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うわっ…俺達(アンデッド)って弱点多すぎ…?  作者: 夏川優希


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147、ゾンビ少女とゾンビ犬(後編)




「イヌワタ! 取ってこーい!」


 ゾンビらしからぬ快活な声を上げながら、ゾンビちゃんはスケルトンの大腿骨を高く高く放り投げる。

 勢い良く宙を飛んでいったそれは勢い余って天井に激突し、そのまま吸い込まれるように地面へ落下した。カラカラと乾いた音だけが虚しくダンジョンに響く。


「ねぇレイス、イヌワタ疲レテるのかなぁ」


 ゾンビちゃんは不思議そうに首を傾げながら、自分の足元にうずくまったまま動かないイヌワタの背をさする。その度に毛がポロポロと抜け落ち、ズルズルに溶けた皮膚が露呈する。


 ゾンビというのは大なり小なり腐敗しているのが普通だが、ここまで腐敗が進行しているゾンビを見るのは初めてだった。

 筋肉が溶け、もはや自分の体を支えることすら難しくなっているようだ。先程から何度か立ち上がろうともがいているような素振りを見せるが、その足は空を掻くばかりである。


 首飾りが偽物だったのか、それとも伝説の宝物の力をもってしてもこれが限界なのか。本当のところは分からないが、やはり不老不死のアンデッドなどそう簡単に作れるものではないらしい。

