151、ダンジョン内体力測定
「これより第一回、ダンジョン内体力測定を実施します!」
俺の宣言に、集まったアンデッドの面々は怪訝な表情で首を傾げる。
「タイリョクソクテー?」
「またおかしなこと始めようとしているな」
明らかに面倒そうな表情を浮かべるゾンビちゃんと吸血鬼。
だがそんな表情をしても無駄である。俺の決意は固い。
「自分の体力を知るのは大事なことだよ。基礎的な体力を知り、明確な数値を持って各々鍛錬に励んで欲しいんだ」
「よく言う。どうせまた、冒険者がろくでもない道具を落としていったんだろ」
「良く分かってるね。さぁこれに着替えて!」
俺の言葉によりスケルトンが差し出したのは、汗をよく吸いそうな白い布の服。いわゆる体操服である。
冒険者がなぜこのような服を何着も持っていたのかは謎だが、体力測定にはピッタリのコスチュームである。
しかし吸血鬼は差し出された体操服を手に取るなり、渋い表情を浮かべた。
「なんだこのダサい服は……」
「そんな動きにくい服じゃ体力が測れないでしょ。ほらほら、さっさと着替えて。ゾンビちゃんもだよ」
そろりそろりと逃げようとしたゾンビちゃんを、スケルトンがじりじり囲む。
「ヒッ……」
「絶対逃さないからね」
「君のその気合いの入り方はなんなんだ?」
*****
どうやら着替えが終わったようだ。
体操服に身を包んだアンデッドたちが次々集まってくる。
同じ服、しかも比較的シンプルな服なのに人によって似あう、似合わないの差が大きいのが不思議だ。
一番酷いのは圧倒的に吸血鬼である。
彼の姿に、俺は思わず噴き出した。
「あっはははは! 吸血鬼全然似合わないね! コスプレ感を通り越して変態っぽさすらあるよ」
「黙れ」
「ゾンビちゃんは流石に似合うなぁ。現役っぽさがたまらないね。ポニーテールにしたのはスケルトン? さすが分かってるなぁ」
「ゼンゼン嬉シクない」
「スケルトンたちはアレだね。学校の怪談にありそうというか、お化け感強まったというか」
『意味が分からない』
普段と違う、しかもみんなお揃いのコスチューム。その非日常感にワクワクが止まらない。
参加人数分の体操服が用意できず、裸のスケルトンが相当数いるがそれはご愛嬌ということで。
しかし何よりも残念だったのは、この体が体操服を透過してしまうことだ。
「本当は俺も着たかったよ。学校みたいで楽しいよねぇ」
「ノスタルジーに浸るのは結構だが、さっさと先に進めてくれ」
「オッケーオッケー、まずは握力ね」
体力測定参加者たちに握力計を配り、それぞれ握力を測ってもらう。
スケルトンたちも骨の指で握力計を握り、次々と測定していく。
「みんな筋肉ないのに、結構力あるなぁ」
『鍛えてるからね』
筋肉ゼロで何をどうやって鍛えているかは謎だが、毎日冒険者と戦っているだけある数値だ。
だが、忘れてはならない。我がダンジョンは化物揃いだということを。
「レイス、これはどうなるんだ?」
吸血鬼がそう言って握力計を差し出す。
そのメーターは大きく振り切れ、正確な数字を読むことができなかった。
「凄いよ、吸血鬼。人間の握力測定器じゃ測れない握力ってことだね」
「ふうん、なるほどな。ま、当然だが」
さも興味なさそうに言ってみせるが、その表情はしっかりドヤ顔だ。
だが、握力ならばもう一人忘れてはならない人がいる。
「レイスー、どうシよう壊レちゃった」
ゾンビちゃんがそう言って握力計を差し出す。
握力計のバネは見たことがないほどに伸び切り、持ち手がひしゃげてしまっている。
「こ、こんな握力計初めて見るよ……さすがはゾンビちゃん! 想像どおりではあるけど、やっぱり握力は一位だね」
「フフン。これくらいヨユーだよ」
ゾンビちゃんは腕を組み得意げに笑う。
その様子を見て、吸血鬼は面白くなさそうに唇を噛んだ。
「レイス、もう一度測らせてくれ。測定器を壊さないよう気を使っていたんだ。僕だって本気を出せばそれくらい」
「ダメだって、わざと壊さなくて良いんだよ! 次の項目に本気を出してくれればいいから」
「くっ……」
ほぞを噛む吸血鬼。
一方、ゾンビちゃんはいつになく上機嫌で俺に縋ってくる。
「レイス、次はナニスルの?」
「ええと、次の項目はね――」
*****
「位置について、よーい……どん!」
掛け声と同時に走り出すゾンビちゃん。
ツギハギだらけの細い腕を懸命に振り、ポニーテールを揺らしながら走る姿はまさに女学生のようだ。
