑みを携えて口を開く。


「アラクネよ。今日はお招きいただきありがとう。なにを話せばいいのかしら。ええと、特技は編み物。趣味は料理よ」

「へぇ、家庭的なんだね! 得意料理とかあるの? あっ、そういえば吸血鬼君は女の子の得意料理とかどうでも良いって言って」

「余計なこと言うな」


 吸血鬼は握り潰さんばかりに狼男の口を押さえる。

 どうやらアラクネは気にしていないみたいだ。更に続ける。


「得意料理は活け造りよ。綺麗に腹を裂いて、カットした内臓や肉を並べるの。うちの子供たちもこれが好きでね」

「えっ、子持ち?」

「ええ」


 何でもないことのように、アラクネはすんなり頷く。

 合コンでそういうことを堂々と言うのは一般的ではないが……まぁ魔物だからそんなものなのかな。


「本当はここで実演してあげたいんだけど……」


 アラクネはそう言って、ちらりと女騎士を見る。

 女騎士は逃走防止のため、顔以外は糸グルグル巻きの状態で縛り付けられるように椅子に座っている。その唯一あらわになっている顔を真っ青にして、恐怖の表情を浮かべた。


「ヒッ……」

「ダメだよアラクネちゃん。合コンメンバーが減っちゃう」

「残念だわ」

「じゃあお姉さんも自己紹介いってみようか」


 狼男が笑顔で女騎士を促す。

 マジで合コンメンバーにする気か。

 しかし女騎士はガタガタ震えながらも、口を一文字に結んだまま動かない。


「どうしたの?」

「わ、私は騎士だ。仲間の情報は売らない。私の情報も同様だ。なにをされようとも喋らない!」

「あら、喋らないの? 合コンができないなら食材になってもらうしかないわよ?」


 アラクネはそう言って「うふふ」と笑う。

 本気か冗談か、判断が難しいところだ。


「こ、殺せ! 私は誇り高い騎士、醜態を晒すぐらいなら」

「まぁ。嬉しい返答だわ」

「ダメだよアラクネちゃん。血が出ると吸血鬼君興奮しちゃうから」

「人を変態みたいに言うな!」


 吸血鬼は抗議の声を上げたものの、アラクネは狼男の言葉に嬉しそうに頷く。


「それ分かるわ。私も血を流した獲物を見ると夢中になっちゃうのよね」

「あ、あははは……」


 ダメだ、バケモノトークについていけない……でもさすがは狼男、アラクネの注意を逸らせた。

 しかし油断は禁物だ。

 このテーブルにいるハンターはアラクネだけではない。いつゾンビちゃんが彼女に襲いかかるか……


 いや、彼女は女騎士など見てもいない。

 ゾンビちゃんの視線は、スケルトンの運ぶ皿の数々に釘付けになっていた。


「まぁ、綺麗なお料理ね」


 血に浮かぶ数多の小さな心臓。

 半分に割られた眼球に詰められた赤いゼリー。

 ネズミの腹に咲く真っ赤な赤い花。

 品数は多く、どれも鮮やかかつ派手な料理ばかり。


「いつの間にこんな凝ったメニューを……」

「スケルトン君たちにお願いしたんだ。女の子たちに喜んでもらいたくて、ちょっと奮発しちゃったよ」


 そうは言うが、派手な皿に目を輝かせているのはアラクネのみだ。

 ゾンビちゃんは見た目なんて気にせず、運ばれてくる料理をどんどん口に放り込んでいく。

 女騎士にいたっては、目の前に置かれた脳みそゼリーに顔を蒼くし、それを鷲掴みにして食べるゾンビちゃんを見て意識を失ってしまった。

 しかし会は滞りなく進んでいく。


「アラクネちゃんもダンジョン勤務なんだよね?」

「ええ、ここみたいな洞窟じゃなくて森だけれど。ここから北東の方角にずーっと行ったところよ」


 北東の森……アラクネ……?