 イヌワタの「終わり」はすぐそこまで迫っているようだった。


「仕方ナイなぁ」


 口を尖らせつつもゾンビちゃんが取り出したのは小さなネズミの尻尾だ。

 彼女はそれをさらに小さく千切り、小指の爪ほどしかない尻尾をイヌワタに差し出す。


「私のオヤツ分ケテあげる」


 その言葉に雷に打たれたような激しい衝撃を感じ、俺は思わず声を上げた。


「ゾ、ゾンビちゃんが……肉を分けた!?」


 時には腐肉すら貪り、仲間さえ裏切り、肉のために手段を選ばないゾンビちゃんが、僅かな欠片とはいえ他者に肉を与える事ができるなんて。

 もしやこれは夢なのではあるまいか。古典的な方法ではあるが、試しに自分の頬を殴ってみる。

 ……痛くない! のは、俺が幽霊だからである。


「イヌワター、イヌワター、イヌワター?」


 ゾンビちゃんは尻尾の欠片を片手に、イヌワタのまわりをウロウログルグル回りだす。

 そして彼女はイヌワタの前にしゃがみ込み、その顔を覗き込んだ。


「ダメだよゾンビちゃん、無理やり食べさせたら」


 もしやイヌワタの口に尻尾を突っ込むのではないかと思い、俺は慌ててゾンビちゃんを制止する。

 しかしゾンビちゃんは静かに顔を上げて、キョトンとした表情で言った。


「ねぇレイス。イヌワタ、動かないよ」




********




「イヌワター? イヌワタ起キテー」


 腐り落ち、動かなくなったイヌワタにゾンビちゃんは何度も何度も声を掛けている。しかしイヌワタが再び動くことはない。

 ダンジョンはいつになく静まり返っていた。


「ネェなんでイヌワタ動カナイの? ネェ、ネェってば」

「良いから、お前はどこかへ行っていろ」

「フーン、イイもん。行こうイヌワタ」


 吸血鬼の冷たい態度に口を尖らせながら、ゾンビちゃんは動かないイヌワタに手を伸ばす。しかしイヌワタを抱きかかえるより早く、吸血鬼が彼女の前に立ち塞がった。


「ダメだ。一人で行け」

「ナンデ?」


 ゾンビちゃんの問いかけに、誰も何も答えない。


「サッキからナニしてるの?」


 この問いかけにも、誰も何も答えない。


「ネエってばぁ」

「……お墓をね、作ってるんだ」

「オハカ?」


 状況を飲み込めていないゾンビちゃんがあまりに不憫になって口を開いたものの、やはり俺の言葉にピンと来ていないらしい。

 ゾンビちゃんは怪訝な表情を浮かべながら首を傾げる。


「埋メルの? 私を?」

「違うよ、イヌワタをだよ」

「イヌワタ? ナンデ?」

「そりゃあ……だって……死んじゃったから」


 ゾンビちゃんは目を丸くし、きょとんとした顔で言う。


「ミンナ死ンデルよ?」

「それは、そうなんだけど……」


 どうにも説明が難しい。

 アンデッドにとって死は近いようで遠い。ダンジョンでは毎日死体が出るが、出た死体は食料でしかなく、弔ったりもしない。親しい人の死とは無縁と言っても良いだろう。

 そんな中で暮らしているのだ。ゾンビちゃんがイヌワタの二回目の死にピンとこないのも仕方のないことなのだろう。

 しかし悲しみを感じずに愛犬と別れられるなら、それも良いのかもしれない。


 ゾンビちゃんは膝を抱えて、スケルトンに抱えられていくイヌワタを驚くほど大人しく、そして瞬きもせず食い入るように見つめていた。

 イヌワタが埋められていくことにそれほど抵抗がないのは、自分も度々埋められるし、時には自分から土の下に入って眠ることすらあるからだろう。

 ゾンビにとって土の下というのは俺達が思っているほど不快な場所ではないのかもしれない。

 だが土を被せる段階に来て、ゾンビちゃんはシャベルを持ったスケルトンたちに懇願するような声を上げた。


「アンマリ深く埋メナイで。出テこれナクなっちゃうから」

「……そうだな。浅めに埋めておこう」


 ゾンビちゃんの言葉に吸血鬼も小さく頷く。

 しかしその視線はイヌワタに、というよりは腐敗したイヌワタの首で光る宝石に注がれているようだった。


 あれほど気にしていた『呪いの首飾り』をイヌワタの亡骸と共に埋めてしまうのは少々意外だったが、後から墓を掘り起こそうという魂胆なのだろうか。

 ゾンビちゃんの反発を考えれば、それもやむを得ないのかもしれない。



 しかし首飾りの回収は思っていたよりも難しそうであった。

 イヌワタを埋葬してからというもの、ゾンビちゃんは起きているときも寝ているときもイヌワタの墓の側を離れようとしないのである。


「なにしてるの?」


 そう聞くと、彼女はいつも同じ言葉を返す。


「イヌワタが起キルの待ッテる」


 俺が何よりも悲しいのは、イヌワタを待ち続けるゾンビちゃんの顔に悲しさが全く滲んでいない事である。

 彼女は今もイヌワタが起きてくる事を信じて疑っていないのだろう。


「そろそろクリスマスだね」


 死んだ者をいつまでも待ち続けているなんて、いくらなんでも悲しすぎる。彼女の意識をなんとか別のものに向けさせたくて、俺はゾンビちゃんにそう声を掛けた。

 すると彼女は子供のように顔を輝かせ、興奮気味に立ち上がる。


「サンタ来ルかな、サンタ!」

「来るよきっと。今年はどんなプレゼントが欲しいの?」

「エットエット、ニク! イッパイ! それから――」


 ゾンビちゃんはそう言いながら、視線を墓石代わりの岩へと移す。


「イヌワタ。イヌワタに起キテ欲しい」

「……あのねゾンビちゃん。死んだ生き物は生き返らないんだよ。俺が言っても説得力ないかもしれないけど」

「知ッテルよ。ミンナ死ンデルよ。イヌワタも、レイスも、私も死ンデルもん」

「いや、そうなんだろうけど……ええと、なんて言ったらいいのかなぁ」


 またこれだ。

 どう説明すればゾンビちゃんに分かってもらえるのだろう。

 頭を悩ませていると、不意に視界の端でなにかが動いた。


「ん?」


 ネズミだろうか。

 俺は視線を彷徨わせて動くなにかを探すが、それらしきものは見当たらない。


「気のせいかな……ええと、なんの話だっけ? ああ、そうそう。とにかくイヌワタはもう――」


 言いかけたその時。

 俺の声を遮るようにボコッという音があたりに響いた。

 音の正体を探って視線を下ろすと、地面が不自然に盛り上がっているのが目に入る。ちょうどイヌワタを埋めたあたりである。


「ひっ……」


 俺は思わず悲鳴を上げかけるが、男の意地でなんとかそれを飲み込む。

 よくよく考えればなんてことはない。あれだ、死体が腐敗してガスが発生したんだ。それで土が盛り上がったんだ。


 なんてことを考えていると、再び地面がボコッと隆起した。

 ……いや、隆起したのではない。突き出たのだ。白い、硬質な、スケルトンのそれと比べるとやや尖ったシャレコウベが。


「ウワーッ!? ででででで、出た!?」

「アッ、イヌワタ!」


 ゾンビちゃんが声を上げると、イヌワタは骨になった前足を元気に動かして土を崩し、穴からずるりと這い出る。そしてすっかり細く白く固くなった尻尾をブンブン振り回しながら、ゾンビちゃんの胸に飛び込んでいった。