彼女は俺が今までに見てきたゾンビの中では天才的に脚が速く俊敏である。
だが、それはあくまでゾンビの中で比べた時の話。
「ふう、ハエが止まりそうなスピードだな」
まだコースの中盤を走っているゾンビちゃんを眺めながら、吸血鬼はゴール地点のすぐそばで悠々とボトル入りの血液を飲む。
やはり吸血鬼の脚力は凄まじい。単純な短距離走で彼に敵う者は、世界広しといえどもそうはいないだろう。
吸血鬼にはかなり差をつけられたものの、スケルトンもガシャガシャ音を立てながら次々ゴールしていく。
結局最下位はゾンビちゃんだ。
「ま、その腐りかけの脚にしては頑張った方か? ご苦労だったな」
やっとゴールしたゾンビちゃんを、吸血鬼はそう言ってせせら笑う。先ほどゾンビちゃんに負けたのが相当悔しかったに違いない。
ゾンビちゃんもゾンビちゃんで吸血鬼に負けたのが悔しかったのだろう。
拳を固く握り締めながら吸血鬼をひと睨みし、すぐこちらに視線を向けて言う。
「目的がナイと走レナイもん。前にニクが走ッテたらモット速いもん。ねぇレイス。ニク用意シテ、モウ一回やろ!」
「ダメだってば。あくまで基礎的な体力を測るのが目的だし、人と比べなくて良いんだよ」
「ムー……」
不機嫌そうに半目でこちらを見つめるゾンビちゃん。
一方、吸血鬼はいつになく上機嫌で尋ねる。
「レイス、次の項目はなんだ?」
「ええと、次はね――」
*****
「うーん、やっぱり屋内でボール投げは無理だったかぁ」
壁にめり込んだ二つの球を眺め、溜息をつく。言うまでもなくゾンビちゃんと吸血鬼の投げた物だ。
一般的な人間やスケルトンたちの投げた球の飛距離を測るには十分な広さのある部屋なのだが、二人の化物の強肩には対応できなかったようだ。
記録の上ではどちらも「測定不能」なのだが、それでも二人は静かに火花を散らしている。
「僕の方が高く飛んでいた。壁さえなければ僕の方が遠くに飛ばせただろうな」
「私ノ方ガ速ク飛んでた。壁がナカッタら私の方が遠クに飛バセてたのにな」
睨み合う両者。
まるで子供だ。そうまでして勝ちたいかな。
俺は二人の間に入り込み、リアルファイトにもつれ込むのを防止する。
「そんなこと言ったって実際のところは分からないんだから、二人とも測定不能だよ。あえて勝敗をつけるなら引き分けってとこだね」
「くっ……」
「ムー……」
腕を組み、視線を逸らす両者。
まぁ、本気でやってくれるのはいい事だが。
「次で最後の項目だから。みんな頑張ってね」
*****
「次の項目はシャトルランだよ」
「シャトルラン?」
首を傾げるゾンビちゃん。
吸血鬼やスケルトンもピンときていない様子である。
考えてみれば当然か。彼らが学生だったのは遥か遠い昔。
記憶が薄れていても仕方がないし、そもそもその時代に体力測定というものがあったのかも謎。
もっと言えば、彼らが学校に通っていたかどうかも聞いたことがないので分からない。
俺は天井近くまで飛び上がり、参加者たちを見下ろしながらシャトルランの説明に入る。
「ここの壁からスタートして、音楽が鳴り終わるより早く反対側の壁にタッチできればクリア。音楽は段々早くなっていくから気を付けてね。音楽が鳴り終わる時までに壁にタッチできなければそこで脱落。これが最後の項目だから、すべての力を出し切るつもりで頑張って」
火花を散らすゾンビちゃんと吸血鬼。
我がダンジョンの二大戦力のぶつかり合いに注目が集まっているようだ。いつの間にか参加者ではない野次馬スケルトンたちも増えている。
観客の出現により、二人ともますます躍起になって勝ちを掴みにいくだろう。
『どっちが勝つと思う?』
「別に勝ち負けが重要な訳じゃないんだけど……」
野次馬スケルトンの問いかけに、俺は建前上そう前置きをする。
だが、正直俺も彼らの勝敗が気にならないではない。
「単純な脚の速さでは圧倒的に吸血鬼だけど、体力と根性ならゾンビちゃんに軍配が上がるかな。どちらが勝つかはなんとも言えないけど……長く激しい戦いになるのは間違いないね」
ゾンビちゃんも吸血鬼も相手の様子が気になるのだろう。ちらちらと視線を送っては逸している。
どちらも本気で勝ちを取りに来るつもりだ。
……二人とも、変なとこで負けず嫌いなんだよなぁ。
「それじゃあみんな、用意はいいかな? 位置について、よーい……スタート!」