「もしかして『女王蜘蛛の巣』?」

「あら、詳しいのね。冒険者はそう呼ぶわ」


 うわー、結構な高難易度ダンジョン……この迫力にも納得である。

 あれ、待てよ……女王蜘蛛の巣のアラクネって確か……


「うぐッ……!? ううううッ!」


 吸血鬼のうめき声が俺の思考を停止させる。

 彼は自らの首を締めるような格好で悶え、口から赤い泡を噴き出した。


「ちょっ……吸血鬼!?」


 やがて吸血鬼は椅子から崩れ落ち、地面に横たわったままピクリとも動かなくなった。

 口からドス黒い血をこぼし、シャツが真っ赤に染まっている。


「な、なに!? どうしたの!?」

「これだよ」


 狼男はヘラヘラ笑いながら、多頭の蛇の描かれたボトルを指す。


「ワイン……じゃないよね。もしかして、血?」

「そうだよ。600年もののヒドラの血」


 アラクネはそれをグラスに移し、一気に煽ってからつまらなさそうに言う。

 ヒドラの血は猛毒。並の人間なら触れただけで即死である。


「吸血鬼だって言うから期待してたのに、これしきの毒にやられちゃうなんて。軟弱なんだから」

「オイシイ? オイシイ? 私も欲シイ!」


 すでに死者が出ているというのに、なんて命知らずな事だろう。ゾンビちゃんが目を輝かせてヒドラの血に手を伸ばす。


「あら、若いのにお目が高いのね。あなたも飲んでみる?」

「ダメダメ! これは大人の飲み物だからね、ゾンビちゃんにはまだ早いよ。ほら、料理もまだまだあるから食べて食べて」


 狼男は慌てたようにボトルを取り上げる。

 ゾンビちゃんは不満そうな表情を浮かべて口を開きかけたが、スケルトンが彼女の前に料理を並べると不満など吹き飛んだようだった。


「それにしても、アラクネちゃんは強いね! 全然酔わないじゃん」

「この程度の毒でやられるようじゃ、とっくに自分の毒で死んでるわよ」


 吸血鬼ですら一口でぶっ倒れたヒドラの血を、表情一つ変えずグイグイ煽るアラクネ。

 狼男は感心したように言う。


「確かに毒は飲みなれてて目新しさもないよねぇ。あ、スケルトン君。例のヤツ持ってきてもらえる?」

「例のヤツ? なんなの、それ」

「俺は毒耐性ないし、血も飲まないからね。自分用の飲み物を用意しといたんだ」


 懐かしい香りと共にスケルトンが運んできたのは、うっすらと湯気の上る黒い飲み物。

 狼男の前に置かれたそれを見て、俺は首を傾げる。


「コーヒー? 食事中に?」

「うん。好きなんだよね」

「なんか意外」

「なんなの、その……こーひー? って」


 アラクネは怪訝な表情で狼男の前に置かれたカップを覗き込む。


「あ、そっか。アラクネちゃんは知らないよね。基本的に人間が飲む物だからね」

「人間はこんなもの飲むのね。嵐の後の水溜りみたいな色だわ」

「結構美味しいんだよ。ああ、でも大人の味……っていうのかな? 結構苦いからアラクネちゃんには無理かもねぇ」

「あはは、おっかしい。人間に飲めるのに、私に飲めないものなんてあるはずないわ」

「それはどうかな? やっぱり人の味覚と魔物の味覚は違うしねぇ」


 狼男の言葉に、アラクネはサッと表情を曇らせた。


「それ貸して」

「あっ、ちょっと」


 アラクネは狼男の手からコーヒーを強引に奪う。そしてヒドラの血を飲むときと同じく、一気にカップを煽った。


「なによ、全然大したことにゃらほれはれ」


 呂律が全く回っていない。目の焦点が合っておらず、今にもぶっ倒れやしないかとひやひやしてしまうほどに体がゆらゆら揺れている。

 ……カップから口を離したアラクネは、それ以前の彼女とは全くの別人になってしまっていた。


「ははは、だから言ったのに」

「え、なに? どうしちゃったの? まさか……コーヒーになんか入れた?」

「やだなぁ、なにも入れてないただのコーヒーだよ。少し濃いめに淹れてもらったけどね」

「そういえば……蜘蛛はカフェインで酔うんだっけ」

「へぇー! さすがはレイス君、物知りだね。知らなかったなぁ」


 ヘラヘラ笑いながら、白々しい言葉を恥ずかしげもなく吐く狼男。

 そんな彼に、ウエイタースケルトンがそっと近づき尋ねる。


『おかわりは?』

「いいや。俺コーヒー嫌いだし。さて、と」


 狼男はコーヒーカップに口を付けないまま、椅子からゆっくり立ち上がる。


「俺、アラクネちゃん送ってくから」

「えっ!?」

「あはは、送っていくだけだよ。一人じゃ帰れないでしょ?」

「待ってよ狼男! それはやめた方が――」

「ダメだよレイス君。合コンに『待って』はナシだ」


 狼男はそう言ってニヤリと笑うと、俺の制止を無視して千鳥足のアラクネを連れていってしまった。


「……大丈夫かなぁ」


 彼は知らないのか。カフェインで蜘蛛が酔うことは知っているくせに。

 蜘蛛のメスは交尾の後、元気な卵を産むためオスを餌にする。

 それはアラクネとて例外ではない。女王蜘蛛の巣に挑んだ冒険者も度々彼女の餌食になっている。冒険者の中ではそれなりに有名な話だ。

 彼が本当に「送っていくだけ」なら問題はないが……。


「まぁ良いや。俺止めたし。それより――」


 糸にグルグル巻かれ、白目を剥いて地面に横たわる女騎士を見下ろして俺は溜息をついた。


「これどうすんの?」



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