「なんでイヌワタが……いや、良かったけど……」


 妙にホラー感の強い登場だったせいでイマイチ実感がわかないが、今、俺の目の前で「奇跡」が起こったのだ。

 一人と一匹の美しい再会を一目見ようとスケルトンたちもわらわらと集まってきた。彼らはその感動を表現しようと次々と紙を取り出しペンを走らせる。


『犬の肩甲骨もなかなか美しいね』

『骨盤も独特で面白い』

『頚椎から胸椎への滑らかな曲線美は我々の勝ちだ』


 ……いや、訂正。彼らの目的はただの骨格鑑賞だ。


「邪魔な肉が落ちきったか」


 スケルトンの壁を割って入ってきた吸血鬼は、イヌワタを見るなりそう呟く。そこに新鮮な驚きはなく、まるでこうなることを予見していたみたいだった。


「もしかして吸血鬼、イヌワタが生き返る……っていうか、また動き出すって知ってた?」

「もちろん予想はしていたさ。だから浅く埋めておいたんだ。あれが本物の首飾りなのか、中途半端な模造品なのか、まだ判断がつかなかったからな」

「そうだったんだ……てっきり墓掘り起こして首飾り盗むつもりだったのかと」

「失礼なヤツだな!」

「で、これからどうするの? あの首飾り、本物みたいだけど。もしかしてイヌワタから無理矢理奪おうと思ってる?」

「まさか。手を噛まれるのはもうたくさんだ。それに……犬は嫌いじゃない」


 その言葉に、俺は思わず目を丸くする。


「吸血鬼に生き物を慈しむ心があったんだ……」

「君、さっきから本当に失礼だぞ! ……だがまぁ、確かにそれだけが理由じゃない。少し気になることがあるんだ。残念ながら僕は懐かれていないみたいだから、君が確認してくれるか」

「確認? 良いけど」


 俺は吸血鬼に言われるがまま、ゾンビちゃんと戯れるイヌワタにそっと近付き、首飾りに付いた宝石の裏側を覗き込む。俺の目にその巨大な宝石を留める金色の金具が映る。

 なんの変哲もない、至って普通の金具であった。しかしそこに刻印された文字列に、後頭部を殴られたような衝撃を受ける。


「吸血鬼、これ……」


 オレの表情で全てを察したのだろう。

 吸血鬼は引き攣った顔に無理矢理作った苦笑いを浮かべて呟く。


「ああ、やはりか」




 土の下に入っていた分の空白を埋めるようにゾンビちゃんと元気いっぱいに戯れていたイヌワタであったが、やがてその動きを止め、そして静かにゾンビちゃんに背を向けた。


「アレ? イヌワタ、ドコ行くの?」


 追いかけようとするゾンビちゃんを、俺たちは静かに制止する。


「イヌワタは主人のところに帰るんだよ」

「シュジン?」

「そう、家に帰るんだ。イヌワタにとってダンジョンは危険だからね。ここに犬の骨はないし、体が傷ついても修復してあげられない」

「イヌワタ、いなくなっちゃうの?」


 ゾンビちゃんは肩を落とし、寂しそうにイヌワタの垂れ下がった尾骨を見つめる。

 イヌワタもまた、時折名残惜しそうにこちらを振り向いてはゾンビちゃんの姿を見ていた。

 それでも、イヌワタはダンジョンを出なくてはならないのだ。この新しい骨の体を見せなくてはならない人がいる。


「元の飼い主にも良くしてもらえるさ。なにせ、実験は大成功だからな」

「大丈夫だよ、きっとまた会えるから」


 その言葉はゾンビちゃんを慰めるための気休めなどではなかった。


 どうして失われたはずの首飾りが現存しているのか。そしてなぜそれを犬が着けていて、しかもそれが我がダンジョンへやってきたのか。

 理由は全て首飾りの裏に刻印されていたのだ。


『奇跡の首飾り

 試作品NO57

 注:実験中および盗難防止装置作動中

 取ると爆発します

               ミストレス』




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