俺の掛け声により、戦いの火蓋は切られたのだった。
スケルトンたちの骨が擦れる音でガシャガシャとうるさかったのは最初のうちだけであった。
音楽が早くなるにつれ、続々と脱落していくスケルトン。
あたりには体力が尽きて崩れ落ちたスケルトンの骨が散らばっているような状況である。
そして今、最後のスケルトンが崩れ落ち、部屋を走っているのは二人だけとなった。もちろん吸血鬼とゾンビちゃんである。
だが二人とも余裕とは言い難い状態だ。
吸血鬼は壁に手を付き、肩で息をしている。
ゾンビちゃんは表情こそケロリとしているが、やはり疲れのせいか足がうまく上がっていない。
「勝負はここからだね」
スケルトンたちも手に汗を握って――というわけにはいかないが、それくらい真剣に二人の戦いの行く末を見守っている。
その時だった。
散乱したスケルトンの骨に足を取られ、ゾンビちゃんが勢いよく転ぶ。
地面に倒れ込んだゾンビちゃんを見下ろして、吸血鬼がニヤリと笑う。
だが、ゾンビちゃんは文字通り転んでもただでは起きない女である。
彼女は自分を追い越そうとする吸血鬼の脚を勢い良く掴んだ。
「なっ……離せバカ!」
「エヘヘ、ヤダ」
ゾンビちゃんの手が、吸血鬼の脚にミシミシと食い込んでいく。
さすがの握力だ。吸血鬼はなかなかそれを振りほどく事ができない。
こうしている間にも音楽は流れていく。もうあまり時間がない。
そして、吸血鬼も強硬手段に出た。
「お前が先に仕掛けてきたんだからな!」
吸血鬼は吐き捨てるように言うと、自由の利く方の脚でゾンビちゃんの腕を蹴り飛ばした。
さすがの脚力だ。ゾンビちゃんの腕は肘の下あたりから千切れ、自由になった吸血鬼はそのまま向こうの壁へと走っていく。
時間ギリギリではあるが、なんとか音楽が鳴り終わる前に吸血鬼は壁に手を付く事ができた。
彼は肩を激しく上下させながら、勝利の声を上げる。
「ふふ……ははは! 見たか小娘、僕の勝ちだ!」
だが、ゾンビちゃんは地面に横たわったまま、悔しがる素振りも見せず、ニヤリと笑って見せる。
そして彼女は、吸血鬼のすぐ横を指さした。
「……な、なんだと!?」
ゾンビちゃんの視線の先を見て、吸血鬼はその紅い目を見開いた。
そこにいたのは、蜘蛛のように壁に張り付くゾンビちゃんの腕。
彼女の腕もまた、吸血鬼の脚にくっついてゴールしていたのである。
「壁をタッチすレばイイんだよね?」
「貴様、よくも……!」
「離サナイって、言っタじゃん」
そう言ってせせら笑うゾンビちゃん。
血が出るほどに唇を噛み締める吸血鬼。
本来ならば吸血鬼の脚を掴んだゾンビちゃんも、ゾンビちゃんの腕を千切った吸血鬼も即失格だと思うが、誰も気にしていないようなので俺もスルーする事にしよう。
吸血鬼は壁に引っ付いたゾンビちゃんの腕をつかみ、握り潰す。関節を無視した方向に折れ曲がった腕を地面に叩きつけ、吸血鬼は音楽とともにまた走り出した。
そしてゾンビちゃんもまた、素早く立ち上がって走り出す。地面に寝そべって休んでいたせいか、片腕がもげているにも拘わらず先程より動きが軽くなったようにみえる。
だが、怒りと闘志に燃える吸血鬼の動きも負けてはいない。
「させるか!」
吸血鬼は素早く地面から骨を拾い上げ、投げつける。
大腿骨らしき骨は空中を回転しながら滑るように飛び、ゾンビちゃんの後頭部に直撃した。
バランスを崩しかけながらもなんとか体勢を立て直し、二人共ほぼ同時に壁に手を付く。
「ナニスル!」
「こちらのセリフだ!」
壁に手を付きながら睨み合う両者。
「次はゼッタイ殺ス」
「言ってろ。今に首をもいでその減らず口縫い付けてやる」
そしてまた音楽が流れ、二人は壁の端を目指して走り出す。
殴るゾンビちゃん、蹴り飛ばす吸血鬼。必要とあらば骨などの道具も使う。
もはや走りながらのリアルファイトだ。
「もー、そういう趣旨じゃないんだけどなぁ……」
とはいえ、白熱する二人と観客を止めるのに、この透明な手ではあまりに力不足だ。
……そうじゃなかったとしてもこんな面白い戦いを止めるなんて野暮な真似はできないけど。
二人とも満身創痍、足の引っ張り合いのせいで余計な動きが増えたにも拘わらずさっきより動きが良くなっている。
「いつもこれくらいの気迫を持って戦ってくれると良いんだけどなぁ」
既に死んでいるという事を忘れてしまうほど生き生きと殺し合う彼らを見て、俺はこっそり笑うのだった。




